『10年隠した執着愛。元婚約者に捨てられた私は、ハイスペ同級生の甘い檻で二度と逃げられないほど塗り潰される』

小木楓

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第5話 【甘やかし】「俺の専属エステティシャンなんだから」

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「……萌さん? お湯の温度、大丈夫ですか?」

 「へ? あ、はい! すみません!」

エステサロンのバックヤード。 

タオルの準備をしていた私は、後輩に声をかけられてビクッと肩を跳ねさせた。

「どうしたんですか? 今日、ボッーとしてますよ」 

「ううん、何でもない。ちょっと寝不足で……」

笑顔で誤魔化して作業に戻るけれど、指先が震えてうまく畳めない。

 頭の中では、昨夜の光景がエンドレスリピートされていた。

『お前が俺を男として見ないなら、分からせるしかねぇよな』

太ももを這い上がってきた熱い手のひら。 

耳元で囁かれた、切羽詰まった低い声。 

そして、私を見る悲しげな目。

(……っ)

思い出しただけで、身体の奥がキュンと疼く。

 恥ずかしい。

昨日の私は、拒絶するどころか、彼の指に反応して声を上げていた。

「私って……こんなに軽い女だったのかな……」

休憩室の鏡の前で、自分の唇にそっと触れる。 

元カレと別れたばかりなのに。 他の人なら絶対に許さない。

でも、相手が蒼だから? 蒼だから、あんなに熱くなったの?

「……わかんないよ」

答えの出ない問いを飲み込んで、私はまたお客様への笑顔を作った。

--------------------------------------------------------


「ただいま……」

夜、タワマンへの帰宅。 玄関のドアを開けるのが、これほど怖かったことはない。 

昨日の今日だ。どんな顔をして会えばいいのか分からない。

けれど。

「おう、おかえり。遅かったな」

リビングから顔を出した蒼は、拍子抜けするほど「普通」だった。

 昨夜の激情はどこへやら。

リラックスウェアに眼鏡をかけ、ノートPCを開いて仕事をしている姿は、いつもの冷静な彼そのものだ。

「あ、うん。ちょっと残業で……」

 「飯、温め直すか? 俺が適当に作った生姜焼きでいいならあるけど」

 「え、いいの? ありがとう……」

その変わらない態度に、私の張り詰めていた緊張がフシュゥ……と抜けていく。 

よかった。気まずいのは私だけだったんだ。 

彼は大人だ。あの一件を、なかったことにしてくれている。

 その優しさに感謝しつつ、ほんの少しだけ、胸の奥がチクリとした。

(なかったことに、なっちゃったんだ……)

-----------------------------------------------------------

食後、私がキッチンの片付けをしていると、背後からスッと手首を掴まれた。

「……萌。手、赤くなってんぞ」 

「え?」

蒼の視線が、私の手に注がれている。

 連日の水仕事と、薬剤やオイルの扱いで、指先はささくれ、手の甲はガサガサに荒れていた。 

元カレには「ガサガサしてて痛いから触るな」と言われた手だ。

「あー、これ……職業病だから仕方ないの。見苦しくてごめんね」

慌てて手を隠そうとすると、彼は私の手をぐいっと引き寄せ、自分の隣のソファに座らせた。

「ちょっと待ってろ」

彼が持ってきたのは、見たこともない高級ブランドのハンドクリームだった。

 蓋を開けると、上品なホワイトティーの香りがふわりと広がる。

「手、貸してみ」 「え、いいよ自分でやるから! 蒼の手までベタベタになっちゃうし」 「いいから」

有無を言わせぬ力強さで、私の手は彼の手のひらに包み込まれた。

 彼の指に取られたひんやりとしたクリームが、私の荒れた肌に塗り広げられていく。

「……っ」

昨夜の、情熱的でいやらしい手つきとはまるで違う。 

壊れ物を扱うように、優しく、丁寧に。 

一本一本の指をマッサージしながら、クリームを浸透させていく。 彼の指の腹が触れるたび、じんわりとした温かさが心まで溶かしていくようだ。

「……ごめんね。ご飯作ってもらったり、洗い物させたりして」

 「そんなこと気にしてねぇよ」

蒼は私の手を見つめたまま、静かに言った。

「お前のこの手は、客を癒やすための大事な商売道具だろ? だったら、もっと大事にしろよ」 

「蒼……」

「それに……」

彼はマッサージの手を止め、私の手の甲に、チュッ……と音を立ててキスを落とした。

「っ!?」

 「俺の専属エステティシャンさんなんだから、万全でいてもらわないと俺が困る」

顔を上げると、眼鏡の奥の瞳が、悪戯っぽく、でもとろけるほど甘く笑っていた。

「……だろ?」

「う、うん……」

カァァァッ……と頬が熱くなる。

 ずるい。本当にずるい。

 昨日はあんなに強引だったくせに、今日はこんなに甘やかすなんて。

 この「飴と鞭」に、私の心臓がもう完全に彼の手のひらで転がされていることを、認めざるを得なかった。
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