4 / 12
月夜
しおりを挟む
ブランシュはそっと部屋を抜け出して屋敷の庭に出た。
大きな月が、空から煌々と光を降り注いでいる。
ブランシュはその光を避けるように背を低くして庭の奥に広がる茂みに向かった。
何処かで遠吠えが聞こえた。
ブランシュは耳を澄ます。
鬱蒼とした広大な森は隣国へと繋がっているらしい。
狼や熊などの獣が生息する上に磁場も狂う危険な森なのだそうで、屋敷の者は足を踏み入れることを禁じられている。
遠吠えは直も続く。
仲間を呼ぶように。
ブランシュは茂みの影に座り込み、ぼんやりとした。
袖の上からカリ、と腕を掻く。
そして、膝を抱えて顔を埋めた。
涙腺など遠い昔に干上がって機能しないと思っていたが、目の下がムズムズとしてきた。
(居心地が良すぎた)
そして、久しぶりにあの疑問が襲ってきた。
(私が生き続ける意味とは何だろう)
また、あの日々が始まるのかと思うと、足が震える。
(いっそのこと消えてしまいたい)
しかし、父は決してそれを許さないだろう。
父を独りぼっちにするのも胸が痛い。
ブランシュはネガティブな考えを振り払うように頭を振った。
(しっかりしろ、こんなところで挫けてどうする。私は自由を手に入れる、絶対。そのために今までがむしゃらに生きてきたんじゃないか)
灯りが消えて真っ暗のオラシオの部屋を見上げた。
オラシオが羨ましい。
異端な存在でありながら、不自由なく暮らし、皆に慕われている。
オラシオと自分達は何故こんなにも違うのか。
しかし、妬ましいとは思わない。
むしろ、オラシオには感謝をしている。
一時でも人間らしい生活と感情を味わせてくれた。
…だからこそ、迷惑は掛けられない。
ブランシュは顔を上げた。
「そこで何をしている」
月明かりを背後に茂みの上から覗き込む人物を見て、ブランシュは息を止めた。
「主様こそ、こんな真夜中にいかがされたんです?」
「俺は元々夜行性だ」
「そうでしたね。…私は月がきれいだったので眺めていただけです。もう部屋に戻ります」
ブランシュは立ち上がり、服を払うとオラシオの横を擦り付けた。
「待て、ブランシュ」
ブランシュは振り向いた。
月の光を浴びてオラシオの銀髪がキラキラ輝いている。
彫りの深い顔が作る陰影と宝石のように透明な紫の瞳。
黒いマントと、シャツに結ばれた黒いベルベットのリボンが風に靡いている。
すらっと伸びた長い手足。
主様は美しい。
まるで物語の中の王子様のよう。
それほど、幻想的で美しい。
ブランシュは思い知る。
それこそが、オラシオとブランシュの違いだ。
「何か?」
「明日から暫く吸血を控える。俺の元へ来なくて良い」
ブランシュの胸に重いものが落ちてきた。
しかし、それを顔に出さぬほどのふてぶてしさは持ち合わせている。
「承知しました」
ブランシュは腰を折った。
立ち去ろうとしたブランシュの腕をオラシオが掴んだ。
「ブランシュ、どうした」
「何もございません」
「…泣いたのか?」
「私は目から水がでない体質です」
「しかし…」
「狼が…」
ブランシュはニッコリ笑った。
「今宵は狼が騒いでいるようです。お出掛けの際はお気をつけ下さい」
**********
「ブランシュはあの町の生まれではない。父親と共に国内を転々としていたようだ」
スケルは報告書をテーブルに投げた。
カクマはそれを手に取り、パラパラと捲った。
「母親を早くに亡くしたとは言っていましたが」
「1つの町に一年と居たことがないようだ。しかし、ブランシュはそれなりの教育を受けている、マナーの基礎も身に付いていると講師が言っている」
薄茶の髪に琥珀の瞳の平凡な見掛けの何処にでもいる少女。
特徴と言えば少々力が強く大食い、そして、オラシオの吸血に対して耐性を持つ特異な体質だということぐらいだ。
