寡黙な女騎士は、今日も思考がダダ漏れです。

若松だんご

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第4話 優しさと温もりと匂いと。

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 殿下の御身は、何かと忙しい。
 朝食と同時に、その日のスケジュールをライナルから聞き、日程と仕事の調整を行う。ライナルと二、三言葉を交わし、ムダなく予定を立てていかれる殿下。ああ、ステキ。
 予定が決まればその通りに動かれる殿下。
 今日は、午前中に執務、午後に令嬢たちとの茶会、夜に王太后主催の晩餐会に参加されることになった。
 大丈夫かな。昨日だってデューリハルゼン公爵家の晩餐会に参加されていたのに。ついでに言えば、そのせいで二日酔いになられてたのに。
 朝食を召し上がられた殿下は、さっき寝床で気だるげイケメンオーラダダ洩れ状態(ただの二日酔い)だった気配すらみせず、食後の紅茶を優雅に飲み干し、執務へと戻られた。
 殿下のお父上である国王陛下は、長いこと病を患っていらっしゃる。床に臥せる……とかお身体が弱ってるとかではなく、御心を病んでおられるらしい。冷静な判断を下すのが難しいらしく、政に関しては、殿下と殿下の祖母にあたる王太后さまが取り仕切っていらっしゃる。「陛下の署名だけでなく、殿下のご署名が入っているものが、正式に認可された書類」になるらしく、「陛下の代わりに殿下のご裁可をいただく」のが当然ということになり。……結果、殿下のお仕事は膨大なものになっている。
 殿下、大丈夫かな。
 執務にあたられる午前中は、そういう理由もあって、大臣だの、書記官だの、ありとあらゆる人物がひっきりなしに殿下の執務室を訪れる。大きな執務机の上を飛び交う書類、いくつもの報告書。認められるものもあれば、突っ返されるものもある。
 土木、財政、軍事、行政……。関連のない報告、書類。それをテキパキと仕分け、確認し、殿下の補佐をしていくのは、従僕であるライナルの仕事。よくあれだけの量、種類を混乱することなく仕分けて指示が出していけるわねぇ。殿下はモチロンのこと、ライナルの事務能力にも感心する。私だったら、あっちのことこっちのことっていっぱいありすぎて、混乱して「待って、待って~!!」って叫んで終わりになりそうな気がする。いや、なる。(断言)
 私は殿下とライナル、二人の邪魔にならないよう、殿下の斜め後ろに陣取り、訪れた人物に不審な者はいないか、怪しいところがないか目を光らせるのが仕事。殿下に仇なす者がいれば、即座に盾となって殿下をお守りする。間違っても、「殿下のお背中、凛々しいわ~」、「字まで美しいなんて反則よ~」などと現を抜かすのが仕事ではない。断じて。
 お昼。
 昼食は、殿下がお一人で召し上がられる時もあれば、大臣と食事を交えながら論議されることもある。
 私たちもさすがにお腹がすくので、ライナルと二人、交互に昼食をとり殿下の護衛にあたる。殿下お一人で召し上がられる時は、「面倒だから一緒に食べよう」と誘っていただけるのだけど……。いやいやいや。護衛が一緒にテーブルを囲むなんて恐れ多い。ライナルは慣れているのか、一緒に席に着いているけど、私は別室で軽くサンドイッチなどをつまんでいる。「一緒に~」はあくまで、殿下の優しさ、労わりでしかないのだから、それに便乗して「じゃあ……」ってのは許されないのよ。厚かましすぎる。
 食事が終われば、次はご令嬢たちとの優雅タイム。
 午前中の大臣たちの押しかけ具合もすごいけど、こっちの黄色いお声の押しかけもすごい。

 「お会いしとうございましたわ、殿下」
 「さあ、今日はわたくしのヴァイオリンを聴いてくださるお約束でしたわよ」
 「わたくしは、殿下に召し上がっていただきたくて、お菓子を焼いてきましたの」
 
 うん、すごいわ。
 なにがすごいかって、

 「待たせてゴメンね、ミリアーナ嬢」
 「フレデリカ嬢のヴァイオリンを聴きながら、おいしいと評判のソフィア嬢のマドレーヌを食することができるなんて。幸せなひとときになりそうだね。うれしいよ」

