『10年隠した執着愛。元婚約者に捨てられた私は、ハイスペ同級生の甘い檻で二度と逃げられないほど塗り潰される』

小木楓

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第8話-3 【海辺のデート】「10年の空白と、言えなかった言葉」

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「……このまま帰るのもなんだし、海でも行くか」

車に戻り、エンジンをかけた蒼が、何でもないことのように言った。

「え、海?」 

「おう。ドライブデートって言ったろ? 嘘つきにしたくないなら付き合えよ」

彼は悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。

 その強引さが、今はどうしようもなく嬉しくて、私は小さく「うん」と頷いた。

***

都心を離れ、車は海沿いの国道を滑るように走る。

 ランチに入った海沿いのレストランでは、テラス席で波音を聞きながらパスタを食べた。 

「ほら、あーん」

「ちょ、恥ずかしいって!」

なんて笑い合って。 まるで、本物の恋人同士みたいに。

食後、私たちは靴を脱いで、砂浜をゆっくりと歩いた。

「……気持ちいい」

素足に触れる砂の感触と、少し冷たい潮風。

 隣を歩く蒼は、ジャケットを脱いでシャツの袖を捲り上げている。 

そのリラックスした横顔を見ていると、自然と手が伸びて――。

ギュッ。

私の手が触れる前に、蒼の方から指を絡め取られた。

「……あ」 

「足元、悪いからな。転ぶなよ」

言い訳じみた言葉とは裏腹に、その手は私を離そうとしない。

 大きく、ゴツゴツとした男の手。 

その温もりが、私の心臓をまたトクトクと揺さぶる。

(……期待、しちゃうよ)

こんなに優しくされたら。こんなに大切に扱われたら。

 勘違いしてしまう。私が彼の「特別」なんじゃないかって。

けれど、波が寄せては返すたびに、残酷な疑念が頭をもたげる。

(あの『本命の人』とも、こうやって来たのかな)

蒼が10年間、ずっと想い続けている人。 

彼の手の温もりも、助手席からの景色も、本来はその人のための特等席なのかもしれない。 

そう思うと、繋いだ手から伝わる幸せが、急に胸を締め付ける苦しさに変わった。

「…………」

ふと、記憶が10年前に引き戻された。

『おい萌! 遅いぞー! 置いてくぞ!』 

『待ってよ蒼! 私のチャリ、チェーン錆びてるんだから!』

高校の帰り道。

夕焼けに染まる河川敷。 

並んで自転車を漕いだ日々。 

あの頃の私たちは、ただの友達で、お互いに遠慮なんてなくて。

 でも、ふとした瞬間に目が合うと、胸がキュンとしたあの感覚。

(……もし、あの時)

もしあの時、勇気を出して「好き」って言っていたら。

卒業式の日、離れ離れになる前に、この気持ちを伝えていたら。

今の「10年の空白」はなかったのかな。

 この隣にいるのは、「同居人」じゃなくて「恋人」としての私だったのかな。

「……はぁ」

ため息が潮風にさらわれる。

 「好き」だと自覚した途端、過ぎ去った時間がもどかしくて、悔しくてたまらない。

 10年。あまりにも長い時間。

 その間に、彼の中に住み着いてしまった「誰か」の存在が、どうしようもなく憎らしい。

(好きな人って、誰なの?) (私じゃ……だめなの?)

そんなこと聞ける権利なんてないのに。 

元カレと別れたばかりで、家もなくて、彼の優しさに甘えているだけの私が。 なんて虫がいいんだろう。

ズキズキと痛む胸を押さえ込みながら、私は隣を歩く彼を見上げた。 

逆光の中で目を細め、海を見つめる蒼の横顔は、高校生の頃よりずっと大人びていて、私の知らない時間が刻まれている。

その横顔があまりに綺麗で、遠くて。 

私は繋がれた手を、痛いくらいに強く握り返すことしかできなかった。

----------------------------------------------------------------------------

帰りの車内。 

遊び疲れた心地よい疲労感と、夕暮れのオレンジ色の光が車内を満たしている。 

助手席で揺られながら、私は運転席の蒼をじっと見つめていた。

「……ん? 何だよ、じろじろ見て」 

「ううん。……なんでもない」

信号待ちで彼がこちらを向き、フッと優しく微笑む。

 その笑顔を見るたびに、胸の中のコップに溜まっていた感情の水位が、ギリギリまで上がっていくのが分かった。

(好き。……大好き)

もう、隠せない。

 たとえ彼に本命がいたとしても、この想いはもう、私の胸の中だけには収まりきらない。

家に着いたら、この魔法のような時間は終わってしまう。 「家主」と「居候」に戻ってしまう。

それが怖くて、切なくて。

 タワーマンションの地下駐車場に車が滑り込むその瞬間まで、私は祈るように彼を見つめ続けていた。

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