ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

文字の大きさ
26 / 52
第一章

1-23 幸せとは……

しおりを挟む
 
 
 三人が三人とも力尽きたようにドサリとソファーに座るのは異様な光景であった。
 何があったのか尋ねるより先に、私たちはお茶やお菓子の準備をして、とりあえず寛いで貰うべく三人へ勧める。
 首元を緩めて息を吐くゼオルド様の心臓に悪い姿は視界から追い出しつつ、こっそりと三人の様子を窺った。

「あー……ゼオルド様、お嬢様方が困ってますよ」
「え……あ、すみません」

 すぐさま気まずそうに頭を下げてくれたのだが、男性が三人も揃って疲労困憊している状況が気になって仕方が無い。
 あと、ランスさんが抱えている大荷物も気になってしまうが、今はそちらよりも彼らの方が心配だ。

「い、いえ、楽になさってください。ところで……何かあったのでしょうか」
「そう……ですね」

 苦笑いをするゼオルド様は、それ以上語るつもりがないのか、無言のままランスに持たせていた木箱をテーブルの横へ置かせた。
 大きな木箱に、どういう意味があるのだろう……

「とりあえず……死守するので大変だったとは言っておこうか」

 クロヴィス殿下も苦笑しているが、視線で開けてみろと言っているようだと察して、ランスが置いた木箱の蓋を開く。
 中には、これでもかというほど美しい刺繍と、煌めく宝石がちりばめられている布地が丁寧に折りたたまれて入っていた。
 語彙力を失うほどの繊細なデザインに、思わず目をパチクリさせてしまう。

「あら? これはククルのウェディングドレス……おかしいですわね。明後日届けさせる予定でしたのに……」
「どこで嗅ぎつけたのかわからんが、どこぞの女狐が横取りしようとしていてな……連絡が入り、私たち三人で駆けつけた際に一悶着あったのだ」
「強烈な方でしたね……」

 どこぞの女狐――おそらく、私の姉エウヘニアのことだろうと察し、私は慌てて頭を下げた。

「私の姉が申し訳ございません!」
「もう縁を切ったのだろう? そなたが頭を下げる事では無い」

 気にするなと手をひらひらさせるクロヴィス殿下の横で、ゼオルド様はしきりに上着をバサバサさせて何かを払うようにしている。
 彼にしては珍しいくらい眉間に皺を寄せていて、とても不機嫌そうだ。

「どうしたのですか?」
「いえ、たいしたことでは……」

 そのように見えないから聞いているのだが、眉間の皺が更に深くなる。
 とても不快だと言わんばかりのオーラを放っていて恐ろしい気配が全身からにじみ出ていた。
 しかも、それがこの場にいる人に向けられていないとわかっていても、言葉に出来ない威圧感があった。
 なまじ顔が整っているから、余計に恐ろしく感じるのだろうか。

「すごい匂いの香水だったから不快なのでしょう。彼は嗅覚が良いようですから」

 フォローを入れるようにヒューレイ様が穏やかに語っているのだが、ネレニア様が頬を引きつらせて体を少しだけ反らした。
 そして、小さな声で……「怒ってるとか珍しい……」と呟く。
 間髪入れずに、アニュス様も頷いて見せる。
 もしかして……三人とも怒っている……?

「まあ、ドレスに指一本触れさせなかっただけでも良しとしよう」
「そうですね……」
「その代償は色々と……でしたが……」

 もしかして……と、三人を見つめる。
 クロヴィス殿下はみなぎる自信が窺える正統派の美形。
 ゼオルド様は物腰が柔らかいのに野性味溢れる美形。
 ヒューレイ様は優しく穏やかで知的な美形――
 三人三様の美形に、あの面食いは何をしたのだろうか。
 どこまで恥知らずな姉の行動に呆れながらも、彼らに対して申し訳なさが募る。

「ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません」
「ゼオルド様が抱きつかれただけですので、問題ありませんよ。風呂に入れば大丈夫です」

 三人が揃って曖昧に言葉を濁し、何があったか詳細に語らない。
 それが更に不安を募らせていたのだが、痺れを切らしたランスがあっさりとバラしてくれた。
 三人が固まって次の瞬間、同時に振り返ってランスを睨み付けるが、彼はヤレヤレと溜め息をつく。

「聡いククルーシュ様にヘタな隠し事は悪手だって判りそうなもんですけどねぇ。しかも、あれだけ大騒ぎしたんだから、いつか耳に入ることでしょう。隠すだけ無駄ってもんですよ」

