守るべきモノ

神崎

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 風呂から上がって、そのまま倫子の部屋へ向かう。するとドアの向こうで話し声がした。ドアをあけると倫子はいすに腰掛けたまま携帯電話で話をしているようだ。その表情はあまり陽気ではない。
「部屋は開くわ。でもあなたを住まわせるわけには行かないの。……えぇ。そうよ。ここで仕事の話もしたくない。今までもそうだった。三人とも仕事をここに持ち込んだことはないわ。……自分の部屋でしてる。どんなことをしているとか聞いたこともない。」
 おそらく政近と話をしているのだ。春樹は少しため息をつくと、押入から布団を出した。そして本を一冊棚から取り出す。倫子が好きな昔のミステリー作家だ。
「ったく……。」
 倫子は電話を置くと、ため息をついた。
「田島先生は諦めきれないと?」
「そう。仕事は持ち込まないからって言ってた。でも不可能ね。共同作業で仕事をしているのよ。今のところ。」
「今のところね。」
 確かに人気はでるのかわからない。人気が無くても半年は続けるのだが、うまく行けばずっと続けれるかもしれないがそれはやはりよくわからない。
「そうだった。対談の話だけど。」
「政近と今更、何の話をするのかしら。」
「消えたよ。今回の騒ぎで、あまりそういったことをしない方が良いと上から指示がでたんだ。」
「そう……。」
 正直ほっとした。荒田夕のこともあったのだ。今度は政近と噂など立てられたくはない。
「倫子。ちょっと良いかな。」
 外から声が聞こえた。それは礼二の声のようだ。
「どうぞ。」
 礼二は今日、ここに泊まるらしい。一度家に帰って身の回りのものを持ってきたのだ。風呂に入ったらしく、もうスウェットの上下の姿だった。
「藤枝さんも居たんですか。ちょうど良かった。さっき聞かれた店なんですけど、ここってどうですかね。」
 そういって礼二は携帯電話の画面を春樹に見せる。すると春樹は少し笑顔になった。
「酒の種類も多いんですか?」
「えぇ。泡盛の種類もありますよ。あと地元のビールとか。」
「ここにします。ありがとう。住所と電話番号を……。」
 メモを用意してメモをする。この騒ぎで世話になった同僚たちを連れて、今度飲みに行こうと思っていたのだ。絵里子をはじめとした人たちが居なければ、春樹はもしかしたら降格したかもしれない。または地方に飛ばされたかもしれないのだ。それを思うと頭が上がらない。
「倫子は田島さんと話をした?」
「えぇ。でもまぁ……あっちもたいがい頑固ね。わかってたけど。」
 この部屋に、礼二は本当は来たくなかった。ここで一度倫子と寝たのだ。そう思うと春樹とも顔を合わせ辛い。
「倫子さ。田島さんとは仕事だけの関係じゃないだろう?」
「礼二。」
 春樹のことを思えば、そんなことを言う必要はない。そう思って倫子はたしなめた。だが礼二は首を横に振る。
「隠せることじゃないよ。倫子は、俺とも寝たことがあるんだし。」
「……そうね。」
 倫子はそういって煙草に火をつけた。
「今は違うんだろう。」
 春樹がそう聞くと、倫子はうなづいた。
「一度だけね。気の迷いだった。そうじゃなきゃただのネタの為ね。礼二は何だったの?」
「俺は……別に何も考えてなかったかな。あのとき、妻と喧嘩をしてて家に帰りたくなかったし、ちょうど良いと思ったくらいだった。」
 礼二にとって家庭がストレスだった。口を開けば愚痴しか言わない妻が原因だろう。癒しは子供だけだったが、その子供も自分の子供ではないと思うと急激に冷めていく。
「そんな相手が何人かいたんでしょう?切れたの?その相手とは。」
「連絡を取ってないよ。でも……この間偶然、その女が来てさ。」
「店に?」
「伊織君と来ていたよ。冷や冷やしたけれど、あっちも特に気にしていなくてほっとした。」
 伊織の仕事の相手というわけだ。穴があれば突っ込みたいと思っていたのだろう。だが泉はそんな礼二が好きになったのだ。止めたいが、今更何を言っても聞き入れてもらえないのは目に見えてわかる。
