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2巻

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   1 「お守り」という名の魔具 


 勇者様の恋物語は、私たち下々しもじもの者が読む小説『勇者物語』の大きな見せ場の一つになっています。
 ある勇者は、魔族にさらわれた姫と恋に落ちました。
 ある勇者は、固い絆で結ばれた幼馴染の少女と結ばれました。
 ある勇者は、仲間である女戦士と、またある勇者は、魔族に狙われ助けを求めてきた少女と。
 どの話にも共通しているのは、勇者様はひとたび恋に落ちると、どんな障害があっても乗り越え、ただひたすら一人だけを愛するということです。
 恋敵こいがたきが現われても、自分に懸想けそうする意地悪な姫が現われて無理難題を言おうとも、ただただ愛しい彼女だけを求めます。
 そんな一途な恋物語に、女性は誰もが憧れるのです。


 そして当代の勇者であるグリード様が選んだのは――容姿も十人並み、存在感もあってなきがごとしな、侍女A。
 平凡な、どこにでもいる女性。
 お話の中ではいつも、名前を呼ばれることがなく、「侍女たち」とくくられる、とりたてて個性のない、場のにぎやかし要員として配置されるだけの存在――
 勇者様が恋をしたのは、なぜかそんなモブキャラでした。


 ……ありえない。
 当の侍女Aこと私、アーリア・ミルフォードは思いました。
 私と勇者様が結婚? そんなのあり得ない。周囲のみんなが認めても、私自身が認められません。
 ええ、誰が何と言おうと絶対に……!
 けれど私の手首には、グリード様に贈られた腕輪が燦然さんぜんと輝いています。無理矢理はめられて、抜けなくなった婚約腕輪――いえ、お守りの腕輪です。
 このせいで私は周りから、「勇者の婚約者」と誤解されてしまったんです。結婚を承知した覚えなんてまるでないのに! これのせいで……!
 ……何とか外す方法はないものでしょうか。
 そう思いながら私は、自室を出て姫様の部屋に向かいました。


 侍女の朝は早いです。
 私は基本的に日勤で、あるじであるルイーゼ姫様が朝起きてから夜寝るまでのお世話をします。姫様が起きる前に夜勤の侍女から仕事の引継ぎをし、他の日勤の侍女たちと申し合わせをして、かつ姫様の着替え一式を用意しなければならないので、朝はのんびりしていられません。

「おはよう、アーリア」

 姫様のお部屋に向かう途中、侍女仲間のベリンダにばったり会い、話をしながら歩いていました。ベリンダの話題は主に、勇者グリード様と私の婚約です。

「結婚式には絶対に呼んでね! 私、エリューシオンへ一度行ってみたかったの!」

 ベリンダの中では、私がグリード様と結婚することがすでに決定しているようです。そして、結婚式をエリューシオンで挙げることも。
 これは皇子であるリュファス様とご婚約中の姫様がエリューシオンへお嫁に行かれる時に、私を連れて行くと言ったからでしょうけれど。それにしても、私はこの結婚に乗り気じゃないって何度も言ってるのに、どうしてベリンダがそう思い込めるのか不思議でなりません。

「私は結婚を承知した覚えは、これっぽっちもありませんが!」
「いいの、いいの。分かってるんだから。私は、あなたが勇者様と結ばれると確信しているの」
「いったい何の根拠があって、その確信とやらが……」
「結婚式はどんな風になるのかしらね。派手婚? 地味婚? あ、もしかすると姫様の式のどさくさに紛れて、気がついたらアーリアも勇者様と結婚式を挙げてた……なんて展開もあり得そう」
「ちょ、それ、シャレにならないから!」

 気づいたら結婚させられていたなんて……本当にそうなりそうで怖い!
 そんなことになる前に、一刻も早くこの腕輪を外してもらわなければ!
 私は決意を新たにしました。
 考えてみれば、お守りの腕輪など必要ないのです。この城には結界が張られているので魔族は入ってこられないし、人間の悪者が近寄ってきたとしても、城のみんなが守ってくれますから、何ら危険なことはありませんよね?
 先日は、「狙われている」という言葉にびびり、腕輪をはめておくことをつい承知してしまいましたが、城内でいつものように仕事をしていれば、危険な目に遭うことはほとんどありません。
 それに、この婚約騒動が落ち着けば、誰も私になど注目しなくなるだろうと思うのです。
 つまり私の結論は、身の安全のためにはむしろ、お守りがない方がいい、ということです。
 ……こうなったら、昼休憩の間に急いでグリード様に直談判じかだんぱんするしかありません。
 私が結婚を嫌がっていることを王様や宰相様たちには知られたくないので、なるべく城の人間がいないところで、かつグリード様と二人きりになることを避けられる場所で話し合わねば……
 私はそんなことを考えながら、王族や迎賓げいひんが居住する棟――私たちはそこを主居館パラスと呼んでいます――へと続く回廊に足を踏み入れました。が、回廊から見える中庭の一角にくだんの人物の姿を見つけ、思わず足を止めました。
 淡い金髪。白いシャツに、黒いズボン。そして腰に剣を下げたその人はまぎれもなく、勇者グリード様です。

