キスだけの契約だったのに。幼馴染に美味しく食べられて、溺愛されています

小木楓

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第一章 18歳 キスで補給

第6話 (ユウ視点)月1回 好きな子にキス

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サキュバス。 

その単語を聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのは、部活の帰りに仲間と回し読みした、あの不健全な薄い本の中の光景だった。

淫らな格好をした、現実味の欠片もないファンタジーの住人。

普段の俺なら「何言ってんだよ、アニメの見すぎだろ」って笑い飛ばしていただろう。

けど、言葉が出なかった。

部屋の隅に立つおばさん……リリアさんの、暗闇でも発光しているかのような異常な美貌。

四十年近く生きているはずなのに、二十代の姉と言われても信じてしまう瑞々しさ。

そして、目の前でうなだれる奈々の、吸い込まれそうなほど白い肌。 

クラスの奴らは「赤城って暗いよな」なんて言うけれど、俺だけは知っていた。

本を読んでいる時の横顔や、不意に笑った時の彼女が、どれほど周囲を置き去りにするほど綺麗か。

何より、さっきのあの熱。 

狂おしいほどに俺を求めてきた、あの緋色の瞳。 

あれが全部、奈々の「本質」なんだと突きつけられて、妙に納得してしまった自分がいた。

「……つまり、なんだ」

俺は、自分の火照った顔を隠すようにガシガシと後頭部を掻き回した。 頭の中を必死に整理する。

奈々はサキュバスのハーフ。 

生きるためには、男のエネルギーが必要。

そして、今夜の奈々には、それが必要だった。

「……奈々は、飯(メシ)が必要だったってことだよな」

俺の口から出たあまりにマヌケな要約に、奈々が「……え?」と呆然とした顔でこちらを見た。

「いや、その……飯っつーか、その。生きていくために、俺の……力が必要で。それで、さっきのは……」

そこまで言って、さっきの唇の感触が鮮明に蘇り、心臓が爆発しそうになる。

奈々は、俺を利用したって泣いている。友達なのに、最低なことをしたって自分を責めている。

けれど。

(……いや、待てよ)

俺は、奈々が好きだ。 

小さい頃から、ずっと。 

その好きな子が、俺を求めてきた。

理由が本能だろうがなんだろうが、俺以外の誰でもなく、俺の体を目指して、俺にしがみついてきた。

……それって。……なんだよ

必死に引き締めようとした口角が、どうしようもなく緩んでいくのが分かった。

自意識過剰かもしれない。

不謹慎かもしれない。

でも、胸の奥から湧き上がってくるのは、奈々が恐れているような絶望じゃなくて、もっと単純で、救いようのない「喜び」だった。

「……なんだよ、その顔。……ったく」

俺は膝立ちのまま、奈々の濡れた頬を指の背で乱暴に拭った。

奈々は俺を利用したって泣いている。

友達なのに、最低なことをしたって自分を責めている。

けれど、正直に言って。 俺は今、心臓が口から飛び出しそうなくらい、有頂天だ。

(落ち着け、俺。ここで勘違いして『俺も好きだ』なんて言って、もし奈々が『いや、それは種族的な食欲なんです』とか言ったら……俺、立ち直れねぇぞ)

奈々は、俺がサキュバスの性質を知っても、今まで通り友達でいてくれるかを怖がっているんだ。

だったら、ここで俺がガッついて、長年の幼馴染っていう一番の特等席を失うわけにはいかない。

俺はわざとらしく鼻を鳴らして、ニカッと、いつもの「がさつな幼馴染」の顔を作った。

「お前さ……何が最低だよ。バカじゃねぇの」

「え……?」

「いいか、よく聞け。俺とお前は、家が隣同士で、腐れ縁の幼馴染だろ。

困ってるなら助けるのが当たり前だっつの。

……まあ、その『助け方』が、たまたまキスだったってだけの話だろ?」

俺は自分の顔が火傷しそうに熱いのを必死に無視して、言葉を続けた。

「つまり、俺は奈々のための……なんだ、『歩く非常食』みたいなもんだ。

それなら、俺がいくらでも協力してやるよ。

飯の用意が必要なら、いつでもベランダから呼べよ。

餌になるくらい、別に減るもんじゃねぇしな」

自分でも何言ってんだ、と思いながらも、口角がだらしなく緩むのを止められない。

 好きな子と、大義名分を持ってキスができる。

しかも、向こうから求めてくるなんて。

「……ユウ、くん……本当に、いいの? 嫌じゃない……?」

不安そうに見上げてくる奈々。

その無防備な唇を見て、ついさっきの柔らかい感触がフラッシュバックする。 

うわ、やばい。思い出すだけで顔が爆発しそう。

「嫌なわけねぇだろ! むしろ……あー、なんだ。人助けできて、俺もいい気分だし? 全然オッケー、むしろウェルカムだわ!」

俺はニヤけそうになる口元を必死に片手で押さえ、窓の方へ顔を背けた。

「餌」でも「協力」でもいい。

 こうして奈々の隣に居続けられる理由ができるなら、俺は喜んでその役割を引き受けてやる。

「……というわけでリリアおばさん。奈々のことは俺が……その、責任持って『補給』しますから」

背後にいる母親にまでそんな宣言をしてしまって、俺は今さら、とんでもない契約を交わしてしまったのではないかと、全身の毛穴から冷や汗が出るのを感じていた。
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