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第一章
1-30 誰かの笑顔のため
しおりを挟む先ずは、安定剤を作成して、それから本命のヒートドリンクとコールドドリンクの効果を併せ持つアイテムを創り出さなければならない。
安定剤の材料になる水は簡単に用意できるが、問題はポム草だった。
しかし、私が必要だと言っていた事を覚えていたロレーナがランスさんに頼んだらしく、わざわざ郊外まで採取してきてくれたようだ。
王都近辺では白以外のポム草は見たことがなかったのに、ちょっとした穴場があるようで、ランスさんは他にも水色と赤色のポム草も用意してくれていた。
実際に見てみると、タンポポの花が丸くなったような可愛らしいフォルムをしている。
ふわふわな手触りの花に感動しつつ、採取してきてくれたランスさんにお礼を言うと、彼はとても嬉しそうに相好を崩した。
「まあ、外はまだ危険だと思っただけなんですがねぇ」
「姉がうろついていたようなので、どうしようか迷っていたところでした」
「ああ……やっぱり、そうでしたか」
本当に困った姉だと溜め息をつき、そういえばアニュス様たちの参加したパーティーにも来ていたようだが……と思い出す。
「例のガーデンパーティーでも、アニュス様たちにも無礼なことをしたのではないでしょうか……」
「いいえ、子犬が吠えていたくらいで、何もございませんでしたわ」
「こ、子犬……ですか?」
「アニュス様、例えられた子犬の方が可哀想です。羽虫程度でよろしいかと」
それもそうねとアニュス様とネレニア様が軽やかに談笑しているが、内容が怖い。
ガーデンパーティーの主催者である公爵家も、『勇者様を崇拝する会』の一員なので、この場にいるのだが……深く何度も頷いている。
う、うん……これは、各方面に多大なるご迷惑をおかけしたと思って良いですよねっ!?
「私の姉が、本当に申し訳ございませんでした」
「あら、縁を切った姉のことで謝罪は不要ですわ。あんな姉を持ったククルが可哀想で……少しお話をしただけですし」
「ええ、すこーし……ね」
「まあ、あの程度で済んで良かったですよ」
ふふふっと和やかに笑うアニュス様とウリアス夫妻に底知れぬものを感じて頬を引きつらせていると、コルが「仲が良いですよね」と楽しそうな様子で手書きのホワイトボードを見せてくれる。
ええ、本当に仲が良いというか……気が合うというか……敵に回したらマズイ方々ですよね!
本当に味方で良かった……
『マスター、一応材料は足りているみたいです』
「そうね。じゃあ、安定剤から作りましょうか。色の違いで相性も関係していくると思うから、赤と水色を使わせて貰いましょう」
『はい! では、準備をしますね!』
コルはテーブルから少し離れた場所で元の大きさに戻ると、準備万端だというようにホワイトボードに『いつでもどうぞ!』と書いて見せてくれた。
とりあえず、ポム草を赤と白と水色で、それぞれ調合していく。
全く問題なく、すぐに出来てきた安定剤は、ガラスのフラスコに入っていた。
負担らしい負担も無く、このガラスの器を生成するのに魔力を多めに消費したくらいだろうか。
みんなには、それぞれの色に染まった水のように見えているのだろう。
だが、魔力を持つ者にならわかるはず……その途方もない魔力量が……
「安定剤の重要性がわかったわ……途方もない魔力が濃縮された液体なのね」
『その通りです! 相反する属性や反発する素材であっても、この安定剤が中和してくれると前のマスターが言っていました』
本当に蓮太郎さんは凄い……私も負けていられない!
そう気合いを入れて、安定剤の品質を今後は上げていく努力をしようと決意する。
おそらく、これで品質が左右されるはずだ。
今回のヒートドリンクとコールドドリンクに相性が良いのは、赤色と水色の中和剤である。
「……二つとも入れたらどうなるのかな」
『基本的には中和剤は一つ使用するようです』
「だったら、より効果が現れて欲しいヒートドリンクをメインにした方が良いかもしれないわね」
火炎草の粉末、氷結晶、赤い安定剤、神聖水――
一応、材料は全て揃った。
本当は永久氷結晶を作ってみたかったが、今の私では難しい。
おそらく、途中で魔力が足りなくなって倒れてしまうだろう。
調合するたびに倒れていたら、みんなから止められる可能性もあるし、いらない心配をこれ以上かけるわけにもいかない。
私の力は、蓮太郎さんには及ばないと理解しながら、自分の出来る範囲で頑張り続けようと気合いを入れた。
「コル、今から新しい試みを開始するわ。おそらく、今の私のレベルではギリギリだろうけど……サポートをお願いね」
『お任せください!』
深く息を吸って吐く。
意識を集中させて、材料を次々に投入していき、最後に安定剤を投入した瞬間から、私の魔力が杖を伝い大量に流れ込んでいくのがわかった。
これではこの前の二の舞だ。
出来るだけ流し込む魔力の量を調節しなければならない。
今までは繊細なコントロールが必要では無かったけれども、今回は違う。
一回かき混ぜるだけで、体に容赦ない負荷がかかってくる。
額から汗が流れ、鍋の中もなかなか安定しない。
歯を食いしばり、杖を持つ手に集中していると声が聞こえた気がした。
『うまいうまい、そのまま優しく……そう、いいね!』
蓮太郎さん?
