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第三章

3-14 王国一の弱小ギルド

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 ハンターズギルド――
 それは、国政や国家権力に縛られることのない、人類共通の敵である『異世界の魔物』と戦う集団を束ねた組織である。
 この組織は国家ではないが、守護神が存在した。
 戦神ヨグルンである。
 かの神は、気難しいことでも有名であったが、竜帝であるキスケの事をことのほか気に入り、日頃から目をかけているほどであった。
 そんな、ハンターズギルドでは絶対に無視出来ない男、竜帝キスケからのメッセージを受け取ったギルドのギルドマスターであるゴーリアトは、ギルドマスター専用のデスクの上でふんぞり返る小さな竜を絶望的な面持ちで眺める。

(マジか……あの人が来るのか……)

 彼の心情は穏やかではない。
 現在、ゴーリアトが管理しているギルドは、東の辺境と言われるベザナドゥ地方にあった。
 その中でも八番目に大きな町という、なんとも微妙かつ特色の無い町である。
 いや、無理矢理なにか特徴を述べよというのであれば、彼が指揮を執るセギニヘラのハンターズギルドは、ノルドール王国で一番小規模なギルドであることだろうか。
 もう一つ述べるなら、一番依頼が滞るギルドでもあった。
 つまり、マイナスイメージしかない小規模ギルドに、ハンターズギルドにとって畏怖の対象でしかない竜帝が来るのだ。
 ハンターズギルドのマスターのゴーリアト。
 受付嬢のニャーナ。
 解体と買い取り担当のワンス。
 この三名で運営をしているくらい小さなギルドである。
 異界の魔物が繁殖する秋頃にはアルバイトを雇って乗り切り、何とか細々とではあるが無事に運営してきたギルドに、何故こんな大物がやってくるのか――と、ゴーリアトは頭を抱えた。
 しかし、拒否する権利も持ち合わせていない彼は、処刑を言い渡される囚人のように、悟りを開いた顔をして明くる日を待ったのである。


 翌日になり、ゴーリアトが迎えた二人の男女は、この町の人間の視線を全て攫ってしまうほどの美男美女であった。
 独特な民族衣装もそうだが、それ以上に感じるオーラだろうか。
 平民が纏うソレとは違い、内側から溢れる気品というものに、その場に居た誰もが「ただ者では無い」と感じて、かける言葉を見失う。

「急に無理を言ってすまないね」
「あ……い、いえ。あの……お話はお伺いしております。遠路はるばる、このような小さなギルドへお越しいただき、誠にありがとうございます」
「あはは、そういうのは無しでいいよ。一人のハンターとして扱って欲しいな」
「いや、無理だろ。……あ、いえ、し、失礼を……!」
「そういうのでいいから、大丈夫だよ」

 爽やかな笑みを浮かべるキスケに周囲の女性達が色めき立つが、男達も負けてはいない。
 ピッタリとした衣装を身に纏い、体のラインを惜しげも無く披露するスタイルのユスティティアに、ゴクリと生唾を飲む。
 しかし、次の瞬間、先程まで爽やかでいかにも優男風の彼が、鋭い眼光で睨み付けてきたのだ。
 その眼光たるや――蛇に睨まれたカエルも、これほどの恐怖を知らないのでは無いだろうかと思うほど、トラウマ級の恐怖を植え付けられた男達が脱兎の如く逃げていく。
 そんな二人の背後に居た青年は、小さく溜め息をついて前へ出た。

「あの、とりあえず、先生の弟子である俺たち二人と、これから俺と行動を共にする方の登録もお願いしたいのですが……」
「あ、はい。では、中へどうぞ」

 圧倒的なオーラを放つ二人とは違い、彼はどこにでもいる青年という印象を受ける。
 そして、もう一人――

「竜て……いえ、喜助殿。本当に我らも登録するのですか?」
「そっちのほうが都合良いでしょ? これからも、魔物を退治するんだし……イネアライ神国でも良かったけど、一緒に済ませてしまおう。とりあえず、呼び方注意ね」
「は、はい。承知致しました」

