ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-41 祝福の青い薔薇

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「何も問題が無くて良かったです。さすがに手は出せなかったみたいですね」

 爽やかな笑顔を見せつつ誇らしげな様子を見せる騎士団長にお礼を言い、騎士団への差し入れだとクッキーを渡しておく。
 とても嬉しそうに……いや、今にも踊り出さんばかりの足取りで去って行く騎士団長を見送り、恭しく頭を下げるデザイナーのデリア・マスと弟子数名を部屋へ招き入れた。

「まさか、騎士団長がいらっしゃるとは思いませんでした」
「前回、姉が皆さんに迷惑をかけてしまったので……」
「いいえ、とんでもございません。此方こそ、もっと注意すべきでした。お手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございません」

 ここが日本だったら、頭を下げて謝罪合戦が開始するところである。
 迷惑をかけているのは、確実に此方の方だ。
 前回、姉によるウェディングドレス強奪未遂事件があったので、国王陛下が警戒したようで、ウェディングドレスに騎士団長が護衛に就くという、とんでもない事態になってしまった。
 しかし、さすがの姉も騎士団長を相手にしたくなかったのか、何もしてこなかったようだ。
 嵐の前の静けさでは無いが、何を企んでいるのやら……
 これも、オエハエル卿の企みかもしれないと考えると気が重い。
 若干、不気味なものを感じつつも、何とか無事に届けられたウェディングドレスを試着していたら、アニュス様とネレニア様が顔を出してくれた。

「まあ! ククル、とても素敵よ!」
「ええ……本当に素敵なデザインだわ。今後は、このスタイルが流行りそうね」

 二人の大絶賛を聞いて照れくさくなってしまう。
 いや……褒められているのはドレスだと気分を意識を切り替える。
 着付けを手伝ってくれていたロレーナは、どこか誇らしげに微笑んでいるし、このドレスを仕立ててくれたデザイナーであるデリアからも笑みがこぼれた。

「デリアは、相変わらず良い仕事をしてくれるから嬉しいわ」
「いえ、このデザインはククルーシュ様が考案されたものですから……」
「そうね。デザインはククルだけど、それだけであったら彼女がここまで喜んではいないと思うの」
「私には、もったいないお言葉です」
「それに、貴女であったからこそ、ククルのデザインをここまで昇華できたのだと思うわ。とても素晴らしい出来映えで、うっとりしてしまうわ」
「今度のドレスは、このデザインにしましょうか」
「いいわね」

 アニュス様とネレニア様が、次のパーティーに着ていくドレスの話で盛り上がっているのを見て、私は「今がチャンスですよ」と、デリアに声をかけた。

「いえ、今はククルーシュ様のドレスに不備がないかチェックしておりますので……最終的なバランス調整が重要ですから」
「全体的なバランスですか……んー……後ろのレースで作っている花を胸元へ持ってこれないでしょうか。おそらく、抱えたときに邪魔になる位置になるかと……」
「そうですね、胸元は開けない方が良かったですか?」
「少し……恥ずかしいというか……考えている以上に見えるので……照れてしまって……」
「判りました。では、腰の飾りは前へ移動ですね」

 そのまま動かないように注意され、飾りを取り外す。
 この飾りだけは場所を聞いてから本縫いする予定だったらしいので、気軽に提案できて助かった。

「いいなぁ……白いレースのお花って可愛いよねぇ」
「え? モエも付けてみますか?」
「いいのっ!?」
「あの……サンプルで持ってきていた小さい方を手直しして、リボンみたいに結うことはできますか?」
「はい。それでしたらすぐにでも……」

 最初はコルとモエの存在に腰を抜かす勢いで驚いていた彼女だが、数時間一緒にいれば慣れてしまったようだ。
 一応、このことは内密にと言われているので、外で言いふらすことは無いだろう。
 しかも、結婚式までという期限付きだから、ヘタに警戒しなくても良い。

「デリア様はお忙しいので、許可をいただけるのなら私がしましょうか」
「え? あ、それならお願いしようかしら……その木箱に入っているレースの飾りなら使っても問題ありません」
「承知致しました」

 ロレーナがデリアに許可を貰って、レースの花飾りの中から一番小さなモノを選び出した。
 テーブルの上でコルと一緒に此方を見ていたモエの首元にあしらって、大きさを確認する。

「もう少し大きな方が良いですか?」
「んぅー……」

 唸りながら悩んでいたモエは、ハッとして天井を見上げたかと思うと、ふむふむと頷いてにぱっと笑う。

「これがいいなぁ」
「判りました。では、少々お待ちくださいね」
「コルもお揃いがいいなぁ」
「承知致しました」

 同じ大きさの飾りを探し出したロレーナは、レースのリボンへ器用に縫い付けていく。
 テンポ良く動く針にあわせて、コルとモエの頭が動く。

「……とても手際が良いですね」
「ロレーナは何でもこなしてしまうので助かります」

 私の言葉でロレーナの口元が一瞬だけゆるんだのを見逃さなかった。
 嬉しかったのかな?
 そう考えている内にロレーナの方は準備が終わったようで、コルの釜の縁周り――少しくぼんだ部分にリボンを回し、丁度中央に花飾りが来るようにした。
 続いて、モエの首元にも可愛らしい花飾りが来るようにリボンを結ぶ。

「モエ……もっと可愛くなれたかなぁ?」
『ボクもマスターとモエと一緒にドレスアップです!』

 楽しげなモエとコルの言葉に、私は声を上げて笑ってしまう。
 デリアの邪魔をしたくはないので大人しくしておきたいのだが、さすがに可愛すぎた。
 可愛いねーと顔を傾けて嬉しそうに「ねー」と言っているコルとモエの愛らしさときたら……!
 そう考えていたら、ひらりと何かが落ちてきた。
 ん?
 ひらひらと舞い落ちる、青い花びら――
 どう見ても……薔薇の花びらに見えるのだが、青は……この世界に存在しない。