背後に感じる大いなる存在――
震える私の手を支えるように重なった手が見える。
うっすらと輝く手は、どうすれば良いのか導いてくれているようだった。
空いている彼の左手は私の肩をポンッと叩く。
力が入りすぎていると言いたいのだろうか……
『物作りを楽しんでくれ。このアイテムは、必ず誰かの役に立つ。その人の喜ぶ顔を思い浮かべるんだ』
このアイテムを作る切っ掛けを思い出し、そして……喜んでくれるだろうゼオルド様の方へ自然と視線を向けた。
今は心配そうに固唾を呑んで見守っている。
握りこまれた手は白くなっていて、どれほど心配しているのかわかるほどだ。
ゼオルド様の力になりたい。
喜んで欲しい……そして、このアイテムが、彼だけではなく、いずれ沢山の人に笑顔をもたらすようになれば、私も嬉しい。
『そう、錬金術はそれが原動力だ。誰かの笑顔のためにアイテムを作っていける錬金術師になって欲しい。ヒナリちゃんなら、きっと大丈夫』
ああ……この人は本当に私の師なのだと、その時に強く感じた。
優しく、強く導いてくれる光。
沢山の思いと願いをこめて、後継者に選んでくれた彼に恥じない弟子でいよう。
額から流れる汗も、震える手も、今は気にならないくらい心に何かが満ちていた。
私の気持ちに呼応して、黄金の粒子が舞い始める。
その不思議な光景に辺りから声が上がったが、何も不安に思うことはない。
杖がシャラシャラ音を立て、黄金の光が辺り一杯に広がりを見せ、ゆっくりとガラス製の小瓶が鍋から出てきて宙に浮かぶ。
『さあ、新しいアイテムの完成だから命名して』
め、命名?
ど、どうしよう……それは考えていなかった。
思わず頭を抱えてしまう私の異変を察してか、ゼオルド様が急いで駆け寄ってくる。
「ククル! もしかして、具合が悪いのでは……」
「あ、いえ……あの……その……新しいアイテムに命名をしないといけないみたいで……そこまで考えていなくて……」
私がオロオロと説明していたら、心配して駆け寄ってきてくれた人たちは全員安堵の吐息をつく。
「命名は難しいわよね……商品の印象を左右するものだもの」
「わかりやすい方が良いかもしれませんね」
すかさずウリアス夫妻が助言をしてくれたので、私はそれを念頭に置き、平凡で捻りも何も無いが『ホット&コールドドリンク』と命名する。
私にネーミングセンスが無かったことに泣きたくなってしまったが、「わかりやすいな!」とひとしきり笑ったあと、不意に蓮太郎さんの気配が消えた。
最後に「新アイテム制作の成功おめでとう」と言い残して――
もう少し話をしていたかったのも事実だが、今はこの手にある『ホット&コールドドリンク』の成功を喜ぼう。
さすがに消耗しすぎて私の体が限界だと思ったのか、ゼオルド様は無言で私を抱き上げてソファーへ連れて行ってくれる。
ロレーナも、すぐさまお茶を淹れてくれたし、他の方々も興奮冷めやらぬといった様子で、私の目の前に置かれた新アイテムに興味津々だ。
コルも小さくなって私のところへ飛んできたかと思ったら、テーブルの上にある新アイテムの周りをクルクル回って眺めている。
「何とか……成功しました」
「お疲れ様です、ククル」
「うむ、よくやったな。偉いぞ」
まるで兄のように私の頭を撫でるクロヴィス殿下に習うように、アニュス様とネレニア様とヒューレイ様が続く。
最後にゼオルド様も労るように優しく撫でてくれたのが嬉しくて、私は優しい友人達に満面の笑みを浮かべてお礼を言った。
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