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第12話-1(最終話)【激重な愛とメリークリスマス】
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「……ん、ちょっと曲がってるよ」
朝の柔らかな陽射しが差し込む玄関。
私は蒼のネクタイに手を伸ばし、キュッと結び目を整えた。
目の前に広がるのは、パリッとした白いシャツと、頼もしい胸板。
「サンキュー。……萌にやってもらうと、気合入るな」
「もう、毎日言ってるじゃん」
照れくさくて視線を逸らすと、蒼が愛おしそうに目を細める。
大手商社のエースとして戦場へ向かう彼を、こうして見送るのが私の日課になった。
掃除をして、洗濯物を干して、彼の好きな夕飯の献立を考える。
まるで、新婚の「奥様」みたいな毎日。
こんな幸せが私の人生に待っていたなんて、数ヶ月前のどん底の私には想像もできなかった。
「じゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
チュッ。
当たり前のように交わされる「行ってきます」のキス。
甘い余韻を残して、彼は颯爽と出社していく。
その背中を見送りながら、私は幸せを噛み締めていた。
……ただし。 その「幸せ」には、嬉しい悲鳴もついてくる。
夜になると、彼は昼間のスマートな紳士から、飢えた獣へと変貌するのだ。
『……今日はもう寝かさない』
『ちょっと待って、明日早いんでしょ!?』
『知らねぇよ。……俺は10年我慢したんだぞ?』
掠れた声で耳元に囁かれ、熱い瞳で見つめられると、私はもう首を横には振れない。
10年分の空白を埋めるような、重くて、深くて、溺れるような愛の日々。
私の身体は、完全に彼の色に染め上げられていた。
--------------------------------------------------------------
そして、季節は巡り――12月。 街がイルミネーションに彩られる聖夜。
「かんぱーい!」
カチン、とグラスが澄んだ音を立てる。
今年のクリスマスは、どこかの高級レストランではなく、蒼の部屋で過ごすことになった。
テーブルには、私が腕によりをかけたローストチキンやテリーヌ、そして蒼が用意してくれた極上のシャンパンが並んでいる。
「ん、うめぇ。やっぱ萌の飯が世界一だわ」
「ふふ、言い過ぎだよ」
リラックスした部屋着で笑い合う時間。 ふと、懐かしい記憶が蘇る。
「ねえ、覚えてる? 高校の時のクリスマス」
「あー……部活帰りに、コンビニのチキン買って食べたやつか?」
「そうそう! 寒かったよねぇ、あの時」
公園のベンチで、二人で白い息を吐きながら食べた、安っぽいケーキとチキン。
恋人じゃなかったけれど、あの日も確かに楽しかった。
「あの時さ、私、蒼にプレゼントあげたよね」
「……おう」
蒼が少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
「安物の手編みのマフラー。編み目ガタガタで、今思うと恥ずかしいなぁ。捨てちゃったでしょ?」
「……いや」
蒼はグラスを置くと、無言で立ち上がり、寝室へと向かった。
数分後。戻ってきた彼の手には、一つの箱が握られていた。
「これ」
「え?」
渡された箱を開けると――そこには、見覚えのある毛糸の塊があった。
色は少し褪せているけれど、丁寧に畳まれ、防虫剤の香りがする。
間違いなく、私が高校生の時に編んでプレゼントした、あの不格好なマフラーだ。
「う、嘘……! まだ持ってたの!?」
「当たり前だろ」
「だって、もう10年も前だよ!? しかも一回も使ってないじゃん!」
「使えるわけねぇだろ。……大事すぎて」
蒼は少し顔を赤らめ、ボソボソと呟いた。
「お前に貰ったもん、捨てられるわけないだろ。ずっと……俺の宝物だったんだよ」
10年間。
私が他の誰かと過ごしている間も、彼はこの不格好なマフラーを捨てずに、ずっと大事に持っていてくれた。
いつかまた、隣を歩ける日が来ると信じて。
「……っ」
胸がいっぱいになって、鼻の奥がツンとする。 視界が涙で滲んだ。
「なにそれ……」
私は涙をポロポロとこぼしながら、泣き笑いのような顔で彼を見上げた。
「……激重じゃん……っ」
こんなに愛されている。 こんなに深く、長く、重たいほどに想われている。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
私の言葉に、蒼は耳まで真っ赤にして、でも開き直ったようにニヤリと笑った。
「……激重でわりぃかよ」
彼はテーブル越しに身を乗り出し、涙で濡れた私の頬を両手で包み込んだ。
「覚悟しろよ。これからはもっと重くなるからな。……一生、離してやらない」
「……うん。離さないで」
重なった唇から、シャンパンよりも甘い味がした。
窓の外には雪が降り始めているけれど、この部屋は春のように温かい。
