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第一章
1-23 幸せとは……
しおりを挟む三人が三人とも力尽きたようにドサリとソファーに座るのは異様な光景であった。
何があったのか尋ねるより先に、私たちはお茶やお菓子の準備をして、とりあえず寛いで貰うべく三人へ勧める。
首元を緩めて息を吐くゼオルド様の心臓に悪い姿は視界から追い出しつつ、こっそりと三人の様子を窺った。
「あー……ゼオルド様、お嬢様方が困ってますよ」
「え……あ、すみません」
すぐさま気まずそうに頭を下げてくれたのだが、男性が三人も揃って疲労困憊している状況が気になって仕方が無い。
あと、ランスさんが抱えている大荷物も気になってしまうが、今はそちらよりも彼らの方が心配だ。
「い、いえ、楽になさってください。ところで……何かあったのでしょうか」
「そう……ですね」
苦笑いをするゼオルド様は、それ以上語るつもりがないのか、無言のままランスに持たせていた木箱をテーブルの横へ置かせた。
大きな木箱に、どういう意味があるのだろう……
「とりあえず……死守するので大変だったとは言っておこうか」
クロヴィス殿下も苦笑しているが、視線で開けてみろと言っているようだと察して、ランスが置いた木箱の蓋を開く。
中には、これでもかというほど美しい刺繍と、煌めく宝石がちりばめられている布地が丁寧に折りたたまれて入っていた。
語彙力を失うほどの繊細なデザインに、思わず目をパチクリさせてしまう。
「あら? これはククルのウェディングドレス……おかしいですわね。明後日届けさせる予定でしたのに……」
「どこで嗅ぎつけたのかわからんが、どこぞの女狐が横取りしようとしていてな……連絡が入り、私たち三人で駆けつけた際に一悶着あったのだ」
「強烈な方でしたね……」
どこぞの女狐――おそらく、私の姉エウヘニアのことだろうと察し、私は慌てて頭を下げた。
「私の姉が申し訳ございません!」
「もう縁を切ったのだろう? そなたが頭を下げる事では無い」
気にするなと手をひらひらさせるクロヴィス殿下の横で、ゼオルド様はしきりに上着をバサバサさせて何かを払うようにしている。
彼にしては珍しいくらい眉間に皺を寄せていて、とても不機嫌そうだ。
「どうしたのですか?」
「いえ、たいしたことでは……」
そのように見えないから聞いているのだが、眉間の皺が更に深くなる。
とても不快だと言わんばかりのオーラを放っていて恐ろしい気配が全身からにじみ出ていた。
しかも、それがこの場にいる人に向けられていないとわかっていても、言葉に出来ない威圧感があった。
なまじ顔が整っているから、余計に恐ろしく感じるのだろうか。
「すごい匂いの香水だったから不快なのでしょう。彼は嗅覚が良いようですから」
フォローを入れるようにヒューレイ様が穏やかに語っているのだが、ネレニア様が頬を引きつらせて体を少しだけ反らした。
そして、小さな声で……「怒ってるとか珍しい……」と呟く。
間髪入れずに、アニュス様も頷いて見せる。
もしかして……三人とも怒っている……?
