ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-19 忙しすぎる日々

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 私が王宮の離れにある翡翠色の屋根が美しい館にお世話になって数日が過ぎた。
 結婚式のプランは国王陛下が中心となり動いているので、規模がとにかく大きい。
 コルのお披露目の場も設けるため、この国の中心となる貴族は全員参加を義務づけられている。
 おそらく、招待状を受け取った貴族達は皆、何故私たちの結婚式に強制参加させられるのか疑問を覚えるだろう。
 しかし、聡い人なら何かあると理解してくれるはずである。
 ここで文句を言ってくるようであれば、その家に未来など無いと宰相閣下は黒い笑みを浮かべていた。
 そして、初めて知ったのだが……貴族の中で『初代国王陛下である勇者様の功績を称え、正しい記述を後世に残す会』なるものがあるらしく、国王陛下が会長を務め、今回は副会長の宰相閣下が声をかけて集めた会員達も一緒になって動いているらしい。
 そうそうたるメンバーが名前を連ね、国王陛下にどうしてもと言われて初代国王陛下の手記を読むことになった時に、公爵家の当主が全員お行儀良く待機していたのには驚いた。
 この国のトップは……いや、国民も含めて、初代国王陛下の事が好きすぎる。
 いや、私もキライじゃないし、好きな方だけれど……と、手記の朗読会が終わってゼオルド様に愚痴をこぼしたら、何故か彼はソワソワしていた。
 ゼオルド様にも何かあったのかもしれない。
 結局、今日のように夕食後のゆったりしたひとときを二人きりで過ごせた日は無く、本日は予定が空けられなかった王家の方々に感謝である。

「そういえば……聞きましたよ? ゼオルド様の領地が貧乏な理由……」
「……殿下が話してしまいましたか」

 対面のソファーに座って優雅にお茶を楽しんでいた彼は、少しばかりばつが悪そうに苦笑する。
 彼の領地が財政難である理由は致し方がないものであった。
 それこそ、私の父でもそうするだろうと納得がいくようなものだ。
 魔物の群れ――
 それは、定期的にゼオルド様の領地を脅かす。
 そして、その事実は覆い隠され、周囲に知られないようにひた隠しにしている状態だ。
 魔物からの襲撃があれば、被害も出る。
 治療費、修繕費だけではない。
 それこそ、定期的に戦争しているのも同じな状況なので、出費がかさむのだが、それを国に援助して貰えば他の貴族から苦情が来るどころか、そこから秘密がバレてしまう。
 理由を知る国王陛下や宰相閣下が自分たちの個人資産で支援しようと申し出たのだが、それを断った彼は、領民と一致団結して魔物を退けているというから驚きだ。
 ランスが、その際にゼオルド様がほぼ一人で片付けているから、被害は抑えられていると教えてくれたが、それを語っている彼の表情は硬かった。
 おそらく、心配しているのだろう。

「国から支援を受けられない理由もわかりましたが……領地へ赴いたら、現状を見て資金繰りを考えてみますね」
「この件では多大なご迷惑をおかけすることになり、大変申し訳ないと思っています。ですが、陛下や宰相殿はイマイチ理解していないようで……貴族間の嫉妬は厄介ですから、お金の流れは慎重になります」
「国民の税金で成り立っているのが王家ですし、お金の流れは帳簿に残りますものね」
「それなのです……個人資産とは言え、勝手に使える物ではありませんし、個人でまかなうには金額が大きいので無理も言えません。今は領民が頑張ってくれているから何とかなっている現状ですから、心苦しいばかりです」