10年越しの初恋は、最高のハッピーエンドを迎え――そしてここから、二人の新しい人生が始まっていく。
朝の柔らかな陽射しが差し込む玄関。
私は蒼のネクタイに手を伸ばし、キュッと結び目を整えた。
目の前に広がるのは、パリッとした白いシャツと、頼もしい胸板。
「サンキュー。……萌にやってもらうと、気合入るな」
「もう、毎日言ってるじゃん」
照れくさくて視線を逸らすと、蒼が愛おしそうに目を細める。
大手商社のエースとして戦場へ向かう彼を、こうして見送るのが私の日課になった。
掃除をして、洗濯物を干して、彼の好きな夕飯の献立を考える。
まるで、新婚の「奥様」みたいな毎日。
こんな幸せが私の人生に待っていたなんて、数ヶ月前のどん底の私には想像もできなかった。
「じゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
チュッ。
当たり前のように交わされる「行ってきます」のキス。
甘い余韻を残して、彼は颯爽と出社していく。
その背中を見送りながら、私は幸せを噛み締めていた。
……ただし。 その「幸せ」には、嬉しい悲鳴もついてくる。
夜になると、彼は昼間のスマートな紳士から、飢えた獣へと変貌するのだ。
『……今日はもう寝かさない』
『ちょっと待って、明日早いんでしょ!?』
『知らねぇよ。……俺は10年我慢したんだぞ?』
掠れた声で耳元に囁かれ、熱い瞳で見つめられると、私はもう首を横には振れない。
10年分の空白を埋めるような、重くて、深くて、溺れるような愛の日々。
私の身体は、完全に彼の色に染め上げられていた。
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そして、季節は巡り――12月。 街がイルミネーションに彩られる聖夜。
「かんぱーい!」
カチン、とグラスが澄んだ音を立てる。
今年のクリスマスは、どこかの高級レストランではなく、蒼の部屋で過ごすことになった。
テーブルには、私が腕によりをかけたローストチキンやテリーヌ、そして蒼が用意してくれた極上のシャンパンが並んでいる。
「ん、うめぇ。やっぱ萌の飯が世界一だわ」
「ふふ、言い過ぎだよ」
リラックスした部屋着で笑い合う時間。 ふと、懐かしい記憶が蘇る。
「ねえ、覚えてる? 高校の時のクリスマス」
「あー……部活帰りに、コンビニのチキン買って食べたやつか?」
「そうそう! 寒かったよねぇ、あの時」
公園のベンチで、二人で白い息を吐きながら食べた、安っぽいケーキとチキン。
恋人じゃなかったけれど、あの日も確かに楽しかった。
「あの時さ、私、蒼にプレゼントあげたよね」
「……おう」
蒼が少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
「安物の手編みのマフラー。編み目ガタガタで、今思うと恥ずかしいなぁ。捨てちゃったでしょ?」
「……いや」
蒼はグラスを置くと、無言で立ち上がり、寝室へと向かった。
数分後。戻ってきた彼の手には、一つの箱が握られていた。
「これ」
「え?」
渡された箱を開けると――そこには、見覚えのある毛糸の塊があった。
色は少し褪せているけれど、丁寧に畳まれ、防虫剤の香りがする。
間違いなく、私が高校生の時に編んでプレゼントした、あの不格好なマフラーだ。
「う、嘘……! まだ持ってたの!?」
「当たり前だろ」
「だって、もう10年も前だよ!? しかも一回も使ってないじゃん!」
「使えるわけねぇだろ。……大事すぎて」
蒼は少し顔を赤らめ、ボソボソと呟いた。
「お前に貰ったもん、捨てられるわけないだろ。ずっと……俺の宝物だったんだよ」
10年間。
私が他の誰かと過ごしている間も、彼はこの不格好なマフラーを捨てずに、ずっと大事に持っていてくれた。
いつかまた、隣を歩ける日が来ると信じて。
「……っ」
胸がいっぱいになって、鼻の奥がツンとする。 視界が涙で滲んだ。
「なにそれ……」
私は涙をポロポロとこぼしながら、泣き笑いのような顔で彼を見上げた。
「……激重じゃん……っ」
こんなに愛されている。 こんなに深く、長く、重たいほどに想われている。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
私の言葉に、蒼は耳まで真っ赤にして、でも開き直ったようにニヤリと笑った。
「……激重でわりぃかよ」
彼はテーブル越しに身を乗り出し、涙で濡れた私の頬を両手で包み込んだ。
「覚悟しろよ。これからはもっと重くなるからな。……一生、離してやらない」
「……うん。離さないで」
重なった唇から、シャンパンよりも甘い味がした。
窓の外には雪が降り始めているけれど、この部屋は春のように温かい。
10年越しの初恋は、最高のハッピーエンドを迎え――そしてここから、二人の新しい人生が始まっていく。
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