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第16話 魔王さま、なんかヘン……です。
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シャツの左袖、取れかかったボタンをつけ直す。
シャツを脱がなくても大丈夫と言った手前、失敗して将軍の腕に針をブスッ……はできない。
向かい合って座り、わたしの方へ腕を突き出してくれる将軍。その腕を取り、ボタンをつけ直すんだけど――視線が痛い。
ボタンと布地に針を刺すたびに、うつむくわたしの後頭部に、将軍の視線がブスブス刺さってる気がする。なんていうのか、ジッと息を殺して見られてる気がする。
なになになに?
もしかして、わたしが失敗しないか気にしてるの?
針で、自分の腕をぶっ刺されないか心配してる? それとも、ボタンと袖口が一体化して、二度と脱げないようにならないか監視してる?
「――針仕事は、得意なのか?」
「え? まあ、ある程度は……」
突然の質問。
「針仕事っていうのか……。刺繍が好きですね。あまりする機会がないですけど」
「刺繍?」
「はい。あ、でも大丈夫ですよ。ボタンつけも刺繍も大して変わらないですから。ちゃんと腕にはぶっ刺しませんし、袖口を縫い閉じてしまうようなことはしませんから」
刺繍とボタンつけ。
運針の方法は同じだ。
「もしかして、針が怖い……とか?」
世の中には、針とか尖ったものが怖いって人もいるし。もしかしたら、将軍も同じで、自分の身の近くに針を持ってこられてビビってるのかな。
「いや、そういうわけじゃない」
そうなんだ。
じゃあ、何を気にしたんだろう。
わからないまま、黙々と針を動かす。
(なんか、こうしてると、「デキる侍女」ってかんじだよなあ)
主人の身だしなみの異変に気づき、サッと直せる侍女。お茶くみ侍女ではないのだよ。エヘン。
静かな部屋。わたしと将軍しかいない部屋に、コチコチと時計の音だけが響く。
その音を聞きながら、ボタンと布地の間、ボタンを縫い留めた糸に、クリクリっとそのまま糸を巻き付けていく。ボタンを通して重なる袖口の布地分、ボタンを立ち上げなきゃいけないからやる処理。最後に、その立ち上がった部分に針を刺してから、糸を止める。
「できま――イタッ!!」
糸を切ると同時に、ブツッと鈍い音が頭に走った。
思わず顔を上げると、そこには、わたしの髪を一筋手にした将軍。
「……白髪」
見せつけるようにこっちに手を差し出してくる将軍。って、もしかしてさっきからずっと感じてた視線は、これを探すためだったの?
軽く痛かったのでむくれてみせると――ハハッと軽く笑われた。……って、え? 将軍が笑った?
そして――。
(え? ちょ、ちょっと、なにっ!?)
ガシッと両頬を押さえられ、覗き込むようにしてわたしを見てくる将軍。
(うわわわっ、近い、近い、近い~~っ!!)
目と目が合うなんてもんじゃない。目からその奥まで、わたしの中まで覗き込まれてるようなかんじ。
「――茶色か」
へ? 目の色のこと?
「あの……。ずっとわたし、茶色ですけど?」
なにを今さら確認してたんだろ。砂色髪の茶色の目。冴えない容姿をあらためて確認されることはない……と思うんだけど。
将軍のように黒髪黒目とか、アルディンさまのように金髪碧眼ならよかったのになって思う程度の冴えない容姿。色が違ったら美人だったかも……なんて厚かましいことは言わないけど、少しはマシだったんじゃないかな~程度には思う。
「いや、なんでもない。気にするな」
「はあ」
軽く顔をそむけた将軍。髪といい目といい。何がしたかったんだろ?
あんなに必死に人の目を覗き込んで――。
「痛っ……!!」
覗き込まれたことに胸がドキドキして。ついウッカリ、針を持ってたことを忘れてた。
左の人差し指。そこに、プスッと針が刺さる。
「ミリア?」
そこまで深くないけど、痛いのは痛い。
顔をしかめ、反射的に指を口にくわえる。口腔に広がる、金気臭い味。
う~~。自分の持ってた針を突き刺すなんて。これのどこがデキる侍女なのよ。間抜けすぎるじゃない。
「針で刺したのか?」
口に含んでた指をグイッと引っ張られる。
自分で舐めたおかげで消えていた血が、再びプックリと指の表面に小さな玉を作り出した。
ちょっとした刺し傷だし、放っておけばそのうち血も止まるだろうけ……。
「――――ッ!!」
その血をチュッと吸い上げるように口づけてきた将軍。
(えっ!? わっ!! なっ……!!)
思考が追いつきませんっ!!
