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act.2 reminiscence

彼の事情2

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夢の中にいたような彼女との不思議な邂逅が終わった。けれどすぐには現実味が湧かなく、少しボケッとした足取りで城まで戻る。
すると、城は見たこともない程の騒ぎになっていた。メイドや衛兵たちが総出で歩き回っている。
何か重大な事件でもあったのかもしれない。なにせここは城だ。両親や弟たちが――――嫌な考えにたどり着き、背筋が冷たい氷でも押し付けられたかのようにゾワリとする。

近くにいた侍女の元に走って事情を聴きに行くと、倒れそうな勢いで驚かれた。どうやら僕を探していたらしい。両親も心配していたようで、帰ってすぐに両親のいる謁見室に連行された。僕は誰にも心配されないと思っていたが、それは間違いだった。両親には今までにない程に怒られたが、心配故に僕を怒っていることが伝わってくる。
僕にはちゃんと心配してくれる人がいたのだ。きっと以前の僕では両親に怒られたことに対して傷つくだけで、このことに気づくことが出来なかっただろう。
ヴィオレッタの“味方”という言葉が僕の心に安心と余裕を持たせていた。そのおかげで両親の言葉を素直に受け止められるようになり、気づけたのだ。少し、泣きそうになる。僕にはこんなにも心配してくれる人がいるのに、今まで何をしていたのだろう……と。
僕は素直に両親に謝りながらなんとか彼らの怒りを鎮め、部屋に戻ったのだった。

***

同日の夜。夕食の前、僕の部屋にヴァイスとシュヴァルツが訪ねてきた。
どうやら彼らも僕の事を心配してくれていたらしい。部屋に入って目が合った瞬間、シュヴァルツの方は泣き崩れた。

「兄様、無事だったのですね。本当に、安心しました」
「ほんど、よがった」

ヴァイスは一見冷静だが、目元が赤く腫れあがっている。きっと少し前まで彼も泣いていたのだろうことが察せられた。シュヴァルツの方は鼻水を垂らすほどに泣きながらも返事をしてくれていて、いつもより子供っぽくなっていて、二人が自分より年下なのだということを改めて実感する。
二人に会っているのに、今までの様な汚い感情が湧くことはない。むしろ、僕は二人にもこんなに心配をかけてしまったのだな、と申し訳なく思っていた。二人の行動を素直に受け止めることができたからだ。

「私たちは兄様を支えるためにここまで頑張ってきたのですから、急にいなくなられると……心配です。その……だから、兄様が私達を嫌いで遠ざけたいとしても、っそれでも私達は兄様が大好きです。だから私たちはっ――――」

僕がそんなことを考えて黙っていた所為だろう。ヴァイスが泣きそうな声音で話し始める。その内容はあまりにも僕が罪悪感を覚えるもので……僕は途中で彼の言葉を遮って、手で静止を掛ける。これ以上言わせたくはなかった。僕は今までなんて酷いことをしてきたのだろう。昔から彼らに慕われている自覚はあった。そんな慕っている相手に冷たい態度を取られていた彼らはソレをどう感じて、どう思っていただろう。僕は彼らの純粋な好意を裏切る行為をしていたのだ。罵られても文句を言えない立場なのに、彼らはそれをしないのだ。それが更に僕の罪悪感を煽った。

そんな相手にまでまだ心を残し、それどころか大好きなどと言って心配故に涙を流すなど――二人は優しすぎる。後悔しても、しきれない……。

「二人共、本当にすまなかった」

自然と口からそう出ていた。こんな言葉で謝罪になるとは到底思えないが、言葉に出さずにはいられなかったのだ。

「え……?」
「な、ぜ……兄様が謝るのですか?」

二人は一様に驚きを見せる。しかし僕は誤解を解くためにもそのまま続けた。

「今まで二人に冷たい態度をとってしまいすまなかった。僕は、お前たち二人に嫉妬していたんだ。二人は……シュヴァルツは剣、ヴァイスは勉強で僕よりも優れているだろう」

泣いていたシュヴァルツがすぐに僕の言葉の“優れている”の部分を否定しようと一瞬声を上げたが、僕はそれを遮って更に話を続けた。

「でも、これはお前たちの努力の結果だ。僕が未熟だっただけなんだ。だから……よかったらでいいんだが、今度から僕と鍛錬や勉強を手伝ってくれないか?そして、僕に助力してほしい――――将来、王になるのに相応しい力を手に入れるために。僕は、ヴァイス、シュヴァルツ……二人と共に国を作っていきたい」