「藤枝さんも倫子もさ、過去の恋人とかはあまり気にならないの?」
 すると春樹と倫子は顔を見合わせていった。
「私、人を好きになったことがなかったから。」
「え?」
「セックスはネタのためだったし、別にしてもしなくても良いかと思ってた。それに、この火傷のあともあるしだいたいが「萎える」って言われたのよ。」
「火傷……。」
「百年の恋も冷める一言ね。」
「倫子。」
 春樹はそういって止める。すると倫子は灰を落として、少し笑った。
「春樹の昔の女は、気になるわよ。」
「……。」
「奥様が居たんだもの。気にならないわけがないじゃない。」
 年末に亡くなった妻だ。まだ時間もそんなにたっているわけではない。
「気になる?」
「そうね。死んだ人にはどうやっても追いつくわけがないもの。」
「……俺は、もう妻の棺桶に指輪を置いてきた。妻のことは考えないようにしているよ。もちろん倫子の昔の男もね。」
「それは良かったわ。」
 すると礼二は頭をかいて倫子に言う。
「俺さ、小さい男なのかな。」
「は?」
 春樹はそういって礼二を見上げる。すると礼二も布団の上に腰掛けた。
「この間三人でうちのコーヒーの観衆をしてくれている女性の所へ行こうとしてたんだ。棚卸しがあって、店を開店させるどころじゃなかったから。」
「あぁ。泉がマグロのカツの冷凍を買ってきたときね。」
「美味しかったよ。」
「うん。あのとき、俺行けなかったんだ。実家の親がガンで入院していたから、見舞いに行きたくて。」
「それはそっちを優先するべきですね。川村さんは長男なんですか?」
「いいや。俺は次男で。」
「それでも顔は見せるべきね。それでどうしたの?」
「赤塚大和って言う本社から来てる、俺の上司になるんですけどその男と泉が行って……まぁ、それが大騒ぎになってるんですけど。」
「前に話してくれたスコーンとカップケーキの話ですか。」
「えぇ。そのとき……。」
 礼二の拳がぎゅっと握られた。
「どうも……あの男と泉が寝たらしくて。」
「は?」
 倫子は驚いて煙草を消した。泉がそんなに軽かったのだろうか。その男がまた言い寄ったのではないのだろうかと怒りすら覚えてくる。
「泣きながらさっき車で謝ってきたんです。やってしまったことは取り返しがつかないし、今更謝られてもと思ってお互いに忘れようと思ったんです。でも……どっかでもやもやして。」
「それはそうですよ。俺だって……。」
 政近と寝たと言われたとき、相当腹が立った。そんなに自分が頼りないのかと自分を責めた。そして政近を攻めようともした。だがそんなことをしても元には戻らないのだ。
「腹が立つわね。今すぐ乗り込んでいきたいし、文句も言いたい。だけど……。」
 倫子はため息をつくと礼二を見下ろした。
「それはもう私の出番じゃないんでしょう?あんたが言わないと。」
「……あぁ。」
「寝てしまった泉にも責任があるのかもしれないし、あんたよりもそっちが好きなら仕方ない。本心を聞いて、それからあんたがどちらかに文句を言いなさいよ。」
「成長したねぇ。倫子。」
 春樹はそういうと、倫子は口をとがらせた。
「バカにして。」
 春樹は少し笑い、礼二に言う。
「泉さんはあなたに許して欲しいと思っている。だから誤魔化すようなこともしなかった。川村さん。あなたは許せるんですか?」
「……やってしまったことは仕方ないし。それよりも先を見たいと思うんで。一緒に暮らしますよ。」
「それで良いじゃない。」
 そろそろ泉が風呂から上がってくる。礼二はそう思って布団から立ち上がった。
「この布団良いな。広くて。」
「そうでしょう?シングルだと狭いから。」
「俺もベッドを変えようかな。」
「買ったばかりでしょう?」
「しばらくはそのままにしますよ。」
 そういって礼二は部屋を出ていった。すると春樹は立ち上がり、倫子の頭をなでた。すると倫子もその体に体を寄せる。
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