ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-34 拭い去れない不安

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「まあ……本当に可愛らしいですわねぇ」
「コルちゃんと一緒にいると、不思議な癒やし効果が……!」

 モエに出会ってから数日経ったある日。
 いつものように、調合を終えた私の作業部屋には、いつもの面子が揃っていた。
 大分慣れてきたとは言えど、人見知りをすることが多いモエは、最初に出会った私やゼオルド様やクロヴィス殿下や国王陛下以外になかなか懐こうとせず、コルの中へ隠れてしまう事が多かった。
 コルに出会ったことと私から蓮太郎さんに似ている魔力を感じたことでテンションが高くなっていただけで、本来のモエは恥ずかしがり屋さんである。
 アニュス様やウリアス夫妻とは数回会っているので、他の人たちよりは慣れてきたが、それでもよそよそしい。
 そんなモエにお兄ちゃんのように世話を焼くコルもツボだったようで、アニュス様とネレニア様は二人のやり取りにニコニコしていた。

「しかし……この洗浄石というアイテムは不思議ですね」
「はい。作ってみて判ったのですが……魔力を持つ者にしか反応しません。しかも、綺麗にする範囲も自分の中にあるイメージというよりは、消費魔力により範囲が決まるので、制御が少し難しいです」

 魔力の使い方をようやく理解してきたばかりの私には難しいが、意外にもゼオルド様は使い方を把握するのが早く、寝る前に私やコルやモエを集めて綺麗にしてくれるのだ。
 彼自身、有り余る魔力を今は使う機会がなかったので、鍛錬に丁度良いと喜んでいたが……そういう目的の代物では無い気がする。
 でも、本人が喜んでいるし、私はロレーナに湯を準備してもらわなくても綺麗になるので一石二鳥だ。
 足が不自由なので、湯船につかるだけでも一苦労であったから、本当に有り難い。
 ただ、気分的なものもあるので、お湯で顔や手などは洗ったり、お湯に浸したタオルを絞って体を拭いたりはしていた。
 むしろ……そういうことをしなくても、艶々のすべすべスッキリになるので、最近では慣れてきたこともあり、タオルで拭くという行為も減ってきている。

「しかし……執務中でも、サッパリしたいときに頼めばどうにかなるというのは嬉しい限りだな」
「さようでございますなぁ」

 とうとう、私の作業部屋に簡易執務室を作ってしまった国王陛下と宰相閣下は、ニコニコしながら書類を手に取っていた。

「……すまないな、ククル」
「い、いえ、想定内というか……いつか、そうなるかなーと……」
「ですね……」

 国王陛下の問題行動について謝罪するクロヴィス殿下に気にしないで欲しいと伝えていたら、コルの中からぴょこっと顔を出したモエが国王陛下を見てププッと笑う。

「寂しかったんだねぇ」
「そうなのだ。やはり、仕事環境は良いほうが捗る」
「レンも、そういうこと言ってたぁ」
「そうか! やはり、初代国王陛下……わかっていらっしゃる」

 モエとコルから日常的に出てくる蓮太郎さんの話を聞き逃したくなかった国王陛下が、この部屋に執務室を作ったのは良いのだが、作業場がどんどん狭くなっているようにも感じる。
 応接セットも豪華になり、来客も多い。
 落ち着いて仕事の出来る環境とは言いがたい……が、採取用の鞄にアイテムを入れて保存管理しているので問題は無い。
 手に取ると危険だというアイテムだって、この先は出てきそうだから、蓮太郎さんがプレゼントしてくれた鞄は重宝している。

「あとは、結婚式ですわねぇ」
「一週間を切りましたが、お二人とも準備はどうですか?」
「私の方は……姉が邪魔をしてきた件以外でトラブルはなく、順調です」
「此方も、招待客リストの管理が大変なくらいですね。式の後を任されているウリアス夫妻のほうが大変なのでは?」

 ゼオルド様の言葉に、ヒューレイ様は穏やかな表情で首を左右に振った。

「いえいえ、コル様に教えていただいた初代国王陛下流の結婚式を参考にして、式のあとに立食パーティーを行うというのは初の試みでしたから、とても楽しんで企画させていただいております」
「強いて言うなら、少し暑いので外は難しかったのですが、国王陛下が良い場所を提供してくださったので事なきを得ましたわ」

 この世界では、結婚式のあとはすぐ解散という流れが一般的だ。
 しかし、コルが「前のマスターの式とは違うのですね」とホワイトボードに書いたことが切っ掛けで、大幅に行程の見直しが入ったのである。
 当時の初代国王陛下の結婚式を聞いた私の頭には、日本式の披露宴を思い浮かべたが……この世界で実現するのは難しいし、季節も悪い。
 食べ物が腐りやすい時期であり、外で立食パーティーなんて行えば熱中症で倒れる人が出てくるかもしれないのだ。
 日本風の披露宴というなら、それぞれ座席を準備すれば良いのだろうが……座席の問題や大量の椅子とテーブル、広場の確保が難しい。

