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美醜逆転の話
それはまだ友情だけれど
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大変、困ったことになった。
私の名前は、シルフィアーナ。十四歳。ただの町娘だよ。
いや、困った。本当に困ってしまった。
私は今、囲まれているのである。
……奴らは狡猾だった。
私の油断を誘い、隙をついて目の前に立ち塞がったのだ。
そして、気づけば周りを囲まれてしまっていた。
逃げ場はない。
ここは、我が家の庭の隅っこ。
大人たちは、姉の誕生日パーティーの真っ最中。こっそり抜け出してきた為に、助けは期待できない。
「うぬう!」
呻く。
奴らは、暴力に出てきたのだ!
視界の暴力に!
「にゃーん」
「みゃうみゃう」
私を囲んだ奴ら……真っ白な子猫たちが、ごろにゃんとお腹を見せているのである!
はあん! 可愛い! 可愛いよう!
「う、うぬぬ……くしゅん!」
可愛い子猫を前にして、私はくしゃみをした。視界がぼやける。涙も出てきた。
そう! 私は軽度であるが猫アレルギー持ちなのである。
猫は好きだ!
でも、触れない!
前世では、触り放題だったのに! 今の私は触ることも、近寄ることもできない。悲しい。
そう、前世。前世なのである。
私には、ここではない異世界にある日本という国の記憶があるのだ!
成長するにつれ、ぼやけてきたけども。日本人としての感覚は残っている。
だから、シルフィアーナちゃんは礼儀正しい、いい子だとよく言われる。お礼とかお辞儀とか、癖になっているからね。
そんな私が生まれた場所は、魔法とかが存在するファンタジーな世界だ。
でも、常識とかは日本とほとんど同じで助かった。変なしきたりとかないし。魔法も一部の人しか使えない。だから、私は至って普通の人間だ。
まあ、一部違うことがあって。そこは、困っている。それが原因で、私はパーティーから逃げてきたんだよ。
そして、子猫に包囲された、と。
「にゃーん!」
「うにゃうにゃ!」
子猫たちは、可愛さアピール攻撃を続けている。なんて、人懐っこいんだ! 可愛い! 可愛い、けども!
「私は、君たちに何もできないんだよう! くしゅっ!」
うう、くしゃみと涙が止まらない!
どうしよう!
「うっ、うっ」
子猫の可愛さ攻撃に本気で泣き出した時だった。
「おーい! どこ、行ったんだ」
男性の声がした。透き通るような、綺麗な声。久しく聞いていない、男性の美声だ。私基準で。もう一度言う。私基準の美声だ。
「困ったな。この辺に走って行ったと思ったんだが」
小さく喋る癖があるのか小声である美声に、私は神を見た。神様が、私に助けを遣わしてくださったんだ!
声は、庭の壁の向こうから聞こえている。小声でも聞こえるのだから、近いはず。
「あ、あの! 助けてください!」
見知らぬ人に声を掛けるのには勇気が必要だったけど、状況は切羽詰まっているのだ。私は今すぐ助かりたい!
「……誰か、いるのか?」
美声が、震える声で問いかけてきた。
ああ、なんて美しい声なのだろう。
「はい! あの、あの。ね、猫がいっぱいで、動けなくて……」
「……猫?」
「えっと、子猫が六匹……わ、私。猫アレルギー……猫が苦手で……くしゅん!」
今の世界にはアレルギーという言葉がないことを思いだし、言い直した。ついでにくしゃみが出た。恥ずかしい。
「……それは、私の猫かもしれない。色は白いだろうか?」
「は、はい! 真っ白な子猫たちです」
「……そうか」
美声がいったん止まる。
少しの間を置いて、再び聞こえた。相変わらず小さな声だけど。
「お嬢さん。今からそちらに行きたいのだが」
「あ、はい。裏門が直ぐそこに……」
「いや、必要ない」
必要ない?
どういう意味だろうか。
「その、お嬢さん」
「あ、はい」
深く考える前に、美声に呼び掛けられ反射的に返事をする。
「……私の姿を見ても、あまり、驚かないで、ほしい」
小さな声が更に小さくなりながら、そう言葉にした。
私は、それだけで察してしまった。
十四年、ここで生きてきた。感覚は日本人だけど、この世界の常識も分かっているつもりだ。
そう、男性は美声……私基準での美しい声の持ち主だ。
こんなにも美しい声で驚くなと言うからには、男性の容姿は……。
「はい、驚きません。ですから、助けてくださ……くしゅうっ!」
真摯に応えるつもりが、くしゃみが邪魔をした。くそう。
「……そうか。では、参る」
先ほど緊張をはらんでいた声が、くしゃみを聞いて気が抜けたのか。じゃっかん呆れているような声音で言った。
いや、それより。参るって、裏門の場所まだ教えてない……。
と、考えていたら、目の前に白いローブが翻った。
私は、目を見開いた。空中から人が表れたのだ。驚きもする。
魔法だ。美声の持ち主は、魔法使いだったんだ。
魔法が使えるうえに、金糸で彩られた白いローブ。それの意味するところは、彼は宮廷の魔法使いさまだということ。庶民には雲上人だ。
「あ、あわわ……」
凄い人に声を掛けてしまった!