 三人揃って何やってんだと言いたげなランスの正論に、それぞれが勢いをなくして「確かに……」と納得したのか深く息を吐いた。

「だ、抱きついた……」

 人の婚約者に何をしているのだという怒りがふつふつと湧き上がる。
 本当にわかっていないのだ。
 私から奪っても幸せになれないと、何故わからないのだろうか……
 しかも、ドレスのことをどこで知ったのだろう。

「王家御用達の職人は限られているから、探りを入れていたんでしょうね。そういうところに知恵は回るとは……呆れてしまうわ」
「悪知恵だけは……というタイプですわね」

 何故だろうか……この場にいる私以外のメンバーが、私以上に怒っている。
 嬉しいやら申し訳ないやら、どうしたらいいかわからないが、とりあえずもう一度謝罪をしておいた。
 個人的に縁を切っていても、他の方々には関係無いことだ。
 迷惑をかけたのなら、謝罪するのが当たり前である。
 縁を切ったから無関係だと言い切れるほど、鋼の心臓は持ち合わせていない。

『マスターのお姉さんは、結婚式を妨害しようとしているのでしょうか』
「多分ね? 姉は、私の物が全部欲しいのよ……」
『どうしてですか?』
「奪うことで自分が上で、幸せになれると思っているのよ」
『どうしてそれで幸せになれるのでしょうか……マスターはマスターであり、お姉さんはお姉さんです。同じ物を手に入れたからといって、必ず幸せになれないのに……だって、お姉さんはマスターになれないのですから』

 確かにその通りだ。
 だが、それが姉には判らない。
 私が幸せであればあるほど不幸に感じる思考が私には理解出来ないように、姉にも私の考えが理解出来ないのかも知れない。
 私の元婚約者を奪ったときに感じていた幸せは、どこへいってしまったのだろうか。
 皆目見当も付かない。

『前のマスターは言っていました。幸せとは人によって形が違い、全く同じ物は無い。近くにあるようで遠く、遠くにあるようで近く、つかみ所が無いようで、いつも当たり前のようにそばにある。だからこそ、人は容易く見失い、自分の幸せの形をいつも探しているのだと……』

 コルの言葉は、私たちに深く染みていく。
 初代国王陛下の言葉……勇者の言葉は、とても深くて胸にくるものがあった。
 そう考えてしまうだけの物を沢山知り、沢山感じて生きてきたのだろう。
 勇者や初代国王という重圧――それを全て理解出来る人は居ない。
 それでも彼は強く生きてきたのだ。
 コルが語ってくれた言葉を残せる人だからこそ、光り輝く存在として五百年後の世界でも語り継がれ、今も人々に愛される存在なのかも知れないと感じた。

『ボクはこう考えています。幸せとは奪う物では無く、そばに寄り添うものだと……だから、ボクはマスターに寄り添って貰えて嬉しいんです。頼って貰えたら幸せですし、名前を呼んでくれるだけでもここにいて良かったと思うんです』
「その言い方だと、コルの幸せは私だということになるわ」
『そうです! ボクの幸せはマスターです! そして、マスターを大切にしてくれる皆さんと、お友達になれたことです!』

 迷いの無い純粋な言葉に涙が溢れそうになる。
 初代国王陛下が逝去してからずっと、コルは私を待っていた。
 そのコルが幸せだと言ってくれることが、何よりも尊くて愛しい。

「私もコルに出会えて良かった……ありがとう。私のところへ来てくれて……」
『はい! ボクはマスターを守りますから、安心してくださいね!』
「コル殿……ですから、それは私も……」
『勿論です! ゼオルド殿は同志で友達ですから!』

 テーブルの上でゆらゆら揺れて、喜びを表すようにクルリと回るコルを、ネレニア様が手を伸ばして抱き寄せる。

「もー! コルちゃんは可愛いんだからー!」
「ネレニア様、私も、私も抱っこしたいです!」

 コルがネレニア様とアニュス様に抱っこされてもみくちゃにされているのを見ながら、私たちは先ほどまでの嫌な気持ちなど吹き飛ばす勢いで笑った。
 姉はこれからも、私の幸せを邪魔しようとしてくるのだろう。
 しかし、ここにいる人たちがいれば絶対に大丈夫だと思えてくるから不思議だ。
 以前は一人で立ち向かおうとしていた。
 でも、今はこんなに沢山の人が居る。
 姉の言葉に惑わされること無く、私を見てくれる人たちだ。
 惑わされた元婚約者がおかしかっただけだと言えば、それだけなのだが……
 平気なフリをしていたが、やはり、ショックだったのかもしれない。
 本当に、人の心とはままならないものだ……と、誰にも気づかれないように吐息をついた。

しおりを挟む
感想 87

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...