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27.対峙
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「――すまないね、わざわざ見舞いに来てもらって」
丁寧に使い込まれた寝台の上、大きな枕に身をもたれさせた初老の男性――シオンのお父様が言った。
「そこまでたいしたことないのだけど、どうやらおおごとになって伝わってたようだね」
お義父様はそう言って笑うけど。
「おおごともなにも。階段から転げ落ちたっていうじゃないか」
シオンが反論。
「だからおおげさだって。転げ落ちたって、わずか二、三段の話だよ。転げたってほどでもない」
「でも、足をくじいたんでしょう?」
シオンのツッコミに、お義父様がグッと喉を鳴らした。
わたしたちに届いた知らせによれば、お義父様は、書類を読みながら階段を降りて、足を踏み外した――らしい。骨折はなさらなかったけど、それでも寝台の上で安静にするように医師に申し渡されている。
「もう、お若くないのですから、無理はなさらないでください」
シオンがとどめを刺した。けど。
「そうだな。無理はやめておこうか」
意外と、お義父様、堪えてない? 結構素直?
辛辣だけど、息子に心配されてうれしいのかしら?
「孫をこの手に抱くまで、頑張らなくては! だからね」
え?
「ワハハハハ……」
キョトンとするわたしの前で、お義父様が豪快に笑う。
ま、孫って……!
「大丈夫ですよ、父さん。そう遠くない未来に、抱かせてあげられると思いますから」
ね!
わたしの肩を抱き寄せたシオンが、ニコッと笑いかけてくる。けど。
(そ、それって!)
そういうこと、これからもガンガンやるぞ宣言? 子どもができるまで、一層精進いたします?
そりゃあ、あんなに抱かれてたら早晩、子どもの一人や二人できちゃうと思うけど。だからって、宣言を出されると、それもお義父様の前で宣言されると……!
(シオンのスケベ!)
心のなかで悪態をつく。
――お待ちください!
不意に、遠くから誰かの声が聞こえた。
――お待ちください! 今は!
なにか焦ってる?
声は複数人。男女入り混じってる。
その声は、ドンドン大きくなって、ドンドンこちらに近づいてきてるのがわかる。
(――誰?)
誰が誰に「お待ちください」って言ってる?
複数の足音が、扉の向こう、寝室の前で止まった。
「シオンっ!」
バンッと勢いよく、弾かれるように開いた扉。
「ああ、会いたかった!」
駆け込んできたのは――女性? それも若い、わたしと同い年ぐらいの女性。
入ってくるなり、シオンに抱きついてきた。(ついで、わたしはとっても自然に突き飛ばされた)
「あ、アデリアっ!?」
「そうよ、私よ。帰ってきたの!」
抱きつかれ、中途半端にバンザイした格好になったシオン。その驚いた顔を、アデリア嬢が、感涙に頬を濡らしながら見上げる。
「アナタと離れてみてわかったの。私が本当に愛してるのは、アナタだけだって!」
言って、まるで猫みたいに、顔をシオンの胸に擦り寄せるアデリア嬢。――って。
(この人、もしかして、シオンの奥様?)
結婚して半年で逃げ出したっていう。「真実の愛を見つけた」とかで、シオンの資産を持って出奔したという、あの奥様!?
ドレスこそみすぼらしい、着古したものだけど、その顔立ちは結構愛らしい印象を受ける。結い上げた(少しほどけた)金の髪、とめどなく涙を流す空色の瞳。桃のように赤らんだ頬。ほっそりとした体。
(似てる?)
「これからは、アナタの善き妻になるわ! だから――」
「ちょっとお待ちなさい」
そのアデリア嬢の細い肩を、グワシッと掴んで、シオンから引き離す。
「アナタ、誰の許しを得て、この部屋に入ってきてるの?」
開けっ放した扉。その入口で、オロオロとこっちを見てる使用人数人。お義父様とわたしたちの歓談を邪魔してしまったこと、闖入者を許してしまったこと、気にしてるんだろう。
「そして、勝手にわたくしの夫にすがらないでくださいな」
入ってきたことも許せないけど、一番腹立つのはシオンに無遠慮に抱きついたこと。
シオンの、そのカッコいい服にベタベタ、下手な涙が染みついちゃったじゃないの!
