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摂りすぎ注意
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スケルは主の部屋の前で凍りついていた。
「んっ、く、ああっ」
「ふっ、もう降参かブランシュ、口ほどにもないな」
「あっ、だって、主様がそんなにするから」
「もういくぞ」
「やっ、待って、まだ」
スケルは思い切って扉を開けた。
主とブランシュはテーブルを挟んで手を握りあっていた。
「…何をしておいでなんですか?」
恐る恐る問い掛ける声に、オラシオは顔を上げた。
「腕相撲だ。ブランシュが力ならそこらの男には負けんというので相手になっていた」
「主様ってば見掛けに寄らず怪力なんですね、今迄勝負した男性の中で一番強い」
「血を吸うだけではないぞ、怪力と高い身体能力は我一族が誇るところだ」
ブランシュの手をパタリと倒し、オラシオはそのまま手を引き寄せた。
「約束の二回分な」
頷くブランシュを確認した後、口を開け、肘の内側に噛みついた。
「二回分?大丈夫なのか、ブランシュ」
スケルは戸惑い、ブランシュに確認した。
「問題はございません」
事も無げに答えるブランシュと、腕に吸い付くオラシオを見て、スケルは唾を飲んだ。
そして、所在無げに身体を揺らすと、そっと部屋から出ていった。
「依存?」
カクマはスケルの言葉を復唱した。
スケルは神妙な顔をして頷いた。
「元々気さくな方ではあるが、ブランシュに対して気を許しすぎているように見えないか」
「アイツは単純バカで思ったことは直ぐ口に出すから、警戒しようがないだけじゃないですか?」
「なにより血の味をお気に召しているようで、頻繁にお呼びになる。今迄の糧はせいぜいが3日に1回程度だったろう?」
カクマは自らの腕を擦った。
「俺もお前も1日に1回以上は耐えられないと主様が判断してご配慮頂いていた」
そう、この屋敷に働く者は、かつて主の糧を務めていたものが殆んどだ。
長く血を吸われた人間には、いずれ中毒症状が現れる。
人によって違いはあるが、不眠やかぶれ、食欲不振、手足の痺れなどだ。
吸血の際にオラシオから注がれる麻酔物質、もしくは、修復作用のある唾液のせいではないかと考えられるが詳しい事はわからない。
オラシオはそれを憂い、なるべく短期間で糧を入れ替え、摂取量も加減するようにしていた。
筈なのだが…
「ここ3ヶ月の間、ブランシュ以外の血を主様は召し上がっておられない。しかも、摂取量も多い」
カクマは窓の外を見た。
ブランシュが中庭で箒を手に落ち葉をかき集めている。
体調に問題があるようには見えない。
力が強く体力もあるので人の2倍は働く、良い娘を雇ってくれた、とメイド長は絶賛していた。
ただ、とにかく大食いで肉は欠かせない、餌代がかかる、と苦笑いしていたが。
「このままでは不味い。来週にはメリル様もご訪問される。幸い、まだ男女の関係には至っていないようだが…」
カクマは面食らってスケルを振り仰いだ。
「あの色気の枯渇したゴリラ女がオラシオ様とそんな関係になるわけがないでしょう!」
スケルは腕を組んで溜め息をついた。
「俺もそう思うがな、オラシオ様と相性が良いのは間違いない。…もしかしたら純血であるメリル様よりな。あの娘、いったい何者なんだ」
オラシオは己の牙を舌で撫でた。
数刻前に啜ったばかりの甘美な味を思い出し、身体がざわめき、飢餓感が押し寄せた。
そして、きつく目を閉じた。
(いかん。このままブランシュの血を摂取し続ければ、間違いなく依存する。暫く間を置かないと…)
額に手を当てて呼吸を整えた。
オラシオにとって吸血は腹を満たすものではない。精神安定剤のようなもの、嗜好品だ。
無くても死ぬわけではない。
本来は精を吸うための行為で、いずれ妻を娶り、定期的に交われば収まるものであるらしい。
(しかし…)
ブランシュの血は、今迄飲んだどのものより香り豊かでまろやかで美味。
摂取すれば満たされ、その後、気分が高揚し五感が研ぎ澄まされる。
つまり、滋養強壮効果が高い。
オラシオは完全夜型で、日中は低血圧気味で録な雑務もこなせない。
それがどうだ。
オラシオは両手を握る。
力が充ちている。
頭も冴え渡っている。
これなら、引き込もり伯爵の汚名を払拭し、貴族として太陽の下で功績を上げることも叶うだろう。
強い力を持つ一族の存在は、嘗て王宮にとっての脅威であった。
遠い過去に盟約を交わして以来、生活の保障と引き換えに、国内での表立った行動は制限されている。
一族は王宮より公に出来ない依頼を受け、闇に紛れて活動し、それにより報酬を得ている。
領土を持たない貴族なのだ。
いずれ弱体化して普通の人間に成り下がり、血を繋げず絶滅の危機に陥ったとして、その時に果たしてこの国に居場所はあるのか。
オラシオは立ち上がり、キャビネットに置かれた写真立てを手に取った。
そこに映るのは在りし日の両親だ。
(俺もいずれ…そうするか。それとも一族の総意に従い、この国に居座るために血を繋ぐか…)
ドルマン家からは成婚を早めるように急かされている。
一人でも多くの子孫を残すのは由緒ある血筋を受け継ぐオラシオの使命であると、それが、一族が生き残る術であると同胞は言うが…
オラシオは銀髪をかき上げた。
そして再び牙を舐める。
