ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-42 控え室にて

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 とうとうこの日がやってきた――
 ここ数日は、式の打ち合わせや予行演習をしていて大変であったが、ようやく結婚式当日を迎えたのである。
 今現在の私たちは、それぞれ準備されている控え室にて準備中である。
 ロレーナが丹念に私の体を磨き上げてくれていたので、お化粧ののりも良いようだ。
 結局、披露宴会場の規模や装飾に関しての情報は入ってこなかった事が気がかりではあるが……
 当日を楽しみにしていろと笑う国王陛下とクロヴィス殿下には、嫌な予感しかしない。

「お嬢様。あまり暗い顔をされていると、幸せが逃げてしまいます」
「披露宴会場のことを考えると……ちょっとね」
「なるようにしかなりませんし、後戻りもできません。私とランスで護衛いたしますので、ご安心ください」
「そこは心配していないのだけれども……」

 コルとモエも城勤めの侍女達にドレスアップして貰っている最中だ。
 コルの存在を大々的に発表する必要があるのだから、式はまだしも披露宴の主役はコルだといっても過言では無い。

『マスター、キラキラして綺麗になりました! 変ではありませんか?』
「モエも可愛いぃ?」
「ええ、二人とも可愛いですよ。コルもキラキラした飾りが綺麗ですし、モエはリボンが可愛いですね、似合ってます」
『マスターに褒めて貰えて嬉しいです!』
「えへへー、モエも嬉しいー!」

 とりあえず、モエが退屈しないようにコルが相手をしてくれている間に、ウェディングドレスの着付けも終わり、アップにした髪に青い薔薇を飾り付けた。
 準備されているブーケも、急遽変更され、青い薔薇をあしらった物になっている。

「わぁ……ククル、綺麗だぁ……いいなぁ、モエもいつか着たいなぁ」
「モエもいつかそういう相手が現れると良いですね」

 その時は神界で大騒動になりそうだけれども……
 アイドルであるモエが嫁入りなんて事になれば、みんながオロオロしているのではないだろうか。

「そうだ。モエ、クッキーを渡しておきましょうね。お腹が空くでしょう?」
「ありがとうぅ! ククルのクッキー大好きぃ」

 語尾にいっぱいハートが付きそうなテンションで私の指にしがみ付くモエに笑顔を向けていると、扉がノックされた。
 どうやら両親が到着したらしい。

「入るぞ……おぉ……ククル……本当に綺麗で……父は……父はああぁぁ」

 入ってくるなり私の姿を見て涙を流し始める父に、母が呆れた顔をした。
 二人ともこれ以上と無いほどドレスアップしていて、とても決まっている。
 これだけ大きな式典になった私の両親であるから、ヘタな事ができなかったのだろう。
 散財させて申し訳無いという気持ちになる。
 しかし、今後はもっと大変な事が出てくるので、こういうお金の使い方も必要なのかもしれないと考えてしまう。
 私がサポート出来たら良いのだが、ゼオルド様の領地がどういう状態なのか判らないので、まずはそちらからだ。
 余裕が出たら、サポートも考えようと心に決めた。

「アナタ、泣いている暇はございませんよ。コルちゃんもモエちゃんも、緊張していないかしら」
「モエは平気ー!」
『問題ありません。それよりもマスターが綺麗で、嬉しい気持ちがいっぱいです!』

 私の肩に着地したモエとコルが口々にそう言うので、母だけではなく父も嬉しそうだ。
 モエの事を知った両親は、最初こそ驚いていたが、この愛らしさにノックアウトされたのか、孫でも可愛がる勢いで溺愛している。
 おそらく、神族もこんな感じなのだろう。

「お嬢様、アクセサリーはどちらに……」
「あ……そうねぇ……サファイアかダイヤモンド……うーん、ダイヤモンドがいいかしら……バランスが難しいわね」
「そうですね……青を強調しすぎるのも……」
「ネレニア様が薔薇の色に合わせたサファイアを見つけてくれたのだけれども……」
「じゃあ、式の時はダイヤモンドにして、披露宴ではサファイアにしたらどう?」

 母の提案に、私たちは「それだ!」と声を上げて頷いた。
 式の参列は、上位の貴族――しかも、当主系列しか参加を許されていない。
 これは殆どが『勇者様を崇拝する会』のメンバーである。
 それもあり、式の間は警備が手薄になるが、披露宴会場の警備に力を入れることが出来ると判断してのことだ。
 宰相閣下と騎士団長が披露宴の配備には力を入れていて、オエハエル卿と姉のエウヘニアには複数の監視をつけるということであった。
 これでヘタに騒がなければ良いのだけれども……
 式は滞りなく進むだろうが、問題は披露宴だ。
 大きな会場でコルのお披露目――
 正直、オエハエル卿が何を考えているか判らないが、姉が黙っているはずがない。
 きっと暴れ出すに決まっている。
 屋敷で隔離することも考えていたが、彼女が何をするのか、オエハエル卿の狙いがなんなのか知るためにも、あえて厳重な警戒の中で泳がせると国王陛下が決めたのだ。
 もし騒いでも騎士団が動きやすく、対処がしやすい。
 万が一騒動を起こしたら、拘束する口実にもなるということであった。

「一応、あの二人も披露宴には来るが……」
「見張りがつく予定ですので、問題は無いと思いますし、万が一の時には拘束となります。それだけは、覚悟しておいてください」
「うむ……あれだけ話をして判らないようであれば、致し方が無い」