「夫? なにを言ってるの、彼は私のおっ――」
「今は、わたくしの夫です」
ピシャリ。
絶対、全部言わせてあげない。
自分の呼び方も「わたくし」に変えて。戦闘開始!
にらみつけるように、相手を見据える。
「アナタは、彼から離れていたのでしょう? それも三年以上。勝手にいなくなって。離婚、成立してるって、ご存知ないかしら?」
「離婚?」
「あら、ご存知ないの? アナタのご両親がそう決めたそうよ。これ以上婚姻を続けるのは申し訳ないって」
フフッ。
少しだけ余裕の笑み。
ああ、ここに扇、持ってくればよかったなあ。
お義父様のお見舞いだから持ってないけど。相手を煽る笑みの時は、口元を扇で隠しながら、時折扇をあおぎながら――ってのが、王宮の流儀。正しい喧嘩のふっかけかた。
「おかわいそうに。ずっと離れてらして、そういうこと、ご存知なかったのですね」
そして、煽りからの同情の涙声。
「シオンは、これからわたくしの夫になるの。再婚いたしますの。ですから、これ以上近づかないでくださいな」
本題。
元妻だからって、なれなれしく近づくな! シオンは、わたしのものなのよ!
「そんな……、ウソよね、シオン」
アデリアが声を震わせる。
「だってアナタ、私を愛してるって言ってくれたじゃない!」
再び溢れたその涙。
ハラハラと涙を流して、またシオンにすがろうとする。こっちの言うこと無視ですかい!
「私に、愛してるって! 愛してるって言ってくれたわ!」
何年前のことを言ってるんだか。
心のなかでツッコむ。
フン。
そりゃあ、結婚してたんだから妻に「愛してる」ぐらいは言うでしょうよ。
「子はできなかったけど。でもいっぱい、愛してくれたわ!」
ング。
そりゃあ、結婚してたんだから、妻を「愛して」もいいんだろうけど。
なんだろう。心のなか、ううん、体じゅうがモヤモヤする。
シオンのあの手、あの肌。
わたしの初めてはシオンだったけど、シオンの初めてはわたしじゃない。
シオンは、この女を愛したことあるんだ。
当たり前のことなんだけど、研ぎ澄まされたナイフのような殺意と、燃え盛る炎のような憎しみが渦巻く。
「――でも、そんな彼の愛を捨てていったのは、アナタご自身じゃなくて?」
余裕。
余裕を取り戻せ。
ここで取り乱したりしたら、相手の思うつぼ。
「彼がそこまでアナタを愛してくれていたのに。アナタはそれを不要としたのではなくて?」
笑う。
シオンがこの女を愛したことなど、大した事ない、些細なことだと笑う。
「今の彼は、わたくしを愛してくださってるの。アナタの捨てた彼の愛は、わたしにだけ注がれてるの」
昨日だって、ここに来る前は、散々愛されたんだからね!
「う、ウソよ、ウソよ……シオン」
アデリアが、ヨロヨロと後ずさる。
「ねえ、ウソだと言ってよ、シオン! アナタが愛してるのは私でしょう!」
シオンから離れた――と思いきや、またシオンにすがりつく。
「あの女、私に似てるから、それでつい、魔が差しだだけよねっ?」
なっ!
似てるっ!?
魔が差したぁっ!?
それってなにかね?
愛する奥方に逃げられて、寂しさを紛らわすため、奥方によく似た容姿のわたしを身代わりに愛したってこと?
たしかに。
たしかに、アデリアの容姿はわたしに似てるけど!
「フフッ。面白い方ね、アナタ」
ダメだ。
ここで怒ったらダメ。
余裕。余裕を取り戻すのよ!
