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午前の授業では眠気との激戦を何度も繰り返し、何度か敗北した後ようやく昼休みに。
弁当を持たぬ僕は早々に席を立ち「あれ? どこ行くんだよ」と隼人から声をかけられ「購買」とだけ答える。
「購買? お前っていつも弁当じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど……」
「もしかして忘れたのか?」
「そんな感じ」
じゃあ、と言って教室を出るも財布を忘れたことに気付いて逆戻り。
教室に入ると「お! 速いなぁ、うちのサッカー部にほしいぐらいだ」という隼人のいじりを無視して鞄から財布を取り出すと、またすぐに教室を出て購買に向かった。
購買にたどり着くと既に混雑していて列ができており、歩いてきたことを後悔する。
このまま後ろに並んだところでパンが買えるか? とあまり購買に来ることがない僕は心配になり、どうしようかと悩んでいれば
「あれ? 田中君?」
そう声をかけられたような気がしたが、普遍的な田中でない僕は振り返ることを躊躇した。
「もしかしてお昼を買うの?」
聞き覚えのある声。その声が近づいてきたところで僕はようやく振り返った。
すると目の前は砂時計部の部長である戸鞠先輩がいて――
一瞬、屋上での光景が脳裏にフラッシュバックし、僕はまごついた。
「田中君……? 大丈夫?」
「あ……はい。大丈夫です。まだちょっと寝ぼけているみたいで……」
「そう? でも寝ぼけてるって……授業中寝てたの?」
「いや……まあ、はい」
妙なところで墓穴を掘ってしまい、体が火照って感じられた。
「でも午後の授業は大丈夫です!」
謎の自信を持って答えると、先輩はちょっと笑って見せた。
「お昼はいつも購買?」
「あ、いえ、そういうわけでもないんですけど」
「そうなの? にしても今日はやっぱり人気だよね」
「えっ?」
「パン」
「あ、ああ。確かにそうですね」
「明日香のところのパン、美味しいものね」
「はい……って、ええっ!?」
「ん? どうかした?」
「どうかしたっていうか、今のってあす姉のことですよね?」
「そうだけど?」
「あす姉の家ってパン屋なんですか!?」
「……もしかして知らなかったの?」
「はい。というかこの町に帰ってきた事だって知らなかったですし……」
「ああ、そっか。そんなこと、言ってたもんね」
「……はい」
そこで会話が止み、いったん黙り込むと妙な気まずさが感じられた。
でも先輩は僕に気を使ってくれているのは丸分かりで、「えーと、その……」と目を泳がせながらも必死で話題を探してくれているようだった。
だからこそ、その分申し訳なく思えて仕方ない。
でも僕は、こちらから何か言おうにも先輩の人となりをまだ知らな過ぎていて、人見知りと呼ぶには卑怯なほど臆病者だった。
「……あ、もうパン、売り切れちゃうと思うよ」
先輩の言葉に「えっ?」と振り返って列の先を見れば、確かにパンは残り僅か。マジか。うーん、どうしよう……。自販機でお菓子でも買って、それで空腹をしのぐか? でもお菓子じゃ確実に足りないし、それに味気ない。どうしたものか? と考えようとしたところで「よかったらだけど」と再び声をかけられ、先輩の方を見ると目が合った。
先輩はすぐに頷いて……と頷いたのではなくて、視線を落としたのだとすぐに気がついた。
「食べる?」
差し出すように伸ばしてくるその両手の上にはお弁当箱。
「はい?」
「私が作ってきたものなんだけど、よかったらどうかな?」
「え? で、でも、それって先輩のですよね?」
「ううん、正確には明日香のなんだけどね」
「あす姉の……?」
「うん。実は今日、ここで一緒にお昼をって話だったんだけど……」
先輩は購買に併設された飲食スペースの方に目を向け、それから購買の方を見る。
「なんだか急に無理になっちゃったみたいなの。それで」
「お弁当が一つ余っていると!?」
「そうなの。で、どう? よかったら私と一緒に食べない?」
そうしたありがたい言葉に、女神のような笑顔。
この状況で「NO」と断れる男子がいるのだろうか?
