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「アナスタシア、俺はこれでもずっとお前の事を愛していたんだ」
「う゛ぁ、がはっ」

私の心臓に剣を深々と突き刺し、耳元に囁くこの男。彼は私の元婚約者にして、今は敵国の王として相対している男・カイン=ストレツヴェルクだった。
先の戦闘で既にシャルルメイル王国――私の祖国の軍は壊滅状態。王都もかなり前に滅び、ここはシャルルメイル最南端の最後に残った土地。
総指揮官として兵を率いていた私だったが、その結果は圧倒的なまでの敗北。民も兵も殺され、最後まで仕えてくれた皆の『逃げてください』、『貴女は幸せになって』という言葉も守れずに、戦場ここに立っていた。だって、彼らの命を捨てさせておいて、私だけ逃げるなんて許されない。逃げて別の生活を送ろうだなんて虫が良すぎる。今や滅びかけているとはいえ、国のトップである私に、色んな人を見殺しにするという結果を選択してしまった私に、幸せになる権利などないのだ。

そしてたった一人で彼らの軍勢に挑んだ結果、最終的には一度敵兵に捕まり、カインの娯楽前提の一騎打ちで彼に打ち取られたばかりである。あまりにも情けない結果だった。しかしこれで良かったのかもしれない。これで逃げて醜く生き続けることなく、家族や臣下、民の元に逝ける。

カインはその美しい顔に狂気的な笑みをニコリと浮かべながら、私の首を掴んで持ち上げる。かける言葉は甘いのに、彼の行動は甘さとは程遠い行動に逆に笑えてくる。ただでさえ心臓に剣を突きさされていて痛くて息もできないというのに、その上か細い空気の気道すらも奪ってくるのだから彼も中々に性格が悪いと思う。その狙い通り私は苦しくて仕方がないのだから。
苦しい、苦しい、苦しい、息が出来ない……けれどまだ決定打が与えられず、気を失うことも、死ぬこともできない。戦争のためだからと自分で呪いをかけることで、極限まで強化された自身の再生能力が今は憎くて仕方がなかった。

「ただし裏切られる前までは、な」
「わ、たし……は、うらぎって――な、い」

心臓の動きが鈍い。吸える空気の量が制限されるせいで、言葉が途切れ途切れになってしまう。
脳に酸素が回らない中、結局最後まで聞いてもらえなかった説得の言葉が口から零れる。彼はずっと私が彼の両親と弟妹、そして最後には彼をも殺して、国を乗っ取ろうとしたと思い込んでいた。
何故だろう、どこで何が狂ってしまったのだろう。一つ確信できることは、どこかに私の国・シャルルメイルとカインの国・ストレツヴェルクが争うことを望んでいた者がいたであろうということ。

「また、それか?本当ならそれを信じてやりたかったんだが、俺はこの目で見たんだ。お前がその魔法で俺の両親、そして弟妹を殺したのを!!残念だったな、騙せなくて」
「っ本当に、わたしは――こ、ろしてなんて、い、っないの!」
「やめろ。最後の瞬間まで嘘を吐くなんて、これ以上失望させないでくれ」
「っ――」

怒りで震える彼の手が、私の首を更に強く絞める。それ以上はもう何も喋ることができなかった。

「でもお前も中々の役者だよな。婚約者になって、俺にずっと好きだと言いながら、最も油断した最高のタイミングで裏切ったんだ。認めるよ、俺は完璧にお前に騙されていた」

そう、これが最後まで分からなかった。だって本当に私はそんなことをしていないのだ。彼の言っているその時間は確かに兄と一緒にいたのだ。彼も彼の国の人々も、私達がアリバイ工作をしていると全面的に否定したが、これが私にとっての真実だった。自分自身だからこそ分かる。私はそんなこと殺しなどしていない。彼を裏切ってなどいないのだ。

そして今に至る。私の兄と弟、そして父は戦争が始まってすぐに皆を守るために先頭に立ち、説得しようとしている間に真っ先に彼によって殺された。

でも、それでも私は最後まで心のどこかでカインが私の言葉を聞いてくれることを信じていたのだ。それが無駄だったとも気づかずに。
対峙して気が付いた。もう、彼の瞳は完全に虚ろで濁りきっている。私の事など、既に見えていないのだ。

「さようなら、俺の最も愛した人、そして最も憎んだ人」

私も全てを奪われたというのに。兄弟や父を殺した彼に、奪われた憎しみと何も伝わらなかった悲しみが混じり合い、最期の瞬間にはどんな表情をしていたか覚えていない。
剣が完全に心臓を引き裂くと同時に、私の血が地面に、そしてカイン自身に降りかかる。

相変わらず、綺麗な瞳。

飛び散った私の血よりも紅い紅玉の美しい瞳を見ながら、そう思ってしまった。
引き裂かれるまでは心の中で呪詛を吐いていたが、結局のところ私の意識が閉じる最後の瞬間に彼に抱いたのは憎しみや悲しみという感情ではなかった。

***

暗闇の中を揺蕩う。何も見えない。質量も感覚も何もない、冷たい場所。死ぬってこんな感じなんだ……なんて、何故自分が思考できるのかすら分からないのにそんな思考をしていると、遠くに光が見えたような気がした。
そして自然とそこに手を伸ばした瞬間――。

「ほら、そんな端っこでモジモジしてないで自己紹介をしなさい」
「……カイン。カイン=ストレツヴェルク」
「っ――――」

私は死んだ。そう、死んだはずなのだ。なら、この目の前の光景はなんなのだろう。息を吸って、瞼を開けた瞬間に目の前にいたのは私を殺した男だった。
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