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第7話-3 【許さない】「お前がいるのに、他の女を抱くような奴なんて」
しおりを挟むガチャリ。 玄関のドアが開く音がして、私の心臓が大きく跳ねた。
「ただいまー。……ん? 何だよ、電気もつけずに」
リビングに入ってきた蒼は、いつもの彼だった。
薄暗い部屋で膝を抱えていた私を見つけても、昨夜のことを茶化すわけでも、気まずそうにするわけでもない。
ただ当たり前のように部屋の明かりをつけ、コンビニの袋をテーブルに置いた。
「ほら、ゼリーとスポーツドリンク。二日酔いにはこれだろ」
「……あ、ありがと……」
その変わらない優しさが、今の私には刃物のように痛い。
(どうして、そんなに普通なの?)
(昨日のあれは、蒼にとっては日常茶飯事なの? それとも……本当に「本命の人」の代わりだったから、気にしなくていいってこと?)
『蒼って昔からずっと想ってる本命がいるらしいよ』
友人の言葉が、脳裏に浮かんで消える。 聞きたい。今すぐ「好きな人って誰?」と聞きたい。
でも、その答えを聞いてしまったら、この心地よい同居生活さえ終わってしまう気がして、怖くてたまらなかった。
「……萌」
不意に、ビニール袋を片付けていた蒼の手が止まった。
彼はソファに沈み込む私の前に立ち、真剣な眼差しで見下ろしてくる。
「元カレのこと、どうすんだ?」
「え……」
「明日、会いに行くって言ってたよな。……別れるんだろ?」
真っ直ぐな問いかけに、言葉が詰まった。 別れるつもりだ。
それは決まっている。
でも、今のボロボロの私に、あの強引な元カレを振り切る気力があるだろうか。
また丸め込まれて、都合のいい女に戻ってしまうんじゃないか。
そんな自信のなさが、沈黙となって表れてしまった。
「…………」
私が答えられずに俯いていると、蒼の雰囲気がピリリと変わった。
「おい」
低い声。 ガシッ、と両肩を掴まれ、強い力で顔を上げさせられる。
目の前にある蒼の瞳は、怒っているようで、でもどこか泣き出しそうなくらい切迫していた。
「お前……まさか、ヨリ戻すとか言わないよな?」
「っ、痛いよ蒼……」
「答えろよ! あんな裏切り方した奴のところに戻んのか!?」
激昂した声がリビングに響く。
いつも冷静な彼が、肩で息をするほど取り乱している。
その必死さが、私の胸を激しく揺さぶる。
どうして? どうしてそんなに必死になるの? 私のことなんて、ただの同級生なのに。
「……っ」
蒼は私の肩を掴む手に力を込めると、噛み締めるように、祈るように言った。
「俺は……許さない」
「え……?」
「お前がいるのに……お前みたいな最高の女がいるのに、平気で他の女を抱くような奴と……お前が生涯一緒に歩むなんて、俺は死んでも許さない」
その言葉は、命令というよりは、魂の叫びのようだった。
次の瞬間、私は強い力で引き寄せられ、彼の広い胸の中に閉じ込められていた。
「――っ!」
ドクン、ドクン、ドクン。
耳元で聞こえる、彼の速すぎる鼓動。
回された腕は痛いくらいに私を締め付け、まるでどこにも行くなと言っているようだ。
「……行くなよ、あいつの所に」
耳元で震える声。 ムスクの香りと、彼の体温が全身を包み込む。
(ああ……だめだ)
彼には、他に好きな人がいるのかもしれない。
私はただの、都合のいい同居人なのかもしれない。 それでも。
(甘えたい……)
元カレなんかじゃない。
私をこんなに必死に止めてくれる、私をこんなに強く抱きしめてくれる、この腕の中にいたい。
この温もりに溺れてしまいたい。
認めざるを得なかった。 私はもう、取り返しがつかないほど、この男(ひと)に惚れてしまっている。
「……蒼」
ためらいがちに上げた両手。
その指先が、彼の背中に触れる。
そして、恐る恐る、けれど最後は縋るように、私は彼の背中に手を回し、そのシャツをギュッと握りしめた。
「……戻らないよ」
私の身体が、彼に預けられる。
その瞬間、蒼の身体からフッと硬さが抜け、安堵の息が漏れたのが分かった。
彼は私の頭に大きな手を乗せ、今度は壊れ物を扱うように、優しく、愛おしげに髪を撫でた。
「……そうか」
低く、甘い声が頭上から降ってくる。
「なら、いい」
彼は私の髪に頬を寄せ、独り言のように、でも約束するように囁いた。
「明日、送ってく。……な?」
「……うん」
抱きしめ合う二人の影が、リビングの床に長く伸びていた。
「本命」がいる彼と、「恋」をしている私。
心はすれ違ったままなのに、身体だけは離れがたく求め合っている。
そんな矛盾した夜が、静かに更けていった。
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