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第15話 魔王さま、熟考中。
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わたしの父さまと母さまは、わたしが幼い頃に殺された。
どうしてなのか、それがいくつのときのことか。くわしいことはわからない。
ただ、断片的に取り戻した記憶から、彼らは誰かに殺され、炎に巻かれて死んだと思われる。
(わたし、父さま似だったのかな)
頬に触れた髪を軽く指でつまむ。
母さまとは違う、砂色の髪。記憶の中の母さまは、それはとても艶やかな髪をしていらっしゃった。父さまは……倒れ込んだ血溜まりの赤黒い色が鮮烈で、髪色がハッキリ思い出せない。
優しく家族思いな父さまで、母さまを愛していらっしゃったことは覚えている。母さまも、わたしと父さまを大切に思ってくださってた。
最期の記憶は、悲しくて胸が張り裂けそうで、思い出すと涙が溢れてくるけれど、そうじゃない記憶は、とても優しくて温かい。
父さまの大きくて安心する手。ほがらかな印象の声。キレイなのにカワイイと父さまが評した母さまのお顔。笑うとますますカワイイと思えた。
そんなお二人のことは断片的でも思い出せるのに、どうしても出てこないものがある。
「――――」
わたし、父さまと母さまになんて呼ばれてたの?
そこだけがどうしても思い出せない。考えようとするたびに、頭の中に霧がかかって遠く向こうにお二人の姿が霞みだす。
――運命の人に出会えたら。
そんな母さまの言葉まで思い出せるのに。
自分の名前だけが思い出せない。
とても優しい声色で、愛おしそうに呼ばれていたのに。なんて呼ばれてたか、それがわからない。
取り戻したいのに。それだけが取り戻せない。
* * * *
「火災によって亡くなった夫婦。生存者は子どものみという事件についてですが、過去十年ほど遡ってみましたが、砦周辺ではそれらしい事故は起きておりません」
「そうか」
「火事、火災は数年に一度ほど起きておりますが、全焼しても家族は無事、もしくは家族全員が焼け死んでおります」
ミリアから得た情報を元に、エイナルに調査させていたこと。
その報告がこれだった。
ミリアは、両親を「父さま、母さま」と呼んでいた。両親の呼び方に身分差があるかどうかハッキリしないが、その丁寧な呼び方は卑しい身分ではないことを推測させる。文字を書けることからも、その推測は間違ってないと思われる。
「ただ……、一つだけ条件の当てはまる火事がございました」
珍しく報告するエイナルが言葉を濁した。
「当てはまる火事……?」
「はい。失火として報告されてますが。十五年前、この王宮で火事があったことをご存知ですか?」
「もちろんだ。王太子夫妻が亡くなられたヤツだな。当時四歳だったスティラ王女だけ助かった」
「はい。あの火事は部屋の壁にあった燭台の火が、風に煽られたカーテンに燃え移り起こったものだと報告されておりました。ちょうど出火したのが夜中で、眠っていた王太子夫妻は火事に気づかず、逃げ遅れてしまったのだろうと」
燭台や暖炉の炎が燃え移って火事が起きる。
それは特別なことではない。
明かり採りとして火が不可欠なため、よく起きる事故の一つだ。
それだけに、就寝時など気づくのが遅れそうな場合は、火を消してから就寝する。王太子夫妻は、それを怠ったから、正確には燭台を管理する侍女が怠ったから起きた悲劇とも言える。
「これは推測でしかありませんが、当時、ご夫妻は王女と寝室を同じにされていたという記録があります。ちょうど嵐の夜だったので、王女がカミナリを怖がってご夫婦の寝室にもぐりこんでいたとか。生き残った乳母の証言ですが」
夜のカミナリが怖くて、両親の寝ているところにもぐりこむ。幼い王女の行動は、想像するだけで、とても微笑ましい。両親に抱きしめられて眠れば、カミナリなんて怖くないだろうから。
だが、その夜に悲劇が起きた。
「とすると、王太子夫妻は、そんな嵐の夜にカーテンが大きく揺れるほど窓を開けて休まれていたということか?」
燭台の近くにカーテンなど燃えやすいものがあると危険。その認識に基づけば、カーテンと燭台が離して設置されていたはずだ。現に、今自分のいる部屋の作りもそうなっている。よほど大きく窓を開け、カーテンを風になぶらせない限り、燭台に届くはずがない。
それを、王太子夫妻は窓を開け放って休まれていたのか?