私の様子に、二十歳ぐらいの魔法使いさまは表情を曇らせた。因みに魔法使いさま、私の予想通り凄い美形だった。
さらさらの肩まである黒髪に、形の良い澄んだ青い目。完璧な配置の、顔の造形。
素晴らしい美形だ。姉の美貌に慣れてなかったら、完全に見惚れていた自信がある。
しかし、身分の違いに震えていた私を、彼は違う解釈として受け取ったようだ。
「……だから、驚かないでほしい、と。私の醜い顔は分かっているから」
素晴らしい美形の魔法使いさまは、自身を醜いと言った。
前の世界の人が聞いたら、違う意味で驚きから言葉を失うだろう。
だが、この世界ではそうなのだ。
男性の美に対する認識だけが、日本とは違うのである。
男性は、筋肉むっきむっきなボディービルダーのよう方が好まれ、力強いという理由で枯れたようなダミ声が良いとされていた。顔立ちも厳つい方が人気だ。小心者の私が、気絶しそうになるぐらい怖い顔が大人気なのである。
おかしい。男性の美だけ、違う。
女性の美は、前世と何ら変わりはしないのに。
だって、今の私の姉。モデルもびっくりな美貌だもの。周りも誉めまくりだもの。
いや、理由は分かってる。
創生の神様が、ゴリマッチョの厳つい顔立ちだからだって。神様に似ていればいるほど、かっこいいってなったんだって。
逆に、創生の神様の奥さんである豊穣の女神さまは、前世と同じ基準での美女だから、女性の美も前世と同じなんだよ。
男性だけ、基準が違うのには、凄く困惑した。未だに慣れない。小心者に、厳つい男性は怖くて近寄れないよ。威圧感凄いもん。
そんな背景があるから、目の前の私基準の美男子魔法使いさまは、小声で醜いと言ったのだ。辛かろうに。世界が違えば、モッテモテ! だったのに……。
しかし、今はそれは問題ではない。
私は、魔法使いさまに平伏した。
「え、お嬢さ……」
「魔法使いさま! 気安く話しかけて、誠に申し訳ありませ、くしゅ!」
「あの?」
「私、知らなかったとはいえ、国の宝である魔法使いさまに助けを求めるだなんて! なんて、ずびっ、おこがましいことを!」
「私の話を……」
「くしゅん! 魔法使いさまへの無礼、なんとお詫びすべきか! やっちゃう? サクッと、腹を切っちゃう?」
「待ってくれ、お嬢さ……」
「介錯は、この子猫たちに」
「お嬢さん!」
「くしゅん!」
強く呼ばれ、くしゃみで返事をした。口を開いたら、くしゃみしか出なかったんだよ。
顔を上げれば、魔法使いさまが困惑しきった顔で私を見ていた。
どんな表情でも、美形は美形だなと思った。
「君は……私が怖くないのか?」
魔法使いさまの青い目は、何かを期待するように私を映していた。
「いや、怖いです。権力強いじゃないですか」
庶民に権力者は怖いよ。この世界、身分制度あるんだから。
「いや! そうじゃない!」
魔法使いさまは、声を荒らげた。それでも美声なのには、変わらない。
「私の……顔が……怖く、ないのか?」
「いえ、全然」
魔法使いさまは美形だけど、姉の美貌のほうが凄いしなぁ。眼福ではあるけれど。
因みに妹である私は外見はそこそこだ。姉に比べたら、私など平凡だよ。
そもそも、私が庭の隅に逃げてきたのは姉の美貌が原因だ。
絶世の美女には美男子が侍る。つまり、パーティーには、厳ついゴリマッチョがたくさんなのだ。怖くて逃げてきた私、悪くない。
「怖く、ない……嘘だ」
魔法使いさまは、ふるふるとかぶりを振った。
「家族以外は、私から顔を背ける者ばかりだった……」
「あの、私。顔背けてませんが。平伏ならしましたけど」
あ、この発言は気安い。
アウト? 身分的にアウトですか?
戦々恐々としていると、子猫たちが魔法使いさまの長いローブの裾にじゃれついた。
「くしゅん! くしゅん!」
あ、また、くしゃみが!
