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第一章
1-33 疲弊した四聖珠
しおりを挟むゼオルド様とコルが祠に入って数分。
すぐに冬の気配が薄らぎ、瞬く間の間に彼が四聖珠の元へ辿り着いたのだと気づいた。
国王陛下やクロヴィス殿下は、さすがだと言ってくれた安堵していたのだけれども、そこからが長かった。
なかなか、ゼオルド様が戻ってこないのだ。
さすがにこれはおかしいと不安になってしまいソワソワしていると、クロヴィス殿下が祠の入り口付近まで歩いて行き、中の様子を見て首を傾げる。
「正常に稼働しているな……何故戻ってこないのだろうか」
「中で何かあったのかもしれんな……」
勇者様の事を語っていた国王陛下でさえ、心配になってしまい祠へ向かう。
四聖珠が私の魔力に反応していたので、近づいて良いのかどうかもわからず、ただ椅子に腰掛けたままゼオルド様とコルの帰りを待っていた。
中で何かあれば、コルだけでも帰ってくるはずだ。
大きくなって運ぶことも出来るし、コルは何より賢い。
元々、蓮太郎さんのサポートをしていたので、様々な経験から得た知識で動けるはず……
不安に胸が押しつぶされそうになっている私を、ロレーナとランスが気遣ってくれたが、二人は戻ってこない。
時間だけが過ぎ、そろそろ中を確認しに行くかとクロヴィス殿下が祠の扉に手をかけた瞬間、ゴゴッと重い石のこすれる音と共に扉が開いた。
「ゼオルド、遅かったではないか」
「すみません。少々困ったことになってしまいまして……」
「困ったこと?」
「困ったことぉ?」
ん?
誰の声?
子供特有の舌っ足らずで高い声色――
ゼオルド様とコルが顔を見合わせて深く溜め息をついているし、クロヴィス殿下と国王陛下も声がした方へ視線を向けて、若干引き気味だ。
私の方角からは見えない何かが、そこにいるのだろうか。
「あー! クッキーの人だぁ! クッキーちょうだいぃ」
クッキーの人?
そう思っていると、ゼオルド様のところから何かがふわりと飛んできた。
頭から背中、尻尾にかけて白に近いグレーの毛と、おなかの部分の白い毛が、とてももふもふしている。
あ……これはこねくりまわしたいくらい可愛いもふもふ!
翼膜を広げて滑空してきたもふもふは肩に着地すると、私の体を移動してまとわりつき始めた。
「わぁ、レンとそっくりな魔力だぁ! すごーい! レンが作ったのより美味しいクッキーちょうだいぃ」
「え、えっと……?」
「あ、自己紹介するねぇ」
私の体の表面をクルクル回って色々調べていたのか、クッキーを探してまとわりついていたのか、落ち着いたらしいもふもふは、私の膝上に来て黒く大きな瞳で見上げてくる。
「モエっていうの、レンがつけてくれたんだよぉ」
「自己紹介ありがとう。私はククルーシュ・トレッチェン。ククルと呼んでね」
元気よく返事をする愛らしいもふもふは、どこからどう見ても、くりくりしたお目々が可愛いエゾモモンガだ。
翼膜を広げていないと球体だと思えるほど、まん丸で可愛らしい。
しかし、何故……四聖珠を祀った祠にエゾモモンガがいたのだろうか。
「え、えっと……とりあえず、説明しますね」
どこか疲れたようなゼオルド様とコルが此方へやってきて、国王陛下とクロヴィス殿下も困惑した様子で後ろへ続く。
すぐさま全員分の席が用意され、モエは何故か私の膝上が気に入ったらしく離れようとしない。
しかし、それでは全員から姿が見えないので、テーブルの上に手のひらを置くと、そこへ鎮座して私をジーッと見上げる。
うん……皆には背中しか見えませんね。
真っ黒なくりくりのお目々で見上げられ、可愛いから許す! と言いたくなってしまうところは師匠譲りかも知れない。
コルはゼオルド様のところで大人しくしつつ、此方の様子を窺っているようだし……この子……いったい何者?
