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主様の正体
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「あの娘は何をしているんだ」
作業用の広場を眺めていた屋敷の主は、振り向いてブロンドの侍従に尋ねた。
「は、なんでも肉が付きすぎたので、落とすために働かせて欲しいと」
「それで、薪割りを?下男の仕事ではないか」
「あれが一番良いのだそうで」
主は再び視線を窓の外に移し、肩で切り揃えた薄茶の髪を揺らし、斧を振り上げる少女見て呟いた。
「筋肉が付きすぎると困るんだけどなぁ」
◇◇◇◇◇
「ブランシュ、お役目だ」
ある日、掃除中にブロンドに声を掛けられた。
彼の名前はスケルというらしい。主様の侍従で、カクマの先輩だ。
ブランシュはモップを仕舞うと、スケルの後に続いた。
マーキュリー伯爵家に連れてこられてから凡そ40日程経とうとしていた。
ブランシュは肥えた身体を激しい労働で絞った。
見苦しくない体型になったところで、力仕事を取り上げられ、代わりにメイドの仕事を与えられた。
乙女を金で買い上げるような怪しい真似をしている割には、伯爵家で働く人々はマトモだった。
皆、気さくで親切で、主であるオラシオ=マーキュリーを敬愛している。
ブランシュは、この屋敷に連れられてきたあの日以来、オラシオとは会っていない。
何せ美しい造形の顔だった。
特に白い肌は、毛穴がどころか血も通って無さそうなほど作り物めいていた。
スケルは重厚な木の扉の前で立ち止まり、ノックした。
「ブランシュを連れて参りました」
「入れ」
薄暗い部屋の中で、オラシオは悠々と座っていた。複雑な彫刻を施した豪華な椅子の肘掛けに腕を置き、長い足を組んでいる。
相変わらず言葉を失うほどの妖しい美しさだ。
オラシオは、ブランシュの上から下まで視線を走らせた。
「中々良い感じに仕上がったではないか」
「は、ありがとうございます」
頭を下げるスケルの横でブランシュは憮然と立っていた。
頑張ったのは私だ。
または、カクマだ。
カクマは毎日付き添い、叱咤しつつも世話を焼いてくれたが、スケルは殆んど何もしていない。
「むすっとした顔をするな」
スケルが小声で注意をしてくる。
「良い、ブランシュ座れ」
オラシオは脇のソファーを指差した。
ブランシュは背筋を伸ばして進み出て、そのままストンと腰かけた。
「お前の任務について今から説明する」
「はい」
「我マーキュリー家には秘密がある。先祖から代々引き継ぐ特異体質に関わるものだ……ブランシュ、お前は吸血鬼と言う存在について聞いたことがあるか」
ブランシュは目を見開いて当主の美しい顔を見つめた。
「主様がその吸血鬼だと?」
オラシオは顎に手を掛けた。
「まあ、な」
ははあ、継続的にあるものを貰うとは血液のことだったのか。
「つまり、私は主様の食糧に選ばれたのですね」
「すんなり受け入れたな……しかし、ちょっと違うな」
オラシオは口元で笑った。
「どちらかというとオヤツ…嗜好品だな」
◇◇◇◇◇
ブランシュはポリポリと腕を掻いた。
「掻いては駄目だと言っただろう!」
スケルに腕を取られて、ブランシュは眉を下げた。
「だって、痒いんですもん~」
「我慢しろ!小一時間で収まる」
「主様、どうにかならないんですかぁ?」
ブランシュは、満足げに唇を舐めているオラシオに訴え、二つ並んでぷっくりと赤く膨らんだ跡を恨めしそうに見た。
「仕方ない。でも、痛くはなかっただろう?俺の歯の先から麻酔のような物質が注入されるのだ。その効果が切れるとどうやら痒くなるらしい」
「血を吸った後に痒くなるなんて蚊じゃん!」
「こら!ブランシュ口を慎め!」
スケルは焦ってブランシュの口を塞いだ。
オラシオは嫌な顔をしてブランシュを見た。
「驚くほど無礼な奴だな」
ブランシュはスケルに口を覆われながら考えた。
それでも、命に別状が有る訳じゃなし、主様の望まれる時に1日1回ちびっと血を吸われるだけだ。
痒みを我慢するくらい何て事はない。
オラシオはブランシュの抱えていた借金を全額支払ってくれたらしいし、個室を与えられ、美味しいお肉を頂けるこの生活はまさに天国。
ブランシュはスケルの腕を外し、胸に手を当てた。