「あ、あの。魔法使いさま! 出来れば、早く子猫たちを回収してくださると、くっしゅん!」
慌てて子猫たちから距離を取ると、魔法使いさまは目を丸くした。
「君は、私よりも愛らしい子猫のほうが嫌なのか」
「私にしたら、脅威ですう!」
くしゃみ止まらないし、涙出てくるし、可愛いのに触れないしぃ! ああ、かわいそうな私。悲劇だよ。
必死な私をどう思ったのか、魔法使いさまは片手で口を覆うと、肩を震わせた。
笑っているのだ。
「ふ、ふふ! き、君は、変なお嬢さんだ! は、ははは!」
大爆笑である。失礼な魔法使いさまだ。
しかし、身分は上の方だ。不満は顔には出さない。出さないぞ!
「……むう」
声に出てしまった。仕方ない。だって、まだ十四歳だ。子供なんだ。
「あ、ああ。すまない、笑ってしまって」
「いえ、大丈夫です」
そうだ。大丈夫だ。十四歳のガラスのハートがちょっぴり傷付いただけだ。
「そうか……、ああ、そうだ」
魔法使いさまが、右手を差し出した。
すると、手のひらが光った。光りは縮み、そこにはクリスタルらしき鉱石で出来た百合の花が鎮座していた。
「わ、あ! 綺麗!」
この幻想的な花も、魔法なのだろうか。
感動した私は、魔法使いさまを見上げた。
「魔法使いさまは、凄いです!」
こんなにも綺麗なものを作ることが出来るなんて、尊敬の念しかない。
凄い! 凄い! と、はしゃいでいると、魔法使いさまの白い頬がほんのり染まった。
「そ、そうか。そんなに喜んでもらえたら、見せたかいが、あったな」
目を伏せて、魔法使いさまが早口で言った。
どうやら、照れさせてしまったようだ。
「お嬢さん、右手を出してくれないか」
「あ、はい」
言われた通りにすると、クリスタルの百合を手のひらに置かれた。ん?
「あ、あの。魔法使いさま?」
「フィルだ。フィルと呼んでほしい」
「フィルさま……あの」
このクリスタル、どうしたらいいのか聞こうとしたのだけど。
「お嬢さん、どうか私に名前を教えてくれないだろうか」
「え、シルフィアーナです」
告げると魔法使いさま……フィルさまは、嬉しそうに微笑んだ。
「シルフィアーナ」
確認するように小さく呟くフィルさま。
それがあまりにも大切そうな響きが込められていたので、胸がきゅっとなった。
「シルフィアーナ、その花を受け取ってほしい」
「え、でも。こんな素敵なもの」
「君のもとに、それを贈りたい」
フィルさまの切実な声に、思わず頷いてしまう。
「ありがとう、シルフィアーナ」
何故だろう。
たくさん呼ばれてきた名前なのに、フィルさまの声に紡がれると、とても大事なもののように思えてしまう。
フィルさまの声が、凄く優しいからかなあ。
「にゃーん」
「にゃうにゃう」
ずっと放っておかれた子猫たちが不満の声を上げる。
フィルさまは、優しく子猫たちを抱き上げていった。
私のことを思ってか、少し距離を開けるフィルさま。
それを寂しく思ってしまったのが、不思議だ。
「シルフィアーナ」
また、優しく名前を呼ばれた。
「は、はい!」
子猫たちを抱えたフィルさまは、恥ずかしそうにはにかむ。大人なのに、可愛らしい表情に、きゅんとしてしまった。
「また、会いに来ても、いいだろうか」
「ぜ、ぜひ!」
こんなにも可愛いお願いを断れるわけがない!
姉の取り巻きが、彼女のお願いを聞いてしまう気持ちが分かった気がした。いや、姉のお願いって、可愛い小物が欲しいとか人気の雑貨屋に一緒に行きたいとか、ささやかなものだけど!
可愛いお願いって、聞いてしまう気持ち凄く共感しちゃった!
「ありがとう、シルフィアーナ」
嬉しそうに微笑むフィルさまを見て、私はまた会う日が待ち遠しくなった。
「では」
短く告げたあと、フィルさまの姿は忽然と消えた。
帰ったんだ。
なんだか、心が寂しくなったけれど。手にはクリスタルの百合があって。
温かな気持ちになった。
「よし! 私も戻るか!」
姉の取り巻きは、見た目厳ついけど。悪い人たちではない。
うん。
見た目で今まで避けちゃったけど、少しは近づく努力をしてみよう。怖いけど。
でも、フィルさまのクリスタルがあれば大丈夫な気がした。
私は、意気揚々と家へと向かった。
のちに、博識の姉から。クリスタルの花は枯れないことから、永遠の友愛を誓う贈り物なのだと聞き、赤面するのだった。
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