嵐を怖がる幼い娘を抱いて?
その日の夜がどれだけ蒸し暑かったとしても、怖がる娘を前に窓を開け放つことはないだろうし、そんなことをしたら雨が降り込んで部屋はびしょ濡れの大惨事となる。
違和感が募る。
だが。
「その火事は、ミリアの両親の件には当てはまらないだろう。ミリアはスティラ王女ではない」
「はい。おそらくですが年齢も容姿も、調べた限り合致しませんので、よく似た事故だと私も考えます」
スティラ王女は今年19歳。ミリアは、おそらく15、6歳。多く見積もっても17歳といったところだ。
それに、伝え聞いてる髪の色も違う。スティラ王女は王家の血筋らしく真紅。ミリアは、淡い砂色。目の色だって、おそらく違う。
火事で両親を亡くしたことは同じだが、亡くなり方が違う。ミリアの両親は殺されて放火された。王女のご両親は失火によって亡くなられた。時期も、二人の年齢が違うのだから、おそらくズレる。
王太子夫妻と、ミリアの両親の事件は別件。
そのはず……だ。
そう思うのに、心がざわめく。腑に落ちない。
おそらく、エイナルも同じ意見なのだろう。だから、曖昧な印象ながらも、報告を上げた。
「わかった。ご苦労」
そう言うと、エイナルが一礼を残して立ち去った。
閉じられた扉の音に合わせて、軽く息を吐き出す。
そうだ。似たような結果の事件だから、同じに感じてしまうだけだ。ミリアが王女だとして、なぜ、彼女は記憶を失くしている? どうして俺に近づいた?
王配候補の人となりを見たかったというのなら、ある程度理解できるが、それでも、侍女の真似事に王女が甘んじることはあるのか。王宮に戻ってきてからも、侍女を続ける意味はあるのか。
考えれば考えるほど、思考は混迷を極める。
もし、ミリアが王女だとして。彼女の話す両親の不幸が真実ならば。王太子夫妻は、何者かに殺されたことになる。王家に刃を向けた者がいたということだ。そして、真実を隠蔽するだけの実力をその者は有している。
それは、大逆ではないのか。
ありえない符合に、身体が震えた。
真実を突き止めるため、ミリアを問いただしたい衝動に駆られたが、グッとこらえる。両親の死という記憶を取り戻し、涙を流した彼女。彼女が王女であれ、ただのミリアであれ、これ以上悲しい過去を思い出させてはいけない。泣かせてはいけない。
断片的であっても思い出したせいで流れた涙は、深くこの胸に染み込んでいる。
* * * *
「――お茶です」
コトリと、書類に目を通してる将軍の前、執務机の上にお茶の入ったカップを置く。
過去のことを断片的に思い出したと言っても、だからって自分の帰る場所がわかったわけじゃないし。たとえわかったとしても、助けてもらったお礼をキチンとやり遂げてから帰りたいと思うし。
それに。
急いで帰らなきゃいけない、誰かがわたしの帰りを待ってるなんてことはなさそうだし。
父さまと母さまが亡くなって、おそらくだけど、わたし、孤児なんだろう。この歳になるまでどうやって暮らしてきたかはわかんないけど、家族はいないと思う。
だから、急ぐ必要もないし、仕事をしてたって構わない。
スティラ王女の夫選び。
少なくともそれが終わるまでは、このまま将軍の侍女を勤めていたい。
わたしとエイナルさんだけという、超少数精鋭で王宮に上がった将軍。自分のことは自分でできる、仕える者が増えるとなにかと面倒、仮住まいなのだから、そこまで働いてもらうことはない、とかなんとか。そういう理由で、この人数らしい。
だったら、わたしが抜けたら困ることもあるよね、多分。