今更こんなことを言って自分でも虫が良いとは思うが、僕は変わる……いや、変われるとヴィオレッタのお陰で思えたんだ。だから僕は彼らの力も借りたい。借りることができたら、これ以上ないくらいに心強いだろう。そう願いを込めて、二人に頭を下げた。その言葉に二人は暫く無言になる。
沈黙が痛い。さすがに跳ね返されてしまうだろうか……いくら彼らが優しいと言っても、僕はもう許されないのかもしれない――――でもそれでも仕方がない……そう思い始めた時の事だ。

「……兄様、顔を上げてください」

ヴァイスの穏やかな声が頭上に響く。けれど怖くて顔は上げられなかった。しかし二人はそれでもいいというように話し始める。

「っ僕たちはね、ただ兄さんの助けになりたかったんだ。僕達の敬愛する兄さんの……」
「でも、他の貴族たちが私とヴァイスを持ち上げ始めて、正直どうすれば良いか分からなかった。私達は元々兄様のために……兄様を支える為にそれぞれの得意分野で頑張ってきたから。だから、当然手伝いますよ……兄様の力になれるのならいくらでも」

多分、鼻を啜ったのだろうシュヴァルツが常ならば怒られるような少し汚い音を出しながらも答え、そしてヴァイスがそれを補足するように言葉を繋げた。
その二人の言葉に咄嗟に視線を上げる。そう、彼らは僕のために頑張っていたんだ。最低だ。そんな二人に僕は今まで冷たい態度をとって……。

「っありがとう。僕も大好きだよ――二人共」

僕は、そんな二人に感謝の言葉しか出なかった。

***

そうして僕が変化することによって、世界は好転し始める。
二人と共に鍛錬や勉学に励むようになり、いつの間にか僕達の中で開いていた差も心の溝も殆どなくなっていたのだ……二人のお陰で。二人は自分たちの鍛錬法や技のコツ、効率の良い覚え方など様々なことを教えてくれた。僕が執務の合間にも学習できるようにとオリジナルのカリキュラムまで考えてくれたのだ。

だから騎士団の練習にちゃんと行くようになってからは、そんなに時間がかかることなくヴァイスと同じ上級騎士のクラスにまで上がり、“ロベール=ガーランド”……当時、騎士団の副団長だった彼女の兄に剣術をシュヴァルツと共に師事するようになる。
彼はヴィーの事になると少し暴走気味だが、それ以外の事はかなり優秀で、僕やシュヴァルツよりも強い。彼から学ぶことは非常に多く、共に過ごす時間も長かった。そうして、いつしか彼とは親友とも呼べる関係になる。
ロベールやシュヴァルツに触発されて、僕の剣術の腕はどんどん上がっていく。いつしか騎士団一の実力と囁かれていたロベールとはシュヴァルツと共に肩を並べられる程になっていた。

勉強に関してもそうだった。今までは王宮の教師すら僕を馬鹿にしているように見えて、以前は真面目に話を聞くことすら嫌だった。だが見方を変えてみると、“むしろこいつらから知識を搾り取ってやれ”と思うようになり、ヴァイスと共に知識にいくらでも貪欲になれた。

その中でも政治学はガラリと印象が変わったものの一つだった。国でも一番と言われるほど優秀な政治学の教師は僕より10程上の口を開けば人を馬鹿にしたようなことばかりを言う厭味な男だったのだ。以前は正直、かなり苦手だった。
けれど、貪欲に師事するようになってみると、教師との距離も縮まり、彼が自分以外にもこんな態度であることが分かったため、昔ほどの嫌悪感がなくなった。むしろ自分から逃げ出さずに自分から知識を吸い取った僕を逆に評価してくれたようで、彼は会う度に向こうから声を掛けてくるようになったほどだ。

こうしてヴィオレッタのお陰で、僕の環境は逆転したのだ。彼女には感謝してもしきれない。
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