「残念ながら、それは逆なの」
「逆?」
「ええ。シオンが昔から愛していたのは、わたくしなの」
ウソは言ってないぞ。
「彼はね、わたくしを愛していたの。アナタが持ち逃げしたお金は、彼がわたしのために必死で貯めていたものよ」
アナタのためのものじゃない。
というか、誰のためのものであっても、一言のことわりもなく持ち逃げってのが気に入らない。
アナタが逃げたことで、どれだけシオンが傷ついたかも。
「でもシオンは、私のために、いろいろ買ってくれたわ!」
「だから? 妻として大事にしていただけでは?」
シオンは、親の決めた結婚であっても、妻を大切にしようとしていた。
愛を育もうと努力していた。
「まあ、買ってもらってたものが愛情のものさしなのだとしたら。そうねえ。彼、わたくしに邸宅を買ってくださったわよ」
「て、邸宅っ!?」
アデリアが、わずかだけど怯む。ヨシ!
「ええ。公爵家の別宅なのだけど。たしか一億リールだったかしら。彼にとっては、たった一億リールぽっちの屋敷らしいけど。わたくしの愛を得るためなら、お安い買い物だったらしいわよ?」
安くはないけどね。
ついでに、愛はお金じゃ測れないけどね。
でもどうだ! これで戦意喪失したか?
わたしね、アナタにすっごく腹立ってるの。
シオンは、夫としてアナタを愛そうと努力してたわ。
だけど、その頑張りを無下にしたのはアナタよ。
シオンを傷つけて。シオンのお金を持ち逃げして。
それで、「私が本当に愛してるのは、アナタ」?
ふざけるのも大概にしてよ。どれだけシオンをバカにすれば気が済むの?
そう言えば、シオンがまた自分になびくとでも思ってるの?
シオンが、わたしが離れていくことを異様に恐れていたのは、過去のわたしとの別れからだけじゃない。
きっとコイツが逃げたことも、原因の一つ。
これはもしかしたらだけど。シオンがあの町にいたのは、離婚が決まって、心の整理をつけようと、あそこを訪れてたんじゃないのかな。
彼が弾いてた曲。
あれ、幼い頃にシオンのお母様が亡くなられた時に弾いていた曲だったから。
辛い心を癒やすために、その先に進むために弾いていた曲だったから。
もし、わたしの推理が合ってるのだとしたら。
シオンを、わたしの大切なシオンを、そこまで傷つけたこの女が許せない!
完膚なきまで、叩きのめしてやる!
「それと。アナタが善き妻としてシオンのもとに戻るというのなら。――そうですわね。まずは、持ち去ったというお金を、すべて返してから言うべきでは? まあ、彼の妻の座をアナタに譲るつもりはございませんけど」
「――リューリア、もういいよ」
戦う気満々のわたしの肩に、シオンが手を載せる。
「アデリア。僕はキミと結婚して、夫としてキミを愛そうと努力した。でもそれは間違いだったって気づかされた」
シオン?
「愛は、努力して育むものじゃない。愛は、自然に沸き起こるもの。抑えようとしても抑えきれず、溢れ出してしまうものなんだって。彼女と再会して強く思った」
「シオン……」
「だから、もう一度キミと夫婦としてやっていくつもりはない。僕は、彼女との間に〝真実の愛〟を見つけてしまったんだ」
――真実の愛。
それは、このアデリアがシオン以外の男との間に見つけたとかで、言ってた(クッサイ)台詞。
すっごい意趣返し。
ちょっと本気で笑いそうになった。
「キミと結婚してたこと、今なら感謝できるよ。おかげで、自分の気持ちに気づくことができた。人を愛するとはって、理解できるようになった。彼女への愛が本物だって、わかったんだ」
痛烈嫌味。
「そ、そんな……」
アデリアの顔が、紙よりも白くなっていく。ワナワナと全身が震え、何も言えなくなっていく。
「まあ、そういうことですの」
艶然と微笑む。わたしからの追撃。
「ですから、元奥様。ここから出ていってくださいな。ここは、お義父様のご寝室。お見舞いの場なので、あまり騒がしくしないでくださるとたすかりますわ」
トドメ。
訳:ここは家族の場なんだから、部外者が騒ぐんじゃないわよ。出てけ!