「まあ、ドレスに指一本触れさせなかっただけでも良しとしよう」
「そうですね……」
「その代償は色々と……でしたが……」
もしかして……と、三人を見つめる。
クロヴィス殿下はみなぎる自信が窺える正統派の美形。
ゼオルド様は物腰が柔らかいのに野性味溢れる美形。
ヒューレイ様は優しく穏やかで知的な美形――
三人三様の美形に、あの面食いは何をしたのだろうか。
どこまで恥知らずな姉の行動に呆れながらも、彼らに対して申し訳なさが募る。
「ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません」
「ゼオルド様が抱きつかれただけですので、問題ありませんよ。風呂に入れば大丈夫です」
三人が揃って曖昧に言葉を濁し、何があったか詳細に語らない。
それが更に不安を募らせていたのだが、痺れを切らしたランスがあっさりとバラしてくれた。
三人が固まって次の瞬間、同時に振り返ってランスを睨み付けるが、彼はヤレヤレと溜め息をつく。
「聡いククルーシュ様にヘタな隠し事は悪手だって判りそうなもんですけどねぇ。しかも、あれだけ大騒ぎしたんだから、いつか耳に入ることでしょう。隠すだけ無駄ってもんですよ」
三人揃って何やってんだと言いたげなランスの正論に、それぞれが勢いをなくして「確かに……」と納得したのか深く息を吐いた。
「だ、抱きついた……」
人の婚約者に何をしているのだという怒りがふつふつと湧き上がる。
本当にわかっていないのだ。
私から奪っても幸せになれないと、何故わからないのだろうか……
しかも、ドレスのことをどこで知ったのだろう。
「王家御用達の職人は限られているから、探りを入れていたんでしょうね。そういうところに知恵は回るとは……呆れてしまうわ」
「悪知恵だけは……というタイプですわね」
何故だろうか……この場にいる私以外のメンバーが、私以上に怒っている。
嬉しいやら申し訳ないやら、どうしたらいいかわからないが、とりあえずもう一度謝罪をしておいた。
個人的に縁を切っていても、他の方々には関係無いことだ。
迷惑をかけたのなら、謝罪するのが当たり前である。
縁を切ったから無関係だと言い切れるほど、鋼の心臓は持ち合わせていない。
『マスターのお姉さんは、結婚式を妨害しようとしているのでしょうか』
「多分ね? 姉は、私の物が全部欲しいのよ……」
『どうしてですか?』
「奪うことで自分が上で、幸せになれると思っているのよ」
『どうしてそれで幸せになれるのでしょうか……マスターはマスターであり、お姉さんはお姉さんです。同じ物を手に入れたからといって、必ず幸せになれないのに……だって、お姉さんはマスターになれないのですから』
確かにその通りだ。
だが、それが姉には判らない。
私が幸せであればあるほど不幸に感じる思考が私には理解出来ないように、姉にも私の考えが理解出来ないのかも知れない。
私の元婚約者を奪ったときに感じていた幸せは、どこへいってしまったのだろうか。
皆目見当も付かない。
『前のマスターは言っていました。幸せとは人によって形が違い、全く同じ物は無い。近くにあるようで遠く、遠くにあるようで近く、つかみ所が無いようで、いつも当たり前のようにそばにある。だからこそ、人は容易く見失い、自分の幸せの形をいつも探しているのだと……』
コルの言葉は、私たちに深く染みていく。
初代国王陛下の言葉……勇者の言葉は、とても深くて胸にくるものがあった。
そう考えてしまうだけの物を沢山知り、沢山感じて生きてきたのだろう。
勇者や初代国王という重圧――それを全て理解出来る人は居ない。
それでも彼は強く生きてきたのだ。
コルが語ってくれた言葉を残せる人だからこそ、光り輝く存在として五百年後の世界でも語り継がれ、今も人々に愛される存在なのかも知れないと感じた。
『ボクはこう考えています。幸せとは奪う物では無く、そばに寄り添うものだと……だから、ボクはマスターに寄り添って貰えて嬉しいんです。頼って貰えたら幸せですし、名前を呼んでくれるだけでもここにいて良かったと思うんです』
「その言い方だと、コルの幸せは私だということになるわ」
『そうです! ボクの幸せはマスターです! そして、マスターを大切にしてくれる皆さんと、お友達になれたことです!』
迷いの無い純粋な言葉に涙が溢れそうになる。
初代国王陛下が逝去してからずっと、コルは私を待っていた。
そのコルが幸せだと言ってくれることが、何よりも尊くて愛しい。
「私もコルに出会えて良かった……ありがとう。私のところへ来てくれて……」
『はい! ボクはマスターを守りますから、安心してくださいね!』
「コル殿……ですから、それは私も……」
『勿論です! ゼオルド殿は同志で友達ですから!』
テーブルの上でゆらゆら揺れて、喜びを表すようにクルリと回るコルを、ネレニア様が手を伸ばして抱き寄せる。
「もー! コルちゃんは可愛いんだからー!」
「ネレニア様、私も、私も抱っこしたいです!」
コルがネレニア様とアニュス様に抱っこされてもみくちゃにされているのを見ながら、私たちは先ほどまでの嫌な気持ちなど吹き飛ばす勢いで笑った。
姉はこれからも、私の幸せを邪魔しようとしてくるのだろう。
しかし、ここにいる人たちがいれば絶対に大丈夫だと思えてくるから不思議だ。
以前は一人で立ち向かおうとしていた。
でも、今はこんなに沢山の人が居る。
姉の言葉に惑わされること無く、私を見てくれる人たちだ。
惑わされた元婚約者がおかしかっただけだと言えば、それだけなのだが……
平気なフリをしていたが、やはり、ショックだったのかもしれない。
本当に、人の心とはままならないものだ……と、誰にも気づかれないように吐息をついた。
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