わたしの指先に触れる、将軍の唇。しっとりとか柔らかいとかじゃなく、ひたすら指先が熱くて熱くて。人差し指だけ異常加熱。痛いのなんて、どこかに消し飛んだ!!
「後で、ちゃんと手当しておけ――って、聞いてるのか? おい」
口づけから解放してもらった手を強引に取り戻す。
こんなの、こんなの、こんなのっ……!!
「おいっ!!」
呼び止めるのもきかずに、そのまま立ち上がると、一目散に逃げ出した。
針を片付けなきゃとか、そういうのもナシに、ひたすら走ってその場から逃げ出す。
だって。だって。だってっ!!
(こんなの間接キスじゃないっ!!)
わたしが口に含んだ指を、治療のためとはいえ、将軍が口づけるなんて……っ!!
将軍にそういう意図のない行動だったとしても、わたしは平静じゃいられない。治療のためとわかっていても、落ち着くことはできない。
人差し指を大事に抱えながら、部屋を飛び出し、回廊を走る。
顔が熱い。ううん、顔だけじゃない。全身が熱くて、頭から火を噴きそう。
意味もわからずに目が潤んでくるし、異様なまでに心臓が早鐘を打つ。
(わたし、どうしちゃったのよ)
これぐらいなんでもないことなのに。こんなことで動揺してちゃいけないのに。
「――ミリア?」
「アルディン……さまっ」
無我夢中で走ってたせいか、回廊の角を曲がったさきで、アルディンさまにぶつかってしまった。
息を荒らしたまま、その名を呼ぶ。
「どうしたの? なにがあった?」
驚きながらも受け止めてくれたアルディンさま。その端麗なお顔に困惑が浮かぶ。キレイな青い瞳が少しだけ曇る。
「ヴィラードと、なにかあったの?」
ああ、そっか。「わたしになにかあった」と「将軍との間になにかが起きた」は同義なんだ。将軍の侍女だし。そう推測されちゃうんだ。
「なんでも……、ないです」
将軍は悪くない。針で指を突いちゃったわたしを心配してくれただけだし。指に口づけたのだって、手当のためだし。動揺してるのは、わたしの勝手なんだし。
そう。悪いのはわたし。
わたしが勝手に驚いたり戸惑ったりしてるだけ。
将軍は王女さまの夫候補。夫に選ばれようが選ばれまいが、そもそもに、将軍は貴族。わたしみたいな記憶も身寄りのない者では身分が違う。両親が殺され、家に火をかけられたわたしとは――。
(父さま、母さま……)
記憶のなかの二人に呼びかける。
わたし、お二人が生きてたら、もう少しマシだったのかな。どんな身分の家だったかわからないけど、それでも、将軍の前に立つことができたのかな。
冴えない砂色の髪で、ありふれた茶色の目だけど。チビで、どっちが前か後ろかわかんないような体型だけど。それでも、将軍の前に出て恥ずかしくない立場だったのかな。
記憶を失くしてたわたしを拾って助けてくれた将軍。そのまま自分の侍女として雇うことで、養ってくれた将軍。口数は少ないし、すぐ怒るし怖いけど、真面目で、とっても優しい将軍。わたしのせいで崩れてきた書棚からも身を挺して護ってくれた将軍。泣くと嫌がられるけど、それでもちゃんといたわってくれる将軍。
――ミリア、キミはヴィラードのことが好きなんだよ、きっと。
以前、アルディンさまから言われたこと。
あの時は、呪いだなんだって全否定したけど、――違う。
これは、呪いなんかじゃない。この治まりきらない胸の痛みは――。苦しみは――。
「ミリア……?」
我慢しきれなかった涙が、熱く頬を伝う。
「ミリアッ!!」
声にふり返ると、少し息を荒くした将軍の姿。
ああ、わたしを追いかけてきてくれたのかな。
ごめんなさい。泣くなって言われてるのに。涙が止まりません。
それと、頭のなかで割れ鐘のように響く音も。これは、母さまの声? それとももっと別のなにか?
さっきからずっと、わたしの頭のなかで鳴り響く音。
――初めてお会いした時にね、「この人だ」って思ったの。この人じゃなければ嫌だって気持ちが、身体の奥底から湧き上がってきたのよ。理屈じゃないの。アナタも大人になったらわかるわ。運命の人に出会ったらね。
ああ、母さま、わたし、今、わかった気がします。
わかったからこそ、すごく胸が痛い。苦しいの。
でも。
こんな気持ち、知りたくなかった。
「――――好き」
溢れた涙とともに、震える唇から想いがこぼれた。
同時に、わたしの身体から焼けつくような白い光が放たれる。
――王女は、時が来たら夫となる者の前に姿を現す。
遠く、その言葉を思い出しながら。
シャツを脱がなくても大丈夫と言った手前、失敗して将軍の腕に針をブスッ……はできない。
向かい合って座り、わたしの方へ腕を突き出してくれる将軍。その腕を取り、ボタンをつけ直すんだけど――視線が痛い。
ボタンと布地に針を刺すたびに、うつむくわたしの後頭部に、将軍の視線がブスブス刺さってる気がする。なんていうのか、ジッと息を殺して見られてる気がする。
なになになに?