お茶を淹れること、柑橘水を用意することぐらいしか役に立ってない気がするけど、……気がするだけだよね。
王女さまが、将軍とアルディンさまのどちらを夫に選ぶかわかんないけど、せめてそれまでは、侍女としてお仕えすることで、助けてもらったお礼をしたい。
それに。
こうして働いてからなら、「わたし、王宮で、王配候補さまののところで侍女、やってました!!」って箔がつくし。次の職場を探すのに有利でしょ。
将軍が夫に選ばれたら、侍女はたくさんつけられるだろうし。わたしなんてポンコツ侍女はお役御免だろうし。選ばれずに砦に帰っても、元々侍女なんて必要としてない人だから、やっぱりお役御免だろうし。どっちに転んだって、わたしの役目はそこで終わる。だから、それまでは。せめて。
それに。それに。それに。
(わたしが、辞めたくない……)
将軍のそばにいたいと思ってる。
どれだけ理由をこねくり回して作り上げようと、根本はそこ。
将軍のことをどう思ってるかは、わかんないけど、離れるときのことを考えると、ギュウウッて胸が苦しくなる。王女さまが将軍を選ぶときのことを考えると、身体に鉛が詰め込まれたようで息ができなくなる。
真剣に書類を読む将軍の横顔。視線を合わせるのはまだまだ怖いけど、こうして横顔を見るのは平気。それどころか、ずっと見ていたい気になる。キレイな鼻筋、額にかかった黒髪が陰影を落とす額。シュッとした顎。そこから伸びる首筋。時折上下する喉仏。脇に立ちながら見てるせいか、その全てから目が離せない。
「――なんだ?」
「う、いえっ、なんでもありませんっ!!」
わわわっ、気づかれたっ!! わたしがガン見しちゃってることっ!!
魔王さまを点検するように見てただなんて、口が裂けても言えないっ!! ――って、アレ?
「将軍、袖のところ……」
「ああ、これか」
注視してたから気づいたこと。将軍の左袖のボタンが取れかかってる。
「さっきの詰め所での稽古で、だな。筋のいいヤツが一人いてな」
剣で斬られたんだろうか。ギリギリかわしたけど、ボタンだけが引っ掛けられちゃった……みたいな。
「つけ直しましょうか」
「ああ、じゃあ頼む」
「ああああっ、ぬっ、脱がなくても、そのままでっ!!」
あわてて、将軍の動きを制止する。いくらわたしが侍女だっても、いきなり乙女の前で脱ごうとするなぁっ!!
デキる侍女にはなりたいけど、裸になられて動揺しない乙女になるのは、多分……無理。
どうしてなのか、それがいくつのときのことか。くわしいことはわからない。
ただ、断片的に取り戻した記憶から、彼らは誰かに殺され、炎に巻かれて死んだと思われる。
(わたし、父さま似だったのかな)
頬に触れた髪を軽く指でつまむ。
母さまとは違う、砂色の髪。記憶の中の母さまは、それはとても艶やかな髪をしていらっしゃった。父さまは……倒れ込んだ血溜まりの赤黒い色が鮮烈で、髪色がハッキリ思い出せない。
優しく家族思いな父さまで、母さまを愛していらっしゃったことは覚えている。母さまも、わたしと父さまを大切に思ってくださってた。
最期の記憶は、悲しくて胸が張り裂けそうで、思い出すと涙が溢れてくるけれど、そうじゃない記憶は、とても優しくて温かい。
父さまの大きくて安心する手。ほがらかな印象の声。キレイなのにカワイイと父さまが評した母さまのお顔。笑うとますますカワイイと思えた。
そんなお二人のことは断片的でも思い出せるのに、どうしても出てこないものがある。
「――――」
わたし、父さまと母さまになんて呼ばれてたの?
