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拵え物の馬を駆る

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 本来、彼ら騎士団は昼を過ぎた辺りに出立する事で日が完全に沈む頃には王都に到着する予定だった。

 しかし、スタークたちが遅刻した事も手合わせに時間を取られた事も、そして小休止を取った事も相まってか今日中に王都へ帰還する事は不可能だと判断したクラリアは、道中の農村で一夜を明かす事を決める。

 街道からは少し逸れてしまうが、それでも少女たちを野宿させるよりはいいだろうと考えての事だった。

 その後、副団長のリゼットと一番隊隊長のハキムを殿として縦二列に並んだ三十人の騎士たちの先頭を行くクラリアの両脇を固めるように模型馬《もけいば》を駆っていた双子のうち、ふと何かに気がついたスタークが──。

「……そういや、あの処刑人は一緒じゃねぇんだな」

「処刑人? あぁ、セリシア殿の事か」

 そんな三十人の騎士たちの中に、あの時イザイアスを殺めた処刑人の姿がない事について言及すると、クラリアは首をかしげた後、要領を得たように頷く。

「彼女ならイザイアスの処刑が終わった後、次の処刑依頼の発注先である美食国家に向かった。 少しは休んだ方がいいと言ったんだが……頭の下がる思いだよ」

「……そう、か」

 どうやら、イザイアスの遺体や処刑用の装具の後始末、或いはクラリアの【光斬《スラッシュ》】で破壊された石畳の修繕を手伝った後、彼女は美食国家たる南ルペラシオからの依頼を遂行する為に町を出ていたらしく、クラリアはセリシアを心から尊敬しているようだった。

 とはいえ、そんなセリシアが並び立つ者たちシークエンスの序列三位──元魔族だと知っているスタークとしては。

(この感じだと……知らねぇんだろうな)

 おそらく、クラリアは何も知らないまま純粋に彼女を尊敬してしまっているのだろうと推測し、何とも微妙な反応しか返す事ができないでいたのだった。

 その一方、特に会話に入ろうとしないフェアトは何やら馬に揺られたまま手元に視線を落としている。

(美食国家って事は──南だよね。 えーと……)

 されど、クラリアと姉の会話を聞いてはいたらしく処刑人の現在地を確認せんとしているのか、その細い指を地図に──いや、序列一位《アストリット》からもらったメモに這わせてセリシアについての記述を探していたようで。

(……あった、ちゃんと)

 最初にもらった時は現在地が『港町ヒュティカ』となっていた筈の記述が、どういうわけか『魔導国家と美食国家の国境』となっていたものの、それに対してフェアトは特に驚きを露わにしたりはしなかった。

 あらかじめ、このメモにどういった力が込められており、どういった役割を果たすかを聞いていたから。

 このメモを書き記したアストリットが言うには『単なる【探《サーチ》】の応用だよ』との事だったが、ある程度の魔法の知識を持つ筈のフェアトにも全く理解できず。

 もちろん、スタークに関しては言うまでもない。

 やはり、序列一位は伊達じゃないな──と、フェアトが若干の悔しさや諦めとともに溜息をこぼした時。

「……そうだ、この機会に私も君たちに一つ確認したい事があるんだが……構わないだろうか」

「え? あぁ、まぁ……内容にもよりますけど」

「ありがとう。 では、君たち二人が──」

 クラリアが両脇を馬で駆る双子を交互に見遣ってから、『答えられないならそれでもいい』と前置きしたうえで尋ねると、フェアトは一旦姉と顔を見合わせてから先を促し、それを受けたクラリアは頷いて──。


「勇者と聖女の娘だというのは──本当か?」

「「!!」」

「……本当、なのだな。 では、あの時の聖女様が生きておられるというのも嘘や冗談ではなかったか……」


 フルールから聞いていた双子の正体について問いかけると、スタークもフェアトも双子らしい息ピッタリな反応を見せた事で、クラリアは全てを察した。

 無論、尊敬する六花の魔女の言葉を疑っていたわけではないが、『勇者と聖女の死』は地母神ウムアルマの神託も相まって全人類が周知する事であった為、到底信じられるようなものではなかったのである。


 教導国家、聖レイティアを除けば──だが。


「……誰からそれを──ってのは聞くまでもねぇか」

「あぁ、フルール殿が教えてくれた。 だが安心してほしい、この事は騎士団の誰にも明かしてはいない」

 一瞬、真紅の瞳を据わらせて、クラリア以外の騎士たちにまで伝わるほどの覇気を放ったスタークだったが、よくよく考えなくともフルールが話したのだろうと分かり、その覇気を解いたタイミングでクラリアもそれを悟って肯定しつつ、あらかじめ『他言無用』とフルールから言われていた事を明かしてみせた。