「あれ、グリード様じゃない?」

 私の視線の先に気づいたベリンダが言いました。

「ええ。……あんなところで何をなさっているのでしょうか」

 そうなんです。グリード様は中庭にたたずんで、何やら空を見上げているのです。けれど、そこにはただ空があるだけでした。
 物思いにふけっているのだとしても、空を見上げる理由がせません。そういう時、普通はうつむくものですよね。となると……あれですか、猫が時々、じっと「くう」を見つめているようなものでしょうか。
 その時、ふと視線に気づいたらしいグリード様が、私たちの方を見ました。

「アーリア」

 無表情だった顔がふっとほころびます。それを見て隣のベリンダがポッと頬を赤らめました。……ベリンダったら婚約者がいるくせに、いいんですか?

「おはよう」

 にっこり笑いながら、足早にこちらへ向かってくるグリード様。

「勇者様の笑顔なんて、朝からいいもの見たわ。素敵な一日になりそうな予感がする」

 うっとりとつぶやくベリンダ。反対に私のほうは、嫌な一日になりそうな予感がするんですが……

「おはようございます、勇者様! あ、アーリア、私は先に行ってるから」

 ベリンダは元気に挨拶あいさつして、いきなりそんなことを言いだしました。
 気を遣っているつもりでしょうか。そんなのはいいから、ここにいて欲しいんですが。勇者様と二人きりにしないでぇ―――!
 と、いうようなことを目で訴えたのですが、ベリンダに思いは届かず、

「大丈夫、少しくらい遅れても。私が代わりに引継ぎしておくから」

 などと訳知り顔で言い、片目をパチンとつむって、去って行ってしまったのでした。
 後に残されたのは、回廊に佇む私と、こちらに歩いてくるグリード様のみ。
 ちょ、こんないつ人が通るか分からない微妙な場所で、二人きりにされても困るんですけど!?
 ……けれど、考えてみれば、これはいい機会なのかもしれません。
 幸か不幸か、ここには今、グリード様と私しかいませんもの。腕輪を外してほしいと直談判じかだんぱんする絶好のチャンスです。

「あの、グリード様!」

 私は回廊から中庭に一歩踏み出し、声をかけました。

「この腕輪のことなんですけど!」

 そう言いながら左腕を上げた時のことでした――
 いきなり、ぐいっとものすごい力で腕を引っ張られたのです。
 かしぐ私の体。
 え? と思う間もなく足が浮きあがり――自分の体が猛スピードでグリード様のもとへ突っ込んでいきました。

「ななななな―――!?」

 ぐいっと引っ張られざまに思いっきり放り投げられた、そんな感じです。
 そしてそのままグリード様に衝突――するかと思いきや、私はグリード様の腕の中に抱きとめられたのでした。
 ……これはいったい何事?
 私は何が起こったのか分からず、呆然ぼうぜんとしていました。
 確かにグリード様はこっちに近づいてこようとしていましたし、実際ほんのすぐそばまで来ていたのです。けれど、どんなに手を伸ばしても届く距離ではありませんでした。もしかすると今のこの状況のように抱き締めようとしていたのかもしれませんが、物理的に無理でした。なのに、グリード様の意思を反映するかのように何か強い力によって引っ張られ、私はグリード様の腕の中へダイブしていったのです。

「アーリア、どうしたの!?」

 私の叫びを聞きつけたのでしょう、ベリンダがすっ飛んで戻ってきました。が、グリード様の腕の中にいる私を見ると、あらあらまぁまぁ、と言わんばかりの表情になって言うのでした。