 領地運営の才能が無いというが、そんな厳しい状況下でも頑張ってこられたのだから、そこら辺の適当な領地運営をしている貴族よりも素質がある。
 あとでコッソリとランスが教えてくれたのだが、彼だって何もしていないわけではない。
 領地にある山のような魔物の素材をどうにかしようと、行商人を集めたのだが、二束三文で買いたたかれたらしい。
 やはり、魔物の素材というイメージが良くないということだ。
 流石に魔物の素材を常に大量に抱えている状態を知られるのはマズイのではないかと考えたゼオルド様は、そこで取り引きを中止したというから助かった。
 とても賢明な判断である。
 しかし、それによって更に在庫を抱える事になり途方に暮れていたそうだ。
 それに関しては私に考えがあるので、領地へ行ってからの話になるが、おそらく今後の収入源はソレだと考えている。
 山のような魔物素材という在庫を抱える領地なのだから、それを活かさない手はない。
 しかも、定期的に素材……というか、資金源がやってきてくれるのだ。
 これからは、できるだけ安全に、しかも効率的に集めていきたいものである。

「そういえば、ククルのドレスは決まったのですか?」
「はい! アニュス様がとても素敵な職人さんを紹介してくださったので……それに、装飾品は王妃殿下が手配してくださって……」
「体調があまり良くないと聞いていましたが……」
「それが私のバタークッキーを食べたら、少し調子が良くなったとか言ってくださって……本当にお優しい方々ですよね」
「……いえ、それに関しては少々思うところがあります」
「思うところ?」
「はい。あのバタークッキー……単なる食べ物だったのでしょうか」
「え?」

 それはいったいどういう意味だろうかと首を傾げていた私に、ロレーナとランスも頷く。
 今まで大人しく話を聞いていたコルが、体をねじってホワイトボードに文字を書き出した。

『あれ? ご存じなかった感じですか? 前のマスターが書き忘れたのでしょうか』
「どういう意味?」
『錬金術で調合したアイテムは、付属効果を得られる物があります。食べ物は主に回復効果がつくので、体調が良くなったというのは事実でしょう』

 は、はい?
 思わず私たちは固まってしまった。
 コル? ……いや、これは書き忘れていた初代国王陛下を責めるべきだろうか。

「つまり……私が調合するアイテムは、何らかの効果を得るものが多いということ?」
『それだけマスターの存在が希有だということですね! 前のマスターは食べ物以外に効果は現れませんでしたが、マスターはどうやら違うようですし……』

 そういって、ランスの腰辺りをコルがジーッと見た。
 先日、ゼオルド様との訓練中に濡れたタイルに足を取られて腰を強打して動けなくなった彼が、今は平然と動けるようになっている。
 それは、私が調合した湿布薬をつけているからだ。
 治療薬になる薬草と鎮痛剤になる薬草、それに基本調合にあった粘着剤と布を混ぜて調合した物が、錬金術で作った湿布薬である。
 ちなみに、冷温にわけて作っており、冷湿布はミントを加え、温湿布にはトウガラシを加えてあった。
 これは初代国王陛下レシピに、素材を追加して調合したものである。
 少しドキドキしたが、日本にもある製品だったので、失敗する気はしなかった。
 しかし、実際に出来上がった物を見て、再現度の高さに驚いたものだ。
 伸縮性には欠けるが、なんとも使いやすい粘着力のある湿布が出来上がってくれた。
 これは製品化したら買い求める人が多そうだと、王太子殿下が太鼓判を押したので、現在は私を会長とした商会の立ち上げも同時進行で……とにかく忙しい!
 つまり、私たちは仕事が多すぎて、こうしてゆっくりと二人で話をする時間もなかなか取れない現状であった。
 とにかく、やることが多い中で一番厄介なのは――
 隙あらば、国王陛下が初代国王陛下たち『初代国王陛下である勇者様の功績を称え、正しい記述を後世に残す会』……いや、もう面倒なので『勇者様を崇拝する会』でいいだろう。
 そのメンバーたちが手記を読んで貰おうと機会を窺っているのだ。
 国王陛下と宰相閣下と騎士団長だけでも大変なのに、公爵家も絡んできては逃げられない。
 本当に困ったものだと溜め息が出てしまう。