「失礼しました。このブランシュ、主様の糧を立派に務めさせて頂く所存です。主様の為に一生健康であり続けましょう」
「…まあ、そう気負わんでも良い。一生縛りつける気もないしな」
「えっ、そうなの?!」
「用は済んだ。次のお召しがあるまでお前は持ち場に戻れ」
スケルはブランシュの腕を掴んで出口へ向かい、ドアの外へ押し出した。
鼻先で閉じられたドアを前に、ブランシュは暫し呆然としていたが、気を取り直して廊下を歩き始めた。
「主様はいずれ奥方をお迎えになる。そうなれば吸血への欲求も収まる。お前はそれ迄の繋ぎだ」
カクマはつんと顔を反らした。
「そうなんだ。ご結婚はいつのご予定なの」
庭の掃き掃除を命じられたブランシュは、箒を動かしながら訊ねた。
「同族のドルマン伯爵家のご令嬢メリル様とのご婚約が決まっている。恐らく、ここ数ヶ月の内には御成婚されるだろう」
ブランシュはがっかりして腰を落とした。
「う○こ座りするな!はしたない」
「カクマって貴族じゃないよね、言葉使いが時たまお下品……ま、それは良いとして。じゃあ、私の雇用は短期契約なんだね。身の振り方を考えとかなきゃ」
ブランシュは地面に指で絵を描きながら呟いた。
「メイドで雇用を継続して貰えば良いだろう」
ブランシュは呆れたようにカクマを見上げた。
「夫がついこの間まで血を吸ってた女が同じ屋敷にいたら奥様は良い気はしないでしょ」
カクマは目をぱちくりさせた。
「意外に考えているんだな」
「貴族っていう人種は、良い悪いに関わらず自尊心が高いんだよ。覚えときな」
カクマは口を尖らせた。
「お前こそ知ったかぶりも大概にしろ!下町育ちの癖に」
「生まれは違うよ」
ブランシュは手を払って立ち上がった。
ブランシュは怪訝な顔をして見るカクマに苦笑いした。
「私は堕ちた人間」
「は?」
眉を寄せるカクマに背を向けてブランシュは箒を拾い、屋敷に戻った。
◇◇◇◇◇
ブランシュは腕に噛みついて血を啜るオラシオを見ていた。
伏せた長い睫毛が頬に影を作っている。
透けるような白い肌が、この時だけ少し赤みを帯びる。
いつしか、そんな艶かしく幸せそうなオラシオを眺めるのが喜びになっていた。
誰かの為になるとか、幸せにするとか、逃げて生き伸びる事だけに必死だったブランシュには長く縁のない望みだったから。
オラシオは牙を抜いた。
抜いた痕から滲み出る血液をじっと見つめ、赤い舌で丁寧に舐め取る。
そして、自らの上唇を舐めた。
「うむ。お前の血は美味だ。独特の風味が癖になるな、香りが良い。それに…」
オラシオは何かを言い掛けて口をつぐんだ。
「ありがとうございます。最近は主様の好物の白バラを食しておりますので、その香りかもしれません」
ブランシュの言葉にオラシオは眉を寄せた。
「花など、普通の人間には旨くなかろう。無理に食う必要はない」
オラシオの主食は花と果物。肉や魚も食べれない事はないが、お腹を壊すらしい。
「ジャムにするんですよ。パンに塗って食べると旨いです。お茶に入れてもいけます」
「ほう、興味はあるな」
「けど、主食がお花や果物なんて、本当に虫みた…」
ブランシュは言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「お前の無礼さには免疫がついたので気を遣わずとも良い。…まあ、確かに蚊みたいなもんだからなぁ」
オラシオは視線を上に向けた。
「同族で吸血への衝動を持つ者は、最早、男では俺しかいないと聞いている。妊娠した女には純血でなくとも未だに症状が出るらしいが」
蚊は交尾後の雌しか吸血しない。
卵を産むための栄養として血液を求めるからだ。
普段は雄と同じように花の蜜や果汁を吸って糧としている…と聞いたことがある。
オラシオは深く椅子に凭れて鼻で笑った。
「それこそ以前はモスキート族と呼ばれたこともあったらしいが…徐々に数を減らし体質も薄まってきた今では、我らの存在を知る者は殆んどいない。架空の生物扱いだ。そして、男としては唯一純血の吸血鬼の俺は、一族の中でも特異な存在となってしまった」
ブランシュはじわじわと現れてきた痒みに耐えながら、オラシオを見つめた。
「主様が特異な方で良かったです。そのお陰で私はこうして人間らしい生活が送れているんですから」
