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第5話 妄想の具現化。

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 「次っ!!」

 額の汗を軽く拭いながら、部下に指示を出す。
 先ほどまで対峙していた者に代わって、木剣を構える部下。同じように私も構え直す。
 一瞬の間。
 そして。

 カンッ!! ガンッ!! ガンッ!!

 練兵場に木剣がぶつかり合う音が響く。
 相手が前に出ればそれを受け流し、後ろに下がればそれを機に、怒涛の攻撃を加える。
 上から、下から、横から。
 あらゆる角度で受け、そして攻撃する。
 守る時も攻める時も、相手に隙を見せない。考える時間を与えない。
 切り結び、力が拮抗した時は、次にどう力を受け流して攻撃に転じるか。幾通りもの方法のなかから瞬時に次を選び取る。
 
 ガンッ――――!!

 ひときわ大きな音をたて、木剣が宙を舞う。

 「あ――――」

 舞ったのは、当然部下の木剣。私のものは、やや呆然とした相手の喉元に突きつけたまま制止している。
 ガランガランと音を立て、床で回転する木剣。
 私に剣を弾き飛ばされ、手にしびれを残した部下。

 「脇が甘いっ!! 次っ!!」

 「おっかねぇ……」
 「今日のリーゼファさま、どうしちまったんだよ」
 「一段と、気合い、入りすぎじゃね?」

 「……聞こえているぞ、アインツ。次はお前が手合わせするか?」

 軽く剣を一振りして、部下の一人、アインツを一瞥する。

 「いえいえ、俺はもう……、結構です」

 「ならば、エルンゼ、シュトライヒ、お前たちはどうだ?」

 「いえっ!!」
 「全力で遠慮させていただきますっ!!」

 「なに、遠慮する必要はない。貴重な訓練の時間だ。どれだけでも手合わせしてやろう」

 そう。
 今日は、殿下のご予定が少ない。
 午前中に執務をとられた後、午後からは静かに部屋で過ごされるとかで、護衛の任につく必要がなかった。
 だからこうして練兵場に顔を出したんだけど。

 ま、それだけじゃないのよね。

 ――リーゼファ、これを。

 さりげなく、私に肩掛けをかけてくださった殿下。
 その優しさ、温もり、匂い。
 すべてを思い出すたびに、どうにかなりそうなほど動揺する。どうせ気づかれはしないだろうけど、心臓バクバク。

 ――おいで、リーゼファ。僕が温めてあげるよ。
 ――殿下。
 ――キミの手、とても冷たくなってる。
 (と言って、私の手を包み込んでくださる、殿下のスラリとした手。もちろん手だけじゃなく、身体も包み込むように後ろから抱きしめられる)
 ――こうすれば、暖かいね。
 ――はい。
 (背後から耳元で囁かれる声)

 なーんて想像をしちゃうのよ!! ええ、もちろん、ただの妄想だけど!! 妄想でしかないけど!!
 間違ってもその先、一緒に夜空から舞い散る雪を眺める(季節違い)――なーんて物語を考えちゃあダメなのよ!! ……考えたい、というかやれるもんならやりたいけど、そういうシチュエーション。
 で。
 妄想を払拭して頭を冷やすためには、冷静に戻るためには、ヘトヘトになるまで鍛錬に打ち込むのが一番。
 と思ってここへ来たわけなんだけど。

 「次、アインツッ!!」

 だらしないわね。ちょっと強気に打ち込んだだけじゃない。あと二、三本手合わせにつき合いなさいよ、アンタたち。
 女の私より先に息が上がってるって、情けなくないの?

 勝手にヘトヘトになってる部下たちを叱咤する。今日はトコトン、私が妄想する余力も残らないぐらい、徹底的に鍛錬につき合ってもらうんだから。
 
 「次、シュトライヒッ!!」

 勘弁してくれ~とばかりに情けない顔をする部下たち。もちろん、そんな意見は無視。木剣を構えなおし、相手を見据え、ビシバシと打ち込む気、満々。
 
 「――精が出るね、リーゼファ」

 激しく木剣を打ち合う私の耳に飛び込んできた柔らかい声。

 で、殿下ぁっ!?
 どっ、どうしてここにっ!?