カクマはふと、ブランシュの言葉を思い出す。
自分は堕ちた人間だ、と言っていた。
元々はそれなりの身分であったのかもしれない。
あんなに下品で無礼なのに。
「父親の行方はわからない。娘がかどかわされたというのに薄情なものだ」
スケルは眉をしかめて手を組んだ。
「ブランシュは父親に会いたいと思っているのでしょうか」
「さあな、騙されて多額の借金を背負った上に娘を売って逃亡するような父親だ。愛想を尽かしてもおかしくないがな…で、そのブランシュは何をしている?屋敷の中には見掛けないようだが」
「バラ園です。畝を増やして新しくバラの苗を植えるのだと張り切っています。メリル様がおいでになられたら食してもらうのだと」
「驚いたな、こんなのは初めて見る」
庭師の老人は驚いて、挿し木を摘まんだ。
「これなら直ぐに定植出来る」
ブランシュは移植ゴテで土を掘った。
「来年、花は咲きますかね」
「普通なら、2、3年掛かるところだが、この成長ぶりなら、もしかしたらいけるやもしれん。それにしても、どうやってこんなに根を付かせたんだ」
ブランシュは額の汗を拭いながら答えた。
「オリジナルの発根促進剤を使いました」
老人は身を乗り出した。
「なんと!是非教えてくれ」
「門外不出なので」
ブランシュは申し訳なさそうに微笑み、苗を植えて根元を押さえた。
苗を植え終わり、ブランシュはオラシオの主食となる薔薇を摘んでいた。
ひとつずつ丁寧に摘み取り、籠に入れていく。
白、赤、桃、橙、黄…色とりどりの薔薇が咲き乱れる温室は華やかな香りで満ち、むせかえるほどだ。
ブランシュには腹の足しにもならぬ儚げな感触のこれがオラシオの糧となる。
しかし、美しいオラシオには相応しい。
一際大輪の白薔薇の株の前で、ブランシュは鋏を取り出し、自らの指にその鋭い切っ先を向けた。
僅かな痛みの後に、指の腹に血が盛り上がるのを見て、ブランシュは屈んだ。
薔薇の根元にポタポタと血が滴り落ちて地面に染みていく。
この薔薇はオラシオの一番のお気に入りだ。
ブランシュは頬に手を当てて、その様子をぼぅと眺めた。
今迄、半信半疑だった、いや、恐ろしくて確かめる事が出来なかった己の血の価値を、認めざるを得ない。
躍起になってブランシュと父を追いかける者達の目的は迷信などでは無かった。
それならば、いずれ捕まり飼われることになる前に、自分の意思で使いたい。
「ブランシュ、止めろ」
後ろから強い力で手首を掴まれ、ブランシュは尻餅をついた。
見上げると、目を見開いたオラシオがいた。
「何故そんなことを」
ブランシュは表情を崩さずに答えた。
「薔薇の刺で傷つけてしまったのです」
「鋏で刺したように見えたが」
「何故、わざわざ自傷する必要があるんですか。私は痛みで快感を得るタイプじゃないんで、いったってノーマルです」
「…このままでは仕事に差し障るだろう」
オラシオはブランシュの出血した人差し指をペロリと舐めた。
オラシオの唾液には傷の修復作用がある。
単なる治療目的で始まったその行為が、妖しい気配を帯びてくるのをブランシュは察知した。
オラシオはブランシュの指を舐めるだけでは飽きたらず、口に含み、ちゅうちゅうと吸い始めた。
オラシオがブランシュからの吸血を中止してから3日が経っている。
ブランシュの鼓動が激しく胸を打った。
背中を冷や汗が伝う。
ブランシュは渾身の力で手を引き抜いた。
オラシオはぼんやりと空になった掌を見つめている。
「主様、私の血は吸わぬと仰られたでしょう。自重されますよう」
ブランシュは荒い息を落ち着け、オラシオを睨んだ。
「ああ、まあ、だが、それは暫くの間で…」
「いいえ!」
ブランシュは吸われた指をもう一方の手で握って震えた。
「二度と口にされない方が良い」
