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三、陽炎。 (かぎろひ。明け方、東方に見える光)
(二)
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「で? どうだったんだよ、ハヤブサ」
ノスリが身を乗り出す。
「なんか面白いもんとかあったのか?」
ボクが帰ってきた時から、ずっと聞きたかったこと。
「僕も聴きたい。東は、どんな所だったの?」
カリガネも同じ。二人して、「どうなの? どうなの?」と目を輝かせてこっちを見てくる。
「別に。普通だよ。ここと変わらず、木が生い茂って、山あいを川が流れて、鳥がいて、獣がいて……」
言って、手にした串の残りを全部口に入れる。香ばしく炙った肉は、とてもウマい。
「ちょっと変わったところだと、……そうだな。滝があった」
「滝?」
「うん。滝。大きいのから小さいのまで、いろんなのがあった。あと、崖。ものすごい切り立った崖がずっと続いてたりしてた」
滝や崖。別にこのあたりの山でも見られるものだけど、その数と大きさが桁違いだった。
ちょっと滑り落ちる程度の滝もあれば、大きく翼を広げたような形の滝もあった。崖は、崩れ落ちたとかいうのではなく、巨大な誰かによって斬り落とされたかのようだった。
山もいくえにも重なって、そこに生い茂る森は、まるで緑の波のよう。どれも、一つとして同じ形のものはなく、その先にある山は、緑ではなく、淡い藍色に染まっていた。そしてその藍色の山もまた、いくつもいくつも重なって、終わりなんてないかのようだった。
「あと、海を見た」
「海ぃっ!?」
「見たのっ!? 海、見たのっ!?」
二人の食いつきがすごかった。思わず、こっちの腰が引けるぐらい。
「間近で見たわけじゃないけど……」
手にした杯の水を飲む。
「遠くでさ、一面に青く広がる場所が見えて。父さんが言うにはあれが“海”なんだって」
大きな大きな、まるで天から落ちてきたような滝。その上空から見えたもの。
山からゆるやかに下る木々の緑の先、唐突に始まる青い場所。空と違う青さ。日ざしを浴びて、白く輝く細かな筋がいくつもきらめいていた。
「じゃあ、竜人族にも会えたの?」
海には、魚のウロコのような肌の竜人族が暮らす。
「いや。そこまで海に近づいたわけじゃないし、会ってないよ」
たとえ近づいたところで、竜人族に会えるのかどうか。彼らは、地中の土グモと同じで、人との関わりを避けるために、海の底深くで暮らしているという。鳥人の自分が行っても、会ってくれないかもしれない。
「その代わりに、〝カモメ〟っていう海の鳥に会った。彼らは海の魚を食べるんだって」
「海の……魚……」
「ウマいのかな?」
カリガネとノスリが顔を見合わせる。ボクらが普段食べているのは、アユやイワナなどの川の魚。今も、目の前にこんがり焼けたアユの串が器に盛られている。
「さあ。でも塩っぱくてウマいって、そのカモメは言ってた」
「塩っぱいのかあ」
「このアユだって、塩っぱいけどねえ」
何が違うんだろう。塩焼きのアユと、海の魚の違いがわからない。
「でもさ。どうして族長は、ハヤブサを連れてったんだろうね」
海に関する話題が途切れたところで、カリガネが言った。
「だよな。いつもなら、お一人でフラフラどっかに行っちまうのに」
そう。ノスリの言う通り、いつもなら「じゃ、後は任せた」って、父さんは一人で勝手に飛んでいってしまう。それを今回に限って、「ハヤブサも行くぞ」って無理やり誘ってきて、強引に連れて行かれた。
「知らない。ただ、『たまには親子水入らずで、話がしたい』とかなんとか言ってたけど」
――お前もいい年頃だ。誰にも打ち明けられない悩みの一つや二つ、あるだろう。ここなら誰もいない。父さんに話してみろ。さあさあ。
みたいなことを言っていた父さん。そして。
――泣きたいことがあるなら、この胸でお泣き。
みたいな訳のわからないことも言っていた。ここなら誰もいないから、二人だけだから、なんでも話せ、好きなだけ泣けと。
(何が〝いい年頃〟なんだよ)
誰にも打ち明けられない悩みって、泣き言って。
悩みも泣き言も、全部が全部アイツにつながっていくんだけど?