無性にブランシュの肌に牙を突き立てたくなった。
「んっ、く、ああっ」
「ふっ、もう降参かブランシュ、口ほどにもないな」
「あっ、だって、主様がそんなにするから」
「もういくぞ」
「やっ、待って、まだ」
スケルは思い切って扉を開けた。
主とブランシュはテーブルを挟んで手を握りあっていた。
「…何をしておいでなんですか?」
恐る恐る問い掛ける声に、オラシオは顔を上げた。
「腕相撲だ。ブランシュが力ならそこらの男には負けんというので相手になっていた」
「主様ってば見掛けに寄らず怪力なんですね、今迄勝負した男性の中で一番強い」
「血を吸うだけではないぞ、怪力と高い身体能力は我一族が誇るところだ」
ブランシュの手をパタリと倒し、オラシオはそのまま手を引き寄せた。
「約束の二回分な」
頷くブランシュを確認した後、口を開け、肘の内側に噛みついた。
「二回分?大丈夫なのか、ブランシュ」
スケルは戸惑い、ブランシュに確認した。
「問題はございません」
事も無げに答えるブランシュと、腕に吸い付くオラシオを見て、スケルは唾を飲んだ。
そして、所在無げに身体を揺らすと、そっと部屋から出ていった。
「依存?」
カクマはスケルの言葉を復唱した。
スケルは神妙な顔をして頷いた。
「元々気さくな方ではあるが、ブランシュに対して気を許しすぎているように見えないか」
「アイツは単純バカで思ったことは直ぐ口に出すから、警戒しようがないだけじゃないですか?」
「なにより血の味をお気に召しているようで、頻繁にお呼びになる。今迄の糧はせいぜいが3日に1回程度だったろう?」
カクマは自らの腕を擦った。
「俺もお前も1日に1回以上は耐えられないと主様が判断してご配慮頂いていた」
そう、この屋敷に働く者は、かつて主の糧を務めていたものが殆んどだ。
長く血を吸われた人間には、いずれ中毒症状が現れる。
人によって違いはあるが、不眠やかぶれ、食欲不振、手足の痺れなどだ。
吸血の際にオラシオから注がれる麻酔物質、もしくは、修復作用のある唾液のせいではないかと考えられるが詳しい事はわからない。
オラシオはそれを憂い、なるべく短期間で糧を入れ替え、摂取量も加減するようにしていた。
筈なのだが…
「ここ3ヶ月の間、ブランシュ以外の血を主様は召し上がっておられない。しかも、摂取量も多い」
カクマは窓の外を見た。
ブランシュが中庭で箒を手に落ち葉をかき集めている。
体調に問題があるようには見えない。
力が強く体力もあるので人の2倍は働く、良い娘を雇ってくれた、とメイド長は絶賛していた。
ただ、とにかく大食いで肉は欠かせない、餌代がかかる、と苦笑いしていたが。
「このままでは不味い。来週にはメリル様もご訪問される。幸い、まだ男女の関係には至っていないようだが…」
カクマは面食らってスケルを振り仰いだ。
「あの色気の枯渇したゴリラ女がオラシオ様とそんな関係になるわけがないでしょう!」
スケルは腕を組んで溜め息をついた。
「俺もそう思うがな、オラシオ様と相性が良いのは間違いない。…もしかしたら純血であるメリル様よりな。あの娘、いったい何者なんだ」
オラシオは己の牙を舌で撫でた。
数刻前に啜ったばかりの甘美な味を思い出し、身体がざわめき、飢餓感が押し寄せた。
そして、きつく目を閉じた。
(いかん。このままブランシュの血を摂取し続ければ、間違いなく依存する。暫く間を置かないと…)
額に手を当てて呼吸を整えた。
オラシオにとって吸血は腹を満たすものではない。精神安定剤のようなもの、嗜好品だ。
無くても死ぬわけではない。
本来は精を吸うための行為で、いずれ妻を娶り、定期的に交われば収まるものであるらしい。
(しかし…)
ブランシュの血は、今迄飲んだどのものより香り豊かでまろやかで美味。
摂取すれば満たされ、その後、気分が高揚し五感が研ぎ澄まされる。
つまり、滋養強壮効果が高い。
オラシオは完全夜型で、日中は低血圧気味で録な雑務もこなせない。
それがどうだ。
オラシオは両手を握る。
力が充ちている。
頭も冴え渡っている。
これなら、引き込もり伯爵の汚名を払拭し、貴族として太陽の下で功績を上げることも叶うだろう。
強い力を持つ一族の存在は、嘗て王宮にとっての脅威であった。
遠い過去に盟約を交わして以来、生活の保障と引き換えに、国内での表立った行動は制限されている。
一族は王宮より公に出来ない依頼を受け、闇に紛れて活動し、それにより報酬を得ている。
領土を持たない貴族なのだ。
いずれ弱体化して普通の人間に成り下がり、血を繋げず絶滅の危機に陥ったとして、その時に果たしてこの国に居場所はあるのか。
オラシオは立ち上がり、キャビネットに置かれた写真立てを手に取った。
そこに映るのは在りし日の両親だ。
(俺もいずれ…そうするか。それとも一族の総意に従い、この国に居座るために血を繋ぐか…)
ドルマン家からは成婚を早めるように急かされている。
一人でも多くの子孫を残すのは由緒ある血筋を受け継ぐオラシオの使命であると、それが、一族が生き残る術であると同胞は言うが…
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無性にブランシュの肌に牙を突き立てたくなった。
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