ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-24 気持ちを静める特効薬

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「そうだ……ククル、折角なのでドレスを広げて見てみませんか?」
「皺になっては困るので、こ、このまま……職人さんが来たら袖を通しますから見てくださいね」
「勿論です。その時が楽しみですね」

 柔らかく微笑む彼に微笑み返していると、アニュス様とネレニア様が私の方へ体を向けた。

「最終調整ですわね。完成が楽しみですわ」
「私も手伝うから、待っていてね」
「はい!」

 木箱の中を遠くから覗き込んでいたランスは首を傾げながら、妙に布が少ないな……と呟くが、デザイン的に仕方が無い。
 おそらく、アニュス様やネレニア様が着用したドレスは、ふんだんに布地とレースがつかわれていたはずだ。
 しかし、私が注文したドレスでかさばるのは、裾の大きなフリルのみである。

『流行のドレスでも問題無いように妙案を思いついていたのに……却下されてしまって残念です』
「コルちゃんは、何を考えていたの?」
『ボクがお二人を乗せて天空から登場するんです! 凄くないですか?』
「……それは失神する人が出るわね……奇抜な発想で素敵だけど……周囲が持たないからダメね」
『そうですか……マスターのお役に立ちたかったのですが……』
「でも、アイデア自体はとても楽しいものだから、自信を持ってね?」
『ありがとうございます!』

 ネレニア様の励ましで喜びをあらわにするコルではあったが、その提案を聞いていた他の方々は顔を引きつらせている。
 この件を知っていた私とロレーナとアニュス様は、何も言えなくなってしまう。
 コルの気持ちはありがたいのだが、もしそれを実行していたら、とんでもない大騒ぎになっていたはずだ。
 国王陛下の耳に入らなくて良かった……コルの提案だと聞いたら、率先して行いそうな危険性がある。
 初代国王陛下至上主義も大概にしてほしい。

「あれ? ゼオルド卿、首のところに血が……ああ、傷がありますね」
「あ……爪が当たったのでしょう」
「思いっきり払っていたからな……」

 人の婚約者に何をしてくれているのかと怒りが湧き上がるが、先ほど調合していた傷薬を思い出して、彼の方へ杖をついて歩み寄る。
 コツコツと床をつく杖の音とともに、シャラシャラという涼しげな音がして、ゼオルド様たちは音の発生源に視線を移す。

「杖が……変わったか?」
「どうやら、私の成長に合わせて開花していくようで……」
「さすがは初代国王陛下の賜物ですね」

 クロヴィス殿下に続いて、そう言ったヒューレイ様も実は初代国王陛下至上主義ではないかという疑問を抱くが、国王陛下ほど傾倒しているわけではないので大丈夫だろう。
 いや、国王陛下たちのせいで、過敏になっているだけかと考え直す。

「ククル、何も歩いてこなくとも、何かあれば言ってください」
「ただ、先ほど作った傷薬を塗って差し上げようと思って……」
「え? あ……それは……嬉しいのですが……」
「さあ、私と席を交換しましょう。此方へどうぞ」

 ヒューレイ様が私の体を支えて自分がいた場所に座らせてから、私が居た席に座って隣のネレニア様に微笑みかけると、彼女はよくやったというように淑女らしからぬニンマリとした笑みを浮かべた。

「このままでは服に薬が付着してしまいますので、もう少し首元を開いて貰ってもよろしいですか?」
「あ、はい」

 ぐいっと無造作に開かれ、無防備になっている首に浮かぶ筋までカッコイイという理不尽さに言葉を失う。
 この婚約者は何故顔だけではなく、肉体も恵まれているのだろうか……
 そんな芸術的な肉体に不釣り合いな赤い筋には血が滲んでいる。
 清潔な布地に水を浸して適度に絞ってから血を拭い、傷薬を適量指に取って馴染ませていく。
 薬草の香りは嫌な感じでは無いが、彼の衣類についた甘ったるい香りは胸焼けがしそうだ。
 おそらく、三人とも嗅覚が麻痺したのだろう。
 こんなに匂いが残るほど香水をつけているなんて……

「ヒューレイは抱きつかれたわけでもないのに、匂いが残っているのね」
「そう?」
「でも、この匂いって……去年、男性を落とす魅惑の香りとか言って流行った香水でしょ?」
「男性には受けが良くなかった香りですわね」
「一部の男性には受けていたみたい」