もしかして、わたしが失敗しないか気にしてるの?
針で、自分の腕をぶっ刺されないか心配してる? それとも、ボタンと袖口が一体化して、二度と脱げないようにならないか監視してる?
「――針仕事は、得意なのか?」
「え? まあ、ある程度は……」
突然の質問。
「針仕事っていうのか……。刺繍が好きですね。あまりする機会がないですけど」
「刺繍?」
「はい。あ、でも大丈夫ですよ。ボタンつけも刺繍も大して変わらないですから。ちゃんと腕にはぶっ刺しませんし、袖口を縫い閉じてしまうようなことはしませんから」
刺繍とボタンつけ。
運針の方法は同じだ。
「もしかして、針が怖い……とか?」
世の中には、針とか尖ったものが怖いって人もいるし。もしかしたら、将軍も同じで、自分の身の近くに針を持ってこられてビビってるのかな。
「いや、そういうわけじゃない」
そうなんだ。
じゃあ、何を気にしたんだろう。
わからないまま、黙々と針を動かす。
(なんか、こうしてると、「デキる侍女」ってかんじだよなあ)
主人の身だしなみの異変に気づき、サッと直せる侍女。お茶くみ侍女ではないのだよ。エヘン。
静かな部屋。わたしと将軍しかいない部屋に、コチコチと時計の音だけが響く。
その音を聞きながら、ボタンと布地の間、ボタンを縫い留めた糸に、クリクリっとそのまま糸を巻き付けていく。ボタンを通して重なる袖口の布地分、ボタンを立ち上げなきゃいけないからやる処理。最後に、その立ち上がった部分に針を刺してから、糸を止める。
「できま――イタッ!!」
糸を切ると同時に、ブツッと鈍い音が頭に走った。
思わず顔を上げると、そこには、わたしの髪を一筋手にした将軍。
「……白髪」
見せつけるようにこっちに手を差し出してくる将軍。って、もしかしてさっきからずっと感じてた視線は、これを探すためだったの?
軽く痛かったのでむくれてみせると――ハハッと軽く笑われた。……って、え? 将軍が笑った?
そして――。
(え? ちょ、ちょっと、なにっ!?)
ガシッと両頬を押さえられ、覗き込むようにしてわたしを見てくる将軍。
(うわわわっ、近い、近い、近い~~っ!!)
目と目が合うなんてもんじゃない。目からその奥まで、わたしの中まで覗き込まれてるようなかんじ。
「――茶色か」
へ? 目の色のこと?
「あの……。ずっとわたし、茶色ですけど?」
なにを今さら確認してたんだろ。砂色髪の茶色の目。冴えない容姿をあらためて確認されることはない……と思うんだけど。
将軍のように黒髪黒目とか、アルディンさまのように金髪碧眼ならよかったのになって思う程度の冴えない容姿。色が違ったら美人だったかも……なんて厚かましいことは言わないけど、少しはマシだったんじゃないかな~程度には思う。
「いや、なんでもない。気にするな」
「はあ」
軽く顔をそむけた将軍。髪といい目といい。何がしたかったんだろ?
あんなに必死に人の目を覗き込んで――。
「痛っ……!!」
覗き込まれたことに胸がドキドキして。ついウッカリ、針を持ってたことを忘れてた。
左の人差し指。そこに、プスッと針が刺さる。
「ミリア?」
そこまで深くないけど、痛いのは痛い。
顔をしかめ、反射的に指を口にくわえる。口腔に広がる、金気臭い味。
う~~。自分の持ってた針を突き刺すなんて。これのどこがデキる侍女なのよ。間抜けすぎるじゃない。
「針で刺したのか?」
口に含んでた指をグイッと引っ張られる。
自分で舐めたおかげで消えていた血が、再びプックリと指の表面に小さな玉を作り出した。
ちょっとした刺し傷だし、放っておけばそのうち血も止まるだろうけ……。
「――――ッ!!」
その血をチュッと吸い上げるように口づけてきた将軍。
(えっ!? わっ!! なっ……!!)
思考が追いつきませんっ!!
