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これからストレツヴェルクに強制的に送られる。
そのストレスで一晩眠れなかった私は目の前にご立派な隈を携えて、魔導車の前に立っていた。出発前日に何か懸念事項があって、結局身体を休めることができずに次の日、出発の時になって後悔するあれだ。
魔導車。それは馬などを使用して移動する馬車と違い、御者の魔力を使って動く。短距離では馬車での移動が多いが、今回のように国を越えるという長距離ではこちらが採用されることが多い。馬車よりも揺れが少なく、快適な旅を送れるというのが特徴である。

「姉様、物凄く体調が悪そうですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。眠い」
「そんな!じゃあ僕の膝枕を使って眠っていいよ!!ナーシャ」
「うるさ……変態兄様は僕の耳の横で叫ばないでください。不愉快です」

結局。ユーリ兄様もバアルベリト魔法学院に帰るため、そしてラウルも何故か気を効かせた風な母様が『一人だけ仲間はずれで置いていかれるなんて可哀想でしょう』ということで、一緒に来ることになった。兄様は寮に生活用品やら服やらがあるとして、ラウルは昨日急に決まったにも関わらずよく次の日に準備できたなと感心する。
しかしながら、昨日の様子を思い出すと、カインも全部が全部嬉しかったと言うわけではないらしい。兄様がついてくると聞いた時にはカインの顔が歪んでいたが、兄様はそんなこと全く気にした様子がなかった。むしろカインに対してニヤニヤとした笑みすらをも浮かべていた。
昔から思っていたが、兄様は面の皮が厚すぎる。時々思うのだ。嫌いな人間や敵とみなした人間、あと無関心な人間にはわざわざ嫌われる行動をとっているのではないか、と。
好意を示している人間に対する態度もベタベタしすぎてどうかと思う時はあるが。

「中に備え付けのベッドがある。勿論、各自別の部屋を手配済みだ。普通に考えて、男の膝枕などでゆっくり休めるわけがない。眠いのであれば案内するが」
「……案内、お願いします」
「じゃあ僕も一緒の部屋に――」
「お前が来たら、アナスタシアが休めないだろうが」

ついに、カインのお兄様を呼ぶときの名称がお前呼びになってしまった……。一応、極々少ない二人の会話しているところを聞いたことがあるが、今まではユーリ呼びだったはずだ。そこまでカインの中でのユーリ兄様の好感度が下がってしまったのね。まあ、同情は特にしないが。
私だって、今の体は13歳とはいえ、兄の膝枕なんて恥ずかしいから嫌なのだ。だから現れて、助言をくれたカインの言葉、そして追い払ってくれた行動に素直に甘えた。
きっとこれからもっと体力を使って、疲れることは多いのだ。
今の状況もユーリ兄様がカインを鋭い眼光で睨み、カインはそれに対して馬鹿にするような笑みを浮かべている胃が痛くなる光景だ。二人の仲の悪さとそれによって生まれる面倒事に今後振り回されるであろう自分とラウルの先を憂いて、溜息を一つ零した。

***

与えられた部屋にて、昼までぐっすり眠れたお陰で完全に徹夜の疲れはとれたので、魔導車の食堂に昼食を食べに行った。
出された食事は、湯気を立っているのが見えるくらいにホカホカのグラタンと固めのパン。今にもお腹が鳴りそうな程に良い匂いを放っていた。すごく美味しそうだ。
私はゆっくりと優雅にこのお昼ご飯を味わいながら食べて、さっさと部屋に引っ込もうと考えていた……のだが。

「なんでカインは当然のようにナーシャの横でご飯を食べようとしているのかな?」
「将来の夫なのだから当然だろう。

ピキリ、とユーリ兄様が顔に青筋が立てたのが見えた。
2度目の人生で言うのもなんだが、兄様がここまで怒りを面に出しているのは初めて見たかもしれない。よっぽどカインにお義兄様と呼ばれるのが嫌だったようだ。兄様の隣でラウルが制止しようとしているが、そんなものは風の前の塵に同じだった。

この二人はやはり死に戻る前よりも仲が悪くなっている。ここまで相性が悪いだなんて、今まで知らなかった。発見というのは、人を驚かせ、人生に彩を与えてくれるものだが、これは違った。ここまで嬉しくない『発見』は出来れば体験したくなかった。

「婚約者ですらないのに、何を言っているんだい?君は」

あ。今度はカインが怒りに顔を歪ませている。割と昔からカインの怒り顔は見てきたが、彼は本気で怒ると、顔の眉間の間に皺が寄り、眼光が人を射殺さんばかりに強くなる。

そうしてカインとユーリ兄様がまさに一触即発、お互いに魔法を放とうとした瞬間に私は声を上げた。

「私、くだらない事で怒りを爆発させて、魔法で喧嘩する人って大嫌いです」
「え……?」
「ナ―、シャ??」
「ラウルは私の部屋で一緒に食べましょう」

これで暫くは大人しくなるだろう。暫くは。きっと明日か明後日辺りにはまた喧嘩してうるさくなっているんだろうが。面倒過ぎる。
絶望という言葉を顔に浮かべている二人をそのまま放置して、自室に戻ったのだった。
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