328 / 384
海岸
328
しおりを挟む
仕事を終えると、そのまま礼二は泉を連れて本社へ向かう。そこで大和と合流した。そしてまた店の方へ戻り、礼二の車に乗り込んだ。
「あんたも付いてこなくてもいいのに。」
大和はそういうが、礼二は少し不安だったのだ。明日、泉と大和でコーヒーの監修をしている女性の所へ行くのだ。本当は自分も行きたかったが、大和には弱みを握られた。
「せめて焼いたものだけでも見たかったんで。」
「明日行けねぇからって、すねんなよ。」
すると泉は気を使うように礼二に言う。
「仕方ないわ。お母さんが大変なんでしょう?」
礼二の母が入院したと連絡があったのは、三人でコーヒーを監修している女性の所へ行くといった日のことだった。
「胃ガンって言ってたっけ。」
「あぁ。もともと胃にポリープとか出来ることが多かったから。」
その原因は自分だ。小さい頃から礼二は母に心配をかけていた。やっとまともに仕事について結婚して子供も出来たと嬉しそうだったのに、あっさり離婚ししかも子供は礼二の子供ではなかった。その事実に、母が参っていたのは礼二でもわかる。
「初期だったら転移の可能性も少ないって言ってた。まぁ、昔ほどガンだから死ぬって言うのは、そんなにねぇのかもな。」
大和はそういって後部座席で頭をかいた。
「見たようなことを言うんですね。」
すると大和は口を尖らせていった。
「昔世話になった人が、乳ガンになったんだよ。男の発症は珍しいってのにな。でも今でも生きてるよ。定期的に病院に行ってるみたいだけど、転移もしてないって言ってたし。」
「そうだったんですか。」
少しほっとした。なんだかんだと言ってもやはり母なのだ。ヒドく責められたり、殴られたりすることもあったが、それは全部自分が悪いからだと今になって思える。ずいぶんわがままだったのだ。
「あ、そこ右な。」
「はい。」
この辺はあまり治安が良くない。隣の町は、生活保護で生きていたり路上生活をしている人が多い。日雇いで生活をしている人はまだましな方なのだ。
そこかしこにビニールで出来たテントを張っているものが見える。もちろん、アパートもあるが驚くほど安いしぼろいのだという。
近くの有料駐車場に停めると、三人は車を降りた。
「あー。川村店長。施錠はしっかりしてな。結構車上荒らしが多いから。」
「一応、この車ドライブレコーダーもあるんで。」
「警察はほとんど機能してねぇから、そういうのもしっかりやっといてな。」
「はい。」
とんでもないところに住んでいるな。泉はそう思いながら、ビニールの袋を抱えた。その中身は、ボウルでカップケーキの種を仕込んでいるのだ。それからサクランボのピューレも作っている。出来ることは店でやっておいたのだ。
駐車場を離れて、アパートにやってくる。改めてみると、相当ぼろい。春樹が大学の時から住んでいたというアパートよりも古く感じた。あそこは嵐がやってきて、水没したのだがここもそうならないのだろうか。
「雨漏りとかしないんですか?」
階段を上がりながら泉は大和に効くと、大和は少し笑って言う。
「ここのアパートって結構貧乏なヤツが多いのよ。管理人とか居ないし、不動産屋も手を加えたりしない。だからやれることは自分たちでやってんだ。当然、雨漏りとか剥げた塗装とかも自分たちでやってる。そんなに見た目ほどもろくねぇんだ。」
見た目だけだったのか。そういえば、倫子が家を買ったとき、初めてあの家を見たときもお化け屋敷のように古いと思ったが、割と丈夫だ。特に伊織がやってきて簡単な修繕もしてくれているし、立派な古民家だと思う。
できあがったカップケーキを、三人で試食して笑顔になった。そして残った五つのケーキをケーキ用の箱に入れる。そしてそのまま礼二と泉はまた車に戻っていった。
「コレは売れるよ。」
「そう?」
礼二も機嫌が良さそうだ。毎日遅くまで開発部とあぁでも無いこうでも無いと試行錯誤した結果が報われるのは嬉しいことだ。
「でもまたデコレーションの日々だね。」
「生クリームとミントの葉を散らすだけじゃない。」
「泉はもう慣れてしまったのかも知れないけど、生クリームを盛るのって結構難しいよ。」
「そうね。最初すごく苦労した。」
