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ようやく少女が泣き止むと、僕はハンカチを差し出した。
「ありがと……ございます」
そのとき、初めて少女の声を聞いた。
まだあどけない声。まあ、僕も声が低くないので人のことはあまり言えないのかもしれないけど。
ただ雨は依然として降り続けていた。まだ一向に止みそうもない。それでも少しは弱まったようにも見えた。
「きみ、家は?」
できるだけ優しく尋ねると、少女は「あっ」と発するように口を小さく開け、それから首を横に小さく振った。
帰りたくない。そういう事なのかもしれない。さっきの号泣といい、雨の中で立ち尽くしていた事といい、もしかしたら家庭で何かあったのかもしれない。いや、あったはずだ。
でもそれは家庭の問題で、他人の僕がずかずかと踏み入るような事じゃない。
かといって、ここで「じゃあね」と少女を放っておくのも気が引けた。
「あのさ、携帯は持ってる?」
少女はまた首を横に振る。
「スマホは?」
反応は変わらない。
んー、どうしたものか。
最悪、警察に通報するのもありなんじゃないかと考えていたときだった。
「あの」
少女の方から話しかけられ、僕はちょっとだけ驚いた。
「ん? ああ、もしかして帰れそう? 雨もちょっと弱まったみたいだし。あ、もちろん傘は貸す……いや、そのままあげるよ。今取ってくるから――」
「その、……らせてください」
「えっ?」
「……さん…じゃなくて……あ、あなたの」
「僕の?」
「家に上がらせてください!」
「えっ……?」
は? と思った。
一瞬、時が止まったような気がしたほどに。
おいおい、見ず知らずのそれも中学生と思われる女の子を、それも一人暮らしの男の家に上げるなんて……。これはもう犯罪なのでは? といった思いがぐるぐると頭の中を駆け回り、それでも「お願いします!」と少女は頭を下げてくる。
これはよっぽど家庭に問題ありだな……と流石の僕でも理解はしたが、かといって家に上げていいものか。
俗に言う”家出少女”というやつなのかもしれない。ならば何処か、それこそちゃんとしたところに連絡して保護してもらった方がいい。うん、そうだ。そうしよう。僕はそのことをそのまま素直に伝えようとして「あのさ、」と声をかけた。
少女は真っ直ぐ、何も疑うことを知らないような目で僕の眼をじっと見つめてきて、身体は小さく震えていた。
それは雨に濡れたせいでもあるだろうし、けれど僕には不思議とそれだけには思えなかった。何故だかは分からない。でもその瞬間、ふとそう感じたのだ。
このままでいれば絶対に風邪を引くだろうなと僕は確信した。別にやましい思いがあるわけじゃないんだったら、家に上げることの何を厭う? それに僕は未成年だし、最悪なんとかなるだろう。なんて半ば強引に自分を説得すると僕は少女に「わかった。いいよ」と頷いた。
少女は初めて笑みを見せた。それは僅かに微笑む、といった程度のものだったけど。
とにかく僕は彼女を家に招くことにした。そしてこれが、奇しくも一人暮らしをするようになってから、家族以外の人間として家に招き入れた二人目だった。
「ありがと……ございます」
そのとき、初めて少女の声を聞いた。
まだあどけない声。まあ、僕も声が低くないので人のことはあまり言えないのかもしれないけど。
ただ雨は依然として降り続けていた。まだ一向に止みそうもない。それでも少しは弱まったようにも見えた。
「きみ、家は?」
できるだけ優しく尋ねると、少女は「あっ」と発するように口を小さく開け、それから首を横に小さく振った。
帰りたくない。そういう事なのかもしれない。さっきの号泣といい、雨の中で立ち尽くしていた事といい、もしかしたら家庭で何かあったのかもしれない。いや、あったはずだ。
でもそれは家庭の問題で、他人の僕がずかずかと踏み入るような事じゃない。
かといって、ここで「じゃあね」と少女を放っておくのも気が引けた。
「あのさ、携帯は持ってる?」
少女はまた首を横に振る。
「スマホは?」
反応は変わらない。
んー、どうしたものか。
最悪、警察に通報するのもありなんじゃないかと考えていたときだった。
「あの」
少女の方から話しかけられ、僕はちょっとだけ驚いた。
「ん? ああ、もしかして帰れそう? 雨もちょっと弱まったみたいだし。あ、もちろん傘は貸す……いや、そのままあげるよ。今取ってくるから――」
「その、……らせてください」
「えっ?」
「……さん…じゃなくて……あ、あなたの」
「僕の?」
「家に上がらせてください!」
「えっ……?」
は? と思った。
一瞬、時が止まったような気がしたほどに。
おいおい、見ず知らずのそれも中学生と思われる女の子を、それも一人暮らしの男の家に上げるなんて……。これはもう犯罪なのでは? といった思いがぐるぐると頭の中を駆け回り、それでも「お願いします!」と少女は頭を下げてくる。
これはよっぽど家庭に問題ありだな……と流石の僕でも理解はしたが、かといって家に上げていいものか。
俗に言う”家出少女”というやつなのかもしれない。ならば何処か、それこそちゃんとしたところに連絡して保護してもらった方がいい。うん、そうだ。そうしよう。僕はそのことをそのまま素直に伝えようとして「あのさ、」と声をかけた。
少女は真っ直ぐ、何も疑うことを知らないような目で僕の眼をじっと見つめてきて、身体は小さく震えていた。
それは雨に濡れたせいでもあるだろうし、けれど僕には不思議とそれだけには思えなかった。何故だかは分からない。でもその瞬間、ふとそう感じたのだ。
このままでいれば絶対に風邪を引くだろうなと僕は確信した。別にやましい思いがあるわけじゃないんだったら、家に上げることの何を厭う? それに僕は未成年だし、最悪なんとかなるだろう。なんて半ば強引に自分を説得すると僕は少女に「わかった。いいよ」と頷いた。
少女は初めて笑みを見せた。それは僅かに微笑む、といった程度のものだったけど。
とにかく僕は彼女を家に招くことにした。そしてこれが、奇しくも一人暮らしをするようになってから、家族以外の人間として家に招き入れた二人目だった。
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