フラッと倒れかけたアデリア。
その体を、部屋に入ってきた従僕たちが受け止める。
「あちらの家に連絡してあげて。ずっと行方不明だった娘を心配していらしたからね」
トドメ、2。
シオンが従僕たちに命じた。
丁寧に使い込まれた寝台の上、大きな枕に身をもたれさせた初老の男性――シオンのお父様が言った。
「そこまでたいしたことないのだけど、どうやらおおごとになって伝わってたようだね」
お義父様はそう言って笑うけど。
「おおごともなにも。階段から転げ落ちたっていうじゃないか」
シオンが反論。
「だからおおげさだって。転げ落ちたって、わずか二、三段の話だよ。転げたってほどでもない」
「でも、足をくじいたんでしょう?」
シオンのツッコミに、お義父様がグッと喉を鳴らした。
わたしたちに届いた知らせによれば、お義父様は、書類を読みながら階段を降りて、足を踏み外した――らしい。骨折はなさらなかったけど、それでも寝台の上で安静にするように医師に申し渡されている。
「もう、お若くないのですから、無理はなさらないでください」
シオンがとどめを刺した。けど。
「そうだな。無理はやめておこうか」
意外と、お義父様、堪えてない? 結構素直?
辛辣だけど、息子に心配されてうれしいのかしら?
「孫をこの手に抱くまで、頑張らなくては! だからね」
え?
「ワハハハハ……」
キョトンとするわたしの前で、お義父様が豪快に笑う。
ま、孫って……!
「大丈夫ですよ、父さん。そう遠くない未来に、抱かせてあげられると思いますから」
ね!
わたしの肩を抱き寄せたシオンが、ニコッと笑いかけてくる。けど。
(そ、それって!)
そういうこと、これからもガンガンやるぞ宣言? 子どもができるまで、一層精進いたします?
そりゃあ、あんなに抱かれてたら早晩、子どもの一人や二人できちゃうと思うけど。だからって、宣言を出されると、それもお義父様の前で宣言されると……!
(シオンのスケベ!)
心のなかで悪態をつく。
――お待ちください!
不意に、遠くから誰かの声が聞こえた。
――お待ちください! 今は!
なにか焦ってる?
声は複数人。男女入り混じってる。
その声は、ドンドン大きくなって、ドンドンこちらに近づいてきてるのがわかる。
(――誰?)
誰が誰に「お待ちください」って言ってる?
複数の足音が、扉の向こう、寝室の前で止まった。
「シオンっ!」
バンッと勢いよく、弾かれるように開いた扉。
「ああ、会いたかった!」
駆け込んできたのは――女性? それも若い、わたしと同い年ぐらいの女性。
入ってくるなり、シオンに抱きついてきた。(ついで、わたしはとっても自然に突き飛ばされた)
「あ、アデリアっ!?」
「そうよ、私よ。帰ってきたの!」
抱きつかれ、中途半端にバンザイした格好になったシオン。その驚いた顔を、アデリア嬢が、感涙に頬を濡らしながら見上げる。
「アナタと離れてみてわかったの。私が本当に愛してるのは、アナタだけだって!」
言って、まるで猫みたいに、顔をシオンの胸に擦り寄せるアデリア嬢。――って。
(この人、もしかして、シオンの奥様?)
結婚して半年で逃げ出したっていう。「真実の愛を見つけた」とかで、シオンの資産を持って出奔したという、あの奥様!?
ドレスこそみすぼらしい、着古したものだけど、その顔立ちは結構愛らしい印象を受ける。結い上げた(少しほどけた)金の髪、とめどなく涙を流す空色の瞳。桃のように赤らんだ頬。ほっそりとした体。
(似てる?)
「これからは、アナタの善き妻になるわ! だから――」
「ちょっとお待ちなさい」
そのアデリア嬢の細い肩を、グワシッと掴んで、シオンから引き離す。
「アナタ、誰の許しを得て、この部屋に入ってきてるの?」
開けっ放した扉。その入口で、オロオロとこっちを見てる使用人数人。お義父様とわたしたちの歓談を邪魔してしまったこと、闖入者を許してしまったこと、気にしてるんだろう。
「そして、勝手にわたくしの夫にすがらないでくださいな」
入ってきたことも許せないけど、一番腹立つのはシオンに無遠慮に抱きついたこと。
シオンの、そのカッコいい服にベタベタ、下手な涙が染みついちゃったじゃないの!
