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第二章 外堀はこうして埋められる

ちょっぴり狭いベッドの上で

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 しばらく2人でソファーに座り、この世界のことや私の世界の話をしていました。
 ひとつわかったことは、セルフィス殿下の話が聞きたいと言いながらも、客観的視点から話しているのに、目に見えてリュート様の機嫌が悪くなっていくことでしょうか。
 絵に描いたような仏頂面というものを見て、意外だったため笑っていると、ふてくされたようにムッとした顔をされましたが、それも可愛らしいと感じてしまうのですから不思議です。
 他の方でしたら、そうは思わないでしょう。
 やっぱり、リュート様は私の一番なんだと実感してしまいます。
 それが……ちょっぴり嬉しくありました。

 それと、リュート様はベオルフ様のことに興味を持ったようです。
 それもそのはず、物語の設定では熱血漢で父同様の脳筋設定だったのに、私の世界の彼は正反対ですものね。
 冷静沈着で頭の回転も速く、公平な判断ができる人です。
 弱い立場の方々を守るために、卒業式を控えた最後の一年は、授業の単位をすべて取っていたこともあり、特別に騎士見習いという立場を得て、人手不足の辺境と呼ばれる、暮らすのも厳しい地域で起こった問題を解決するために、休む間もなく奔走していたようですもの。
 国王陛下に腕前を見込まれ将来有望なのに婚約者がいないから、女性たちの熾烈な争いが始まるかと思いきや、危険な辺境に行って帰ってこない可能性が高く、アルベニーリ家を両親の実子であり年の離れた弟に任せて継がないと明言しているためか、縁談が全くない状況でした。
 こんなに良い人なのに、わかってない女性ばかりですね。
 彼に誰か気になる相手でもいないのかと問えば、「とても手のかかる人がいて、それどころではない」と、呆れ口調で返されました。
 そういえば、いったい誰のことだったのでしょう。
 辺境の地で、親しくなった人がいるのかもしれませんね。

 同じく騎士を目指している真面目で弱い立場の者を救おうとする姿勢が気に入ったのか、真剣に話を聞いていたリュート様に「リュート様と同じくいたずら好きですよ」と伝えてみれば、気が合いそうだと、とてもいい顔でおっしゃってくださいましたが……私としては、二人が揃ったところにいたくないです。
 だって、そのからかいの標的になる可能性が一番高そうなんですもの!

 ちなみに、ヒロインであるミュリア様に興味を示すかと思っていたのですが、全く関心がないようで「ふーん」というなんともアッサリとした返答に苦笑が浮かびました。
 あちらでは、とっても可愛らしく美人と有名なのに、美的感覚がズレているリュート様の好みでは無かったようです。
 あ……でも、姿を見たら、また違う反応をするかもしれませんから……そこは、わかりません。

 リュート様の方は、アレン様との謁見話やキュステさんたちがはじめてこの王都へ来たときの様子などを語ってくださいましたが、話し方がうまいのか、時折笑い話を交えてくれたので、とても楽しく笑いの絶えない時間でした。
 そのときにいなくても、どんな様子であったかありありと思い描けるなんて、本当にお話し上手ですよね。

 良い時間になってきたということで、そろそろ寝ようと寝室へ移動し、扉を開いた私たちは一瞬固まりました。
 だって、今にもベッドから落ちかけているチェリシュを発見してしまったのですもの!
 2人で落ちないように慌てて支え、事なきを得ましたが……危なかったです、あと一歩で落下するところでしたよ。
 リュート様はこれはいけないとばかりに、すぐさまリビングに戻って、木製のベッドサイドガードもどきを作って設置しました。

「こんなに転がるものか?」
「失念しておりましたが、子供は熟睡しているとこんなものだと思います」
「……ヤベーな。突進するみたいにこちらへこられると、条件反射で押さえ込むか反撃するかもしれねーわ」

 こ、これは、いろいろと危険ですっ!
 つまり、私が間に入るしかありませんね。
 多分、それほど強い力で転がりはしないと思いますし……と、リュート様に言っていたら、とても大きく鈍い音が響きます。
 慌てて二人して音の発生源を見ると、チェリシュのおでこがベッドサイドガードに激突しておりました。