「室内なら、永久氷結晶をいくつか設置すれば、部屋の温度を快適に保てますし……大きな塊を今日作成した分をあわせると、室内置きは十分だと思います」
「アレは冷えますからね」
「ええ、この部屋だったら、一つ置いても寒いくらいですものね」

 ゼオルド様が苦笑して私も頷く。
 永久氷結晶を作成したまま置いていたら、全員が寒さで震えてしまったという失敗談もありつつ、なんとか数を揃えられたのは、蓮太郎さんがくれた採取用の鞄のおかげだ。
 本当に重宝します!
 永久氷結晶は氷結晶を6つと神聖水で作成することができた。
 私が作る神聖水は、あの偉大なる神様が教えてくれたからか、凄まじい威力を誇っている。
 神殿の神聖水より強い効果があると知った国王陛下は、定期的に私に神聖水を送って欲しいと契約してきたほどだ。
 こういう契約で毎月いただける資金が増えているので、ゼオルド様の領地へ帰っても、多少のことなら何とかなりそうである。
 クロヴィス殿下が国王陛下と幾つか契約している書類を確認しながら、「シッカリした嫁さん貰って良かったな」と、ゼオルド様の肩を叩きしみじみ呟いていたのが印象的であった。
 だ、だって……お金は大事ですよ?
 特に、ゼオルド様はそういう領地運営に関しては全くノータッチだった様子で、財政を任されている担当官は、日々睡眠不足であったとランスから聞かされていた。
 おそらく、資金難で右往左往しているのだろうと察し、私はゼオルド様と話をしてから、ウリアス夫妻に相談して護衛を付けて貰い、ある程度まとまった金額と永久氷結晶と取り扱い説明書をつけて、ゼオルド様の領地へ人を派遣した。
 今回の四聖珠浄化の報酬も出ていたので、そこそこの金額である。
 ランスがそのことを知ってホッとしていたから、よほど追い詰められていたのかも知れない。
 あの偉大なる神がゼオルド様にかけられていた奇妙なものを消し去ってくださらなかったらどうなっていたことか……
 もしかしたら、ゼオルド様やコルに出会うことも無かった可能性がある。
 そう考えると、領地に祠を建てて奉りたい気分だ。
 いや……やってもいいかも?

「モエちゃん、クッキー食べない?」
「う……く、クッキーは……食べたい……かもぉ」

 どうにかモエの気を引きたいネレニア様がクッキーを手に取り誘っているが、コルの中から出てこようとしない。
 顔だけぴょこりと覗かせてジーッとクッキーを見つめ、よだれが……

『モエ、この方々は大丈夫ですよ。マスターのお友達ですからね』
「う、うん……そ、そう……だよねぇ……」
『前のマスターのお友達も、良い人ばかりでしたよね』
「う、うん」
『怖いですか?』
「ちょっと……照れちゃうぅ」

 ぴょこんっとコルの中へもぐったモエのふさふさの尻尾だけが見えているが、ゆらゆら揺れているところを見ると、警戒……というよりは皆から注目を浴びてしまうことに照れているようだ。
 モエの可愛らしい丸っこいモフモフ姿を見るなという方が難しい。
 何せ、コルとセットになると余計に可愛らしいのだから……

「あぁ……そんな姿も愛らしいわ!」
「ネレニア様……それが怖がられているのですわ」
「ですが、アニュス様……とても可愛らしくて……もう……本当にもう!」
「わかりますけれども、落ち着きましょう」

 さすがにヒューレイ様が妻の暴走を止めているが、コルはそんな皆の様子も嬉しいのか『平和ですね』と上機嫌である。
 確かに平和だ……
 姉さえ関わってこなければ……だが。
 何を考えているか判らないところがあるので、警戒は怠らないようにしている。
 しかし……何か嫌な予感がして鳴らない。
 それは、ゼオルド様も同じのようであった。

「とりあえず、ククルは式の間も一人にならないようにしてください。必ず、私がいるか確認してから動いてくださいね」
「は、はい」

 ロレーナとランスも警戒しているし、言葉にはしていないがクロヴィス殿下も人を手配してくれている。
 国王陛下は宰相閣下と相談して、騎士団長と騎士団を動かしていると噂で聞いた。
 あの、『勇者様を崇拝する会』のメンバーである公爵家も水面下で動いている。
 これだけの面子が警戒しているのだから、滅多なことがあるはずもない。
 しかし……拭い去れない不安はなんだろうか――
 結婚式を目前に迎え、本来なら幸せいっぱいの時期であるのに、奇妙な緊張感を覚えながら、私は隣に座っているゼオルド様の袖をぎゅっと握りしめた。


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