オラシオは眉をしかめ、うかがうようにブランシュを見た。
「何故だ?」
ブランシュは唇を噛んだ。
「私には重大な疾患があります。血を吸うことで主様に悪い影響が出るかもしれない」
オラシオは黙って聞いていた。
「今迄黙っていて申し訳ございませんでした」
ブランシュは頭を下げた。
「お役目を果たせない以上、お世話になる訳には参りません。近い内にお暇させて頂きます」
オラシオはブランシュに歩み寄り、その細い顎を掴んで己の顔を近付けた。
「お前は嘘をついている。俺は異変のある血なら直ぐわかる、匂いでな。お前は至って健康だ、むしろ…」
ブランシュの大きな琥珀の瞳が強い光を纏ってオラシオを見た。
「だからそれが疾患だと言っているのです。これ以上お召しになれば、困ったことになります」
「ほう、どうなるのだ」
ブランシュはオラシオの手首を掴み、引き剥がした。
「私は飼われるつもりはございません。主様には感謝しておりますが、私は誰にも縛られないブランシュで居たいのです。私がここまで生き延びてきたのは自由になるため。今更それを諦める訳にはいかないのです」
オラシオは唇を舐めた。鋭い牙が覗く。
両手を広げ、首をかしげた。
「…なるほど、ここから逃げると?」
ブランシュはオラシオから滲み出る物騒なオーラに腰を下げて後退りした。
オラシオはクスクスと笑った。
「どうした?臆病な狼のようだな。あやつらは森のギャング気取りだが、俺を見たら皆そうなる」
顎を上げて紫の目を見開くオラシオには、普段の穏やかな雰囲気など微塵も感じられない。
ブランシュはぶるぶると震えた。
全身が脈打ち、大きく鳴る心臓の音が耳を占拠する。
(怖い…)
これは、本能的な恐怖だ。
圧倒的強者を前にした弱者の絶望。
逃げたい……しかし、背中を向けたとたん、オラシオはブランシュを追い、直ぐ様捕まえるだろう。
「俺は嘘をつかれるのが大嫌いだ」
ブランシュは翻る黒いマントを視界の隅に見た。
その瞬間、首を掴まれていた。
ブランシュは両手でその手首を掴み、剥がしにかかるが、びくともしない。
オラシオはクンクンとブランシュの頬の匂いを嗅いだ。
「旨そうな匂いだな。さあ、ブランシュお仕置きだ。お前が誰の物か思い知るが良い」
オラシオが牙を剥いた。
大きな月が、空から煌々と光を降り注いでいる。
ブランシュはその光を避けるように背を低くして庭の奥に広がる茂みに向かった。
何処かで遠吠えが聞こえた。
ブランシュは耳を澄ます。
鬱蒼とした広大な森は隣国へと繋がっているらしい。
狼や熊などの獣が生息する上に磁場も狂う危険な森なのだそうで、屋敷の者は足を踏み入れることを禁じられている。
遠吠えは直も続く。
仲間を呼ぶように。
ブランシュは茂みの影に座り込み、ぼんやりとした。
袖の上からカリ、と腕を掻く。
そして、膝を抱えて顔を埋めた。
涙腺など遠い昔に干上がって機能しないと思っていたが、目の下がムズムズとしてきた。
(居心地が良すぎた)
そして、久しぶりにあの疑問が襲ってきた。
(私が生き続ける意味とは何だろう)
また、あの日々が始まるのかと思うと、足が震える。
(いっそのこと消えてしまいたい)
しかし、父は決してそれを許さないだろう。
父を独りぼっちにするのも胸が痛い。
ブランシュはネガティブな考えを振り払うように頭を振った。
(しっかりしろ、こんなところで挫けてどうする。私は自由を手に入れる、絶対。そのために今までがむしゃらに生きてきたんじゃないか)
灯りが消えて真っ暗のオラシオの部屋を見上げた。
オラシオが羨ましい。
異端な存在でありながら、不自由なく暮らし、皆に慕われている。
オラシオと自分達は何故こんなにも違うのか。
しかし、妬ましいとは思わない。
むしろ、オラシオには感謝をしている。