「とりあえず……報告を頼む」
片手で額を覆っているクロヴィス殿下は、かろうじてそう言うとゼオルド様を見た。
ゼオルド様も乾いた笑みを浮かべて頷き、祠の中での出来事を話し始める。
「ククルのおかげで、すぐに中心部へ移動できたのですが……あまりにも四聖珠の放つ穢れの力が強く、神殿の神聖水が凍り付いてしまったというアクシデントはありましたが、何とか浄化は完了しました」
「神殿の神聖水がダメになったということは……」
「はい。ククルが持たせてくれた神聖水を使って事なきを得ました」
「こめられていた神力が違うよぉ、今までで一番凄かったぁ」
手をパタパタさせて、いかに凄かったか説明をしてくれるモエは、その動きだけで可愛らしい。
尻尾が連動してピコピコ動いているし、無邪気な様子にほっこりしてしまう。
い、いけないいけない。
この子が何者かわからないのに、気を許しては……で、でも……可愛いは正義と言いますし……
「で……この小動物は?」
「クロヴィス殿下……失礼ですよ。この方は四聖珠です」
「…………は?」
「ですから、四聖珠なのです」
「冗談はよせ。四聖珠は宝珠で神宝だぞっ!?」
『いえ、冗談では無く四聖珠なのです。前のマスターが居た頃は、この姿でずっと一緒に居ましたから』
「コルとも仲良しなのぉ」
『私の中に入って、よく寝てましたよね……』
「レンが丁度良い大きさになってやってくれって頼んだのが原因だものぉ」
『それもそうですね』
蓮太郎さん……
思わず言葉を失って、のんびりとした会話をするコルとモエを眺める。
蓮太郎さんが居た頃はまとわりついていたというのは、こういうことかと改めて知った気がした。
私の体を樹と間違えているのでは無いかと思うほど、縦横無尽に移動していたから、コルの表現は正しい。
しかも、コルはモエが苦手なのだろうか。
少しだけ距離を取っているようにも見える。
あ……巣にされないように警戒しているのかも?
「コルの中で寝ていると安心するのになぁ……」
『そ、そうなのですか?』
「うん!」
『そうですか……それなら仕方ありませんよね』
コルは何度かウンウンと頷いて、サイズを変更した。
ソフトボールくらいの大きさだろうか。
確かに、モエが入るには丁度良いサイズ感である。
「わーい! コル、大好きぃ」
『そ、そう言われると……嬉しいですね!』
コルの性格とモエの性格が丁度良いのか、大きさを変化させて此方へ来たことにより、相乗効果でより可愛らしくなってしまう。
いつもよりコロンとしたコルと、そのコルに入って顔をぴょこと覗かせるモエ。
せ、セットになると、とんでもなく可愛い……!
い、いやいや、可愛さに意識を持っていかれているが、この子が四聖珠という事実は……どうすればよいのだろうか。
蓮太郎さんみたいに王都にとどまることが出来ない私と一緒に着いてくると言い出したら、四聖珠を持ち出すことになってしまう。
そんなことが許されるのだろうか……
流石の国王陛下も頭を抱えているし、クロヴィス殿下も渋い顔をしている。
ただ、その合間に口元や頬が緩むのは、私と同じだということだろう。
みんな……この子達の可愛らしさの虜ですね。
「そうだ、クッキーちょうだいぃ」
「クッキー……あ、ゼオルド様の荷物に入っていたクッキーを食べたのですか?」
「うん!」
おそらく、祠の中で蓮太郎さんの力を強く感じたモエが私に興味を持ってしまったのだ。
そして、お気に入りのコルが同行していること知り、外へ出てきた。
コルは様子を見るだけのつもりが、モエが目覚めたことで困惑しつつもゼオルド様にモエの事や蓮太郎さんの事を説明をしていた。
そんな中、モエが荷物に入れていたクッキーに気づいて先ほどと同じく「ちょうだいぃ」と言いだし、ゼオルド様が全て差し出したのだろう。
そこそこ量はあったはずだが……と考えながら、ベルトと一体型のポーチから試作品のクッキーを取り出す。
「クルミを追加したバージョンですが、食べますか?」
「わーい! コル、一緒に食べよぅ」
『ボクは食べられません』
「……残念だなぁ」
『でも、食べた感想を聞かせてくれたら嬉しいです!』
「わかったぁ!」
仲良しさんですねぇ……いや、そうではない。
今後について考えないと!
ついつい意識が持って行かれてしまうので、何とか気合いを入れて気持ちを引き締める。
「とりあえず……そのまん丸の小動物が四聖珠だということは判った……が……そうなると、お前達が王都から出るのは賛成できない」
クロヴィス殿下の考えはもっともだ。
四聖珠は祠で祀られ、代々王家により守られてきたのだから、持ち出し不可だろう。
しかし、私たちは領地へ帰らなければならない。
魔物の被害も心配だし、領主の長期不在は領民に不安を与えてしまう。
何か良い案は無いだろうかと考えていたら、コルがホワイトボードに文字を書き始めた。
『四聖珠そのものは祠に残っていますし、モエは四聖珠に宿る魂みたいなものです。すぐにコンタクトが取れますし、国外に長期滞在しなければ何ら問題はありません』
「そうなの?」
驚いてコルに尋ねると、クッキーの粉で汚れてしまったコルは、それを気にすることなくコクコク頷いた。
モエ……もう少し、綺麗に食べてね?
