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趣味の最中に

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 ミュレイトとの緊迫感を漂わせる対話の後、『皆を手伝わなきゃいけないから』と観光組合の受付で被害者の身元を特定していた冒険者と合流したアルシェと別れた双子は、とある宿泊施設《ホテル》で一夜を明かす事に。

 シュパース諸島にある宿泊施設《ホテル》の殆どは観光組合と提携しているらしかったが、ごく一部の小さな宿は組合と関係のない個人の営業で成り立っているようで。

 ミュレイトを始めとした観光組合を全く信用できない双子は、そちらに類する宿を探して泊まっており。

 キルファと別れる前に分けてもらった魚介を食べる事で、その宿で提供される食事を固辞した後、安価な宿泊費相応のベッドで寛いでいた双子だったが──。

「姉さん」

「ん?」

「どうしてあんな約束を勝手に?」

「あぁ、それか……お前は勝手にっつーけどなぁ」

 若干ではあるものの責めるような口調で、フェアトが明日の予定についてを問い詰めるが如く冷めた視線を向けたところ、スタークはスタークで言いたい事があったらしく比べものにならない鋭い視線を見せる。

「まどろっこしいんだよ、お前ら。 あの時あたしが話をそっちに持ってかなかったら──どうなってた?」

「どうって……それは、もう少し話を聞いて──」

 あまり長い話だと自分が理解しきれない──という情けない事実を差し引いても、アルシェたちの話の詰め方は随分と遠回しなように感じていたようで、それを受けた妹は自分なりの言い分を口にせんとしたが。

「それが! まどろっこしいって言ってんだよ」

「……」

 もう少し話を聞いて──その判断こそが、まどろっこしいのだと低い声音で告げてきた姉に対して、これといって動じはせずとも思うところはあったらしく。

「……分かりましたよ。 それで、どうするんです? その地底湖とやらに続く道には間違いなく魔族の力が充満してる筈ですよ。 私ならともかく姉さんでは──」

 深い溜息をこぼしつつではあるものの、スタークの言う事にも一理あると踏んだフェアトが納得したように頷いてから、『そこまで言うなら妙案があるんですよね』と苛立ちとともに更なる意見を求めんとする。

「【治《キュア》】だったか? それをこいつらが使えばいいだけの話じゃねぇか。 なぁ、そうだろ? パイク、シルド」

『……りゅあぁ』

『りゅ~……?』

 すると、スタークは自分の中にある【治《キュア》】の知識を引っ張り出したうえで、すでに微睡んでいたパイクたちを指で弾《はじ》きながら声をかけており、それによって眠気が飛んでしまったパイクたちは普段の快活さなど微塵も見えない様子で返答せざるを得ないようだった。

 もちろん、スタークの馬鹿力で弾《はじ》くと間違いなく砕けてしまう為、全力で手加減していたようだが──。

(大丈夫なのかな、こんな緩い感じで……)

 そんな姉と二体の神晶竜の頼りないやりとりと見ていたフェアトは、いかにも不安を拭いきれないといった具合に再び浅くない溜息をこぼしてしまっていた。

 とはいえ、こういう雰囲気こそが姉らしいというのもまた事実であるがゆえに、ふるふると首を振って。

「まぁ、あの鮫だの蛸だの烏賊だのって魔物たちの事も気になりますけど……とりあえず明日次第ですね」

「……」

「……姉さん? どうしました?」

 どうにか気を取り直す事に成功したフェアトが、あの砂浜に出没した三匹の凶悪な魔物についてを言及したうえで、ひとまずは明日の行動によって自分たちの今後が決まる──そんな当然の事を確認しようとするも、どういうわけか姉からの返答がない事に気づく。