一時でも人間らしい生活と感情を味わせてくれた。
…だからこそ、迷惑は掛けられない。
ブランシュは顔を上げた。
「そこで何をしている」
月明かりを背後に茂みの上から覗き込む人物を見て、ブランシュは息を止めた。
「主様こそ、こんな真夜中にいかがされたんです?」
「俺は元々夜行性だ」
「そうでしたね。…私は月がきれいだったので眺めていただけです。もう部屋に戻ります」
ブランシュは立ち上がり、服を払うとオラシオの横を擦り付けた。
「待て、ブランシュ」
ブランシュは振り向いた。
月の光を浴びてオラシオの銀髪がキラキラ輝いている。
彫りの深い顔が作る陰影と宝石のように透明な紫の瞳。
黒いマントと、シャツに結ばれた黒いベルベットのリボンが風に靡いている。
すらっと伸びた長い手足。
主様は美しい。
まるで物語の中の王子様のよう。
それほど、幻想的で美しい。
ブランシュは思い知る。
それこそが、オラシオとブランシュの違いだ。
「何か?」
「明日から暫く吸血を控える。俺の元へ来なくて良い」
ブランシュの胸に重いものが落ちてきた。
しかし、それを顔に出さぬほどのふてぶてしさは持ち合わせている。
「承知しました」
ブランシュは腰を折った。
立ち去ろうとしたブランシュの腕をオラシオが掴んだ。
「ブランシュ、どうした」
「何もございません」
「…泣いたのか?」
「私は目から水がでない体質です」
「しかし…」
「狼が…」
ブランシュはニッコリ笑った。
「今宵は狼が騒いでいるようです。お出掛けの際はお気をつけ下さい」
**********
「ブランシュはあの町の生まれではない。父親と共に国内を転々としていたようだ」
スケルは報告書をテーブルに投げた。
カクマはそれを手に取り、パラパラと捲った。
「母親を早くに亡くしたとは言っていましたが」
「1つの町に一年と居たことがないようだ。しかし、ブランシュはそれなりの教育を受けている、マナーの基礎も身に付いていると講師が言っている」
薄茶の髪に琥珀の瞳の平凡な見掛けの何処にでもいる少女。
特徴と言えば少々力が強く大食い、そして、オラシオの吸血に対して耐性を持つ特異な体質だということぐらいだ。
カクマはふと、ブランシュの言葉を思い出す。
自分は堕ちた人間だ、と言っていた。
元々はそれなりの身分であったのかもしれない。
あんなに下品で無礼なのに。
「父親の行方はわからない。娘がかどかわされたというのに薄情なものだ」
スケルは眉をしかめて手を組んだ。
「ブランシュは父親に会いたいと思っているのでしょうか」
「さあな、騙されて多額の借金を背負った上に娘を売って逃亡するような父親だ。愛想を尽かしてもおかしくないがな…で、そのブランシュは何をしている?屋敷の中には見掛けないようだが」
「バラ園です。畝を増やして新しくバラの苗を植えるのだと張り切っています。メリル様がおいでになられたら食してもらうのだと」
「驚いたな、こんなのは初めて見る」
庭師の老人は驚いて、挿し木を摘まんだ。
「これなら直ぐに定植出来る」
ブランシュは移植ゴテで土を掘った。
「来年、花は咲きますかね」
「普通なら、2、3年掛かるところだが、この成長ぶりなら、もしかしたらいけるやもしれん。それにしても、どうやってこんなに根を付かせたんだ」
ブランシュは額の汗を拭いながら答えた。
「オリジナルの発根促進剤を使いました」
老人は身を乗り出した。
「なんと!是非教えてくれ」
「門外不出なので」
ブランシュは申し訳なさそうに微笑み、苗を植えて根元を押さえた。
苗を植え終わり、ブランシュはオラシオの主食となる薔薇を摘んでいた。
ひとつずつ丁寧に摘み取り、籠に入れていく。
白、赤、桃、橙、黄…色とりどりの薔薇が咲き乱れる温室は華やかな香りで満ち、むせかえるほどだ。