わたしの指先に触れる、将軍の唇。しっとりとか柔らかいとかじゃなく、ひたすら指先が熱くて熱くて。人差し指だけ異常加熱。痛いのなんて、どこかに消し飛んだ!!
「後で、ちゃんと手当しておけ――って、聞いてるのか? おい」
口づけから解放してもらった手を強引に取り戻す。
こんなの、こんなの、こんなのっ……!!
「おいっ!!」
呼び止めるのもきかずに、そのまま立ち上がると、一目散に逃げ出した。
針を片付けなきゃとか、そういうのもナシに、ひたすら走ってその場から逃げ出す。
だって。だって。だってっ!!
(こんなの間接キスじゃないっ!!)
わたしが口に含んだ指を、治療のためとはいえ、将軍が口づけるなんて……っ!!
将軍にそういう意図のない行動だったとしても、わたしは平静じゃいられない。治療のためとわかっていても、落ち着くことはできない。
人差し指を大事に抱えながら、部屋を飛び出し、回廊を走る。
顔が熱い。ううん、顔だけじゃない。全身が熱くて、頭から火を噴きそう。
意味もわからずに目が潤んでくるし、異様なまでに心臓が早鐘を打つ。
(わたし、どうしちゃったのよ)
これぐらいなんでもないことなのに。こんなことで動揺してちゃいけないのに。
「――ミリア?」
「アルディン……さまっ」
無我夢中で走ってたせいか、回廊の角を曲がったさきで、アルディンさまにぶつかってしまった。
息を荒らしたまま、その名を呼ぶ。
「どうしたの? なにがあった?」
驚きながらも受け止めてくれたアルディンさま。その端麗なお顔に困惑が浮かぶ。キレイな青い瞳が少しだけ曇る。
「ヴィラードと、なにかあったの?」
ああ、そっか。「わたしになにかあった」と「将軍との間になにかが起きた」は同義なんだ。将軍の侍女だし。そう推測されちゃうんだ。
「なんでも……、ないです」
将軍は悪くない。針で指を突いちゃったわたしを心配してくれただけだし。指に口づけたのだって、手当のためだし。動揺してるのは、わたしの勝手なんだし。
そう。悪いのはわたし。
わたしが勝手に驚いたり戸惑ったりしてるだけ。
将軍は王女さまの夫候補。夫に選ばれようが選ばれまいが、そもそもに、将軍は貴族。わたしみたいな記憶も身寄りのない者では身分が違う。両親が殺され、家に火をかけられたわたしとは――。
(父さま、母さま……)
記憶のなかの二人に呼びかける。
わたし、お二人が生きてたら、もう少しマシだったのかな。どんな身分の家だったかわからないけど、それでも、将軍の前に立つことができたのかな。
冴えない砂色の髪で、ありふれた茶色の目だけど。チビで、どっちが前か後ろかわかんないような体型だけど。それでも、将軍の前に出て恥ずかしくない立場だったのかな。
記憶を失くしてたわたしを拾って助けてくれた将軍。そのまま自分の侍女として雇うことで、養ってくれた将軍。口数は少ないし、すぐ怒るし怖いけど、真面目で、とっても優しい将軍。わたしのせいで崩れてきた書棚からも身を挺して護ってくれた将軍。泣くと嫌がられるけど、それでもちゃんといたわってくれる将軍。
――ミリア、キミはヴィラードのことが好きなんだよ、きっと。
以前、アルディンさまから言われたこと。
あの時は、呪いだなんだって全否定したけど、――違う。
これは、呪いなんかじゃない。この治まりきらない胸の痛みは――。苦しみは――。
「ミリア……?」
我慢しきれなかった涙が、熱く頬を伝う。
「ミリアッ!!」
声にふり返ると、少し息を荒くした将軍の姿。
ああ、わたしを追いかけてきてくれたのかな。
ごめんなさい。泣くなって言われてるのに。涙が止まりません。
それと、頭のなかで割れ鐘のように響く音も。これは、母さまの声? それとももっと別のなにか?
さっきからずっと、わたしの頭のなかで鳴り響く音。
――初めてお会いした時にね、「この人だ」って思ったの。この人じゃなければ嫌だって気持ちが、身体の奥底から湧き上がってきたのよ。理屈じゃないの。アナタも大人になったらわかるわ。運命の人に出会ったらね。
ああ、母さま、わたし、今、わかった気がします。
わかったからこそ、すごく胸が痛い。苦しいの。
でも。
こんな気持ち、知りたくなかった。
「――――好き」
溢れた涙とともに、震える唇から想いがこぼれた。
同時に、わたしの身体から焼けつくような白い光が放たれる。
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