「やっぱりぃ? モエ、可愛い? ありがとうー!」

 忘れていた……この子は、神界のアイドルだった!
 頬が引きつると同時に、青い薔薇がふわさぁっと大量に降ってくる。
 うひゃあぁっと令嬢らしからぬ悲鳴を上げそうになって、思わず奥歯を強く噛みしめた。

「え、いいのぉ? じゃあ、お揃いにするねぇ、みんな、ありがとう! ねーねー、ククル、このお花をブーケに使っていいってぇ! ドレスにもあしらったら綺麗になるだろうっていってるよぉ?」
「そ、そうなのですね……え、えっと……デリア……できそうですか?」
「出来ます!」

 どうやら青い薔薇は、彼女の創作意欲を強く刺激したようで、モエから半年くらいは枯れないよと教えて貰ったこともあり、ハイテンションで私のウェディングドレスへ縫い付け始める。

「ククルーシュ様……くれぐれも動かないでくださいね」
「え……えぇ……いや、脱いでから縫った方が……」
「いいえ、バランスを見ながら仮縫いいたしますので、暫くそのままで!」
「は、はい……」

 いや、絶対に危ないことしてるよね?
 むしろ、デリアみたいな凄腕の職人だったら、平気なのかも?
 ジッと彼女の手元を見るが、全く危うさを感じない。
 コルとモエも、ロレーナが私のドレスを見ながら似たようなデザインにしてくれているようで、お揃いだと大喜びする声が聞こえてきた。

「青い薔薇……神々の賜物ね……」
「ククルが一緒だと、私たちの常識外のことが起きて、本当に面白いわ」
「ブーケも、この青い薔薇をふんだんに使った物へ変更しましょう。白と青のコントラストが、本当に美しいわ」
「爽やかですものね」
「神聖なる白のドレスと、神々の賜物の青い薔薇……きっと、歴史に残る結婚式になるわね」

 和やかなアニュス様とネレニア様の会話が聞こえてくるが、そろそろ青い薔薇の希少性が無くなるくらい降ってきている気がする。
 部屋を埋め尽くさんばかりの勢いだ。

「ククルへのお祝いだったら、当日に空から花びらを降らせたらいいんじゃないかなぁ」

 それがいい!
 そんな声が聞こえてきそうなタイミングで降ってきている花びらが止まった。
 え……?
 いや……それはそれで問題のような……?

「うんうん、みんなすごーいっ! コルも、釜いっぱいに青い花びら集めてみるぅ?」
『やってみましょう!』
「モエも手伝ってあげるー!」

 無邪気なコルとモエの会話であるが、とんでもない。
 当日は、どれほどの花びらが降ると言うのだろうか……
 もしかして、モエの人気に比例した量が問答無用に降り注いだら……王都は軽くパニックになるのでは……?
 これは、国王陛下やクロヴィス殿下へ要相談案件だと頬を引きつらせる。
 そんなことを考えていた私たちがいる部屋の扉が軽くノックされた。

「あの……ククル。青い花が……薔薇……ですよね? なんだか、バサバサ降ってきたのですが、これは一体……」

 ゼオルド様の声と言葉に、あちらでも似たような状況が起きたのだと察し、思わず天を仰ぐ。
 何とか状況を説明しようとした私を制したアニュス様が、扉越しに説明をしてくれているが、頑なに中へ入れようとはしない。
 戸惑うゼオルド様へ「当日を楽しみにしなさい」とネレニア様にも声をかける。
 そう言われてしまった彼は、クロヴィス殿下に引きずられて帰っていったようだ。
 ゼオルド様は別段、私のドレス姿を覗きに来たわけでは無いですよ……?
 少々可哀想だと感じていたら、アニュス様とネレニア様は「信用できない」と言い切った。
 そこまでして見たいと考えるタイプだろうか……
 絶対に、天井から降ってくる青い薔薇に驚いただけだと思うのだが……と、ロレーナたちが集めている青い薔薇や花びらを見つめる。
 蓮太郎さん……出来るだけ神々の暴走を止めてくださいねっ!?
 心から祈るが、おそらくあちらで爽やかな笑顔を貼り付けたまま「無理!」と言っているのだろうと容易に想像できた。

「まあ……色々と大変でしょうが……この姿の為だと思えば、何とかなるでしょう」

 溜め息をつく私を気遣ってか、今まで無言で頑張っていたデリアにかけられた言葉に導かれ、私は姿見へ視線を移す。
 白いマーメイドタイプのドレスを華やかに見せるようあしらわれた上品なレースや透け感もあってゴージャスなチュール。
 そこへ、全体を引き締めて煌びやかに見せる青い薔薇――
 初夏らしく爽やかであり、見るからに涼しげなコントラストは言葉を失うには十分な美しさがあった。
 私の藤色の髪や空色の瞳とも調和性の高い色だが……本当に私が着て良いのか、今更ながらに怖じ気づいてしまう。

「まあ……本当に素敵だわ!」
「さすがはデリアね。今度は、私たちがこのデザインでドレスをお願いするわ」
「かしこまりました」

 デリアも満足がいったのか、満面の笑みを浮かべていた。
 今度は三人で色違いのドレスを作りましょうねと笑うアニュス様とネレニア様に約束をして、この姿を見たゼオルド様が当日はどういう反応をしてくれるだろう……
 そう考えるだけで胸が熱くなり、今からドキドキしてしまうのだった。

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