「夫? なにを言ってるの、彼は私のおっ――」
「今は、わたくしの夫です」
ピシャリ。
絶対、全部言わせてあげない。
自分の呼び方も「わたくし」に変えて。戦闘開始!
にらみつけるように、相手を見据える。
「アナタは、彼から離れていたのでしょう? それも三年以上。勝手にいなくなって。離婚、成立してるって、ご存知ないかしら?」
「離婚?」
「あら、ご存知ないの? アナタのご両親がそう決めたそうよ。これ以上婚姻を続けるのは申し訳ないって」
フフッ。
少しだけ余裕の笑み。
ああ、ここに扇、持ってくればよかったなあ。
お義父様のお見舞いだから持ってないけど。相手を煽る笑みの時は、口元を扇で隠しながら、時折扇をあおぎながら――ってのが、王宮の流儀。正しい喧嘩のふっかけかた。
「おかわいそうに。ずっと離れてらして、そういうこと、ご存知なかったのですね」
そして、煽りからの同情の涙声。
「シオンは、これからわたくしの夫になるの。再婚いたしますの。ですから、これ以上近づかないでくださいな」
本題。
元妻だからって、なれなれしく近づくな! シオンは、わたしのものなのよ!
「そんな……、ウソよね、シオン」
アデリアが声を震わせる。
「だってアナタ、私を愛してるって言ってくれたじゃない!」
再び溢れたその涙。
ハラハラと涙を流して、またシオンにすがろうとする。こっちの言うこと無視ですかい!
「私に、愛してるって! 愛してるって言ってくれたわ!」
何年前のことを言ってるんだか。
心のなかでツッコむ。
フン。
そりゃあ、結婚してたんだから妻に「愛してる」ぐらいは言うでしょうよ。
「子はできなかったけど。でもいっぱい、愛してくれたわ!」
ング。
そりゃあ、結婚してたんだから、妻を「愛して」もいいんだろうけど。
なんだろう。心のなか、ううん、体じゅうがモヤモヤする。
シオンのあの手、あの肌。
わたしの初めてはシオンだったけど、シオンの初めてはわたしじゃない。
シオンは、この女を愛したことあるんだ。
当たり前のことなんだけど、研ぎ澄まされたナイフのような殺意と、燃え盛る炎のような憎しみが渦巻く。
「――でも、そんな彼の愛を捨てていったのは、アナタご自身じゃなくて?」
余裕。
余裕を取り戻せ。
ここで取り乱したりしたら、相手の思うつぼ。
「彼がそこまでアナタを愛してくれていたのに。アナタはそれを不要としたのではなくて?」
笑う。
シオンがこの女を愛したことなど、大した事ない、些細なことだと笑う。
「今の彼は、わたくしを愛してくださってるの。アナタの捨てた彼の愛は、わたしにだけ注がれてるの」
昨日だって、ここに来る前は、散々愛されたんだからね!
「う、ウソよ、ウソよ……シオン」
アデリアが、ヨロヨロと後ずさる。
「ねえ、ウソだと言ってよ、シオン! アナタが愛してるのは私でしょう!」
シオンから離れた――と思いきや、またシオンにすがりつく。
「あの女、私に似てるから、それでつい、魔が差しだだけよねっ?」
なっ!
似てるっ!?
魔が差したぁっ!?
それってなにかね?
愛する奥方に逃げられて、寂しさを紛らわすため、奥方によく似た容姿のわたしを身代わりに愛したってこと?
たしかに。
たしかに、アデリアの容姿はわたしに似てるけど!
「フフッ。面白い方ね、アナタ」
ダメだ。
ここで怒ったらダメ。
余裕。余裕を取り戻すのよ!