 一瞬の驚き。戸惑い。
 その隙を突くように、私の剣が弾かれ、チャンスとばかりにシュトライヒが己の剣を構える――が。
 ブンッとうなりをあげ、弾かれた剣で、下から彼を斬るように弧を描く。
 喉元にピタリと剣先を向けられ、上段に構えたまま動けなくなるシュトライヒ。
 バカね。イケると思った時が一番危険なのよ。今までさんざん教えてきたでしょ? 部下のあるある失敗例に、軽く胸の内で嘆息する。

 「さすがリーゼファだね。どんな時でも隙がなく、冷静だ」

 拍手をしながら殿下が近づいてくる。
 いや、隙だらけですって。心のなかは。隙という名の穴ぼこだらけ。冷静でもなんでもなく、その穴から「動揺」がボコボコと噴出してます。

 (どうして殿下がここに――っ!!)

 いや、上手く決められてよかったなあって思ってますよ?
 いくら驚いたとはいえ、部下にやられるようなカッコ悪いところ、殿下に見られたくないもん。シュトライヒに剣を突きつけた時、内心「どやぁっ!!」って思ってたもん。
 
 (私に会いに来た? いやいや、そんなことはないだろうから……)

 ――僕もちょっとね、たまには身体を鍛えたいと思ったんだ。
 ――でも、それならこのようにむさくるしい場所ではなく、もっと別の場所で鍛錬なされてもよろしいのでは? 殿下の剣術指南となれば、もっと別の者もおりますでしょうし。
 ――キミと一緒にやりたかったんだよ。手合わせ、願えるかな?
 ――恐れ多いことでございます。
 ――いや、ここでキミに打ち負かされるようでは、恋のお相手として立候補することは難しだろうからね。

 もしくは――。

 ――キミがそばにいなくて淋しかったんだ。どうにもたまらなくなって、迎えに来てしまった。
 ――殿下。
 ――せっかくの休暇に申し訳ないけれど、傍にいて欲しいっていう僕のワガママ、きいてくれないかな。

 それか――。

 ――こんなに傷を増やして。
 (言いながら、手の甲、傷に薬をつけてくれる)
 ――キミの手に相応しいのは、こんな木剣ではなく、……これだよ。
 (スッと差し出された指輪。台座に輝く石は、深い青色の石。サファイア。殿下の瞳と同じ色)
 ――これを僕の代わりだと思って身に着けていて欲しい。
 (そう言ってさりげなく、私の指にはめてくれる殿下)
 ――うん、やはりキミにはこれが一番よく似合うよ。
 (軽くそのまま左手の甲にキス)
 ――キミという花に、僕が寄り添ってもいいだろうか。この指輪のように。

 とかなんとか。キャ――――ッ!!
 考えるだけで、脳内真っ赤っか。モダモダしちゃう。
 表面上は、まったくわからない、変化ナシだろうけど。

 ――ああ、でもダメだな。キミに似合うと思ってプレゼントしたのに。僕としたことが、その指輪に嫉妬してしまいそうだ。
 ――キミに触れていいのは僕だけだからね。
 ――キミを想うたび、自分がどれほど狭量な男だったのか。あらためて思い知らされるよ。

 な~んて。
 はあ、ウットリ……。

 「リーゼファ、せっかくの自由時間に申し訳ないんだが……」

 はいっ!! なんでしょう!!
 指輪でもなんでも、この左の薬指は空いておりますよ!!

 「次の舞踏会、僕にきみをエスコートさせてくれないか?」

 「舞踏会?」
 「殿下が?」
 「リーゼファさまを?」

 「エスコォトォォォッ!!」
 
 ――ビックリ。
 
 でも、一ミリも表情に変化のない私に代わって、アインツたちがシッカリ驚いてくれた。最後の「エスコォトォォォッ!!」なんて、全員の息をそろえて、目も口もパックリ開けて。
 うん。さすがは私の部下たちだわ。心の声の代弁、ありがとう。
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