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第7話-2【残酷な事実】「彼には、ずっと想い続けている人がいる」
しおりを挟む重たい頭を抱えながら、私は広すぎるリビングへと足を踏み入れた。
シーンと静まり返った部屋。 蒼の姿はない。
「……あ」
ダイニングテーブルの上に、見覚えのある私のマグカップと、数種類のサプリメント、そしてメモ書きが置かれていた。
『二日酔いだろ。これ飲んで寝とけ。今日は早く帰る』
走り書きの、男らしい筆跡。 でも、そこにある気遣いは痛いほど繊細だ。
「……ずるいよ、こんなの」
サプリメントを水で流し込みながら、胸がキュッと締め付けられる。
昨日の今日で、こんなに優しくされたら。
期待してしまう。 もしかして、私たちは「そういう関係」になれたのかな、って。
けれど、冷静になっていく頭の片隅で、黒い不安が鎌首をもたげた。
(……でも、蒼だよ?)
大手商社のエースで、タワマンに住んでて、あんなに色気があって。
女の人が放っておくわけがない。
私みたいな「家なき子」の同級生を拾ってくれるくらいだ。
もしかして、本当は――。
『彼女、とか……いるのかな』
一度浮かんだ疑念は、墨汁を垂らしたように心の中に広がっていく。
昨日のあれは、私が酔っ払って誘ったから?
蒼は優しいから、断れなかっただけ?
もし彼に大事な人がいて、私がその人を傷つける「浮気相手」になってしまったとしたら……?
居ても立っても居られなくなり、私は震える手でスマホを手に取った。
連絡先には、同窓会の幹事をしていた情報通の女友達、美香の名前。
『ねえ、変なこと聞くんだけど。蒼って今、彼女とかいるの?』
送信ボタンを押す指が重い。
聞きたいけど、聞きたくない。 でも、もし彼にパートナーがいるなら、私は今日すぐにでもこの家を出ていかなきゃいけない。
ピロン♪
返信は、残酷なほどすぐに来た。
『えー、どうだろ? 彼女はいないっぽいけど……』
続く文章を見て、私の時が止まった。
『でも、蒼って昔から「ずっと想ってる本命(ひと)」がいるらしいよ?』
『なんか10年くらい片思いしてる激重な相手がいるとかで、他の女には全然なびかないって有名(笑)』
『だから萌も、同居気をつけてねー!』
カシャン。 手からスマホが滑り落ち、テーブルに乾いた音を立てた。
「……ずっと、想ってる人……?」
10年前。 高校時代から、ずっと?
私の脳裏に、昨夜の蒼の顔が蘇る。
必死な目で私を抱きしめ、何度もキスをしてくれた彼。
『よくしてやるから』『全部、俺に預けろ』
(あれは……私に向けた言葉じゃ、なかったんだ)
あんなに熱かったのは、あんなに優しかったのは。
私の背後に、その「本命の人」を重ねていたから?
それとも、長年の片思いの寂しさを埋めるために、手近にいた私で代用しただけ?
「……っ」
呼吸ができなくなるほどの衝撃が、胸を貫いた。
元カレに浮気された時よりも、家を追い出された時よりも、ずっと深く、鋭い痛み。
「嘘……なんで……?」
視界がじわりと滲む。
ただの友達だと思っていたのに。
ただの同居人だと言い聞かせていたのに。
この激しい痛みは、私が自分でも気づかないうちに、どうしようもないほど彼に惹かれていたことを証明していた。
「……バカみたい、私」
昨夜のキスマークが、急に「烙印」のように熱を持ち始める。
愛された証なんかじゃない。 これは、私が彼の「本命」にはなれないという、惨めな証拠だ。
テーブルに残された『今日は早く帰る』というメモが、今はただの残酷な宣告に見えた。
帰ってきて、彼はなんて言うだろう。
「昨日は悪かった」「忘れてくれ」 そんな言葉を聞くくらいなら、消えてしまいたい。
私は膝を抱え、広いリビングの片隅で、声も出せずにただ涙を流した。
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