ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-38 助言

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 結婚式段取りが最終段階へ入った頃、大きな荷物を抱えた騎士団長と宰相閣下。
 その二人を従えた国王陛下が作業部屋へ入ってきた。
 抱えている書類の量が凄まじい。
 うずたかく積まれた書類に三人が溜め息をついているのを横目に見て、苦笑が浮かぶ。
 タイミング良くモエのために新作のクッキーを調合しているから、休憩時間にでも差し入れしてあげようと、クッキーの材料を計測し直し、分量を増やした。
 山のように出てくるクッキーに目を輝かせているモエが、可愛らしく「きゃー!」と声を上げたので、三人の視線がモエに集まった。
 可愛い小動物を見て和むおじいちゃんにも見える国王陛下と宰相閣下に苦笑が漏れてしまう。
 本日のクッキーは、モエが好きな果実をジャムにした物をトッピングした物だ。
 果実自体に疲労回復効果があるということを調べてきてくれたので、うまく効果が付与されたら、ゼオルド様たちにも差し入れをしようと考えていた。
 何せ、あの日から彼らの調査は本格化して、ここ数日帰りが遅い。
 酷く疲れた様子を見せるので夢見が悪くなっていないか心配だったのだが、調べることが多すぎるために奔走して疲れているだけだとゼオルド様は笑って教えてくれた。
 やはり、モエが武器に付与してくれた力のおかげなのだろう。
 いつもより動きやすいとゼオルド様に感謝されたモエは、ナデナデをおねだりして、心ゆくまで撫でて貰っていた。
 少しだけ羨ましいと思ったのは内緒である。

「ただいま帰りました」

 そう言っていつもよりも随分早く帰還したゼオルド様とランス――それに、クロヴィス殿下やアニュス様たちが続いて部屋に入ってきた。
 そして、あまり間を置かずに、『勇者様を崇拝する会』のメンバーが一堂に会する。
 いつの間にか長テーブルをセッティングしているロレーナは、事前に報せを受けていたらしい。
 ジトリと見つめると、彼女は視線を泳がせて素知らぬふりをした。
 一応、私は彼女の主人であるが、私の有利になる事を考えて臨機応変な対応を見せる彼女は、大変優秀なのだろう。

「よし、皆あつまったな。ククルーシュ嬢は、調合が終わったら此方へ参加してくれると有り難い」
「は、はい!」
「急がずとも良い。此方は、報告会みたいなものでな。まずは、自分たちが調べた情報を持ち寄ってのすりあわせだ」

 ニコニコ笑って話してくれているが、周囲の人たちは手にした資料を見て難しい顔をしている。
 国王陛下にとって普通のことであっても、彼らにとってそうではないようだ。
 ある意味、国王陛下が豪胆な方だからこそ、国は平和な日々を送れているのかも知れない。

『国王陛下は、前のマスター並みに頭が切れる方ですね!』
「それは、最高の褒め言葉です!」

 国王陛下が言うように、『勇者様を崇拝する会』のメンバーに対し、これ以上の褒め言葉は無いだろう。
 他のメンバーが羨ましがるほどだ。
 上機嫌の国王陛下とは違い、書類に目を通していたクロヴィス殿下とゼオルド様の表情は暗い。
 そんなに大変なことが書かれているのだろうか。

「その書類に目を通せば、わかるな?」

 国王陛下の言葉に、クロヴィス殿下は頷く。

「ヒークス家に不審な動きは無い。つまり、オエハエル・ヒークスが独断で動いているということですね」

 大量に持ち込んだ書類には、ここ最近のヒークス家の行動を事細かく書き記していたのだろう。
 ヒークス家が裏で糸を引いていると考えていたらしい、クロヴィス殿下はアテがはずれたと言わんばかりに溜め息をつく。

「しかし、単独犯では無いでしょう。規模が大きすぎる……」
「ふむ。ゼオルドはそこまで調べていたか……諜報も得意分野なのか?」
「国王陛下……これ以上仕事を増やそうとしないでください。厄介な魔物を討伐するという仕事を請け負うだけでも大変なのです」
「ふむ……残念だ」