「もう、朝から熱い抱擁ほうようを交わしちゃって。ラブラブなんだからぁ」
「え? ちょ、これは違いますよ!」

 私は慌ててグリード様の腕の中から抜けだしました。

「あら、照れなくてもいいのよ。でも、こんなところで抱き合うのはさすがにマズイと思うわ。公共の場なんだし。そういうのは自室でやらないと」
「だから違いますって!」
「じゃあ、今度こそ先に行ってるね。お二人さん、ほどほどにね」
「だから人の話を聞け――!」

 けれどベリンダは、わざとかと思うくらいに私の言葉を綺麗にスルーして、ふたたび行ってしまったのでした。
 またしても後に残されたのは、訳も分からず気まずい思いをしている私と、相変わらずにこにこ笑って私を見ているグリード様。
 自分から飛び込んでいったなんて思われたくない私は、とりあえず腕輪の件は保留にして、この不思議な現象についてたずねることにしました。

「グリード様、今何かやりましたか?」

 どう考えても、変な力が働いてましたよね? だって明らかに引っ張られましたもの!
 けれどグリード様は首を横に振ります。

「いえ、何もやってません。今のは腕輪の力によるものです」
「う、腕輪?」
「そうです」

 いえ、にっこり笑って「そうです」じゃなくてですねっ!

「腕輪の力って、何ですかっ!」

 私は思わずグリード様に詰め寄っておりました。

「婚約腕輪ならぬ、お守りじゃなかったんですか!」

 ですが、そう言いながらふと思い出したのです。グリード様がこの腕輪を私にはめた時に言っていたことを。

『魔具です。お守りがわりですよ』

 ……そうでした。お守りの名を借りた魔具でした、これは。
 魔具とは魔法を封じ込めたものですから、変な力を有していてもおかしくないのです。おかしくはないのですが……

「そういうのは最初から説明しておいて下さいよ!」

 いきなり魔法の力が顕現けんげんするなんて怖すぎるでしょう!? 身につけているのは私ですよ!
 このまったく訳分からん力はいったい何? 説明しろ――!

「これは、腕輪にかけられた『祝福』の魔法で……」

 とグリード様が口を開くと同時に、ベリンダが去って行った方角――つまり主居館パラスの方から声が聞こえました。声の感じからいって、夜勤あがりの女官か侍女でしょう。

「あー、ようやく夜勤が終わったわ」
「やっぱり一晩中はキツイわね。早く寝ようっと」

 私は思わずゲッとつぶやいてしまいました。
 こんなところを見られたら、何を噂されるかわかったもんじゃありません。仕事をサボってイチャイチャしているなんて言われたら、泣くに泣けませんよ。
 ……実は、勇者様と縁を結びたがっている王様や宰相様の手前、表立って言う人はあまりいませんが、私をやっかんだり、よく思っていない人は大勢いるんです。特に女性、中でも容姿に自信ありの女性たちです。
 そんな人たちにこんなところを見られでもしたら、何を言われることやら……
 とりあえずここは逃げるべし、です。

「グリード様。私は仕事があるので失礼します。また後で伺わせていただきますね!」

 私はそう言って、サッとグリード様から離れました。話を中断して申し訳ないですが、保身に走らせていただきます。職場環境は大事ですので!
 そして私は、グリード様に引き止める隙どころか何か言う間も与えず、そのまま走り去ったのでした。

「いってらっしゃい。また後で」

 ――そんな言葉が背中にかかった気もするのですが、定かではありません。


 足早に姫様のお部屋に向かいながら、私はふと思いました。
 ……そういえば、グリード様はあんな人気ひとけの少ない中庭で朝早くから何をしていたのでしょう。



   2 死が二人を分かつまで


 グリード様にはめられた婚約腕輪は、実はまじないの腕輪でした――
 その呪い、いえ祝福の魔法の効果に比べたら、抜こうとしても抜けない仕組みになっていることなど可愛いものです。


 腕輪に込められた効果とやらを私が知ったのは――いえいえ思い知らされたのは、その日の昼のことでした。
 私は昼休みの時間を利用して、グリード様の部屋に向かったのです。勇者の婚約者へと強制的にジョブチェンジさせられたこと、腕輪が外せないこと、そして今朝の不思議な現象について、抗議するつもりでした。
 向かった先は、グリード様専用に整えられた私室ではありません。いくら私でも、同じ間違いを二度も犯しませんよ。
 この時の私は、勇者様ご一行が気兼ねなく集まれるようにと与えられた居間に向かっていたのです。
 侍女たるもの、どんな場合も礼儀を忘れるわけにはいきませんから、飛び込んでいきたい気持ちをグッと抑えて、居間の扉を控えめにノックしました。

