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【番外編】王家の秘密1
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「絶対!!!! 認めません!!!!!」
第二王子の元婚約者であった私と第一王子であるキースさんとの結婚は、一部の貴族勢力からは歓迎されないことは分かっていたが、目の前の人物から反対されるとは思っていなかっただけに私は思わず言葉を失った。
それは私の隣にいたキースさんも同じだったらしく、口をパクパクとさせている。
「オースティンが国王に即位したことは喜ばしいことではございますが、グレイス嬢との結婚だけは認めません」
「し、しかし母上、彼女は伝説の『大聖女』で――」
「だ、大聖女!!!!」
キースさんの説得は、火に油を注ぐ形となったようだ。前王妃でキースさんの母であるシシリア様は顔を真っ赤にして全身で怒りを表していた。
「大聖女だからなんだっていうんです。そんなの伝説の話ではありませんか。オースティン、そなたの妻は私が見つけてまいります」
「お言葉を返すようですが、私が国王と認められましたのもグレイスのおかげなんです」
「ダメです。絶対ダメ!! 何と言ってもダメなものはダメです!!!!ゴドウィン公爵の娘なぞと結婚などさせられません!」
シシリア様ヒステリックに叫んだ。その隣にいる前国王陛下はそんなシシリア様の反応に慣れてしまっているのだろう。あまり興味がないといった様子でどこか遠くを見ている。確かに私もどこか遠くへ意識を飛ばしてしまいたかった。
久々に公爵邸の自室で紅茶を飲みながら大きくため息をついた。
「そんなに反対されたんですか?」
そう不思議そうに私を覗き込んだのは伯爵夫人となったエマだった。
「烈火のごとく反対されましたわ……」
「でも不思議よね?」
そう首を傾げたのはティアナだ。温泉宿で働くようになり、いつの間にかこうして私達のお茶会という名の作戦会議にも参加するようになっている。
「何がですの?」
「だって……グレイス様とオースティン様って、いとこ同士よね?別に見ず知らずの馬の骨を連れてきたわけじゃあるまいし、反対される理由が分からないんですけど」
私の父・ゴドウィン公爵は二代前の国王・カルロス様の弟で、その妻であるシシリア様は私の伯母にあたる。そしてキースさんは従兄という関係でもある。確かに親戚関係ではあるが、権力を分散させないために王家の婚姻ではよくあることだ。
「そうですよ!ティアナ様みたいな妃教育も受けていない男爵令嬢が、婚約者として現れたら反対したくなる気持ちは分からなくもないですけど……。でも……グレイス様ですよ?」
エマはどうやら男爵令嬢のティアナが伯爵夫人である自分に敬語を使わないことに密かに苛立ちを感じているのだろう。時々こうして嫌味をぶつけている。
「こういう時ってやっぱり梅干しが効果的なの?」
そんなエマの横やりを軽く無視して、ティアナはそう尋ねた。
「えっと……怒りを鎮めたい時には『百会《ひゃくえ》』のツボがお勧めですわ。眉の中心から頭のてっぺんを通る線と、両耳を挟んだ線が交わる頭頂部にありますの。息を吐きながら気持ち良いと感じる程度の強さで押すと、怒りがおさまるんですの……」
私がそう言って実践して見せると、二人も無言で私の真似をする。
「十回から二十回ぐらい押さえるといいですわ」
「あ――、ここ気持ちいですね」
エマは嬉しそうに頭頂部を押しながら感心するが、少ししてその手がピタリと止まる。
「グレイス様……。『怒りを鎮める』って……もしかしてお怒りになられていたんですか?」
思わぬ形で本音が露呈し、私は慌てて笑ってごまかす。
「イライラした時に効果があるんですのよ。間違えてしまいましたわ」
「でもまぁ、どこの家も嫁姑問題って、切って離せないものだとは思うよ?特にシシリア様は一度は王妃になったものの、新国王の誕生で離宮生活を強いられていたわけでしょ?しかも幼い時から息子とは引き離されてさ……」
確かにキースさんの身を守るためとはいえ、幼いころから母親とほとんど会えない生活を送ってきていた。その辛さは子供だけではなく、母親にもいえることだろう。
「それが国王になって戻ってきて、自分は王太后として返り咲けるわけでしょ?最初が肝心って思っちゃったんじゃない?エマ様のところはそういったことはないんですか?」
「うちはね――、姑は亡くなっているからそういう心配ないのよ」
ティアナの質問に笑顔で返すエマ。おそらく商人の娘との結婚を一番に反対するであろう姑がいない人物……に狙いを定めて最初から近づいたに違いない。
「大反対されている理由なんですが、ちょっと心当たりがあるんです」
エマはおもむろに持っていたティーカップをテーブルの上に置く。その表情は先ほどまでとは打って変わり神妙で、重大な事実を彼女が知っているかのようだった。
「これはお話ししていいかどうか分からないんですけど……」
エマはそう口ごもる。噂好きの彼女が積極的に話そうとしないのはおそらく私に配慮してのことなのだろう。私は形のよい笑顔を浮かべて、エマを安心させる。
「私のことでしたらお気になさらないで。ご存知のことがありましたら、教えていただけませんこと?」
「実は――シシリア様とゴドウィン公爵が恋人だった……って噂があるんです」
私とティアナは、そのとんでもない告白に思わず悲鳴のような叫び声をあげてしまった。
「ティアナ様、そうなんですの?!」
前世は日本で『どきどきプリンセスッ2』をプレイしていたティアナに勢いよく振り返る。彼女は私と違ってキースさんが登場するバージョンのゲームをプレイしている。もしかしたら何か知っているのではないかと思ったが、その顔には驚きの表情しか見られず、あまり有益な情報を持っていないことが伝わってきた。
「し、知らないわよ。そんなの」
案の定、驚きを隠せないといった様子のティアナから今度はエマへ振り返る。
「エマ、それは本当のことですの?」
「シシリア様はご結婚後、直ぐにお子様はできなかったんです。だからカルロス様は即妃様を何人か迎えられたわけなんですけど……、シシリア様とは全くそういう生活がなくなってしまわれて……。シシリア様は自由な交友関係を楽しまれていた――といわれています」
「自由な?」
それは本当の意味で『自由』ではないことは分かっていたが、思わず聞き返してしまう。
「王宮の庭に別邸を作って、そこに若い男を連れ込んでいたみたいなんです。ほら、香水屋のエルフのイケメン店長もシシリア様の寵愛を受けて、あの店を開くことができた……って専らの噂です」
遠い記憶の片隅で妙に艶っぽいエルフがいたことを思い出す。
「その愛人の中に父がいたということですの?」
「愛人かどうかは定かではないのですが、一定期間ゴドウィン公爵がシシリア様の別邸に通われていた――とは聞いております」
思わず意識が飛びかけ、椅子の背もたれに背中を預ける。
「で、では……キース様と私は異母兄弟という可能性も?」
「だからこそ、烈火のごとく反対されたのではないでしょうか……」
言われてみると父の結婚は一般的な婚姻適齢期が十八であるのに対して、二十七歳と比較的遅い。さらに私が生まれたのはその三年後となる……。
「もしかして……」
私は逆算しながら重大な事実に気付いた。
「キース様をシシリア様が妊娠されたから……父は結婚したのかしら」
「あぁ――。カモフラージュ的な?」
私の憶測に二人は大きく頷く。より異母兄弟説が濃厚になり、私は慌てて椅子から立ち上がった。これは私達の胸の内で抱えておくには大きすぎる秘密だ。
第二王子の元婚約者であった私と第一王子であるキースさんとの結婚は、一部の貴族勢力からは歓迎されないことは分かっていたが、目の前の人物から反対されるとは思っていなかっただけに私は思わず言葉を失った。
それは私の隣にいたキースさんも同じだったらしく、口をパクパクとさせている。
「オースティンが国王に即位したことは喜ばしいことではございますが、グレイス嬢との結婚だけは認めません」
「し、しかし母上、彼女は伝説の『大聖女』で――」
「だ、大聖女!!!!」
キースさんの説得は、火に油を注ぐ形となったようだ。前王妃でキースさんの母であるシシリア様は顔を真っ赤にして全身で怒りを表していた。
「大聖女だからなんだっていうんです。そんなの伝説の話ではありませんか。オースティン、そなたの妻は私が見つけてまいります」
「お言葉を返すようですが、私が国王と認められましたのもグレイスのおかげなんです」
「ダメです。絶対ダメ!! 何と言ってもダメなものはダメです!!!!ゴドウィン公爵の娘なぞと結婚などさせられません!」
シシリア様ヒステリックに叫んだ。その隣にいる前国王陛下はそんなシシリア様の反応に慣れてしまっているのだろう。あまり興味がないといった様子でどこか遠くを見ている。確かに私もどこか遠くへ意識を飛ばしてしまいたかった。
久々に公爵邸の自室で紅茶を飲みながら大きくため息をついた。
「そんなに反対されたんですか?」
そう不思議そうに私を覗き込んだのは伯爵夫人となったエマだった。
「烈火のごとく反対されましたわ……」
「でも不思議よね?」
そう首を傾げたのはティアナだ。温泉宿で働くようになり、いつの間にかこうして私達のお茶会という名の作戦会議にも参加するようになっている。
「何がですの?」
「だって……グレイス様とオースティン様って、いとこ同士よね?別に見ず知らずの馬の骨を連れてきたわけじゃあるまいし、反対される理由が分からないんですけど」
私の父・ゴドウィン公爵は二代前の国王・カルロス様の弟で、その妻であるシシリア様は私の伯母にあたる。そしてキースさんは従兄という関係でもある。確かに親戚関係ではあるが、権力を分散させないために王家の婚姻ではよくあることだ。
「そうですよ!ティアナ様みたいな妃教育も受けていない男爵令嬢が、婚約者として現れたら反対したくなる気持ちは分からなくもないですけど……。でも……グレイス様ですよ?」
エマはどうやら男爵令嬢のティアナが伯爵夫人である自分に敬語を使わないことに密かに苛立ちを感じているのだろう。時々こうして嫌味をぶつけている。
「こういう時ってやっぱり梅干しが効果的なの?」
そんなエマの横やりを軽く無視して、ティアナはそう尋ねた。
「えっと……怒りを鎮めたい時には『百会《ひゃくえ》』のツボがお勧めですわ。眉の中心から頭のてっぺんを通る線と、両耳を挟んだ線が交わる頭頂部にありますの。息を吐きながら気持ち良いと感じる程度の強さで押すと、怒りがおさまるんですの……」
私がそう言って実践して見せると、二人も無言で私の真似をする。
「十回から二十回ぐらい押さえるといいですわ」
「あ――、ここ気持ちいですね」
エマは嬉しそうに頭頂部を押しながら感心するが、少ししてその手がピタリと止まる。
「グレイス様……。『怒りを鎮める』って……もしかしてお怒りになられていたんですか?」
思わぬ形で本音が露呈し、私は慌てて笑ってごまかす。
「イライラした時に効果があるんですのよ。間違えてしまいましたわ」
「でもまぁ、どこの家も嫁姑問題って、切って離せないものだとは思うよ?特にシシリア様は一度は王妃になったものの、新国王の誕生で離宮生活を強いられていたわけでしょ?しかも幼い時から息子とは引き離されてさ……」
確かにキースさんの身を守るためとはいえ、幼いころから母親とほとんど会えない生活を送ってきていた。その辛さは子供だけではなく、母親にもいえることだろう。
「それが国王になって戻ってきて、自分は王太后として返り咲けるわけでしょ?最初が肝心って思っちゃったんじゃない?エマ様のところはそういったことはないんですか?」
「うちはね――、姑は亡くなっているからそういう心配ないのよ」
ティアナの質問に笑顔で返すエマ。おそらく商人の娘との結婚を一番に反対するであろう姑がいない人物……に狙いを定めて最初から近づいたに違いない。
「大反対されている理由なんですが、ちょっと心当たりがあるんです」
エマはおもむろに持っていたティーカップをテーブルの上に置く。その表情は先ほどまでとは打って変わり神妙で、重大な事実を彼女が知っているかのようだった。
「これはお話ししていいかどうか分からないんですけど……」
エマはそう口ごもる。噂好きの彼女が積極的に話そうとしないのはおそらく私に配慮してのことなのだろう。私は形のよい笑顔を浮かべて、エマを安心させる。
「私のことでしたらお気になさらないで。ご存知のことがありましたら、教えていただけませんこと?」
「実は――シシリア様とゴドウィン公爵が恋人だった……って噂があるんです」
私とティアナは、そのとんでもない告白に思わず悲鳴のような叫び声をあげてしまった。
「ティアナ様、そうなんですの?!」
前世は日本で『どきどきプリンセスッ2』をプレイしていたティアナに勢いよく振り返る。彼女は私と違ってキースさんが登場するバージョンのゲームをプレイしている。もしかしたら何か知っているのではないかと思ったが、その顔には驚きの表情しか見られず、あまり有益な情報を持っていないことが伝わってきた。
「し、知らないわよ。そんなの」
案の定、驚きを隠せないといった様子のティアナから今度はエマへ振り返る。
「エマ、それは本当のことですの?」
「シシリア様はご結婚後、直ぐにお子様はできなかったんです。だからカルロス様は即妃様を何人か迎えられたわけなんですけど……、シシリア様とは全くそういう生活がなくなってしまわれて……。シシリア様は自由な交友関係を楽しまれていた――といわれています」
「自由な?」
それは本当の意味で『自由』ではないことは分かっていたが、思わず聞き返してしまう。
「王宮の庭に別邸を作って、そこに若い男を連れ込んでいたみたいなんです。ほら、香水屋のエルフのイケメン店長もシシリア様の寵愛を受けて、あの店を開くことができた……って専らの噂です」
遠い記憶の片隅で妙に艶っぽいエルフがいたことを思い出す。
「その愛人の中に父がいたということですの?」
「愛人かどうかは定かではないのですが、一定期間ゴドウィン公爵がシシリア様の別邸に通われていた――とは聞いております」
思わず意識が飛びかけ、椅子の背もたれに背中を預ける。
「で、では……キース様と私は異母兄弟という可能性も?」
「だからこそ、烈火のごとく反対されたのではないでしょうか……」
言われてみると父の結婚は一般的な婚姻適齢期が十八であるのに対して、二十七歳と比較的遅い。さらに私が生まれたのはその三年後となる……。
「もしかして……」
私は逆算しながら重大な事実に気付いた。
「キース様をシシリア様が妊娠されたから……父は結婚したのかしら」
「あぁ――。カモフラージュ的な?」
私の憶測に二人は大きく頷く。より異母兄弟説が濃厚になり、私は慌てて椅子から立ち上がった。これは私達の胸の内で抱えておくには大きすぎる秘密だ。
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