ふと料理から目を上げ、その悩みの元を見る。
器に盛られていた、最後のアユの塩焼きを掴んだそれ。大きな口を開けてかぶりつこうとしたところで、ボクと目が合い、食べるのをやめる。そしてそのまま「食べる?」みたいな目で、こっちへアユの塩焼きを差し出してきたけど。――食べたくって見てたわけじゃないぞ、ボクは。
「いらない」と首を横にふると、うれしそうにアユにかぶりついた。幸せそうに食べるその姿に、大きなため息が出る。
「ほら、こぼしてる。ちゃんと口拭け」
手近にあった布で、そのアユの皮のついた口元をぬぐってやる。それだけで、またニコッと笑うソイツ。
(コイツ、自分がボクの悩みの元凶だって気づいてないんだろうな)
この七年間、ボクがどれだけ悩んできたかも。
ノスリが身を乗り出す。
「なんか面白いもんとかあったのか?」
ボクが帰ってきた時から、ずっと聞きたかったこと。
「僕も聴きたい。東は、どんな所だったの?」
カリガネも同じ。二人して、「どうなの? どうなの?」と目を輝かせてこっちを見てくる。
「別に。普通だよ。ここと変わらず、木が生い茂って、山あいを川が流れて、鳥がいて、獣がいて……」
言って、手にした串の残りを全部口に入れる。香ばしく炙った肉は、とてもウマい。
「ちょっと変わったところだと、……そうだな。滝があった」
「滝?」
「うん。滝。大きいのから小さいのまで、いろんなのがあった。あと、崖。ものすごい切り立った崖がずっと続いてたりしてた」
滝や崖。別にこのあたりの山でも見られるものだけど、その数と大きさが桁違いだった。
ちょっと滑り落ちる程度の滝もあれば、大きく翼を広げたような形の滝もあった。崖は、崩れ落ちたとかいうのではなく、巨大な誰かによって斬り落とされたかのようだった。
山もいくえにも重なって、そこに生い茂る森は、まるで緑の波のよう。どれも、一つとして同じ形のものはなく、その先にある山は、緑ではなく、淡い藍色に染まっていた。そしてその藍色の山もまた、いくつもいくつも重なって、終わりなんてないかのようだった。
「あと、海を見た」
「海ぃっ!?」
「見たのっ!? 海、見たのっ!?」
二人の食いつきがすごかった。思わず、こっちの腰が引けるぐらい。
「間近で見たわけじゃないけど……」
手にした杯の水を飲む。
「遠くでさ、一面に青く広がる場所が見えて。父さんが言うにはあれが“海”なんだって」
大きな大きな、まるで天から落ちてきたような滝。その上空から見えたもの。
山からゆるやかに下る木々の緑の先、唐突に始まる青い場所。空と違う青さ。日ざしを浴びて、白く輝く細かな筋がいくつもきらめいていた。
「じゃあ、竜人族にも会えたの?」
海には、魚のウロコのような肌の竜人族が暮らす。
「いや。そこまで海に近づいたわけじゃないし、会ってないよ」
たとえ近づいたところで、竜人族に会えるのかどうか。彼らは、地中の土グモと同じで、人との関わりを避けるために、海の底深くで暮らしているという。鳥人の自分が行っても、会ってくれないかもしれない。
「その代わりに、〝カモメ〟っていう海の鳥に会った。彼らは海の魚を食べるんだって」
「海の……魚……」
「ウマいのかな?」
カリガネとノスリが顔を見合わせる。ボクらが普段食べているのは、アユやイワナなどの川の魚。今も、目の前にこんがり焼けたアユの串が器に盛られている。
「さあ。でも塩っぱくてウマいって、そのカモメは言ってた」
「塩っぱいのかあ」
「このアユだって、塩っぱいけどねえ」
何が違うんだろう。塩焼きのアユと、海の魚の違いがわからない。
「でもさ。どうして族長は、ハヤブサを連れてったんだろうね」
海に関する話題が途切れたところで、カリガネが言った。
「だよな。いつもなら、お一人でフラフラどっかに行っちまうのに」
そう。ノスリの言う通り、いつもなら「じゃ、後は任せた」って、父さんは一人で勝手に飛んでいってしまう。それを今回に限って、「ハヤブサも行くぞ」って無理やり誘ってきて、強引に連れて行かれた。
「知らない。ただ、『たまには親子水入らずで、話がしたい』とかなんとか言ってたけど」
――お前もいい年頃だ。誰にも打ち明けられない悩みの一つや二つ、あるだろう。ここなら誰もいない。父さんに話してみろ。さあさあ。
みたいなことを言っていた父さん。そして。
――泣きたいことがあるなら、この胸でお泣き。
みたいな訳のわからないことも言っていた。ここなら誰もいないから、二人だけだから、なんでも話せ、好きなだけ泣けと。
(何が〝いい年頃〟なんだよ)
誰にも打ち明けられない悩みって、泣き言って。
悩みも泣き言も、全部が全部アイツにつながっていくんだけど?
ふと料理から目を上げ、その悩みの元を見る。
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「いらない」と首を横にふると、うれしそうにアユにかぶりついた。幸せそうに食べるその姿に、大きなため息が出る。
「ほら、こぼしてる。ちゃんと口拭け」
手近にあった布で、そのアユの皮のついた口元をぬぐってやる。それだけで、またニコッと笑うソイツ。
(コイツ、自分がボクの悩みの元凶だって気づいてないんだろうな)
この七年間、ボクがどれだけ悩んできたかも。
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