「もっとコルと錬金術の調合について調べたいのに……」
『今は結婚式を優先してください! ボクは、お二人の結婚式が楽しみです!』

 ゆらゆら揺れながらそう言ってくれるコルに二人で感謝するが、出来ることならこんな大がかりな式ではなく、身内だけの物にしたかった……
 だが、一応親族として式に参加予定の姉には大ダメージかもしれないと思うと、少しだけスカッとした思いもする。
 私の性格が悪いのだろうか……

「……貴女が幸せであることを、見せつけてやりましょうね。金銭面では全く情けない状態ではありますが、貴女を支えて共に歩いて行くことを誓います。魔物を討伐することしか能の無い私ですが……これからも、よろしくお願いいたします」
「此方こそ、厄介な姉がいて、ちょっぴり口うるさい母と、心配性の父がおりますが……この先を共に歩いて行くのはゼオルド様しかいないと思っておりますので、よろしくお願いいたします」

 なんだか互いにプロポーズをしているような言葉だなと感じながらも、これが私たちらしいと顔を見合わせて笑い合う。

『ボクも、お二人と一緒にこれからも頑張ります!』

 コルが私たちの間にホワイトボードを差し出して、書いている文字をアピールする。
 それが可愛らしくて、同時に「よろしくお願いします」と返事をしたら、コルは嬉しかったのか両手を挙げて喜んだ。
 ばんざーい! クルクル! ばんざーい!
 コルの行動を擬音語で表せば、そんな感じである。
 その仕草がまたコミカルで可愛らしく、背後に控えていたロレーナとランスも含め、全員が和む。

「さて……結婚式の時に打ち合わせしていた通りにうまくいったら……貴女の姉君はどんな反応をするのでしょうね」

 ゼオルド様は悪戯っぽく笑い片目を瞑って見せるのだが、それが様になっていて暫く見惚れてしまった。
 この方が、本当に夫となるのかと未だに信じられない部分もある。
 しかし、ここ数日を共に過ごしてきて、隣にいない事に違和感を覚えるようになってきたのも事実だ。

『早く、結婚式の日になれば良いですね! ボクも今から楽しみです!』

 コルは待ちきれない様子で体を左右に揺らし、ゼオルド様も笑顔で頷いている。

「何度も練習したので、本番でも任せてください」
「そちらはお任せいたします。私のほうもお任せくださいね」
「期待しております。コル殿も、頑張ってくださいね」
『お任せください!』

 結婚式のために頑張って練習してきたのだから、失敗はあり得ない。
 改めて気合いを入れて、結婚式までの日を指折り数えて待つ。
 国王陛下や王太子殿下が何か相談している様子があったので、少し心配ではあるが、あの方々なら奇妙なマネはしないだろう。
 アニュス様がいらっしゃるので、そこは安心している。

「お嬢様、そろそろお休みになりませんと美容に良くありません」
「当主様もです。寝不足な人にアレは任せられないんですがぇ」

 口うるさい互いの従者が、そろそろ時間だと告げるのだが、日に日に名残惜しさが募る。
 まだ婚前前なのだし仕方が無いのだが、いつか共に眠る日が来るのだろうか……と、想像して真っ赤になってしまった。

「そ、そうね! 早く休まなければ! お、おやすみなさいませぇっ」

 出来ることなら飛んで逃げたいのだが、それも難しくて泣きそうだ。
 変なことを考えなければ良かった!
 そんな私を見て急いでいると判断したらしいコルが大きくなってイスを装着すると、私のそばにやってくる。

『マスター、移動しましょう』
「お、お願いね、コル」
「……えーと……おやすみなさいませ」
「は、はい、また明日!」
「ええ、また明日」

 苦笑を浮かべるゼオルド様と、顔を背けて肩を振るわせて笑うランスに見送られ、私たちは部屋を後にした。
 本当に……私はなにをやっているのやら……
 軽く自己嫌悪に陥りながらも、『揺れませんか? 大丈夫ですか?』と心配してくれるコルにお礼を言いながら、意味深に笑うロレーナを見ないようにして、部屋へ急ぐのであった。

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