 そうして妹に声をかけられてからも少しの沈黙を貫いていたスタークだったが、その数秒後に顔を上げ。

「──……釣りがしてぇ」

「……釣りがしてぇ?」

「あぁ」

 何の前触れもなく、もちろん一切の繋がりもない突然の『釣りがしたい』と曰う姉に、フェアトは呆気に取られて思わず全く同じ文言で聞き返してしまった。

「い、今からですか? もう、すっかり夜ですけど」

 そして、それを自覚した彼女は気恥ずかしそうに首をぶんぶんと振りつつ、こんな時間から釣りに向かう意味を問う為に、すっかり暗くなった窓の外を見る。

 まぁ、たとえ夜でなかったとしても自分たちが置かれている状況を鑑みれば充分におかしいのだが──。

「お前が鮫だの蛸だの烏賊だのとか言うからじゃねぇか。 よく考えりゃ、こっちに来てから一回もしてねぇんだ。 それに夜釣りの方が好きだってのもあるしな」

「は、はぁ……そうですか。 まぁいいですけど」

 しかし、さも当然だというように語る姉の声色は明らかに譲るつもりはなさそうで、それを長年の付き合いから察せていたフェアトは諦めて溜息をこぼした。

「あぁでも、あの砂浜《ビーチ》は駄目ですよ? アルシェさんが他の冒険者に頼んでた見張り、まだ続けてるみたいですし。 どう考えても邪魔にしかならないですからね」

「わーったよ」

 ただ、フェアトとしても姉の自由すぎる行動の一切を黙認するわけにはいかない為、先の騒ぎが発生した砂浜には絶対に向かわないという事だけは約束させ。

「っし。 じゃあ行くか、パイク」

『……りゅ?』

 その後、話を終えたスタークがベッドから立ち上がって着替えつつ、どう見ても眠そうなパイクに対して同行を求めるも、どう見てもパイクは乗り気でない。

 パイクとしては別に釣りなどしたくもないし、おまけにお腹もいっぱいで眠いのだから仕方ないだろう。

「『りゅ?』じゃねぇよ、お前も来い。 で、擬似餌《ルアー》つきの釣り竿になれ。 あたしの力じゃ普通の釣り竿は一回と持たねぇが、お前が化けたもんなら大丈夫だろ」

 しかし、そこで有無を言わせないのがスタークであり、どうやら普通の釣り竿自体は趣味の一つとして持ってきていたようだが、それでも始神晶製の釣り竿の方がいいに決まってると判断して首根っこを掴み、まるで猫のような姿勢で持ち上げられたパイクは──。

『……りゅあぁ……』

 諦めて、スタークの趣味に付き合う事にした。

「明け方までには戻ってきてくださいね?」

「あぁ、なるべくな」

『りゅう……』

 そのやりとりを見て『時間をかけて、しっかりやるんだろうな』と予想したフェアトが遅くなりすぎないようにと釘を刺すと、スタークは踵を返しつつ片手をヒラヒラと振って部屋を後にし、パイクも後に続く。

「……どこまで自由人なんだろうね、あの人は」

『りゅ~……りゅ~……?』

 そんな姉コンビを見送ったフェアトは、ころんとベッドにうつ伏せで寝転がりつつ完全に眠りについていたシルドを見ながら呟き、その言葉に反応したのかしていないのか、シルドは疑問系の寝息を立てていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 それから、いかにも頑丈そうな半透明の釣り竿と化したパイクを担いだスタークは、あの砂浜とは全く別の方向にある人気《ひとけ》のない岩場に座り込んでおり──。


 ──いよいよ釣りを始めるのかと思いきや。


「──……さて、無事に抜け出せたな」

『りゅ……?』

 釣り竿もそのままに座り込んで立とうともしないスタークが口にした、どう考えても釣りが主目的ではなさそうな発言に、パイクは訝しげな鳴き声を上げる。

 すると、スタークは『ん?』と首をかしげつつ海から自分が肩に担いだ釣り竿に視線を移しながら──。

「何だ? まさか本当に釣りする為だけに出てきたと思ってんのか? そりゃ夜釣りだって嫌いじゃねぇがよ」

『りゅー……りゅう?』

「じゃあ何で釣り竿に化けさせたのか、ってとこか」

 お前なら分かると思ったんだがな──そう口にしてきた事で、ある程度の事情を察して『釣り竿に変化させたのは何故?』と問うたところ、スタークはパイクの鳴き声に込められた意味を即座に悟って語り出す。

「釣りが趣味だってのはマジなんだ。 だから本当に釣りはする──まぁ、これからする事のついでにだが」

『……りゅー?』

 あの辺境の地にいた頃、師匠であるキルファに『修行の息抜きにも肉体の制御にもなるだろ?』と教えてもらって以降、彼女自身の趣味にもなったのだと明かしつつ、それをついでとして別にする事があると告げた事で、パイクは『する事?』的な鳴き声を出した。

「あぁ、する事ってのぁ──」

 それを受けたスタークは、こくりと首を縦に振りながら緩慢な動きで立ち上がり、どういう意図があるかは分からないが大きく息を吸い始めた──その瞬間。


「……わざわざ叫ぼうとしなくていいよ、スターク」

『──りゅあっ!?』

「……やっぱ聞こえてたか」


 突如、一人と一体の背後から聞こえてきた幼い女声に、パイクが以前に一度だけ感じた事のある『絶対に敵わない存在』の気配を感じ取り一瞬で人一人を乗せられる大きさの竜の姿に戻る一方、スタークはその存在の出現を予想していたらしく全く動揺していない。

 もちろん、その存在の方も唐突に釣り竿から竜に変化したパイクの事など微塵も気にかけておらず──。

「もちろんだよ、ボクは全てを知ってる。 キミたち双子がボクの元同胞をも斃した事も、このシュパース諸島に着いてから三匹の魔物を討伐した事も──」

 虫も殺さぬような微笑みの表情を貼りつけて、かの港町で処刑された序列九位《イザイアス》を除いて双子が何体の元魔族を斃したかという事も、この島に到着してから奇妙な魔物たちを討伐したという事も知っていると曰い。

「そして、その事も含めて……ボクに聞きたい事がいくつもある──って事もね。 そうでしょ? スターク」

「あぁ、そういうこった。 悪ぃが拒否権はねぇぞ?」

 更には、どうして自分の事を呼び出そうとしたのかという事まで理解していたらしいのだが、それについてもスタークは特に驚きを露わにする事もなく、ゆっくりと背後を向く為に首を動かしてから笑みを湛え。


「──アストリット」

「ふふ、久しぶり」


 並び立つ者たちシークエンス、序列一位の名を口にした──。
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