ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

文字の大きさ
25 / 52
第一章

1-22 共に成長する杖

しおりを挟む
 
 
 更に仲が深まったと感じたあの日から、さらに数日が経った。
 相変わらず結婚式の準備に忙しい日々を送っているが、ドレスの仕立ても順調だ。
 定例会議後の社交界シーズンが終わり、領地に戻ろうとしていたところでの、国王陛下からの重大な報告を兼ねたホーエンベルク卿の結婚という報せは、貴族の間ではちょっとしたネタになっているようである。

「ふぅ……本当に暇人が多いことだわ。最近、貴女のところに出入りしていると知った連中のうるさいこと」
「私もお茶会に参加したら質問攻めですわ」

 やれやれと私の目の前で溜め息をつくネレニア様とアニュス様は、『重大発表がある』と言った国王陛下に不満があるようだ。
 いや、それよりも……

「私とコルが本当にすみません」
「それはいいのよ! 二人は悪くないわ」
「そうです。陛下がぽろっと珍しい失言をしただけですから」

 うふふっと笑うアニュス様の笑顔が黒い。
 うん……怒らせたらダメな人だと考えながら、私はお茶を楽しむ二人から少し離れた場所で調合をしている最中であった。
 城内で育成されている薬草をわけて貰えたので、レシピにあった傷薬を調合しているのだ。
 ゼオルド様がダメだと思ってしまうほど強い魔物が出た――その事実が私の脳裏に刻み込まれており、何か手は無いか探していたので丁度良かった。
 性能が良い傷薬を作って経験を積めば、おそらく傷薬の上位版のレシピが解放されるはずだ。
 私の実力が足りないせいで、初代国王陛下が書き記してくれているレシピの大半は、まだ確認することも出来ない。
 今作っている傷薬も、傷薬としてよく使われるヒール草と神殿から購入してきた神聖水である。
 神聖水は少々の体の不調なら治癒してしまう力を持つ湧き水で、水の女神様が人々に与えたものだ。
 その湧き水を神殿が管理しており、水の女神様を祀る神殿を維持するために神聖水に値段をつけて販売している。
 庶民でも手に淹れられるほどの値段ではあるが、大量に手に入れようとすれば、そこそこ値が張るのだ。

「傷薬も調合出来るなんて……初代国王陛下がククルに継承した錬金術って、本当に凄い力ね」
「それほどの力だからこそ、使い手を選んだのでは無いかと……ククルのような人だったら、私たちも安心出来ますもの」
「それはそうね。こう言ってはなんだけど……エウヘニアみたいな女だったら、国王陛下に直訴したわ」
「同感ですわ」

 ……どうやら、姉はお二人を敵にまわしているらしい。
 とんでもなくどす黒いオーラが感じられて恐怖である。
 とりあえず、聞かなかったことにしてグルグル杖を使って混ぜていると、いつものように完成したのだろう、黄金の輝きがあふれ出す。
 しかし、今回は少し様子が違ったのだ。
 持っていた大きな杖の上部からシャランッという耳に心地良い音がしたのである。

『マスター! 杖が……成長しましたよ!』
「うん、言葉だけなら意味がわからないけど……杖を見たら理解出来たわ……」

 部屋に居た全員の視線が、私の持つ杖へ集まる。
 一見して判るほどに、それは見事な変化であった。
 幾重にも重なった宝石のように輝く結晶が、花弁のように開いているのだ。
 全てが花開いたわけではなく、外側だけではあるが……これは、大きな変化である。
 この杖の結晶が全て花開いたとき、私は錬金術師として一人前になっているのだろうか。

『もしかしたら、調合出来る物が増えているかもしれませんねっ』
「確かに!」

 コルが取り出したマニュアルを手に取って本の中身を確かめると、今まで空白であった部分が光り輝き、文字が浮かんで読めるようになっていた。

「すごい……色々と解放されたみたい」
『それは良かったです!』
「何が作れるようになったのっ!?」
「また楽しみが増えそうですわね」

 私の言葉を聞いたネレニア様とアニュス様も、興味津々の様子で覗き込んでくる。
 初代国王陛下が食べ物特化であったとコルから聞いていたが、その傾向が顕著に表れているようだ。
 新しく解放されたレシピは、殆どが食べ物か調味料であった。
 その中でも嬉しかったのは、やはり醤油である。
 調合素材も、大豆、塩といった基本的な素材に付け加え、今回新たに解放された安定剤というアイテムを加える事により作る事が出来るらしい。

「お醤油! あ、味噌もある! うわぁ……調味料が沢山っ!」
『マスターも前のマスターと同じく、調味料で大感激ですね』
「だって、美味しいんですもの!」
「美味しいの?」
「まあ……それは興味がありますわ」
「つ、作れる……かな?」

 安定剤の材料を確認してみたら、水とポム草とある。
 ポム草とは、日本でいうところのタンポポに似ている植物だ。
 だが、やはり違いはあって、花が球状に花弁をつけており、育つ地域や環境によって色を変えるという特徴を持つ。
 王都付近のポム草は白だったはず……レシピには色の指定がないので、おそらくそれで問題は無いだろう。

「ポム草……採取に行きたいですね」
「馬車を出しましょうか」
「それこそ、護衛も頼まないと……」
『素材集めの採取へ向かうのですか? 前のマスターもよく集めに行っていました! でも、外は魔物がいる可能性があるので、気をつけなければ……ゼオルド殿についてきていただきましょう!』
「っ!?」

 ゼオルド様の名前を聞いた私は体を跳ねさせ、顔に熱が上がってくるのを感じる。
 い、いけない、意識しすぎている……と、思ったのも束の間、何故かアニュス様とネレニア様が意味深に微笑む。

「何かあったのかなー?」
「最近は特に、仲が良い感じがしますものね」
「と、特には、何も!」

 私は首を慌てて左右に振るが、二人は全く信用していない様子だ。
 とりあえず、話を逸らすように話を戻し、それぞれの予定を確認してから採取日をしようと決めた。

「疲れたでしょうから、ひとまず座りましょう」

 アニュス様に勧められ、コルに移動を手伝って貰ってソファーに座るとホッと一息つく。
 商会の立ち上げも滞りなく終わったし、今のところ何もかもが順調で怖いくらいだ。
 ちなみに、私の商会名は何の捻りも無くホーエンベルク商会とした。
 覚えにくい名前では困るし、かといってコレといった妙案も思い浮かばない。
 それなら、コルのお披露目も兼ねている盛大な結婚式をするホーエンベルクの名前を使った方が興味を引くのでは無いだろうかと、ネレニア様が提案してくれたのである。

「コルちゃんも調合が終わったのだから、小さくなって私のところで寛ぎませんか?」
『それでは、お邪魔いたします!』
「素直で可愛いわぁ……」
「本当に素直ですわよね。癒やされます……」

 コルにメロメロのネレニア様とアニュス様に苦笑を浮かべながら、私は新たに解放されたレシピを確認していたら、扉をノックする音が聞こえた。

「ククル、少しお話があるのですが……」
「あ、はい! どうぞ、中へ入ってきてください」
「失礼いたします」

 声をかけてきたのはゼオルド様だけだったのだが、その後ろから王太子殿下とネレニア様の夫であるヒューレイ様も入ってきた。
 三人とも疲れた様子だ。
 おそらく何かあったのだろう。
 私たちはそれを同時に察し、顔を見合わせて頷き合うと、彼らがソファーに座るのを待つことにした。

しおりを挟む
感想 87

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...