そこだけがどうしても思い出せない。考えようとするたびに、頭の中に霧がかかって遠く向こうにお二人の姿が霞みだす。
――運命の人に出会えたら。
そんな母さまの言葉まで思い出せるのに。
自分の名前だけが思い出せない。
とても優しい声色で、愛おしそうに呼ばれていたのに。なんて呼ばれてたか、それがわからない。
取り戻したいのに。それだけが取り戻せない。
* * * *
「火災によって亡くなった夫婦。生存者は子どものみという事件についてですが、過去十年ほど遡ってみましたが、砦周辺ではそれらしい事故は起きておりません」
「そうか」
「火事、火災は数年に一度ほど起きておりますが、全焼しても家族は無事、もしくは家族全員が焼け死んでおります」
ミリアから得た情報を元に、エイナルに調査させていたこと。
その報告がこれだった。
ミリアは、両親を「父さま、母さま」と呼んでいた。両親の呼び方に身分差があるかどうかハッキリしないが、その丁寧な呼び方は卑しい身分ではないことを推測させる。文字を書けることからも、その推測は間違ってないと思われる。
「ただ……、一つだけ条件の当てはまる火事がございました」
珍しく報告するエイナルが言葉を濁した。
「当てはまる火事……?」
「はい。失火として報告されてますが。十五年前、この王宮で火事があったことをご存知ですか?」
「もちろんだ。王太子夫妻が亡くなられたヤツだな。当時四歳だったスティラ王女だけ助かった」
「はい。あの火事は部屋の壁にあった燭台の火が、風に煽られたカーテンに燃え移り起こったものだと報告されておりました。ちょうど出火したのが夜中で、眠っていた王太子夫妻は火事に気づかず、逃げ遅れてしまったのだろうと」
燭台や暖炉の炎が燃え移って火事が起きる。
それは特別なことではない。
明かり採りとして火が不可欠なため、よく起きる事故の一つだ。
それだけに、就寝時など気づくのが遅れそうな場合は、火を消してから就寝する。王太子夫妻は、それを怠ったから、正確には燭台を管理する侍女が怠ったから起きた悲劇とも言える。
「これは推測でしかありませんが、当時、ご夫妻は王女と寝室を同じにされていたという記録があります。ちょうど嵐の夜だったので、王女がカミナリを怖がってご夫婦の寝室にもぐりこんでいたとか。生き残った乳母の証言ですが」
夜のカミナリが怖くて、両親の寝ているところにもぐりこむ。幼い王女の行動は、想像するだけで、とても微笑ましい。両親に抱きしめられて眠れば、カミナリなんて怖くないだろうから。
だが、その夜に悲劇が起きた。
「とすると、王太子夫妻は、そんな嵐の夜にカーテンが大きく揺れるほど窓を開けて休まれていたということか?」
燭台の近くにカーテンなど燃えやすいものがあると危険。その認識に基づけば、カーテンと燭台が離して設置されていたはずだ。現に、今自分のいる部屋の作りもそうなっている。よほど大きく窓を開け、カーテンを風になぶらせない限り、燭台に届くはずがない。
それを、王太子夫妻は窓を開け放って休まれていたのか?
嵐を怖がる幼い娘を抱いて?
その日の夜がどれだけ蒸し暑かったとしても、怖がる娘を前に窓を開け放つことはないだろうし、そんなことをしたら雨が降り込んで部屋はびしょ濡れの大惨事となる。
違和感が募る。
だが。
「その火事は、ミリアの両親の件には当てはまらないだろう。ミリアはスティラ王女ではない」
「はい。おそらくですが年齢も容姿も、調べた限り合致しませんので、よく似た事故だと私も考えます」
スティラ王女は今年19歳。ミリアは、おそらく15、6歳。多く見積もっても17歳といったところだ。
それに、伝え聞いてる髪の色も違う。スティラ王女は王家の血筋らしく真紅。ミリアは、淡い砂色。目の色だって、おそらく違う。
火事で両親を亡くしたことは同じだが、亡くなり方が違う。ミリアの両親は殺されて放火された。王女のご両親は失火によって亡くなられた。時期も、二人の年齢が違うのだから、おそらくズレる。
王太子夫妻と、ミリアの両親の事件は別件。
そのはず……だ。
そう思うのに、心がざわめく。腑に落ちない。
おそらく、エイナルも同じ意見なのだろう。だから、曖昧な印象ながらも、報告を上げた。
「わかった。ご苦労」
そう言うと、エイナルが一礼を残して立ち去った。
閉じられた扉の音に合わせて、軽く息を吐き出す。
そうだ。似たような結果の事件だから、同じに感じてしまうだけだ。ミリアが王女だとして、なぜ、彼女は記憶を失くしている? どうして俺に近づいた?
