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第一章
1-37 お守り
しおりを挟むその後、ゼオルド様が私を抱えて部屋まで連行し、ベッドへ問答無用に寝かしつける。
このまま起きていたら絶対に調合しはじめると断言されてしまい、返す言葉も無かった。
「いいですか? 休むときはシッカリ休んでください」
「ロレーナが見張っているから大丈夫でしょう」
「そうだな」
ランスが目配せをすると、ロレーナが無言で頷く。
この二人……いつの間に、こんなに仲良くなっていたのだろうか。
険悪な関係よりも良いが、これでは目を盗んで調合など無理である。
「コル殿とモエ様も、ククルがこれ以上無理をしないように見ていてくださいね」
『任せてください!』
「モエも見てるから平気だよぉ」
私がこの部屋で休めるように準備中のロレーナは右往左往しているし、それをサイドテーブルから眺めていたコルとモエは、ゼオルド様にお願いされた事が嬉しかったのか、元気よく返事をしていた。
この布陣では、逃げ切れないと断念した私に気づいたゼオルド様は、少しばかり呆れた視線を私へ向ける。
「ククル?」
「あ、いえ……なんでも……」
ゼオルド様は無言で此方を見ていたかと思ったら、ランスとロレーナに目配せをした。
どうしたのだろうかと考えていると、ランスがコルとモエを連れて部屋の外へ出て行き、ロレーナもそれに続く。
「え? あ、あの……ロレーナ?」
「コル様とモエ様に、お茶とお菓子を選んでいただきたいのですが……」
「お菓子っ! モエが美味しそうなの選んできてあげるねぇ」
『お茶も香りが良い物がいいですよね』
「さすが、わかっていらっしゃる」
返答の代わりに、ロレーナたちの他愛ない会話が聞こえてくる。
無情にも扉が閉じてしまい、私は完全に逃げ場を失った。
「さて、ククル。貴女は少し休む必要がありますね」
「そ、それは判っているのですが……」
「魔力にあてられたと言うことなので、コレを預けておきましょう」
そう言って彼が取り出したのは、いつか見たお守りだ。
彼の母お手製のお守りで、形見でもある大事な品――
「こ、これはゼオルド様にとって、大切な物でしょうっ!?」
「だから、貴女に預けるのです。これを持っていれば、妙なことがあっても守ってくれるはずです」
「でも……ゼオルド様が持っていないと……今から調べに行くのですよね?」
「私には、モエ様が与えてくださったコレがありますから」
そういって、帯刀している剣を見せてくれたが、彼を今まで守ってくれていたはずのお守りが、彼の手から離れるのは痛手だ。
「それに、私の一番大切な人が危険にさらされるのは困ります」
ストレートに伝えられた言葉に息が詰まった。
言葉を理解した瞬間、顔がカッと熱くなる。
無言のままに重ねられた手も熱い。
私はどうしてしまったのだろうか……心臓が跳ねて、全身が熱くなっていく。
「あ……あの……その……」
「ククルが大切だから、このお守りを預けます。貴女を守ってくれるように……願いをこめて」
これ以上彼の言葉を聞いていたら、自分がどうなってしまうのか判らなくなる。
耳を塞いでしまいたい衝動にかられるのに、聞いていたい。
普段は聞けない甘い声で私の名を呼んでくれる、二人きりの空間。
この方と夫婦になるのだから、なんらおかしなことではない――はずなのに、言葉にならない衝動が全身を包んだ。
「あまり……見ないでください。顔が赤くなっていると思いますから……」
「ええ、とても可愛らしいと思っておりました」
「で、ですから……見ないでくださいと……」
「難しい話です。出来ることならずっと見ていたいですね」
「意地悪なことをおっしゃらないで……」
「照れている姿も愛らしいな……と」
言葉をかければかけるだけ恥ずかしくなると悟った私は、唇を結んでゼオルド様を見上げた。
「困りましたね……そういう表情をされると、離れがたくなります」
頬を大きな手が包み込む。
此方を見つめてくる瞳の奥に、チラリと見える灯火はなんだろうか。
その正体を知りたくて見つめていたら、彼の瞳に焦点が合わせられなくなり……自然と瞳を閉じた。
唇に柔らかな感触が少しだけ触れて離れていく。
ほんの一瞬の出来事で……呆然と彼を見上げていると、ゼオルド様は幸せそうに笑った。
「私は、コレをお守りに頑張りますね」
自分の唇をトントンと指で叩いて見せ――その意味を理解した瞬間、私の顔から火が出るほどの羞恥心に見舞われる。
両手で顔を覆って、何と返事をしていいものかわからず、とりあえず頷いて見せた。
気の利いた言葉も出ないし、何より言葉にならない。
色々な感情が跳んだり跳ねたりして考えはまとまらないし、心臓は今まで聞いたことが無いくらい激しい音を立てている。
「あ……もしかして……嫌……でしたか?」
その言葉を聞いて、反射的に首を左右に振る。
嫌では無い。
ただ……
「ビックリ……しました。あと……照れてしまって……」
「良かった。結婚式まで我慢しようと思っていたのですが……すみません」
「い、いいえ……その……お、お守りになるのでしたら……よ、良かった……です」
「これ以上のお守りはないと思います。あ……ありがとう……ございます」
「い、いいえ、此方こそ!」
私があまりにも照れているので、彼にも伝染してしまったのだろうか。
先ほどまで余裕があるように感じていたのに、彼の声に照れた響きが宿っている。
その様子に、少しだけ安堵した。
私だけじゃ無い……彼も、照れているのだ。
そう感じた途端、胸がぎゅっと締め付けられた。
愛しいって……こういう感じだろうか。
指の間から、ソッと彼を盗み見る。
口元に手をあてて、視線を泳がせているゼオルド様の姿を見たら、余計に胸がぎゅーっと掴まれたような感覚を覚えた。
「あ、あの……」
「はいっ」
「一回で……お守りになるの……ですか?」
「……は?」
ポカンとする彼を見て、自分がとんでもないことを言ってしまったと理解した私は、何故自分がそんなことを言ったのかわからず慌てて顔を伏せた。
「あ、い、今のは……聞かなかったことにしてください!」
「えっと……その……良いんですか?」
何を……とは言わない。
私も聞かない。
ただ、顔を覆う私の手に、遠慮がちな彼の手が重なる。
そろりと手をおろし、導かれるように彼を見上げた。
あ……また、あの灯火だ――
今はもう、灯火というには大きくなりすぎている気がするソレに魅せられ、視線を外すことが出来ない。
無音の空間で、ただ互いのことしか考えられなくなっていた。
近づいてくる瞳に浮かぶ灯火は、今や炎のように燃えさかる。
その炎に燃やし尽くされないよう、ソッと瞼を閉じ、先ほどよりも長く重なる甘いぬくもりに酔いしれるのであった。
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