放課後砂時計部!

甘露蜜柑

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いつもの帰り道。横にいるのも昨日と同じで華子。つまり何ら変わらぬ帰り道のはずだが、足取りは軽い。まあ悩みがひとつ減ったのだから足取りぐらい軽くなってもらわないと、これまで思い悩んだ事と釣り合わないだろう。それでも口から出るのがまず文句なのも無理からぬことだ。

「にしても、あす姉の事どうして言わなかったんだ!?」

「……」

返事はない。聞こえているくせに。
華子もあす姉とは当然面識があって、昔は三人でよく一緒に遊んだ仲だ。
それなのに――

「ったく、知ってたなら事前に教えてくれたって良かったろ?」

「悪い?」

「悪い」

「うーっ、だって!」

「だって、何だよ?」

「その……あっ、そうだよ! ほら、サプライズだった方が二人とも感動するでしょ! だ・か・ら、黙ってたの!」

どう? 私の粋な気遣いは! と言わんばかりに得意げな姿を見せる華子。

「…いや、どう見たって今考えたろ、それ」

「えー? そんな事ないよー!」

「……何か隠してるな?」

「そ、そんなことないよー」

「…………」

あやしい。

「あ、ほら、私こっちだから。じゃあね」

「……おう」

華子は僕にとっても行き慣れた道の方を指し、まだ少しぎこちなさを見せながら歩いていこうとする。しかし足をすぐに止めると振り返って「雨降らなかったら、あとでちょっと遊びにいくかも」といつもの調子で言ってくる。わかったよ、と答えて華子と別れると、僕はアパートに向かう。高校を卒業してから、僕は一人暮らしをしている。中学からの夢だったのだ。別に早々に自立したいとかじゃない。家賃だって当然親に払ってもらっているし、実家までは車で二十分とかからないのだから。それに親なんてしょっちゅう来るし。それでも一人暮らしがしたかったのだ。口うるさい環境から離れたい思いがなかったといえば嘘になる。でも僕は静寂が好きなのだ。もちろん、ワイワイ騒ぎたい時だってある。一人が特別好きというわけでもない。ただ、一人きりでじっくり何かに向き合いたいというのは誰にだってあるはずだ。僕はそれが単に下手で、だから実家の自分の部屋では物足りなくなったという、それだけの話。それでも一人暮らしを許可してくれた両親にはとても感謝している。だから、卒業できたらちゃんとお礼の言葉を言うつもりだ。……まだ先は長いけど。
にしても――
確かに雲行きが怪しくなってきた。
今日の部活、入部初日となった今日の部活は互いの自己紹介と砂時計部ではどんなことをしているかの説明を軽く聞いた程度ですぐに終了。思いのほか早々に帰れる事となったのは部長こと戸鞠先輩の計らいで、「今日はほら、夕立がありそうだから」とのことで部活はお開きになったのだ。
「えっ? 天気予報だと今日はずっと晴れだって――」と僕が言いかけたところで「ふふん、今日子ちゃ――戸鞠部長の勘って、よく当たるのよ」とあす姉が割り込んできた。
うん、と頷く部長。
「だから今日はここまでにしましょう。それじゃあ一之瀬さんと田中君、明日からよろしくね」
そうして僕ら二人は回れ右をして今日のところは帰された。
でも天気予想では夜にも晴れだったはず。しかし今、空を見上げれば雲が広がっておりすぐにでも降り出しそうな――

「……あっ」

なんて思っていれば本当に降り出し、ぽつぽつと地面を湿らす程度の雨粒は途端に雨脚を強め、必然的に僕はアパートへ向けて駆け出さなければならなかった。
幸いにも既にアパートまでは近く、距離としておそらく二百メートルもないほどだろう。濡れた制服と靴をドライヤーで乾かすことばかりを考えながら必死で走ればアパートは既に見え始めていた。
距離は僅かとなって息も切れ切れに、あとはアパートの郵便受け、屋根があるところまでラストスパートだと脚に力を入れたところで視界の隅。立ち尽くす少女の姿が目に入り、それでも足を止めずに僕は屋根の元に急いだ。

息を切らし、足を止めると呼吸を整えながら顔を上げる。前方にはなんてことはない道路に立ち尽くす少女の姿。それが普通じゃないのは大雨に濡れ続けながら微動だにしないからだった。僕は一度目を逸らした。
その瞬間、僕は邪な考えをした。ここでおせっかいにも助けに入ったところで余計なお世話と追い払われるんじゃないか? だったら、最初から見なかったことにすればいい。どうせ赤の他人だ。僕の知ったことじゃない。あのまま立ち尽くして風邪でも引いたところで――

「ああっ! もう!!」

気付けば僕は激しい雨粒のもとへ再び身体を晒しており、急いで少女に駆け寄っていた。そして手を掴むと相手はハッと顔を上げ、「こっち!!」と僕はそれだけ言って屋根の下へと引っ張った。

雨を凌ぐと僕は少女のことを傍から改めて見た。まだ幼く、かといって小学生には見えない。
中学生ぐらいだろうか?
そんなこと、今はどうだってよかった。
問題はそんな少女が、大雨の中に立ち尽くしていたことだ。
何か嫌な事でもあった? とそう尋ねられるほど親しくもない僕はただ「大丈夫?」とだけ声をかけた。
少女は顔を上げ――というより、この屋根の下に来て足を止めてから、少女は僕のことずっとまじまじと、じーっと見つめてきているようだった。
僕の顔ってそんなに変わってる? それとも顔に何かついているとか?
「ねえ、どうかし――」
た?
そう尋ねかけた時、思わず口を噤んだ。言葉を止めてしまったのは驚いたせいで、少女は泣いていた。
ぽかんとしたように口を半開きにしたまま涙を流し続けていて、それが大粒の涙にまでなると今度は声を上げて泣き始めた。
僕はとても動揺してしまって、大泣きする少女の隣でオロオロするばかりだった。これが大雨でもなければ少女の泣き声を聞かれ、通報でもされていたかもしれない。ただ、幼過ぎるわけでもない少女がここまで号泣するのにはそれなりの理由があるはずで、そこに立ち入っていい資格は僕にはなかった。
とにかく、何かとても辛いことがあったのだろう。
僕に分かるのはその程度で、だから僕はただこの場に立ち尽くしていた。
雨の音と、少女の泣き声を聞きながら。


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