助手席に乗っている泉は、懐かしそうにそれを思い出していた。最初、盛りつけた生クリームを見て礼二が「詐欺だ」と言ってそれを全部やり直したこともあったのだ。
「上手になったよ。」
「へへっ。」
褒められると嬉しい。そんな簡単なことで幸せになれる。焼きたてのカップケーキはまだ泉の膝の上で温かかった。
「明日気をつけて。」
「え?」
「赤塚さんさ……どうも気が置けないって言うか。」
「そうなの?」
泉自体は全く意識をしていないのだろう。二人で駅まで行ったりしても、男と女だと言うことはないのだ。
「泉が良いなら良いけどさ。」
「大丈夫だよ。何もないから。」
すると礼二は少し笑って、前を見る。帰るのは家に向かっているのだが、その途中で何があるのかわかっていた。
「泉。」
「ん?」
「そこ、寄って良い?」
ラブホテルの看板があった。港の近くで、夜景が綺麗なところだ。港はナンパスポットで、ラブホテルはそのための建物なのだろう。
「家で良いよ。」
「んー……ほら。たまには変えたいと思うし。」
「そうなの?」
その感覚がわからない。倫子は春樹とセックスをしているのはどう言うときなのだろう。聞いたこともない。ただ家の中ではしてないようだ。そんな音は全く聞こえないし、あったとしても寝てて気が付いていなかったのだろう。
「それに港から夜景が綺麗なんだ。」
「行ったことがあるの?」
「うっ……。」
それを聞かれると辛い。結婚をしていたときも、遊びと思って一晩だけの相手を求めて、男友達とナンパをしに行ったこともあるのだ。当然、こういうところに入りセックスをしたこともある。
「別に聞かないよ。でも綺麗だろうね。ねぇ。隣の県も見える?」
「見えるはずだよ。それに、明日は本当はデートをする予定だったんだし、こういう形で埋め合わせってのもどうかと思うけどさ。」
礼二は礼二なりに考えていたのだ。我慢しているというのもきっと礼二はわかっていて、泉を誘ったのだろう。
「うん。わかった。じゃあ、行こうか。」
「いいの?」
「うん。」
すると礼二は次の交差点で左折のレーンに入った。そして奥まったところにある建物の駐車場に車を入れた。
「あんたも付いてこなくてもいいのに。」
大和はそういうが、礼二は少し不安だったのだ。明日、泉と大和でコーヒーの監修をしている女性の所へ行くのだ。本当は自分も行きたかったが、大和には弱みを握られた。
「せめて焼いたものだけでも見たかったんで。」
「明日行けねぇからって、すねんなよ。」
すると泉は気を使うように礼二に言う。
「仕方ないわ。お母さんが大変なんでしょう?」
礼二の母が入院したと連絡があったのは、三人でコーヒーを監修している女性の所へ行くといった日のことだった。
「胃ガンって言ってたっけ。」
「あぁ。もともと胃にポリープとか出来ることが多かったから。」
その原因は自分だ。小さい頃から礼二は母に心配をかけていた。やっとまともに仕事について結婚して子供も出来たと嬉しそうだったのに、あっさり離婚ししかも子供は礼二の子供ではなかった。その事実に、母が参っていたのは礼二でもわかる。
「初期だったら転移の可能性も少ないって言ってた。まぁ、昔ほどガンだから死ぬって言うのは、そんなにねぇのかもな。」
大和はそういって後部座席で頭をかいた。
「見たようなことを言うんですね。」
すると大和は口を尖らせていった。
「昔世話になった人が、乳ガンになったんだよ。男の発症は珍しいってのにな。でも今でも生きてるよ。定期的に病院に行ってるみたいだけど、転移もしてないって言ってたし。」
「そうだったんですか。」
少しほっとした。なんだかんだと言ってもやはり母なのだ。ヒドく責められたり、殴られたりすることもあったが、それは全部自分が悪いからだと今になって思える。ずいぶんわがままだったのだ。
「あ、そこ右な。」
「はい。」
この辺はあまり治安が良くない。隣の町は、生活保護で生きていたり路上生活をしている人が多い。日雇いで生活をしている人はまだましな方なのだ。
そこかしこにビニールで出来たテントを張っているものが見える。もちろん、アパートもあるが驚くほど安いしぼろいのだという。
近くの有料駐車場に停めると、三人は車を降りた。