ブランシュはオラシオの肩に手を置いた。
「だから、ま、気にすんなよ」
オラシオはその手をそっと外した。
「何なんだお前は」
作業用の広場を眺めていた屋敷の主は、振り向いてブロンドの侍従に尋ねた。
「は、なんでも肉が付きすぎたので、落とすために働かせて欲しいと」
「それで、薪割りを?下男の仕事ではないか」
「あれが一番良いのだそうで」
主は再び視線を窓の外に移し、肩で切り揃えた薄茶の髪を揺らし、斧を振り上げる少女見て呟いた。
「筋肉が付きすぎると困るんだけどなぁ」
◇◇◇◇◇
「ブランシュ、お役目だ」
ある日、掃除中にブロンドに声を掛けられた。
彼の名前はスケルというらしい。主様の侍従で、カクマの先輩だ。
ブランシュはモップを仕舞うと、スケルの後に続いた。
マーキュリー伯爵家に連れてこられてから凡そ40日程経とうとしていた。
ブランシュは肥えた身体を激しい労働で絞った。
見苦しくない体型になったところで、力仕事を取り上げられ、代わりにメイドの仕事を与えられた。
乙女を金で買い上げるような怪しい真似をしている割には、伯爵家で働く人々はマトモだった。
皆、気さくで親切で、主であるオラシオ=マーキュリーを敬愛している。
ブランシュは、この屋敷に連れられてきたあの日以来、オラシオとは会っていない。
何せ美しい造形の顔だった。
特に白い肌は、毛穴がどころか血も通って無さそうなほど作り物めいていた。
スケルは重厚な木の扉の前で立ち止まり、ノックした。
「ブランシュを連れて参りました」
「入れ」
薄暗い部屋の中で、オラシオは悠々と座っていた。複雑な彫刻を施した豪華な椅子の肘掛けに腕を置き、長い足を組んでいる。
相変わらず言葉を失うほどの妖しい美しさだ。
オラシオは、ブランシュの上から下まで視線を走らせた。
「中々良い感じに仕上がったではないか」
「は、ありがとうございます」
頭を下げるスケルの横でブランシュは憮然と立っていた。
頑張ったのは私だ。
または、カクマだ。
カクマは毎日付き添い、叱咤しつつも世話を焼いてくれたが、スケルは殆んど何もしていない。
「むすっとした顔をするな」
スケルが小声で注意をしてくる。
「良い、ブランシュ座れ」
オラシオは脇のソファーを指差した。
ブランシュは背筋を伸ばして進み出て、そのままストンと腰かけた。
「お前の任務について今から説明する」
「はい」
「我マーキュリー家には秘密がある。先祖から代々引き継ぐ特異体質に関わるものだ……ブランシュ、お前は吸血鬼と言う存在について聞いたことがあるか」
ブランシュは目を見開いて当主の美しい顔を見つめた。
「主様がその吸血鬼だと?」
オラシオは顎に手を掛けた。
「まあ、な」
ははあ、継続的にあるものを貰うとは血液のことだったのか。
「つまり、私は主様の食糧に選ばれたのですね」
「すんなり受け入れたな……しかし、ちょっと違うな」
オラシオは口元で笑った。
「どちらかというとオヤツ…嗜好品だな」
◇◇◇◇◇
ブランシュはポリポリと腕を掻いた。
「掻いては駄目だと言っただろう!」
スケルに腕を取られて、ブランシュは眉を下げた。
「だって、痒いんですもん~」
「我慢しろ!小一時間で収まる」
「主様、どうにかならないんですかぁ?」
ブランシュは、満足げに唇を舐めているオラシオに訴え、二つ並んでぷっくりと赤く膨らんだ跡を恨めしそうに見た。
「仕方ない。でも、痛くはなかっただろう?俺の歯の先から麻酔のような物質が注入されるのだ。その効果が切れるとどうやら痒くなるらしい」
「血を吸った後に痒くなるなんて蚊じゃん!」
「こら!ブランシュ口を慎め!」
スケルは焦ってブランシュの口を塞いだ。
オラシオは嫌な顔をしてブランシュを見た。
「驚くほど無礼な奴だな」
ブランシュはスケルに口を覆われながら考えた。
それでも、命に別状が有る訳じゃなし、主様の望まれる時に1日1回ちびっと血を吸われるだけだ。
痒みを我慢するくらい何て事はない。
オラシオはブランシュの抱えていた借金を全額支払ってくれたらしいし、個室を与えられ、美味しいお肉を頂けるこの生活はまさに天国。
ブランシュはスケルの腕を外し、胸に手を当てた。
「失礼しました。このブランシュ、主様の糧を立派に務めさせて頂く所存です。主様の為に一生健康であり続けましょう」