「どうぞ」

 中から聞こえたのはグリード様の声です。どうやら、ここにいることは確かなようです。

「失礼します」

 私はお腹にぐっと力を入れ、臨戦態勢で足を踏み入れました。


 姫様付きの侍女である私が普段入ることのない場所です。国の賓客である勇者様たちに与えられた居間は、さすがに広くて豪華でした。大きな大理石のテーブルが中央に置かれ、部屋の至る所に備え付けられているソファは一目で最高級品と分かるものです。ワゴンに置かれた茶器セットは言うに及ばず。……あれでお茶をれたら私、きっと手が震えますね。
 おっと、思わず趣味であるお茶のワゴンに先に目がいってしまいましたが、目的は居間でもお茶セットでもありません。グリード様です。
 そのグリード様は窓ガラスの前に立っておられました。けれど部屋にいたのは彼一人ではありません。他にも、魔法使いでエリューシオンの皇子でもあるリュファス様、そして女戦士であるファラ様がいて、ソファに座っていらしたのです。
 ですが、この時の私の目に映っていたのはグリード様だけでした。
 もちろん、色気や甘酸っぱい理由からではありません。標的の確認というか、照準合わせ的な、非常に好戦的な理由からでございます。

「グリード様!」

 私は挨拶あいさつもそこそこに、ズカズカと迫りました。

「今朝のアレはなんですか? 説明して下さい! ていうかこの腕輪、できれば外してもらえませんかね? それが無理なら、せめて右腕に着けかえて下さい! 魔具なら左腕でなくて右腕でもいいはずですよね!?」

 畳み掛けるように言いながら、左手首をかかげてグリード様に近づいた時のことでした――それがふたたび起こったのは。
 グリード様との距離が三メートルほどに縮まった途端の出来事でした。
 今朝と同じように、腕輪をつけたほうの手首が何かの力にぐいっと引かれて、体勢が崩れた、と思ったら足が浮いていたのです。
 浮いて、そのまま私の体は奇妙な引力に引っ張られて――気づいたら、グリード様の胸の中に飛び込んでおりました。
 やっぱり今朝のあれは気のせいでも何でもなかったのです!
 ――ところで皆様。胸に飛び込む、と聞いてどんな光景を思い浮かべていますか?
 ふわりと体が浮き、ふよーんと移動して、グリード様の胸に行き着いた?
 ……いえいえ、とんでもない!
 たとえとして効果音を挙げてみるならば、「ビッターン」という感じでしょうか。足が浮いたと思ったら、そのまま弾丸のように勇者様の方に飛ばされていたんですよ! ビッターンって!
 まるで磁石のように!
 これにはリュファス様もファラ様もびっくり仰天しておられました。リュファス様なんて、完全にソファから立ち上がってます。でも一番驚いたのは、私本人です。驚きを通り越してほうけてしまい、どことなく満足気な様子の勇者様の腕の中でポカーンとしておりました。
 それにしても、さすが勇者様。朝もそうでしたが、私が文字通り胸にダイブしてもビクともしませんでした。ビッターンなのに。筋肉すごいみたいです。細マッチョなんでしょうか。まぁ、予想して待ち構えていたから、というのもあるでしょうけど。
 って、問題はそうじゃなくて! いえ、それもあるけど!
 いったい、今の現象は何なのでしょうか!? 察するに恐らく、いや十中八九、腕輪のせいのようですけど!

「うむ……」

 呆然ぼうぜんとする私をよそに、驚きの衝撃から立ち直ったご様子のファラ様が首をかしげておっしゃいました。

「私はこういう色恋沙汰に縁がないのでよくは知らないが……昨今の婚約腕輪にはずいぶん面白い仕掛けがしてあるものだな」
「そんな訳あるか」

 すかさずそうツッコんだのは――なんとリュファス様でした。私が内心でツッコミをする間もないほどの早業はやわざでございました。

「婚約腕輪に、こんな魔法が封じ込められている訳がない!」
「そうか、これは特殊なのか。ということは、リュファスが姫に贈ろうとしている婚約腕輪にも、そんな機能はない訳だな?」
「当たり前だ!」