 ってキチンと令嬢のお名前を覚えてる殿下がすごい。
 私なら、「青いドレスの令嬢」とか、「ヴァイオリンを持った人」とか、「甘い匂いのするぽっちゃりさん」としか覚えてないし。
 午前中の書類といい、ご令嬢といい。ただただその記憶力に感心するしかない。
 そんなご令嬢たちとご一緒するのは、いつもの四阿。咲き乱れる花々に色を添えに行くのか、それとも花々が殿下たちを引き立てているのか。
 甘いお菓子の香りと優雅なヴァイオリンの調べ。さざめく笑い声。少し甲高い色めき立った令嬢の声と、落ち着いた柔らかい殿下のお声。警備の関係上、あまりふり向くことはできないけど、チラリと盗み見る殿下のお姿。ああ、カップを持ち上げるその仕草。完璧です。ちょっとご令嬢たちが邪魔だけど、背景となった花と一緒に脳内に焼き付けておくことにしよう。うん、眼福。
 お茶会が終わると、今度は晩餐会に出席するためにお着替え。王侯貴族ともなれば、その場にふさわしい衣装に着替える必要があるんだって。女性だと、普段用、お茶会用、お出かけ用、おもてなし用、晩餐会用、舞踏会用、とまあ、ありとあらゆる○○用が存在するらしい。まるで着せ替え人形。羨ましいとか言うより、大変だなって素直に思う。
 着替えられ部屋から出てこられた殿下。白の礼装を彩る金のモール。斜めにかけられた赤いサッシュ。こちらも金で縁取られてる。
 白、金、赤。その少ない色数が、豪華でありながらシンプルな装いが、殿下の素晴らしさを引き立てて……ああ。
 そこに、外出用の深い赤の肩掛けが加わって、もう最高すぎ。
 殿下、素晴らしい、素晴らしすぎます。もう、眩しすぎて見てられない。
 こんな素晴らしい殿下のお隣に立つのはどんなご令嬢なんだろう。殿下の御髪に合わせて、銀色のドレスっていうのもよさそうよね。そこに少し青みがかったオーガンジーを重ねるの。細い首を彩るのは、殿下の瞳と同じ深い青のサファイアのペンダント。柔らかく結い上げられた髪は、淡い金色。殿下と並んで立てば、ついになる装いのご令嬢。

 「行こうか」

 殿下の一声に、一気に現実に引き戻される。
 歩きだした殿下の一歩後ろをライナル、続いて私。
 今日の晩餐会は、王太后さまの住まわれてる離宮で開催されている。今いる王宮と離宮は、まあ、私の足で走れば、ほんのちょっとの距離なんだけど、さすがに殿下が走って(もしくは歩いて)離宮に向かうなんてことはない。ちゃんと馬車に乗っての移動。
 ライナルは、殿下と一緒に同乗。私は御者台へ。
 馬で行くことも考えられたけど、その場合、何かあった時に、馬車と自分との間を塞がれてしまうと身動きがとれなくなってしまうのでマズい。じゃあ、一緒に乗りこめばいいのかというと、馬車のなかでは剣がふるえないので、これもマズい。
 なので、私の位置は御者台。ここなら、いざという時にサッと動ける。台から降りて戦える。私で守り切れない万が一の時は、ライナルが持ってる短剣で殿下をお守りする。そういう寸法になっている。
 守りの二段構え。
 
 「お招きいただき、ありがとうございます。お祖母さま」
 「ようこそ、ナディアード殿下」

 離宮で出迎えてくれた王太后さまと軽く挨拶を交わされる殿下。大広間のシャンデリア効果もあるのか、殿下のキラキラ度がアップする。(カモン!! 心の絵師さんたち!!)
 殿下たちが食事を楽しまれている間、ライナルはお付きの者たちの控えの間に移動するが、護衛の私は別。同じような警備の者に並んで、壁際に立つ。ただし、私たちのような無粋な者が目に入って不快に感じられてはいけないので、カーテンの影とか、大きな花瓶の脇とか、そういうところに身を置く。もちろん、シャンデリアの明かりの届かないような、ちょっと薄暗い場所。壁に溶け込むようにヒッソリと。そこから、殿下の周囲を警戒する。
 殿下たちの食事が終わり、談笑の時間となると、私とライナルは入れ替わる。殿下たちの向かわれる遊戯室は、女性が入ることが許されない場所。よってここだけは、ライナルが護衛兼お世話係となる。その間に、私は軽食をつまむ。

 「では、お祖母さま、楽しいひとときをありがとうございました」

 長く歓談された後、殿下が王太后さまの前を辞する。
 
 「ええ。ナディアード殿下。またお会いいたしましょう」

 王太后さまも、孫である殿下にお会いになられて満足そうだ。離宮の入り口まで、殿下を見送りに来てくださっていた。
 行きと同じように馬車に乗りこまれる殿下。

 「リーゼファ、これを」

 へ!?
 フワリと私を包み込むようにかけられた暖かいもの――赤い……、肩掛け?
 それも、さっきまで殿下が羽織っていらっしゃったもの。

 「夏でも夜は冷えるからね」

 そう言って、馬車に乗り込んでしまわれた殿下。

 え!? ええっ!? えええええっ!?
 
 私のことを気づかってくださったの?
 御者台は寒いだろうからって?
 だからって、自分の肩掛けを? 一介の護衛でしかない私に?
 
 「……ありがとう、ございます」

 殿下に聞こえたかどうかわからないほど、小さな呟きのようなお礼。
 そそくさと御者台に乗って、その肩掛けでギュッと自分の身体を包み込む。

 フワリと漂う殿下の匂い。肩掛けに残っていた温もり。
 目を閉じれば、まるで殿下に抱きしめられてるような錯覚に――。

 うわあああああぁっ!!

 ダメッ!! これ、かなりヤバいっ!!
 妄想止まらなくなるやつじゃないっ!!
 いくら鉄壁お面顔だからって、これはいくらなんでもマズい。妄想が止まらなくなる。
 
 でも――。

 (ちょっとだけ、このまま包まれていたい)

 ガタガタと走り出した馬車の上。隣に並ぶ御者に気づかれないよう、そっと目を閉じる。
 今もしこの至福の時間を打ち破るような暴漢が現れたら、多分私、暴漢を完膚なきまで徹底的に容赦なく叩き潰す気がする。その時の私、きっと魔王のような恐ろしい顔になっているに違いない。
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