 国王陛下はゼオルド様で遊んでいるな……と苦笑した。
 可愛がりすぎて嫌われないようにしてもらいたいものである。
 しかし……
 内容を聞いていた限りでは、単独犯とは思えない規模で何かをやっているようだ。
 両親に知られないように、そこまで行動することができるのだろうかと小首を傾げる。
 ああ見えて、父は優秀な方だ。
 仕事も出来るし、常日頃から周囲に気を配っている。

「んー……切れ者……って感じはしないんだけどなぁ」

 誰にも聞かれないように呟く。
 それが私の素直な感想だった。
 彼がそこまで頭の切れる男だとはどうしても思えなかったのだ。
 ずる賢さに特化した男だったのだろうか。
 普段はボンヤリしているように見せかけて?
 そこまで考えてから、私が階段落下後に目を覚ました時の事を思い出す。
 あの時の彼は、明らかにおかしかった。
 今思えば、貼り付けた仮面のような作られた表情だったようにも思う。
 アレが彼の素だったとしたら……?

「この資料を読んで思ったのだが……オエハエルは、トレッチェン家を乗っ取るつもりだったのか。しかし、優秀なククルがいたので取り込もうとした……」
「しかし、ククルを取り込むことが出来ず、時間だけが過ぎていったということですね」
「取り込めなくて当たり前だ。ククルーシュ嬢は、目覚めていなかっただけで彼よりも強い魔力に守られていたのだろう。自分より強い力を秘めていた彼女に通じるはずが無い」

 宰相閣下の言葉に、クロヴィス殿下とゼオルド様だけではなく、他の面々も頷く。
 私……目覚める前は、至って普通だと思っていたのですが?

「コル……そういう物なの?」
『外へ出す魔力と、内に秘めた魔力は違いますし、マスターは前のマスターと同じ魔力を魂に秘めている方ですから、他の方々から害される事は無いでしょう』
「ククルは内に秘めた魔力の方が強いから、錬金術が最適解なんだもんねぇ」
『その通りです!』

 ん?
 どういうこと?
 私は目を瞬かせて、コルとモエの言葉を待つ。

「ククルは守りの魔力で、攻撃することに特化した魔力じゃないから、物作りと相性が良いって話なのぉ」
『マスターよりも適性があるから、完成するアイテムの品質も良いのです。神聖水が良い例ですね』
「神殿よりも良い効果の神聖水って……いいのかな……」
「問題ないよぉ。水の女神も負担が減るって喜んでるくらいだものぉ」
「えーと……モエ? もしかして……神々と……お話ができるのですか?」
「うん! エライ神様は無理だけど、季節の女神様たちに近い神様たちは、モエのこと気にしてくれているからぁ」
『前のマスターがよく言っていました。モエは、神界の小動物系アイドルだそうです』

 小動物系アイドルって……
 アレかな?
 動画サイトで何万回再生される、可愛らしいわんにゃんの日常系動画扱いかな?
 まさか……グッズ化とかされていないよね?
 いや……まさか……ね?

「それって……神界の方々が興味津々で、モエの周辺を見ているということでは……?」
「うん! ククルの作るクッキーが大評判で、食べたいなぁっていつも言われるのぉ」
「……えっと……こ、国王陛下ああぁぁっ」
「う、うむ。王宮内にある催事用の祭壇に、クッキーを捧げておこう」

 国王陛下の言葉に、全員が若干青い顔をしつつも頷く。
 誰も反対しないのは、神々の不興を買わないためにどうすれば良いか、全員の頭がそのことでフル稼働しているからだろう。

「あ、それで、助言をもらったのぉ」
「助言……?」
「うん! 『トレッチェンの魔女』というキーワードで調べてみてぇって……確か、三百年くらい前の話だってぇ」

 トレッチェンの魔女――なんだか嫌な予感しかしないが、オエハエル卿が我が家に目をつけた理由がソレであるように感じる。
 単なる勘だが、何故かそう思うのだ。

「あと、ククルは直感に従った方が良い方へ転ぶってぇ」
「……見透かしたようにアドバイスをいただけて嬉しいですね。では、そのキーワード『トレッチェンの魔女』で調べていただきましょう。おそらく、オエハエル卿の狙いはソレです」

 モエにお手柄ですよーと笑い撫でていると、コルも手を伸ばしてモエを撫で始めた。
 愛らしくきゃっきゃ笑いながら、転げ回るモエは上機嫌である。
 この光景を見て、少しでも神様達が和んでくれたら良いと私は少しだけ視線を上へ向けて微笑んだ。

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