「これ、ヘタすると怪我しねーかっ!?クッションが必須だろ」
「す、すごい勢いです……赤くなってないようですから、怪我はしていないみたいですね」

 慌てて打ち付けたおでこを確認しますけど、問題なさそうです。
 ものすごく痛そうな音でしたけど、全くダメージを受けていないというところを見ると、人の子よりも丈夫なのでしょう。

「今までよくこれで落ちなかったな……。しかし、ルナが間に入るといっても、あの勢いでぶち当たったら怪我しそうじゃねーか?」

 うーんと唸っていたリュート様は、何か思いついたのか数個の魔石を取り出して手のひらの上に乗せると、魔力を集中させて術式を刻んだようでした。

「これで、ダメージ軽減できるはずだが……」

 ベッドサイドガードと枕元の中央付近に魔石を置いたリュート様は、角度を確認してから様子を眺めます。
 チェリシュがとんでもない勢いでぐるぐる回り、ベッドサイドガードに再びぶつかりそうになりますが、ぽよんっと何かが受けとめたように止まり、反対側もベッド中央で、同様に止まってしまいました。

「よし、これなら問題ないだろう」

 どうやら風魔法と時空間魔法を組み合わせて、見えない空気の壁を作り出し、チェリシュを保護しているみたいです。
 リュート様の魔法って、様々な属性を掛け合わせて便利に使っている感じですよね。
 一瞬で考えつくリュート様はすごいです!

「さて、これで問題解決だから着替えて寝る準備だな」

 そういったリュート様は、ライムさんのお店で買ったもこもこパジャマを渡してくださいます。
 わぁ……やっぱり手触りがとても良いもこもこ感触ですね。
 俺も着替えようと言って上着を脱ぐ後ろ姿……無造作にさらされたリュート様の背中から腰にかけて、筋肉で引き締まった体のラインが綺麗です。
 ついつい見惚れてしまいました。
 うわぁ……本当に鍛えているって感じの体ですよね。
 見ているだけでドキドキしちゃいます。

「んー?なに、そんなに見たい?」
「い、いえ!着替えて参りますっ」

 私が凝視しているのに気づいたリュート様がくるりと振り返り、からかいの色を含んだ瞳で見てくるので、慌ててウォークインクローゼットの方へ逃げこみました。
 パタリと扉を閉じて、安堵の吐息をつきます。
 も、もう、すぐからかおうとするんですから!
 しかし、私って、そんなにからかいやすいのでしょうか。
 そういえば、ベオルフ様も私をからかって楽しんでらっしゃいましたよね。
 もしかして……これが、弄られ体質というものなのでしょうか。

 もこもこパジャマに着替え、鏡の前で変なところがないかチェックした私は、昨日のパジャマよりも露出度が減ったことにホッと息をつきます。
 薄手のもこもこパジャマは、両手両足をちゃんと覆ってくれておりますし、胸元はすこしあいてますが、これくらいなら問題ありません。
 フードになっている部分をかぶるかどうするか悩み、やはり寝るときには邪魔ですから、そのまま行きましょう。

 そうだ、忘れてはいけません。
 神石のクローバーのペンダントも身につけて───これで大丈夫ですね。

 ウォークインクローゼットを出ると、ベッドの真ん中に体を横たえていたリュート様が私においでと手招きします。
 生地は同じですが黒いリュート様のもこもこパジャマ……チェリシュが見たら喜ぶこと間違いなしですね。
 私も嬉しくなってしまいます。

「リュート様が真ん中なのですか?その場所だと、反撃してチェリシュが怪我したりとか……」
「大丈夫だ。チェリシュがさっきの勢いで転がっても、簡易結界みたいな物にしたから全く問題ない。だけど、気分的にルナが間にいると心配だから、こっちな」

 ほらおいでと布団をめくって招き入れてくれますが、何だか……こういうのって気恥ずかしいですよね。
 半分はチェリシュのためにスペースを割いたので、私とリュート様の眠るスペースは昨日よりも狭いです。
 自然とぴったりくっつく形になりました。

「もうちょい大きなベッドに買い換えるか。さすがに狭いな」
「わ、私はあちらのソファーでも……」
「ダメだ。ここで一緒に寝ような」

 有無言わさず体を引き寄せられ、リュート様のたくましい胸板に押しつけられてしまいます。
 うわ……密着度がすごいですね。
 たくましい体の感触に、心臓がドキドキ音を立てて騒ぎ出します。
 一気に体温が高くなったような気がしますが、この距離だといろいろ気づかれないでしょうか。

