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24.精神世界①

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魔力探知をしながら、真っ暗な闇の中をクレアの魔力がより濃い方向へと二人、歩いていく。
特に交わす言葉がなかったこともあり、会話なくただただ歩みを進めていると、少しだけ明るい場所を見つける。どこまで進んでも変わらないかと思われたこの場所、そこにやっと現れた変化に歩を進めるスピードが自然と上がっていく。

「っ眩し――」

そうしてそこに辿り着き、突然眩い光に覆われたかと思うと、エストとクリストファーはいつの間にか四季折々の花が咲き誇る庭園に立っていた。植えられている花は季節の統一性がなく、大きさもエスト達の膝よりも下のものから、数メートルあるものまでさまざまだ。
この規模からしてどこかの貴族の屋敷のものだろう。この中で一番目を惹くものがあった。丁度正面にあるラクサの木――既にこの国から全て刈り取られたはずのものだった。
それに目を奪われていると、クリストファーが呆然としたように呟く。

「これは……うちの、公爵家の庭園です」
「まさか、転移させられたのか?しかしそんな魔法を使われたような気配は――」
「いえ、ラクサの木がまだある様子からして、これは『今』ではない」

他人の精神になど入った事のないエストは戸惑うが、クリストファーは冷静だった。

何が起こっているのかは分からないが、取り敢えずは進んでみない事には埒が明かないという考えに至った二人は、また魔力探知を使いながら、クレアの魔力を辿っていく。すると、ラクサの木から少し離れた所、木や他の花たちが咲いているのを見渡せる東屋に人がいるのを見つけた。
公爵家とは言っても、今の状況で必ずしもここが安全とは限らない。それはどちらも思った事だったようで、二人は会話一つしていないのに、まるで示し合わせたかのように気配を消して、息を潜める。その人物達に見つからないように距離を縮めると、二人の会話が聞こえて来た。

「姉様!今日のお菓子はカリンに手伝ってもらって私が作ったものなの」
「あら、この可愛いお菓子を貴女が?」
「うん。姉様に喜んでもらいたくて、姉様が好きなあのラクサの花をモチーフにして作ったんだ」
「ありがとう、クレア。とても嬉しいわ」

まだ少女と呼ばれるくらいの年齢の女性が二人、微笑み合っている。少し幼さが残る方の女の子は姉であろう少女を慕い、姉であろう少女の方はその女の子を微笑ましく見守っている。
二人共、幸せそうだった。エストはその二人を見て、自分とかつての兄を無意識の内に重ね合わせていた。

「ロザ、リア……?」
「ロザリア――ということはあの少女達はクレアとその姉・ロザリアということか?……まさか、過去に飛んだというわけではないよな?」
「それは違うと思います。咲いている花の種類の乱雑さからしても、ここは現実ではない、未だクレアの精神の中。そしてこれはきっと過去の――クレアの心の中の風景でしょう」

髪の色が今とは全く違ったこともあり、エストはすぐに気が付くことが出来なかったが、クリストファーは確信していた。これは過去の風景である。
だってずっと……クレアが姉であるロザリアを失ってからも、クリストファーはロザリアの分までクレアを見守ってきたのだ。そんなことを話している内に目の前の少女たちの姿はいつの間にか掻き消え、場面が変化する。


「あ――くれ、あ、ああああ、があ、ああぁぁあああぁ」
「ねえ、さま……?」

今度はベッドの上に横たわり、苦痛の叫びを上げるロザリアとそれを愕然とした表情で見つめる幼いクレアが目の前に現れた。
クリストファーが思わず、といった様子で苦しむロザリアに駆け寄る。しかしロザリアの身体に触れようと手を伸ばしたところで、ロザリアの身体は透けるようにその部分だけ霧のように霞んで、掴めない。
どうやら此方から向こうに干渉することは出来ないようだ。それに、向こうからはこちらの姿が見えていないらしい。


幼いクレアはあまりの悲惨な光景に恐ろしさを覚えていたのだろう。足はがくがくと震え、進もうとしても一歩も進めない。呆然と立ち尽くすのみだった。
そしてロザリアの身体の皮を内側から破るように花が開花する。あの忌まわしくも美しい花が――。

「姉様!!ロザリア姉様!!!」
「ロザリア!!ロザリア!!!!なんで――」

クリストファーが叫ぶ声が幼いクレアの声と重なる。自身の妹の『死』は情報として知っていても、見ることはなかったのだろう。クリストファーは普段の落ち着いた温厚な彼からは想像も出来ない程に取り乱してしまっている。
干渉できないと分かっていながらも、ロザリアから花を切り離そうと魔法を使おうと魔法陣を形成するクリストファーをエストが止める。
ここに来る時には彼の魔法を媒介としている。彼の魔力が底を尽きたら、これ以上この空間に留まれなくなってしまうのだ。だから彼にここで無駄な魔力を消費させるわけにはいかなかった。

「落ち着け、クリストファー!これは過去の、クレアの心の中の風景なのだろう!?これは既に終わった事だ。気持ちは分かるが、大切なのは今のクレアを救うことだろう」
「っ――――!!」

クリストファーの魔法陣が消え、目の前の風景が段々と薄く透明になっていく。未だ姉を呼び続ける幼いクレアの表情が絶望に歪むのが見えた。


流れるようにまた場面は切り替わっていく。
クレアがずっと亡くなってしまった姉を探しては、もうどこにもいない事を突き付けられ、絶望している姿。貴族にずっと陰口を叩かれ続け、心が徐々に疲弊していく姿。両親や兄に慰められても、心の中ではずっと自分を責め続けて辛い思いをしている姿。
そして見慣れた風景が映し出される。

「俺はお前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。馬鹿と天才とでは釣り合わないからな。だからお前と婚約するのはだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」

「……最低だな、俺」

そう冷たく言い放つのはかつての自分。彼女の事を何も知らなかった、知ろうともしなかった愚かな自分の姿だった。クリストファーはクレアがこの言葉を浴びせられたことを知っているのか知らないのか、なんとも言えない表情でその場面を見ている。
過去の自分を殴るかのように、過去のエスト自身がいるその部分を殴りつける。しかしそれはまるでホログラムのように通り抜けるだけで何にもならなかった。止めることが出来ない。それが余計に怒りを煽る。

「クソッ!!!そんなことをクレアに言うな!!」
「後悔、しているのですね」
「ああ……クレアを知れば知るほどに、この時の俺を殺したくなってくるくらいに後悔している」
「……きっと助けられますよ。クレアは絶対に戻ってきます」
「すまない、取り乱した。そしてありがとう、クリストファー」

先程までとは立場が逆転していた。今度はエストが激昂し、それをクリストファーが諫める。きっと二人共一人ではこのクレアの精神世界では耐えられなかっただろう。

二人がそこまで言葉を交わしたところで、また風景が変化していった。

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