王配候補の人となりを見たかったというのなら、ある程度理解できるが、それでも、侍女の真似事に王女が甘んじることはあるのか。王宮に戻ってきてからも、侍女を続ける意味はあるのか。
考えれば考えるほど、思考は混迷を極める。
もし、ミリアが王女だとして。彼女の話す両親の不幸が真実ならば。王太子夫妻は、何者かに殺されたことになる。王家に刃を向けた者がいたということだ。そして、真実を隠蔽するだけの実力をその者は有している。
それは、大逆ではないのか。
ありえない符合に、身体が震えた。
真実を突き止めるため、ミリアを問いただしたい衝動に駆られたが、グッとこらえる。両親の死という記憶を取り戻し、涙を流した彼女。彼女が王女であれ、ただのミリアであれ、これ以上悲しい過去を思い出させてはいけない。泣かせてはいけない。
断片的であっても思い出したせいで流れた涙は、深くこの胸に染み込んでいる。
* * * *
「――お茶です」
コトリと、書類に目を通してる将軍の前、執務机の上にお茶の入ったカップを置く。
過去のことを断片的に思い出したと言っても、だからって自分の帰る場所がわかったわけじゃないし。たとえわかったとしても、助けてもらったお礼をキチンとやり遂げてから帰りたいと思うし。
それに。
急いで帰らなきゃいけない、誰かがわたしの帰りを待ってるなんてことはなさそうだし。
父さまと母さまが亡くなって、おそらくだけど、わたし、孤児なんだろう。この歳になるまでどうやって暮らしてきたかはわかんないけど、家族はいないと思う。
だから、急ぐ必要もないし、仕事をしてたって構わない。
スティラ王女の夫選び。
少なくともそれが終わるまでは、このまま将軍の侍女を勤めていたい。
わたしとエイナルさんだけという、超少数精鋭で王宮に上がった将軍。自分のことは自分でできる、仕える者が増えるとなにかと面倒、仮住まいなのだから、そこまで働いてもらうことはない、とかなんとか。そういう理由で、この人数らしい。
だったら、わたしが抜けたら困ることもあるよね、多分。
お茶を淹れること、柑橘水を用意することぐらいしか役に立ってない気がするけど、……気がするだけだよね。
王女さまが、将軍とアルディンさまのどちらを夫に選ぶかわかんないけど、せめてそれまでは、侍女としてお仕えすることで、助けてもらったお礼をしたい。
それに。
こうして働いてからなら、「わたし、王宮で、王配候補さまののところで侍女、やってました!!」って箔がつくし。次の職場を探すのに有利でしょ。
将軍が夫に選ばれたら、侍女はたくさんつけられるだろうし。わたしなんてポンコツ侍女はお役御免だろうし。選ばれずに砦に帰っても、元々侍女なんて必要としてない人だから、やっぱりお役御免だろうし。どっちに転んだって、わたしの役目はそこで終わる。だから、それまでは。せめて。
それに。それに。それに。
(わたしが、辞めたくない……)
将軍のそばにいたいと思ってる。
どれだけ理由をこねくり回して作り上げようと、根本はそこ。
将軍のことをどう思ってるかは、わかんないけど、離れるときのことを考えると、ギュウウッて胸が苦しくなる。王女さまが将軍を選ぶときのことを考えると、身体に鉛が詰め込まれたようで息ができなくなる。
真剣に書類を読む将軍の横顔。視線を合わせるのはまだまだ怖いけど、こうして横顔を見るのは平気。それどころか、ずっと見ていたい気になる。キレイな鼻筋、額にかかった黒髪が陰影を落とす額。シュッとした顎。そこから伸びる首筋。時折上下する喉仏。脇に立ちながら見てるせいか、その全てから目が離せない。
「――なんだ?」
「う、いえっ、なんでもありませんっ!!」
わわわっ、気づかれたっ!! わたしがガン見しちゃってることっ!!
魔王さまを点検するように見てただなんて、口が裂けても言えないっ!! ――って、アレ?
「将軍、袖のところ……」
「ああ、これか」
注視してたから気づいたこと。将軍の左袖のボタンが取れかかってる。
「さっきの詰め所での稽古で、だな。筋のいいヤツが一人いてな」
剣で斬られたんだろうか。ギリギリかわしたけど、ボタンだけが引っ掛けられちゃった……みたいな。
「つけ直しましょうか」
「ああ、じゃあ頼む」
「ああああっ、ぬっ、脱がなくても、そのままでっ!!」
あわてて、将軍の動きを制止する。いくらわたしが侍女だっても、いきなり乙女の前で脱ごうとするなぁっ!!
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