 リュート様の魔力の流れを感じたと思ったらスッと寝室の明かりがさらに暗くなり、寝る準備が整いました。
 あとは、眠るだけ……ですが、どうしてでしょう。
 昨日もそうだったのですが、眠るのがとても勿体ないと感じてしまうのです。
 1日が楽しかったからでしょうか、それとも、リュート様とのこの時間が好きだからでしょうか。

 優しく抱きしめられて、リュート様の穏やかな心音を聞きながら眠れるなんて最高なのに、眠りたくない。
 もう少し……甘えたいのかもしれません。

「今日も1日お疲れさん。ほら、ゆっくり眠れ」

 頭を撫でてくれる大きな手が心地よくて、うっとりとされるがままになっていたら、すぐに睡魔がやってきます。
 考えているよりも、ずっと疲れていたようですね。
 でも、もう少しだけ……リュート様を堪能させてください。

 目を開けて薄明かりの中で見えるリュート様は、とても幻想的です。
 普段よりも柔らかな眼差しを向けて私の頭を撫でる表情だけではなく、首筋から鎖骨にかけてのラインが妙に色っぽい。
 だ、ダメです。
 これは、あまり直視しているとマズイですよ。
 もぞもぞと動いてリュート様の胸板に額を擦り付けると、彼が低く笑って眠るには少し苦しいくらいの力加減で抱きしめてくださいました。
 それが嬉しくて、私もしがみつきます。

「まーた眠る気がねーな?」
「だって……」
「ったく、困った奴だ」

 そう言いながらも、全然そう考えていない声の響きに胸がドキドキしてきました。
 耳元に吐息を感じたと思ったら、甘い声が流し込まれます。

「甘えてーの?」

 小さく頷いた私を更に強く抱きしめ、先ほどよりも甘い声で「しょーがねー奴」と囁やく。
 その蜜のようなとろりとした甘い声にゾクゾクしてしまい、自然と体が震えました。
 それだけでも大変なのに、髪を撫でていた手が耳に触れ、つつっと耳の輪郭をたどっていきます。
 今度は、声が出そうになるほどの不可思議な感覚を覚えて、声を堪えるためにリュート様にぎゅっとしがみつきますが、止めてくれそうにもありません。

「んー?本当に耳が弱いんだな……良いね」

 何が良いのでしょう。
 表情を見なくとも、笑い声に含まれる色気と楽しげな響きで、ご機嫌な様子であると理解できますが……何だか困ってしまいました。
 止めてほしいような、止めてほしくないような、そんな困惑です。

「あんまりやると、俺のほうがヤバいから加減が難しいけど、良いかも」
「あ、あまり触っちゃダメです。くすぐったいです」

 コツを掴んだのか、さきほどよりぞわぞわしたものが這い上がってくるようになり、これはいけないと身をよじってダメだと言っているのに、リュート様はやめてくれるどころか、楽しそうに柔らかいタッチで触れてくるのですからタチが悪いですよっ!?

「……しかし、何があったんだろうな」

 何が?
 何があったとは……?
 思わずキョトンとリュート様の腕の中から彼を見上げると、耳から頬に手を移動させて優しく撫でた彼は柔らかく微笑みます。

「寂しく感じる何かがあった……とか?」

 リュート様の言葉で、寂しいとは少し違いますが、何故かチェリシュがお膝の上で抱っこされて、ご飯を食べさせてもらっていた光景が頭に浮かび、さすがにこれは言えないから首を左右に振って、何もないと意思表示しました。
 だって……さすがに無いです。
 小さなチェリシュに……し、嫉妬してるなんて……私もリュート様のお膝の上でご飯を食べてみたいのでしょうか。
 いえ、それは無いですよね?
 だ、だって恥ずかしすぎますもの!
 羞恥心で逝けますっ!

「素直に言わない気か……」
「だ、だって……さすがに無いです。チェリシュに嫉妬なんてあり得ません」

 小さな子供相手にそんなこと考えているなんて、さすがに……って、あれ?
 いま、私……言葉に出してしまいませんでしたか?