「残念ながら、それは逆なの」
「逆?」
「ええ。シオンが昔から愛していたのは、わたくしなの」
ウソは言ってないぞ。
「彼はね、わたくしを愛していたの。アナタが持ち逃げしたお金は、彼がわたしのために必死で貯めていたものよ」
アナタのためのものじゃない。
というか、誰のためのものであっても、一言のことわりもなく持ち逃げってのが気に入らない。
アナタが逃げたことで、どれだけシオンが傷ついたかも。
「でもシオンは、私のために、いろいろ買ってくれたわ!」
「だから? 妻として大事にしていただけでは?」
シオンは、親の決めた結婚であっても、妻を大切にしようとしていた。
愛を育もうと努力していた。
「まあ、買ってもらってたものが愛情のものさしなのだとしたら。そうねえ。彼、わたくしに邸宅を買ってくださったわよ」
「て、邸宅っ!?」
アデリアが、わずかだけど怯む。ヨシ!
「ええ。公爵家の別宅なのだけど。たしか一億リールだったかしら。彼にとっては、たった一億リールぽっちの屋敷らしいけど。わたくしの愛を得るためなら、お安い買い物だったらしいわよ?」
安くはないけどね。
ついでに、愛はお金じゃ測れないけどね。
でもどうだ! これで戦意喪失したか?
わたしね、アナタにすっごく腹立ってるの。
シオンは、夫としてアナタを愛そうと努力してたわ。
だけど、その頑張りを無下にしたのはアナタよ。
シオンを傷つけて。シオンのお金を持ち逃げして。
それで、「私が本当に愛してるのは、アナタ」?
ふざけるのも大概にしてよ。どれだけシオンをバカにすれば気が済むの?
そう言えば、シオンがまた自分になびくとでも思ってるの?
シオンが、わたしが離れていくことを異様に恐れていたのは、過去のわたしとの別れからだけじゃない。
きっとコイツが逃げたことも、原因の一つ。
これはもしかしたらだけど。シオンがあの町にいたのは、離婚が決まって、心の整理をつけようと、あそこを訪れてたんじゃないのかな。
彼が弾いてた曲。
あれ、幼い頃にシオンのお母様が亡くなられた時に弾いていた曲だったから。
辛い心を癒やすために、その先に進むために弾いていた曲だったから。
もし、わたしの推理が合ってるのだとしたら。
シオンを、わたしの大切なシオンを、そこまで傷つけたこの女が許せない!
完膚なきまで、叩きのめしてやる!
「それと。アナタが善き妻としてシオンのもとに戻るというのなら。――そうですわね。まずは、持ち去ったというお金を、すべて返してから言うべきでは? まあ、彼の妻の座をアナタに譲るつもりはございませんけど」
「――リューリア、もういいよ」
戦う気満々のわたしの肩に、シオンが手を載せる。
「アデリア。僕はキミと結婚して、夫としてキミを愛そうと努力した。でもそれは間違いだったって気づかされた」
シオン?
「愛は、努力して育むものじゃない。愛は、自然に沸き起こるもの。抑えようとしても抑えきれず、溢れ出してしまうものなんだって。彼女と再会して強く思った」
「シオン……」
「だから、もう一度キミと夫婦としてやっていくつもりはない。僕は、彼女との間に〝真実の愛〟を見つけてしまったんだ」
――真実の愛。
それは、このアデリアがシオン以外の男との間に見つけたとかで、言ってた(クッサイ)台詞。
すっごい意趣返し。
ちょっと本気で笑いそうになった。
「キミと結婚してたこと、今なら感謝できるよ。おかげで、自分の気持ちに気づくことができた。人を愛するとはって、理解できるようになった。彼女への愛が本物だって、わかったんだ」
痛烈嫌味。
「そ、そんな……」
アデリアの顔が、紙よりも白くなっていく。ワナワナと全身が震え、何も言えなくなっていく。
「まあ、そういうことですの」
艶然と微笑む。わたしからの追撃。
「ですから、元奥様。ここから出ていってくださいな。ここは、お義父様のご寝室。お見舞いの場なので、あまり騒がしくしないでくださるとたすかりますわ」
トドメ。
訳:ここは家族の場なんだから、部外者が騒ぐんじゃないわよ。出てけ!
フラッと倒れかけたアデリア。
その体を、部屋に入ってきた従僕たちが受け止める。
「あちらの家に連絡してあげて。ずっと行方不明だった娘を心配していらしたからね」
トドメ、2。
シオンが従僕たちに命じた。
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けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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