断る理由もないのだから、可動範囲の狭いフィギュアみたいに僕は頭を上下にのみ動かし、他に人がいなければ床に頭をつけるぐらいの勢いで頭を垂れていただろう。
「あ、ありがとうございます!」
それでも深々と頭を下げ、顔を上げると先輩はちょっと恥ずかしそうにしていた。
弁当を持たぬ僕は早々に席を立ち「あれ? どこ行くんだよ」と隼人から声をかけられ「購買」とだけ答える。
「購買? お前っていつも弁当じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど……」
「もしかして忘れたのか?」
「そんな感じ」
じゃあ、と言って教室を出るも財布を忘れたことに気付いて逆戻り。
教室に入ると「お! 速いなぁ、うちのサッカー部にほしいぐらいだ」という隼人のいじりを無視して鞄から財布を取り出すと、またすぐに教室を出て購買に向かった。
購買にたどり着くと既に混雑していて列ができており、歩いてきたことを後悔する。
このまま後ろに並んだところでパンが買えるか? とあまり購買に来ることがない僕は心配になり、どうしようかと悩んでいれば
「あれ? 田中君?」
そう声をかけられたような気がしたが、普遍的な田中でない僕は振り返ることを躊躇した。
「もしかしてお昼を買うの?」
聞き覚えのある声。その声が近づいてきたところで僕はようやく振り返った。
すると目の前は砂時計部の部長である戸鞠先輩がいて――
一瞬、屋上での光景が脳裏にフラッシュバックし、僕はまごついた。
「田中君……? 大丈夫?」
「あ……はい。大丈夫です。まだちょっと寝ぼけているみたいで……」
「そう? でも寝ぼけてるって……授業中寝てたの?」
「いや……まあ、はい」
妙なところで墓穴を掘ってしまい、体が火照って感じられた。
「でも午後の授業は大丈夫です!」
謎の自信を持って答えると、先輩はちょっと笑って見せた。
「お昼はいつも購買?」
「あ、いえ、そういうわけでもないんですけど」
「そうなの? にしても今日はやっぱり人気だよね」
「えっ?」
「パン」
「あ、ああ。確かにそうですね」
「明日香のところのパン、美味しいものね」
「はい……って、ええっ!?」
「ん? どうかした?」
「どうかしたっていうか、今のってあす姉のことですよね?」
「そうだけど?」
「あす姉の家ってパン屋なんですか!?」
「……もしかして知らなかったの?」
「はい。というかこの町に帰ってきた事だって知らなかったですし……」
「ああ、そっか。そんなこと、言ってたもんね」
「……はい」
そこで会話が止み、いったん黙り込むと妙な気まずさが感じられた。
でも先輩は僕に気を使ってくれているのは丸分かりで、「えーと、その……」と目を泳がせながらも必死で話題を探してくれているようだった。
だからこそ、その分申し訳なく思えて仕方ない。
でも僕は、こちらから何か言おうにも先輩の人となりをまだ知らな過ぎていて、人見知りと呼ぶには卑怯なほど臆病者だった。
「……あ、もうパン、売り切れちゃうと思うよ」
先輩の言葉に「えっ?」と振り返って列の先を見れば、確かにパンは残り僅か。マジか。うーん、どうしよう……。自販機でお菓子でも買って、それで空腹をしのぐか? でもお菓子じゃ確実に足りないし、それに味気ない。どうしたものか? と考えようとしたところで「よかったらだけど」と再び声をかけられ、先輩の方を見ると目が合った。
先輩はすぐに頷いて……と頷いたのではなくて、視線を落としたのだとすぐに気がついた。
「食べる?」
差し出すように伸ばしてくるその両手の上にはお弁当箱。
「はい?」
「私が作ってきたものなんだけど、よかったらどうかな?」
「え? で、でも、それって先輩のですよね?」
「ううん、正確には明日香のなんだけどね」
「あす姉の……?」
「うん。実は今日、ここで一緒にお昼をって話だったんだけど……」
先輩は購買に併設された飲食スペースの方に目を向け、それから購買の方を見る。
「なんだか急に無理になっちゃったみたいなの。それで」
「お弁当が一つ余っていると!?」
「そうなの。で、どう? よかったら私と一緒に食べない?」
そうしたありがたい言葉に、女神のような笑顔。
この状況で「NO」と断れる男子がいるのだろうか?
断る理由もないのだから、可動範囲の狭いフィギュアみたいに僕は頭を上下にのみ動かし、他に人がいなければ床に頭をつけるぐらいの勢いで頭を垂れていただろう。
「あ、ありがとうございます!」
それでも深々と頭を下げ、顔を上げると先輩はちょっと恥ずかしそうにしていた。
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