「なるほど?羨ましかった?」
「うぅ……聞かなかったことにしてください。私はチェリシュがとっても可愛いのです。でも、どうしてかリュート様のことになると、つ、つい……しょ、召喚獣として主を取られた気持ちになるのでしょうか」
「ふーん?召喚獣として……ね。まあ、あり得ない話じゃ無いが……」

 意味ありげに言われた「ふーん」という声のトーンに、心臓が跳ねましたが、リュート様はそれ以上突っ込むこと無く、私の髪を再び撫でてくださいます。

「そうか、ルナも俺の膝の上で飯を食ってみたいのか」
「ち、違います!そうではなくて……だって、そんなの恥ずかしくて無理ですものっ」
「あ、そうだ。ルナがチェリシュを抱っこして、俺がルナを抱っこして、3人で飯食えば一石二鳥だな」

 わぁ、それは名案……ではないですよっ!?
 私は言いましたよね、恥ずかしいって!

「明日の朝はそうやって食べるか-」
「恥ずかしいからダメですーっ」
「やってみる価値はあるぞ?」
「だ、ダメですってば!……は、恥ずかしくて、ご飯が喉を通りません」

 そうか、それは困ったなと苦笑を浮かべてたリュート様は、目を細めて問いかけます。

「じゃあ、ルナのいいなーって気持ちはどうやって埋めれば良い?」

 そう感じてしまう私がおかしいのに、リュート様は甘やかしすぎですよ?
 ダメだとおっしゃってください。
 小さく幼いチェリシュに、そう感じてしまうなんて大人げないと叱ってくださったらいいのに……

「でも、嬉しいもんだな。ルナが俺を取られたくないって感じるなんてさ」
「あ、当たり前では……ないでしょうか。主は、と、とても大事……ですもの」
「そっか……『とても大事』か」
「は、はい」

 改めて問われると頬が熱くなってきて、心臓が騒ぎ出してしまいました。
 何だか……へ、変ですね。
 胸の奥がむずむずします。

「俺もルナが、何よりも大事だよ」

 その言葉に心臓が大きく跳ね、リュート様の顔が直視できません。
 な、なんですか、この症状は……ま、マズイです。
 口の中が干上がったようにカラカラですし、全身で感じるリュート様の気配に過敏になっている気が……

「ほら、だからもっと甘えて良いよ。こうやって甘えるのは、ルナだけの特権だからな」
「と、特権?」
「そりゃそうだろ。誰でもいいわけじゃねーよ。ルナだから、こうして甘えさせてやりてーの」

 優しい手つきで髪を撫でていた大きな手の動きが止まったと思ったら、頭に頬ずりするリュート様の行動に、体温が急上昇です。
 ふわっ……も、もう、ドキドキが止まりません。

 で、でも、もっとしてください!
 だって、私だけなんですものね。
 ふふ、嬉しいのに恥ずかしい、でも……やっぱり嬉しいですっ!

「お互いに、この時間は甘える時間だな」
「リュート様も……甘えているのです?」
「もちろん。俺がこんなに甘えられるのは、ルナだけだから」

 うぅ……リュート様は私をどれくらいトロトロに溶かせば気が済むのでしょう。
 嬉しくて頬が緩んでしまいます。
 リュート様、もっと甘えてくださって良いのですよ?
 甘えたいし、甘えさせたい……どうすればいいのかしら。

「ルナが俺の腕の中で、安心して眠れるなら、それが俺にとって、今は嬉しいことかもな」
「いま……は?」
「そのうち、安心できなくなるかも」
「……考えられません」

 そんなことあり得ないような気がしますけど……?
 だって、こんなに安心できてゆったりリラックスできる場所なんて、そうはありません。
 今だって、気を抜けばゆるやかに眠りに落ちていきそうなくらいなんですもの。

「今はわからなくていい。いつかわかることだしな」

 意味ありげな言葉が気になりますが、やっぱりそんなことあるはずがないと思います。
 リュート様の腕の中は、私にとって一番の安全地帯ですもの。
 優しく撫でられる髪や心地よい音程の声は、疲れていたらしい私の体に休むよう促します。
 自然とまぶたが下がってくるのに抵抗していれば、リュート様の甘い声が聞こえました。

「ほら、眠っちまえ」
「ですが……」
「大丈夫だ。俺はここにいる。お休み、ルナ。良い夢を……」

 額に柔らかな感触とともに、流される魔力はとても心地よく、すべての悪夢から守ってくれると思えます。
 そのおまじない、私もしたいかも……という記憶を最後に、緩やかに訪れた眠りに落ちていくのでした。
 
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