 熊のような大男が背中を丸めて謝罪する姿は何とも滑稽であるが、不自然には感じられない。
 どこぞの貴族と、その従者といった風情なのだから、そのほうが自然だ。
 むしろ、この町の人たちは、ごく最近「貴族」とは名ばかりの無法者に出会ったばかりである。
 そんな彼らに比べたら、気品というものが何であるか、一見するだけで理解出来てしまう美男美女。
 ああ、これが本当の貴族なのだ……と人々は感じ、少しだけこの国の未来に安堵したのだ。

「ここが、ハンターズギルドの建物……ですか」

 目の前の建物を見上げて呟くユスティティアに、キスケは苦笑しながらも頷く。

「ユティ……ダメだからね?」

 彼女の小さな耳へ形の良い唇を寄せ、囁くように注意するが、何故か彼女は過剰なまでに反応し、耳を押さえて後方へ飛びし退る。
 その素早すぎる動きに、キスケだけではなく全員が驚いた。
 さすがは、ハンターに登録しようとする人の動きだと感心する周囲とは違い、キスケは目を丸くして数回瞬きを繰り返す。

「俺、何か……した?」
「あ、いえ、なにも! 何で……バレたのかなぁって……あ、あははは……」
「そりゃそうでしょ。今までの行動を思い出せば自ずと判ることだよ」
「そ、そうですよねぇ……」

 心なしか頬をほんのりと染め上げた彼女は、照れたようにモジモジしている。
 その姿がまた愛らしく、この村でも年頃の男達はいつ話しかけようかタイミングを見計らっているようであった。

「先生、メルさん。とりあえず、中へ入りましょう。被害が出る前に!」
「被害?」

 意味が判らずキョトンとするユスティティアの隣で、憮然とした表情を浮かべるのはキスケだ。

「ソータ……いらないことは言わないの」
「いや、ソータ殿の判断は間違っておりません」
「モルトまで……俺にも一応、理性というものはあるよ?」
「その物騒な殺気をしまってから言ってくださいね? ほらほら、行きますよー」

 ソータがキスケとユスティティアの背中を押して、問答無用に建物の中へ入っていく。
 その後ろへ、彼らの足元でチョロチョロしていた豆太郎とロワが続いた。
 看板がなければ、少し大きめの一軒家にしか見え無いハンターズギルドの建物の扉が閉じられ、町はいつも通りの昼下がりを取り戻す。
 しかし、貴族風の美男美女と従者二人に可愛らしいペットを二匹連れた、一風変わった新しいハンターたちの噂は、娯楽に飢えていた町へ瞬く間に広がっていく。
 そして、その噂を耳にした彼もまた、よせば良いのに動き始めたのである。

 図らずしも――いや、キスケが危惧した方向で釣れてしまったランドールは、自分史上最高の出で立ちをして宿泊している宿屋を出た。
 隠密行動という言葉を知らず、夜な夜な金に物を言わせて酒と女に溺れていた彼は、町の人から煙たがられていたのである。
 本人いわく、『金のある貴族』というが、どうにも胡散臭い。
 貴族とは名ばかりの野蛮人というのが、この町の人の見解だ。
 もし、彼らがこの男の正体に気づいたら、なんとするのだろうか……。
 おそらく、この国の未来を憂い、嘆き悲しんだことだろう。
 
「ふふふ……そんなにいい女なのならば、私が行くしかあるまい。どうせ、相方の美男子もたかが知れているのだし、この私に比べたら天と地の差。比べるのも可哀想だ」
「ランドール様に敵う者など、この世にはおりませぬ」
「そうだよな? せっかく、あの豚女との婚約を破棄したのだ。シャノネアがいない間は、色んな女に慰めて貰わなければ、こんな辺境へ来た意味もない」

 昼下がりの町中で、この発言である。
 大金をもらうために商売をしている女性くらいしか相手にしていないのに、この自信はどこから出てくるのか――。
 男達は呆れ、女達は軽蔑の視線を投げかける。
 だが、幸か不幸か周囲の冷たい視線に気づきもしないランドール一行は、このノルドール王国一番の弱小ハンターズギルドへ歩き出す。
 彼らの世話になる宿屋からギルドハウスまでは、それほど離れていない。
 意気揚々と歩き出す彼らのその一歩が、まさか破滅の一歩へ繋がるとも知らず、ランドールは噂の美女へ思いを馳せ、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
 悪戯盛りの子供たちでもドン引きするほど鼻の下を伸ばした男が、この国の王太子だということを、常識ある従者は絶対口にしたくないと密かに涙するのであった。
 
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