「あの、クラリアさんは──」

「うん? 何かな」

 そんな中、母であるレイティアがどうとか先生であるフルールがどうとかはともかく、フェアトは別の事が気になっていたようで、おずおずと声をかける。


「勇者に──というか、お父さんに会った事が?」

「……あぁ、ある。 といっても一度だけだが──」


 どうやら、フェアトは一度も顔を見た事のない父親の勇者ディーリヒトについて聞きたかったようで、彼女が『あの時の聖女』と口にした為に勇者にも出会った事があるのではと尋ねると、それは正解だったらしく彼女は懐かしむように目を細めつつ語り出した。


 ──それは、およそ十六年以上前の出来事。

 かつて、この魔導国家を魔族の軍勢が攻め入ってきた時、当時は一団員にすぎなかったクラリアではあったが、それでも他の騎士たちに劣らぬほどの剣術や魔法を持って次から次へと有象無象の魔族たちを迎撃。

 すでに騎士となっていたリゼットやハキムとも力を合わせて魔族を殲滅し、ようやく終わったかと肩の力を緩めた瞬間、背後から異常なほどの魔力を感じる。


 そこにいたのは、血塗られた凶暴な顔立ちの犬を模した仮面を被った小柄な少年──のような魔族。


 並び立つ者たちシークエンスの序列二十位、トレヴォンだった。


 彼は、その犬の仮面にぴったりな犬の形をした様々な魔法を操り、つい先程まで彼女たちがそうしてきたように次から次へと騎士たちを食い荒らしていく。

 ここまでか──と、まだ未熟だったクラリアが諦めかけていた時、突如として戦場に現れたのが勇者ディーリヒトと聖女レイティア、仲間たちの三人だった。

 彼らは騎士たちなど及びようもないほどの強さと連携を持ってトレヴォンの魔法を下し、あれだけ騎士たちを殺めた彼を一刀の下に斬り捨ててみせたという。

「その強さも然る事ながら、たった一人の騎士の命すら見捨てない──まさに人類の希望の象徴だったよ」

「そう、ですか……」

 そんな勇者たちの活躍を間近で見ていた彼女は、これでもかというほどに彼らに憧れと尊敬の念を今でも抱いており、それを聞いたフェアトは両親を褒められ嬉しそうにする一方で──とある懸念を抱いていた。


(トレヴォン、って確か──あぁ、やっぱり……)


 そう、クラリアの話にでてきた魔族の事である。


 並び立つ者たちシークエンスの序列二十位、トレヴォンといえばアストリットのメモに『東ルペラシオ全域に出没の可能性あり』と記されていた──いや、記されている魔族であり、つまりは今この瞬間に出没しても不思議ではないのでは、とフェアトは思わず辺りを見渡す。


 ……が、どうやら今は大丈夫なようだ。


「その時には君たちの母親もいた。 少しだが会話もしたよ。 あの方には感謝の言葉しかないが……どこか儚げな雰囲気を漂わせる不思議な女性だったな」

 そんな警戒心を剥き出しにするフェアトをよそにクラリアは、かつて話した事のある流麗な聖女を脳裏に浮かべつつ、今なお消えぬ感謝の想いを口にする。

 何を隠そう、その戦いでの死傷者をゼロにしてみせた者こそが──聖女レイティアその人だったから。

「……儚げ……? まぁ、よく分からんが──」

 尤も、スタークにとっては『圧倒的な力を持つ光の使い手』という印象の方が強い事もあり、疑問符を頭に浮かべたまま仰向けに寝転がり目を閉じようと。


 ──した、その時。


「──っだ、団長!! 前方をご覧に!!」

「ん? どうし──た……?」


 突如、後ろの方から騎士の一人が大きく叫んだかと思えば、それに追随するように他の騎士たちも、そしてリゼットやハキムでさえも表情を驚愕の色に染めていた為、振り返っていたクラリアが前を向くと──。


 これより、クラリアを始めとした三十二人の騎手が向かおうとしていた農村“レコロ村”がある方角から。


「──何だ、あの黒煙は……!!」


 深淵と見紛うほどの昏い闇の底を焦がしているような黒煙が、ごうごうと風に揺られて立ち昇っている。


 ──が、しかし。


 その時、双子は全く別の事を気にかけていた。


 心なしか、フェアトの左手に四つほど嵌まっている指輪と、スタークの腰に差さっている半透明の剣が。


 カタカタ、と反応を示していたように感じたから。
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