「あー。川村店長。施錠はしっかりしてな。結構車上荒らしが多いから。」
「一応、この車ドライブレコーダーもあるんで。」
「警察はほとんど機能してねぇから、そういうのもしっかりやっといてな。」
「はい。」
とんでもないところに住んでいるな。泉はそう思いながら、ビニールの袋を抱えた。その中身は、ボウルでカップケーキの種を仕込んでいるのだ。それからサクランボのピューレも作っている。出来ることは店でやっておいたのだ。
駐車場を離れて、アパートにやってくる。改めてみると、相当ぼろい。春樹が大学の時から住んでいたというアパートよりも古く感じた。あそこは嵐がやってきて、水没したのだがここもそうならないのだろうか。
「雨漏りとかしないんですか?」
階段を上がりながら泉は大和に効くと、大和は少し笑って言う。
「ここのアパートって結構貧乏なヤツが多いのよ。管理人とか居ないし、不動産屋も手を加えたりしない。だからやれることは自分たちでやってんだ。当然、雨漏りとか剥げた塗装とかも自分たちでやってる。そんなに見た目ほどもろくねぇんだ。」
見た目だけだったのか。そういえば、倫子が家を買ったとき、初めてあの家を見たときもお化け屋敷のように古いと思ったが、割と丈夫だ。特に伊織がやってきて簡単な修繕もしてくれているし、立派な古民家だと思う。
できあがったカップケーキを、三人で試食して笑顔になった。そして残った五つのケーキをケーキ用の箱に入れる。そしてそのまま礼二と泉はまた車に戻っていった。
「コレは売れるよ。」
「そう?」
礼二も機嫌が良さそうだ。毎日遅くまで開発部とあぁでも無いこうでも無いと試行錯誤した結果が報われるのは嬉しいことだ。
「でもまたデコレーションの日々だね。」
「生クリームとミントの葉を散らすだけじゃない。」
「泉はもう慣れてしまったのかも知れないけど、生クリームを盛るのって結構難しいよ。」
「そうね。最初すごく苦労した。」
助手席に乗っている泉は、懐かしそうにそれを思い出していた。最初、盛りつけた生クリームを見て礼二が「詐欺だ」と言ってそれを全部やり直したこともあったのだ。
「上手になったよ。」
「へへっ。」
褒められると嬉しい。そんな簡単なことで幸せになれる。焼きたてのカップケーキはまだ泉の膝の上で温かかった。
「明日気をつけて。」
「え?」
「赤塚さんさ……どうも気が置けないって言うか。」
「そうなの?」
泉自体は全く意識をしていないのだろう。二人で駅まで行ったりしても、男と女だと言うことはないのだ。
「泉が良いなら良いけどさ。」
「大丈夫だよ。何もないから。」
すると礼二は少し笑って、前を見る。帰るのは家に向かっているのだが、その途中で何があるのかわかっていた。
「泉。」
「ん?」
「そこ、寄って良い?」
ラブホテルの看板があった。港の近くで、夜景が綺麗なところだ。港はナンパスポットで、ラブホテルはそのための建物なのだろう。
「家で良いよ。」
「んー……ほら。たまには変えたいと思うし。」
「そうなの?」
その感覚がわからない。倫子は春樹とセックスをしているのはどう言うときなのだろう。聞いたこともない。ただ家の中ではしてないようだ。そんな音は全く聞こえないし、あったとしても寝てて気が付いていなかったのだろう。
「それに港から夜景が綺麗なんだ。」
「行ったことがあるの?」
「うっ……。」
それを聞かれると辛い。結婚をしていたときも、遊びと思って一晩だけの相手を求めて、男友達とナンパをしに行ったこともあるのだ。当然、こういうところに入りセックスをしたこともある。
「別に聞かないよ。でも綺麗だろうね。ねぇ。隣の県も見える?」
「見えるはずだよ。それに、明日は本当はデートをする予定だったんだし、こういう形で埋め合わせってのもどうかと思うけどさ。」
礼二は礼二なりに考えていたのだ。我慢しているというのもきっと礼二はわかっていて、泉を誘ったのだろう。
「うん。わかった。じゃあ、行こうか。」
「いいの?」
「うん。」
すると礼二は次の交差点で左折のレーンに入った。そして奥まったところにある建物の駐車場に車を入れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる