モスキート伯爵と嗜好品乙女

すなぎ もりこ

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売られました

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天国のお母様、ブランシュはこの度、借金のカタに売られました。
貴女が罷り間違って伴侶に選んでしまった男は、また懲りもせず一攫千金を目論み、旨い話にころりと騙され、挙げ句の果てに一人娘を残して逃亡しました。
学校に通う同じ年頃の娘達を横目で見ながら、青春の日々を磨り減らしていた可哀想な乙女にこの仕打ち。
この世には神はいないのか。
奴の目は節穴か。
それとも教会のお布施代をケチった報復か。
ブランシュは目隠しをされ、両脇を引き摺られながら心の中で悪態をついていた。

やがて扉の開く音が聞こえ、両脇にいる人物らの足も止まった。

「その娘か」

低く鼻にかかった美声が聞こえた。

「はっ、主様、しかも生娘にございます」

左側から男の声が答えた。

「薄汚れた娘だな、貧相だし」

明らかにやる気のない主様の呟きが聞こえて、ブランシュは憤った。
乙女を金で買うような変態外道に貶される筋合いなどない。

「湯浴みをさせて、十分な食事を与えてやればそれなりに見えるかと。病気も無いようですし」

右側の男の言葉を聞き、ブランシュは考えた。
少なくともここにいれば衣食住は確保出来るようだ。
あとは、何を要求されるかだが。

「目隠しを取ってみろ」

主様の適当な指示に右側の男が従う。
いきなりの眩しい光に目をしばたかせながら、ブランシュは懸命に周りの景色に焦点を合わせた。

「ふうん、平凡だな」

ブランシュは正面のデスクに座る男を見た。

無造作に伸ばされた輝く銀髪の向こうにある目は紫。
真っ白い肌に赤い唇。
人為らざる程に美しい男だった。
フリルシャツの首もとには濃紫の大きな宝石があしらわれている。
シルバーの繊細な刺繍が入った黒いジャケットは見たこともないほど高級な仕立てだ。

男は頬杖をついてブランシュを見ていた。

(こ、これはかなりの上級貴族に違いない)

昔、下働きをしていた娼館の女主人が言ってた。
人は位が高くなるほど抑圧され鬱憤が溜まり、変態度が上がると。
ブランシュは足を踏み締め、その男を睨んだ。

(どんな種類の変態なんだろう)

「こらお前、不敬だぞ、主様に対して何だその目付きは!」

左側の男がブランシュの頭を掴んだ。

「…良い、中々良い目だ。名は何という」
「…ブランシュ」
「まあ、そう警戒するな。お前の命も貞操にも俺は興味がない。継続的にちょっとばかりあるものを貰うだけだ。お前は俺のために健康であれば良いのだ」

ブランシュは眉を寄せた。
あるものを貰う?
命でも貞操でも無いとしたら何だ?
もしかして…

「とりあえず食事を取って、痩けた頬を膨らませろ。任務はそれからだ。…ブランシュ、好物は何だ」

ブランシュは思いがけない質問に戸惑った。

「えっ、えっと…お肉、お肉全般です!」

主様はプ、と笑った。

「たんまり肉を食わせてやれ」
「はっ!」

お肉、お肉が食べれるの?!
うっひょぉ、半年ぶりじゃない?
ブランシュは表情を緩ませながら、再び両脇から引き摺られていった。



「うっま、肉うっま!」

ブランシュを引き摺っていた男2人は、ブランシュが興奮して肉を咀嚼する様を呆れたように見ていた。

「緊張感がない奴だ」
「品がない。本当にこんな女で良いのか主様は、おい、ナイフを使え」

フォークで塊肉をぶっ刺して食いちぎるブランシュを見兼ねて黒髪の男が顔を歪めた。

「大丈夫です。歯は丈夫なんで」
「そういう意味じゃない」

ブロンドの男が腕を組んだ。

「仮にも伯爵家で世話になるのだから、一通りの礼儀作法は身に付けて貰うぞ。どこで外部の目に触れるかわからないからな」
「ふぁい」

へぇ、伯爵様なんだぁ。

「口にものをいれたまま話すな!」

黒髪うるさい。見たところブランシュとそんなに歳が変わらぬように見えるが、偉そうだ。

「まあ、この様子なら直ぐにお役目を果たせるだろう」

ブロンドの少し歳上と思われる男が胸ポケットから懐中時計を取り出して、席を立った。

「あとは頼んだぞ、カクマ」
「はい」

どうやらブロンドの方が先輩らしい。
ブランシュはもぎゅもぎゅと肉を味わいながら、ブロンドが部屋を出ていくのを見送った。

「食事中は集中しろ」
「ふぁい、カクマって幾つなの?」
「飲み込んでから話せ、呼び捨てするな、馴れ馴れしい」

じゃあ良いや。面倒だからお肉に集中しよう。
しかし、黙々と食事するブランシュに、痺れを切らしたらしいカクマが口を開いた。

「お前、訊きたいことは無いのか、突然連れてこられて任務を課せられたことに恐怖は無いのか」

ブランシュはお肉を飲み込んでから、口を開いた。

「戸惑いはありますが、命と貞操の無事は約束されているわけですし、衣食住も確保出来ました。しかも大好きなお肉をたくさん食べて良いんだから万々歳ですね」

カクマは呆れた表情でブランシュを見た。

「図太い奴」

それはそうもなりますよ。早くに母を失くし、どうしようもない父親の足拭いをしつつ逃亡生活を送ってきたらね。

「あのままあの町にいたら、いずれ私の未来は無かったでしょう。生き長らえた幸運に感謝します」

ブランシュは両手を組み合わせて目を瞑った。


◇◇◇◇◇◇

こうして毎日餌を与えられたブランシュは、みるみる肥えてきた。

「食べ過ぎだ」

とうとう、カクマに食事の量を減らされた。
ちんまりとお皿に乗ったお肉を眺めてブランシュは唇を噛んだ。

「主様は私に肥え太れと仰せでした」
「そんなことは仰られていない!痩けた頬を何とかしろと言われただけだろうが」
「折角つけた贅肉が勿体無い」
「見た目が悪い。仮にもあの麗しい主様の側で仕えるのだから見苦しくない程度にしてもらわねば、主様の品格が疑われる」

差別発言~。
人を見た目で判断して、外れたものは規格にむりやり嵌めようとする。
何様だ。
これだから金持ちは。

「勘違いするな、お前は借金のかたに買われたのだ。こちらの指示に従ってきっちり働く義務がある。出来ないのなら借金取りに返品する。そうなれば、お前は確実に命か貞操のどちらかを失う」

カクマはブランシュの喉元に指を突き付けた。
ブランシュはカクマを見上げた。

「かしこまりましたでございまする」
「…ふざけてるのか?」
「不敬な態度をお詫びするでがす」
「…どこのマナー講師に学んだらそんな言葉遣いになるんだ」

ブランシュは拳の三分の一ほどの肉をナイフで薄く切り分け、付け合わせの野菜をくるんでフォークに刺し、それにナイフでソースを塗った。
そして、口を小さく開け、静かに咀嚼した。
カクマはその完璧な振る舞いを呆気にとられて見ていた。

「…やれば出来るじゃないか」

ブランシュは目を細めた。

「こう見えて器用なんで」

ナプキンで口元を抑えた後、ブランシュはカクマを見上げた。

「追い出されては堪りませんので体重を落とします。とは言え、食事は私の生き甲斐なので減らされると悲しくなります。なので、身体を動かさせて下さい」

カクマは怪訝な表情でブランシュを見下ろした。
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