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第一章
1-31 自分の限界と後方支援
しおりを挟む初めてオリジナルレシピで創ったアイテムだが、品質はイマイチだ。
私の持てる力を全て注いだ結果は無残な者で、厳しい現実を突きつけられてしまった。
現時点の私の限界――その事実がただ悔しい。
『品質が良くなかったのですね』
私の表情から察したのか、コルがションボリとした様子でホワイトボードを見せる。
「今の私にはコレが限界みたい。所要時間が大幅にカットされているポーションで、五分しか持たないの……低品質も甚だしいわ」
悔しい……言葉にならないほど悔しい。
まだまだ実力不足なのだと痛感して悔しさで涙がにじみそうだ。
しかし、泣いても何も変わらないのでグッと堪える。
『前のマスターも、同じような表情をよくしていました』
「……そうなの?」
『はい。むしろ、マスターは最初からオリジナルアイテムを形にしただけ凄いと思います。前のマスターは、ちょっと大雑把だったので、よく失敗していましたし』
「最初から凄い調合をしているのだと思っていたわ……」
『とんでもない! 最初なんて失敗ばかりで……失敗しても、自分の為のアイテムは笑い飛ばすのに、誰かの為のアイテムは、マスターのように悔しそうにしていました』
蓮太郎さんも同じだったのだと知って安堵したような……勇気づけられたような気がした。
この悔しさを知りながらも、彼は『楽しめ』と言ったのだ。
大きいな……
「……師匠の背中は大きいなぁ」
『マスターならやれます! きっと、前のマスターを超えられます!』
「いつか、初代国王陛下のレベルに到達したいわ。よし……コレをあと三本は用意したいわね」
『今日は無理です。マスターの体が持ちません』
コルに指摘されなくても、そのことは自分が一番良くわかっていた。
一日に一本――
あまりにも効率が悪い。
その間、ゼオルド様たちを待たせることになるのも申し訳が無かった。
「五分……持つのですよね?」
「は……はい」
「それなら問題ありません」
「はい?」
「五分で終わらせます」
爽やかな笑顔で言い切ったゼオルド様に、周囲の人たちも「は?」という顔をしている。
この言葉に一番慌てたのは国王陛下だ。
「何を言い出すのだ。あの中心に到達するのに五分では……」
「いえ、到達するだけなら一分もいりません」
「お前、それ……本気かっ!? お前の加護の力……昔より強力になってないかっ!?」
「最近特に使いやすくなった……というか、とてもやりやすくなりました」
穏やかに微笑んでいるゼオルド様を見ながら、私は何故か声をかけてくれた偉大なる神のことを思い出していた。
世界を渡る偉大なる神は『その男の呪詛は払った』と言っていたから、その影響かもしれない。
呪詛が彼をどう縛っていたのか判らないが、偉大なる神との出会いを経て異様な魔物への執着心が薄れ、人々の言葉に耳を傾けられるようになったという自覚症状もあるので、呪詛は彼を『狂戦士』へ変貌させていたのでは無いだろうかと、私は考えている。
目標を達成するためなら、どんな犠牲も厭わず、己すら顧みない状態になるという『狂戦士』――
もし、その状態を解除してくれたというのなら、心から感謝したいくらいだ。
しかし、それだけ強い加護を持つことを、この場にいる人たちに知られても良かったのだろうか……
王族と宰相閣下と騎士団長が知っているのは知らされていたし、この国を支える数少ない公爵家で良識を持つ方々だけが『勇者様を崇拝する会』のメンバーであり、事情を知った上でこの場にいることも判っている。
しかし、公爵家の力関係に詳しくない私は、彼らが事実を知ることで、いらない警戒心を持つのではないかと心配になった。
だが、それも杞憂だったようで、名だたる公爵家の当主達はゼオルド様を「勇者様の力の後継者かもしれない」と言いだし、私が技術を引き継いでいることから、『勇者様に見初められた後継者夫妻』だと騒ぎ始める。
……う、うん。
この方々は、初代国王陛下である勇者様が絡めば、何でもOKなのね……
そんな方々の前で、直接降臨して私の手助けをした蓮太郎さんは、ある意味凄いことをやってのけたのかも知れない。
いや……もしかしたら、それも見越した上での行動……だったとか?
意外と策士?