「…まあ、そう気負わんでも良い。一生縛りつける気もないしな」
「えっ、そうなの?!」
「用は済んだ。次のお召しがあるまでお前は持ち場に戻れ」
スケルはブランシュの腕を掴んで出口へ向かい、ドアの外へ押し出した。
鼻先で閉じられたドアを前に、ブランシュは暫し呆然としていたが、気を取り直して廊下を歩き始めた。
「主様はいずれ奥方をお迎えになる。そうなれば吸血への欲求も収まる。お前はそれ迄の繋ぎだ」
カクマはつんと顔を反らした。
「そうなんだ。ご結婚はいつのご予定なの」
庭の掃き掃除を命じられたブランシュは、箒を動かしながら訊ねた。
「同族のドルマン伯爵家のご令嬢メリル様とのご婚約が決まっている。恐らく、ここ数ヶ月の内には御成婚されるだろう」
ブランシュはがっかりして腰を落とした。
「う○こ座りするな!はしたない」
「カクマって貴族じゃないよね、言葉使いが時たまお下品……ま、それは良いとして。じゃあ、私の雇用は短期契約なんだね。身の振り方を考えとかなきゃ」
ブランシュは地面に指で絵を描きながら呟いた。
「メイドで雇用を継続して貰えば良いだろう」
ブランシュは呆れたようにカクマを見上げた。
「夫がついこの間まで血を吸ってた女が同じ屋敷にいたら奥様は良い気はしないでしょ」
カクマは目をぱちくりさせた。
「意外に考えているんだな」
「貴族っていう人種は、良い悪いに関わらず自尊心が高いんだよ。覚えときな」
カクマは口を尖らせた。
「お前こそ知ったかぶりも大概にしろ!下町育ちの癖に」
「生まれは違うよ」
ブランシュは手を払って立ち上がった。
ブランシュは怪訝な顔をして見るカクマに苦笑いした。
「私は堕ちた人間」
「は?」
眉を寄せるカクマに背を向けてブランシュは箒を拾い、屋敷に戻った。
◇◇◇◇◇
ブランシュは腕に噛みついて血を啜るオラシオを見ていた。
伏せた長い睫毛が頬に影を作っている。
透けるような白い肌が、この時だけ少し赤みを帯びる。
いつしか、そんな艶かしく幸せそうなオラシオを眺めるのが喜びになっていた。
誰かの為になるとか、幸せにするとか、逃げて生き伸びる事だけに必死だったブランシュには長く縁のない望みだったから。
オラシオは牙を抜いた。
抜いた痕から滲み出る血液をじっと見つめ、赤い舌で丁寧に舐め取る。
そして、自らの上唇を舐めた。
「うむ。お前の血は美味だ。独特の風味が癖になるな、香りが良い。それに…」
オラシオは何かを言い掛けて口をつぐんだ。
「ありがとうございます。最近は主様の好物の白バラを食しておりますので、その香りかもしれません」
ブランシュの言葉にオラシオは眉を寄せた。
「花など、普通の人間には旨くなかろう。無理に食う必要はない」
オラシオの主食は花と果物。肉や魚も食べれない事はないが、お腹を壊すらしい。
「ジャムにするんですよ。パンに塗って食べると旨いです。お茶に入れてもいけます」
「ほう、興味はあるな」
「けど、主食がお花や果物なんて、本当に虫みた…」
ブランシュは言葉をすんでのところで飲み込んだ。
「お前の無礼さには免疫がついたので気を遣わずとも良い。…まあ、確かに蚊みたいなもんだからなぁ」
オラシオは視線を上に向けた。
「同族で吸血への衝動を持つ者は、最早、男では俺しかいないと聞いている。妊娠した女には純血でなくとも未だに症状が出るらしいが」
蚊は交尾後の雌しか吸血しない。
卵を産むための栄養として血液を求めるからだ。
普段は雄と同じように花の蜜や果汁を吸って糧としている…と聞いたことがある。
オラシオは深く椅子に凭れて鼻で笑った。
「それこそ以前はモスキート族と呼ばれたこともあったらしいが…徐々に数を減らし体質も薄まってきた今では、我らの存在を知る者は殆んどいない。架空の生物扱いだ。そして、男としては唯一純血の吸血鬼の俺は、一族の中でも特異な存在となってしまった」
ブランシュはじわじわと現れてきた痒みに耐えながら、オラシオを見つめた。
「主様が特異な方で良かったです。そのお陰で私はこうして人間らしい生活が送れているんですから」
ブランシュはオラシオの肩に手を置いた。
「だから、ま、気にすんなよ」
オラシオはその手をそっと外した。
「何なんだお前は」
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