守るべきモノ

神崎

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一室

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 急いで電車に乗って最寄り駅で降りた。そしてこれから本社に行かないといけない。今日のことを人事部に報告するのだ。だがその前に車を取りに行こう。××街の店舗は駐車場が狭く、車通勤は認められていない。なので礼二も今朝ここに車を停めて、電車に乗り直したのだ。
 そして「book cafe」の店舗の前を通る。もう店舗は閉まっていて、光一つ無い。書店側の店長も帰ってしまったのだろうか。そのとき、向こうから見覚えのある人たちがやってくる。その人達も礼二に気がついて、近づいてきた。
「川村店長。お疲れさまです。」
「お疲れさん。みんなで食事に行ってきていたの?」
 三人ほどの書店員の人たちだ。泉と仲がいい人ばかりのように見える。
「えぇ。たまにはね。」
「店長抜きで話をしたいこともあるしね。」
 確かにバイトばかりで何か話したいこともあるだろう。それはほとんどグチみたいなものだろうが。
「阿川さんもいた?」
「えぇ。阿川さんは飲めないし、ちょっと疲れてるみたいだったから帰りましたよ。」
「それは……赤塚さんも?」
 すると三人は顔を見合わせた。そして少し笑いに変わる。
「やーだ。川村店長。あの二人が何かあるって思ってるんですか?」
「ないない。女の中には、赤塚さんと浮気してるんじゃないかって言う人もいるけど、今日の見てたらそんなの絶対無いよな。」
 絶対というのに少し違和感を持った。その食事の席で何をしたのだろう。
「何かあったの?」
「赤塚さんって結構失礼ですよねぇ。阿川さんのことを散々言ってましたよ。色気がないとか、胸がないとか、その上相当食べるから本当に女かよとか。」
「本当、でも阿川さんって小さいのにどこに入るんですかね。あの大盛りのご飯。」
「それは七不思議だよ。」
 和気藹々とした食事だったことがわかる。だがその泉と大和はどこに行ってしまったのだろうか。
「で、二人はどこに行ったの?」
「二人じゃなくて三人ね。三池さんが電車で帰るって。」
「三人で?」
「そ。だから心配することはないですよ。」
 女性と二人で帰ったのだ。心配はない。大丈夫。だがまだ泉から連絡はない。それが不安をかき立てた。一度寝ているのだ。一度寝れば二度も三度もあると思うのが男で、実際礼二もそうだったのだ。
「そうだね。取り越し苦労だった。俺、これから本社に行かないといけなくてさ。」
「報告?」
「副店長を変えた方が良いかなと思って。じゃあ、お疲れさま。」
 そういって礼二は裏手にある駐車場へ向かう。その後ろ姿を見て、女性は少し笑顔になった。
「阿川さんって愛されてるんですね。良いなぁ。あたしもそんな彼氏欲しい。」
「幹さん。彼氏居たんじゃなかったっけ?」
「二股かけられたんですよ。そんな男こっちから願い下げ。川村店長みたいに一途な人良いなぁ。」
「俺、一途だよ。」
「オタクはやだ。」
「幹さんが言うような男は居ないって。少女漫画脳だよ。」
「まぁ……わかりますよ。告白して付き合って、そこで物語なら終わりですもんね。本当はそこからが修羅場なのに。」
 そう言いながら、三人は繁華街の方へ向かっていく。

 一緒に駅までやってきた女性は、駅の前で別れた。どうやら恋人が迎えに来てくれていたらしい。青色のRV車に乗り込んだ女性の後ろ姿を見ながら、二人は駅の構内にやってくる。その間泉は大和と一言も話はしなかった。
「泉。」
 急に呼ばれて思わず大和の方をみる。すると大和は手を握ってきた。
「悪かったな。今日は。」
「何がですか?」
 そう言って泉はその手をふりほどく。
「誤解を説くためとは言っても、あまり誉められたことは言わなかったよ。そこは反省する。」
「誤解を解くため?」
「あぁ。俺、お前と寝て調子に乗ってたかなぁ。」
「……。」
「この間、書店のヤツから言われたよ。川村店長からいずれ殴られるって。嫌だったらあまり手を出すなってさ。」
 その言葉に泉は少し笑う。
「だったら……今日のってその為に?」
「女なのに女じゃねぇなんて、言われて気分がいいわけねぇだろ。それくらいはわかるよ。」
 一部でも泉を悪く言えば、あの二人は出来ていない。あんなに卑下されれば、気分が悪いだろう。浮気なんかしていないとすぐに噂になる。
「……でもそれって赤塚さんの評判を落としませんか?」
「俺の評判なんか良いよ。どうせあの店のモノじゃないし。勝手に言ってろって感じだ。」
 大和は悪い人ではない。口が悪いだけだ。それは一緒に働いていてすぐにわかる。なのにその評判を落とすようなことを言われるのは、泉がいくら優位に立っても嫌だ。
「明日、誤解を解きますから。」
「良いよ。そんな気を使われるのは俺も嫌だ。今日の賭、俺の負けだっただろ?」
「あれは……。」
 嬉しそうにカップケーキの入った手作りの箱を持って行った従業員が、忘れられない。だが本来はテイクアウトは出来ないのだ。大和のやったことは、会社のマニュアルからははずれている。だがそれが出来ないとは泉の口からも言えなかったのだ。
「お互い負けって事にしませんか。」
「え?」
「廃棄する分のカップケーキでしたし、イレギュラーですけど売ったし……。」
「だったらお前さ、俺の言うことも聞かないといけなくなるけど。」
 大和がしたいことはわかる。泉の本意ではない。だがきっと大和との関係をこんな形で誤魔化したのも、大和の本意ではないはずだ。
「お互いの勝ちだったら、あなたに借りを作ったことになるし……。それはちょっと嫌だから。」
「……。」
「赤塚さん。あの……別のことで何か聞きますから。」
 すると大和はため息をつく。そして改札口へ足を運びはじめた。
「赤塚さん。」
「だったらさ、今日このままお前を持ち帰って良い?」
「……それは……。」
 礼二がちらつく。泉は戸惑っているように少しうつむいた。その姿にまた大和はため息をつく。
「出来ないのに何でもするなんて言うなよ。ばーか。」
 その言葉に泉の胸がちくっと痛む。行ってしまう大和の背中が、遠くなりそうだった。慌てて泉はその背中を追いかける。そして追いついたようにその手を握った。
「赤塚さん。」
 すると大和はその手を握り返し、何も言わずに自分たちのホームへ階段を上がっていった。
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