 昨年の社交界の様子をアニュス様とネレニア様で思い出しながら語ってくれたが、あの当時姉は人々から白い目で見られていたはずなので、買ったはいいが使いどころが無かったのかも知れない。
 むしろ、既婚の身でありながら、何故そのような触れ込みの香水を買ったのか謎である。

『そういえば、前のマスターが「妻に頼まれた」と言って作っていた香水があったような……』

 初代国王陛下の妻である王妃殿下はとても優しい方だったと聞いている。
 その方が求める香水がどんなものであったのか気になって、私たち女性陣が身を乗り出す。

「コル、それはどんな香りだったの?」
『えーと……その気にさせる誘惑の香り……? とか言ってました!』

 錬金術のレシピには、そういう類いの物も含まれるのか……と言葉を無くしていたら、全員が揃って私を見る。
 その視線の意味に気づいた私は必死に首を横に振り、疑惑を否定完全否定した。
 しかし、何故か曖昧な笑みを返されてしまう。
 とんでもない誤解で、濡れ衣だと主張したくて否定しようとしたのだが、変な体勢から勢いよく体を動かしてしまったからか、体のバランスを崩してソファーからずり落ちそうになってしまった。

「おっと!」

 すぐさま横から伸びてきた手が私の体を抱え込んで事なきを得たが……いつまで経っても離れる気配が無い。
 どうしたのだろう……
 疑問を抱きながらゼオルド様を見ると、彼は嬉しそうに微笑んでいるだけであった。
 え、えっと?
 戸惑う私を抱える満足げなゼオルド様――どうしたらいいのか困惑していたら、クロヴィス殿下が呆れた様子で声を上げた。

「おい、誰か絵師を呼べ。こんのしまりのないゼオルドの顔を後世に残してやれ!」

 クロヴィス殿下が冗談半分本気半分といった様子で叫ぶように外へ声をかけるが、ゼオルド様は開き直ったように「先ほど受けた痛手の回復中ですから邪魔しないでください」と言ってのける。
 先ほどのダメージ……姉が抱きついたから、私を抱きしめて回復中だとでも言うのだろうか。
 それで回復するのなら良い……いや、本当に良いの?
 頭の中で疑問がグルグル渦巻く中、クロヴィス殿下が面白くなさそうに呟く。

「最近は動じなくなったな」
「はい。わだかまりが無くなったので……」
「そうかそうか、それは良かった」

 呆れているクロヴィス殿下に余裕の笑みを返しているゼオルド様を見ていたヒューレイ様が、「あれ?」と声をあげた。

「ゼオルド卿……左首にあった傷……もう癒えたのですか?」
「そういえば……チリチリした痛みが無い……」

 そう言われて彼の首筋を見てみると、さきほどまであったはずの赤い筋が見事に消えている。
 誰に言われなくてもわかった……これは、傷薬の効果だと――

「ククルが作る物は常識を打ち破るためにあるもので、我々の精神鍛錬には良いアイテムだな」
「ですが、とても良い物ですわ」
「違いない」
「これほど効果がある傷薬なら、少し薄めて価格を下げたら、民衆にも喜ばれそうですね」
「それぞれの濃度でランク付けして、それに見合った価格にするのね? それは良い考えだわ。ホーエンベルク商会が初めて取り扱う品物に相応しいわね」

 王太子殿下夫妻とウリアス夫妻の会話を、ゼオルド様に抱っこされた形で聞いていた私は、何とか平常心を保とうと必死であったが……

「まあ、とりあえず、ゼオルドの気持ちを静める特効薬は、暫く大人しくしていることだ」
「そうですわね。眉間に皺を寄せた状態を見ているのは面倒ですもの」
「平和の為に、お願いしますね」
「羨ましいわ……私もククルとコルちゃんをセットで抱っこしたい……」

 ニヤリと笑うクロヴィス殿下。
 意味深に微笑むアニュス様。
 読めない表情で目を細めるヒューレイ様。
 純粋に羨ましいと唇を尖らせるネレニア様。
 それぞれの反応を見ながら、私たちが仲良くしている様子に上機嫌でふわふわ浮いているコルに曖昧な笑みを浮かべる。
 嬉しそうに私を抱きしめる彼に恥ずかしいとは言えず、結局は小さくなることしか出来ずに居た。


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