『色々理解してくださって、皆さんとても良い方々ですよね!』
「ええ……平和よね……」
『平和なのは良いことです! 前のマスターが望んだ世界ですね!』
「……そうね。こんなに賑やかなのも、平和な証よね」
私のポーションやゼオルド様の力は、人生を華やかに色づける物なのか、彼らの目は少年のように輝く。
見た目は、初老の方から中年の方が多いというのに、真っ直ぐに熱中する物があるだけではなく、無邪気で元気な様子が微笑ましい。
「男性は皆、年齢を忘れてはしゃいでおりますわね」
「楽しそうで何よりですわ」
「できれば、この館の中だけにして欲しいがな……」
王妃殿下が楽しげに笑い、それにアニュス様も同意する。
クロヴィス殿下だけは、その輪に交じらず優雅にお茶を飲んでいた。
本当は混じって話をしたいのだろうが、アニュス様にみっともない姿を見せたくは無いのかも知れない。
あくまでも、冷静な王太子殿下という立ち位置を崩したくないようだ。
「しかし……低品質とは言え、自らの力で新しい物を創り出すなんて……とても素晴らしいことだわ」
「お、王妃殿下にそうおっしゃっていただけて光栄です」
「まあ、そんなに硬くならなくても良いのですよ? 何か困りごとがあれば、いつでも頼ってくださいね。今までは難しかったのですが、貴女とコルちゃんの発表をした後なら、誰も文句を言えないでしょうから」
うふふっと含みのある笑い方をする王妃殿下に、私も曖昧な笑みを返した。
こ、怖い……さすがは、あの国王陛下を支え続けてきた方だ。
とても頭の良い方なのだろうと、それだけで察することが出来るというものである。
「ところで……ククル。アイツは五分で良いと言ったが……どうする?」
「せめて、スペアが欲しいので、最低でも追加で一本作成するまで待っていただくつもりです」
「懸命な判断だ。アイツは本当に危ういというか……ギリギリを攻めるクセがあるから、そこのところのフォローを頼む」
「お任せください」
クロヴィス殿下と口を挟もうかと様子を見ていたウリアス夫妻は、私の返答に安堵した様子を見せた。
昔の彼をよく知る人たちだから、彼が無茶をしないか心配したのだろう。
万が一ということがある。
だからこそ、準備万端で挑みたい。
彼の力を信じていないわけでは無いが、これは後方支援をする者として当たり前の考えである。
「本当は五本くらい用意したいのですが……時間もなさそうですよね」
「そうだな。できるだけ早いほうが良いかも知れない」
不穏な報告も上がったからな……と、クロヴィス殿下が低い声で呟く。
今朝方、祠の周辺に氷の華が咲いたという報せが届いたらしい。
王家に残る資料によれば、その状態になった祠の中は人が滞在するのも難しい極寒である可能性が高いようだ。
「……神聖水も、神殿で準備された物と、私たちで準備した物を追加して持っていっていただきましょう。祠の中がその状態なら、念には念を入れて三本は欲しいです」
「そうか。なら、それで調整しよう」
「待ってください。私は一本でも十分です。これ以上、ククルに負担をかけられません」
私の事を心配しての言葉だと十分に理解した上で、私は柔らかくゼオルド様に微笑む。
「私はゼオルド様の力を信じていないわけでは無く、後方支援をする者として当然のことをしているだけです。余裕を持って、最大限の力を発揮できるようにするのが、これからの私の勤めだと思っております」
「ククル……」
「結婚式が迫っているのに、大怪我を負ったなんてことになったら……コルと一緒に泣き暮らしますよ?」
「え……そ、それは……勘弁して欲しいというか……なんというか……貴女に負担をかけたくないだけなのです!」
「それはお互い様です。私は戦闘が出来ないので、こうして支援くらいさせてください。私は貴方の妻になる身であり、錬金術師なのですから。それに、夫婦は助け合いと言いますでしょう?」
そう言った私に、ゼオルド様は顔を歪めてから不器用に笑う。
今まで考えたことが無かったのだろう。
自分が無理をすることが当たり前だった彼に、少しでも私の覚悟ある言葉が届けば良いのだけれども……
「ありがとう……ククル」
「私こそ、感謝しております」
『では、また明日、マスターはポーション作成ですね! 腕が鳴ります!』
そうホワイトボードに書いたコルは、本当に腕をぐるんぐるん回して見せる可愛らしい姿に、全員が笑う。
無邪気なコルに癒やされながら、また明日という日を楽しみにしようと、『勇者様を崇拝する会』のメンバーたちは、仕事の割り振りを話し合いはじめる。
あの……そろそろ、真面目に仕事をしたらどうですか?
「そのうち、ここに書類を持ち込んで仕事をしそうだな……」
クロヴィス殿下の言葉は、まるで何かの予言のようで――何故か、私やゼオルド様を始としたいつものメンバーは笑えずに居たのである。
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