 今、私の目の前ではどうやら、ファラ様とリュファス様のボケとツッコミが展開されているようです。
 ……何か悔しい気がします。そこはかとなく負けたような……。何なのでしょうか、この敗北感は。
 それにしても、女戦士のファラ様……実は天然ですね? 「私はこういう色恋沙汰に縁がないのでよくは知らないが」っていうさっきの台詞、わざとでも冗談でもなく、本気で言ってましたよね?
 美人で強くて、でも天然だなんて……なんて美味しいキャラなのでしょう!
 勇者様はじめ、見目みめうるわしい方々揃いのご一行様。もちろんファラ様も美貌びぼうの持ち主です。
 すっと通った鼻筋に、長い睫毛、流れるような黄金の髪に、切れ長で青灰色せいかいしょくの目を持つ麗人。
 落ち着きのある雰囲気と、その言葉遣いとがあいまって、非常に中性的な印象を与えるお方です。要するに凛々りりしいのです。
 勇者様のお仲間になる前は、セルフィダという北方の国で騎士をしていらしたとのことで、城内では武装を解かれるグリード様と違い、常にアーマー姿のファラ様。寝る時以外はよろいをまとっていることが常だったので、鎧なしでは落ち着かないとか仰っておられましたっけ。
 そのくすんだ金色の甲冑かっちゅうを身につけて颯爽さっそうと歩く姿は、女性と分かっていても見惚みとれてしまうほどです。だからでしょうか、実は侍女たちにとても人気が高いのです。
 天然であることが知れ渡ったとしても、「キャー。素敵、可愛い!」って感じで受け入れられるでしょう。おそらく熱烈に。

「今のはレナスの神聖魔法だ。私は神聖魔法については専門外だが……『祝福』の一種だと思う」

 リュファス様はそう言って、私を抱きとめたままのグリード様に、うろんなまなざしを向けました。

「その腕輪にレナスの『祝福』を授けさせたな、グリード」
「ええ」

 と、あっさりうなずくグリード様。

ついの腕輪ですから、神官の『祝福』はつきものでしょう?」

『祝福』とは、神官たちが儀式の時などに使うまじないの一種です。その効力は、神官の力量によって異なります。
 例えば、「無事に目的地まで着けますように」と神官が『祝福』を授けたとしましょう。
 あまり力のない神官によるものだったら、効果は気休め程度にしかなりません。ないよりはマシという程度のものです。 
 ところが、力のある神官が授けた『祝福』ならば、無事に目的地へたどり着く確率がぐんと上がります。盗賊や魔物に遭遇そうぐうしてしまう「エンカウント率」が大幅に下がるのです。
 レナス様は勇者様ご一行の旅に同行するくらいですから、もちろん力のある神官なのでしょう。そのレナス様が与える『祝福』とは――
 強力なものであることは、訊かなくても分かります。ええ、分かりますとも。
 分からないのは――この意味不明な『祝福』の効果です! なんじゃこりゃ、って感じですよ!

「その『祝福』に何か意味はあるのか?」

 私がたずねたかったことを、リュファス様が口に出されます。

「レナスの神聖魔法だけじゃなく、何か手を加えただろう。お前の魔力が混じってる」
「『死が二人を分かつまで』って、いい言葉ですよね」

 グリード様はリュファス様の質問には答えず、私を見下ろして微笑みながらそう言うと、次はリュファス様に視線を向けました。
 その時には、笑顔はきれいさっぱりなくなっていました。

「この仕掛けは必要なものです」

 淡々とした口調。何の感情もうかがい知ることのできない、あのガラスのような目をリュファス様に向けて、グリード様は言葉を続けます。

「いつかは分かりません。ですが、コレが必要になる時がきます」
「【天啓てんけい】か……?」

 眉をひそめるリュファス様。

「そうです」 

 私には、お二人が何を言っているのか理解不能でした。
 天啓。恐らくスキルのことだと思いますが、どういうスキルかは不明です。多分、一般的なものではないでしょう。さすが勇者様、いろいろなスキルをお持ちのようで……
 ――って、問題はそんなことではありません! このあやしい現象が問題なのです!

「結局コレは何なんですか! 説明して下さーい!!」


 私の絶叫が居間に響きわたりました――



   3 祝福の……いや、呪いの腕輪でした


 そうして受けた説明によると――
 これは、レナス様が授けた『死が二人を分かつまで』なんていう訳の分からない『祝福』の魔法で、腕輪をつけた二人を引き合わせる性質を持つものらしいのです。
 ……それは祝福というよりもむしろ、呪いでは?
 そう思った私を誰が責められましょうか。なんという、はた迷惑な『祝福』。
 うらんでいいですか? いいですよね? だって、とんでもない仕掛けだったのですよ!


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