 どうやら、父はこの披露宴に出席する時の注意や、これまでの姉とオエハエル卿が私に対してしてきた事を含め、説教混じりの話をしてきたようだ。
 証拠が無いにしても私を階段から突き落とした件もあるため、父と母は二人の参加を認めたくは無かったようだが――今回は、国王陛下の提案に乗ったのである。
 姉が正常な判断が出来るのであれば、この場は大人しくしているはずだ。
 ただし、オエハエル卿が操っているとしたら話は別だと考えていた。
 騒ぎに乗じて、何かするに決まっている。

「そうだ、ククルーシュ。貴女にコレを持ってきたのよ」

 母は明るい話題を振ろうとしたのか、手に持つから箱を取り出すと中身を見せてくれた。
 それは、私も知っている代々トレッチェンの家に伝わるアミュレットである。

「私は外へ出るのに……」
「いいのです。これは私が義母様……貴女の祖母からいただいたアミュレットですもの。本当はエウヘニアに渡す予定だったのだけれども……貴女にあげるわ。外へ嫁いでいっても、これがあれば守ってくれるだろうと思って……」
「お母様……」
「どうか……幸せにね」
「……はい」

 折角ロレーナが綺麗にしてくれたので、何とか涙を堪える。
 涙でぐしゃぐしゃになったら、頑張ってくれたロレーナの努力が無駄になってしまうし、ゼオルド様をお待たせするかも知れない。
 これは……結構くるな……と、何度も瞬きをして涙を引っ込めようと努力する。

「まだ式も始まっていないのに、泣いてはダメよ?」
「お母様がそれを言うのですか?」
「そうね……でも、我慢よ、我慢! お母様も当時は我慢したのですから」
「そうだったのですね……では、我慢します」

 母の笑顔を見ながら私も微笑む。
 私の肩にいたモエが「大丈夫ぅ?」と心配そうにすり寄ってくれるし、コルも元気づけてくれる。
 二人の優しさが身に染みて、思わず笑っていると、再び部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「ククル。準備は出来たでしょうか」
「はい。どうぞ入ってきてください」
「それでは、失礼します」

 扉を開いて入ってきたゼオルド様は、私を見た瞬間、見事にフリーズした。
 えーと……凝視したまま固まると……その……ちょ、ちょっとどころか恥ずかしいというか……照れてしまいますがっ!?
 しかし、ゼオルド様もカッコイイなぁ……と、見惚れてしまう。
 白を基調とした式典用の衣装はタキシードのようにも見えるが、もっと豪華だ。
 刺繍や装飾品が素晴らしく、ゼオルド様にとても似合っていた。
 細かな刺繍が光の加減で見え隠れするところが上品だと感じるし、とても彼らしい。
 私とあわせて青い薔薇があしらわれており、コルとモエも大はしゃぎだ。

「お揃いだー!」
『みんな一緒ですね!』
「そうね。では、そろそろ移動しましょうか。扉前までの移動は、コルにお願いするわね」
『お任せください!』
「その後は、杖で数歩だけ歩きますが、お父様……お願いいたします」
「ああ、任せなさい」
「モエちゃんとコルちゃんは、式の間だけ私と一緒に居ましょうね」
『わかりました!』
「クッキーを食べてもいい~?」
「バレないようにね」

 うふふと笑う母は、完全に孫を甘やかす祖母の立ち位置である。
 姉の子供もこの調子で甘やかしていないか心配になってしまう。
 とりあえず、フリーズしているゼオルド様をなんとかしなければと、彼の近くへ杖を使って歩いて行き、ヒラヒラと手を振って見せる。

「ゼオルド様、そろそろ戻ってきてください」
「……あ……えっと……その……と、とても……綺麗です……」

 その言葉に私の全身が熱くなった。
 一瞬でゆだってしまったタコのように赤くなっていることだろう。
 こういう言葉をストレートにぶつけてくる人だと判っていても、これだけギャラリーがいるのだから、少しは自重していただきたい。
 天然? ゼオルド様は……天然なのっ!?

「ククルの髪に青い薔薇がここまで似合うだなんて……神々も判っていらっしゃる。さすがは神々に愛された方だ……」
「い、いいえ、愛されているのはモエですよっ!?」
「えー? モエだけじゃなくて、ククルも大人気だよぉ?」

 それって、モエに似たクッキーを焼いたからですよね?
 そう問いかけようとしたのだが、ゼオルド様は「ほら」と極上の笑みを浮かべる。
 い、いえ、違います、絶対に違いますからね!?

「何を言っているのだ。初代国王陛下の弟子にて、この国最高の錬金術師たるククルーシュ嬢が、神々に愛されているなど当然のことであろう」

 扉をバーンッと開いて入ってきたのは国王陛下だ。
 クロヴィス殿下とアニュス様とウリアス夫妻が後に続く。

「さて、行こうか」

 その後に「戦場へ」という言葉が続きそうだと感じながらも、私たちは頷く。
 ある意味、戦場で間違いは無い。
 覚悟を決めて腹の底に力を込める。
 ゼオルド様から差し出された手を取り、変形したコルの上へクッションを設置して座った。
 とてもめでたい日であると同時に、不穏な日でもあるのに間違いは無い。
 決意を固めて部屋を後にする私たちを、小さな光が心配そうに見つめていたことに、誰も気づくことは無かった。
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