クッキーを両手に抱えてサクサク食べている姿は可愛らしいのだが、クッキーの粉もパラパラ落ちている。
モエには、もう少し硬い方がいいかもしれない。
『前のマスターがそう言っていたので間違いありません』
「うむ。それなら間違い無いな」
国王陛下……?
確かに蓮太郎さんがそういうなら間違ってはいないのだろうが、食い気味に返答する国王陛下に、私とゼオルド様だけではなくクロヴィス殿下も引き気味だ。
とりあえず、モエが着いてくると言っても問題はないらしい。
『それどころか、長年の浄化で弱っているので、マスターのそばで回復したほうが良いかもしれません』
「私のそばで回復?」
『マスターが錬金術で作る食べ物は回復効果があります。モエには、積極的に食べさせた方が良いと思います』
なるほど……四聖珠を回復させるのに最適なのが私なのか。
確かに、長年浄化をしてきた四聖珠が不安定になり、浄化をするのも一苦労だという話は聞いていた。
それが弱っていたと言うことなら、回復させるのが一番である。
しかも、適任者が私ということであれば……
「モエは、私に着いてくる?」
「お姉ちゃんのそばにいると落ち着くし、コルもいるし、お兄ちゃんも優しいから、一緒にいたいなぁ……」
「あの……国王陛下」
「みなまで言わずとも判っている。おそらく、初代国王陛下が聖獣を連れていたという話が残っているのは、モエ様のことだろう。それならば、引き離してはいけない。この出会いも、また運命であり、初代国王陛下の後継者であるククルーシュ嬢の宿命であると感じる」
「四聖珠が力を失っては困る。その回復がククルにしかできないのなら、当然、一緒に行動するのが筋だろう。誰にも文句は言わせん」
国王陛下とクロヴィス殿下の言葉にホッと安堵する。
事情を知らない人たちから見ても、コルやモエの存在は異質だ。
すぐにバレてしまうだろう。
それなら、公にしてサポートするほうが賢明だというのが、王家サイドの考えである。
万が一にも、それを逆手に取って良からぬことを企む者がいたとしても、ゼオルド様に敵うはずが無い。
そのために、彼の情報は極力伏せる必要がある。
『ゼオルド殿の力をマスターやボクだけではなく、モエも隠してくれると助かります』
「わかった! 目隠し作戦だねぇ」
『そうです、ソレです! 前のマスターも敵を欺くのによく使ってしましたよね』
「うんうん! 楽しかったねぇ」
「その辺を詳しくお願いいたします!」
早速、コルとモエの懐かしい昔話に国王陛下が食いついた。
二人が楽しそうに話をしてくれるのを良いことに、国王陛下は次々に質問を投げかけている。
しかし、これはまた大事になったな……と、私はゼオルド様とクロヴィス殿下だけではなく、ロレーナとランスにも視線を向けた。
「まあ……これでゼオルドの力がどうのこうの言うヤツはいなくなるだろう」
「隠れ蓑が大きすぎますからね……」
クロヴィス殿下の言葉に私が苦笑して答えると、ゼオルド様は複雑な表情で溜め息をつく。
「まあ……気楽に考えましょうや。切り札的な感じだと考えれば、納得もいくでしょう」
「最初から対策を練られるよりは楽……か」
「そうですね。手の内を全て知られると不利ですから」
今まで黙って様子を見ていたランスとロレーナの言葉に深く頷いたゼオルド様は、とりあえず任務は完了したと笑みを浮かべる。
そうだ、思わぬ結果となってしまったが、四聖珠の浄化は無事完了した。
考え方を変えれば、私とモエが出会っていなければ、次回の浄化はもっと困難を極めていたと言うことである。
それなら、この出会いに感謝したい。
ゼオルド様が苦労しなくても良いのだから……
心なしか、コルも嬉しそうだし……なんだかんだ言って、鍋の中に入っているモエを守るお兄ちゃんの立ち位置になっていることに苦笑が浮かんだ。
そんな優しくも頼もしいコルに散っているクッキーの粉を、あとで払って綺麗にしてあげようと思う私であった。
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