ブランシュには腹の足しにもならぬ儚げな感触のこれがオラシオの糧となる。
しかし、美しいオラシオには相応しい。
一際大輪の白薔薇の株の前で、ブランシュは鋏を取り出し、自らの指にその鋭い切っ先を向けた。
僅かな痛みの後に、指の腹に血が盛り上がるのを見て、ブランシュは屈んだ。
薔薇の根元にポタポタと血が滴り落ちて地面に染みていく。
この薔薇はオラシオの一番のお気に入りだ。
ブランシュは頬に手を当てて、その様子をぼぅと眺めた。
今迄、半信半疑だった、いや、恐ろしくて確かめる事が出来なかった己の血の価値を、認めざるを得ない。
躍起になってブランシュと父を追いかける者達の目的は迷信などでは無かった。
それならば、いずれ捕まり飼われることになる前に、自分の意思で使いたい。
「ブランシュ、止めろ」
後ろから強い力で手首を掴まれ、ブランシュは尻餅をついた。
見上げると、目を見開いたオラシオがいた。
「何故そんなことを」
ブランシュは表情を崩さずに答えた。
「薔薇の刺で傷つけてしまったのです」
「鋏で刺したように見えたが」
「何故、わざわざ自傷する必要があるんですか。私は痛みで快感を得るタイプじゃないんで、いったってノーマルです」
「…このままでは仕事に差し障るだろう」
オラシオはブランシュの出血した人差し指をペロリと舐めた。
オラシオの唾液には傷の修復作用がある。
単なる治療目的で始まったその行為が、妖しい気配を帯びてくるのをブランシュは察知した。
オラシオはブランシュの指を舐めるだけでは飽きたらず、口に含み、ちゅうちゅうと吸い始めた。
オラシオがブランシュからの吸血を中止してから3日が経っている。
ブランシュの鼓動が激しく胸を打った。
背中を冷や汗が伝う。
ブランシュは渾身の力で手を引き抜いた。
オラシオはぼんやりと空になった掌を見つめている。
「主様、私の血は吸わぬと仰られたでしょう。自重されますよう」
ブランシュは荒い息を落ち着け、オラシオを睨んだ。
「ああ、まあ、だが、それは暫くの間で…」
「いいえ!」
ブランシュは吸われた指をもう一方の手で握って震えた。
「二度と口にされない方が良い」
オラシオは眉をしかめ、うかがうようにブランシュを見た。
「何故だ?」
ブランシュは唇を噛んだ。
「私には重大な疾患があります。血を吸うことで主様に悪い影響が出るかもしれない」
オラシオは黙って聞いていた。
「今迄黙っていて申し訳ございませんでした」
ブランシュは頭を下げた。
「お役目を果たせない以上、お世話になる訳には参りません。近い内にお暇させて頂きます」
オラシオはブランシュに歩み寄り、その細い顎を掴んで己の顔を近付けた。
「お前は嘘をついている。俺は異変のある血なら直ぐわかる、匂いでな。お前は至って健康だ、むしろ…」
ブランシュの大きな琥珀の瞳が強い光を纏ってオラシオを見た。
「だからそれが疾患だと言っているのです。これ以上お召しになれば、困ったことになります」
「ほう、どうなるのだ」
ブランシュはオラシオの手首を掴み、引き剥がした。
「私は飼われるつもりはございません。主様には感謝しておりますが、私は誰にも縛られないブランシュで居たいのです。私がここまで生き延びてきたのは自由になるため。今更それを諦める訳にはいかないのです」
オラシオは唇を舐めた。鋭い牙が覗く。
両手を広げ、首をかしげた。
「…なるほど、ここから逃げると?」
ブランシュはオラシオから滲み出る物騒なオーラに腰を下げて後退りした。
オラシオはクスクスと笑った。
「どうした?臆病な狼のようだな。あやつらは森のギャング気取りだが、俺を見たら皆そうなる」
顎を上げて紫の目を見開くオラシオには、普段の穏やかな雰囲気など微塵も感じられない。
ブランシュはぶるぶると震えた。
全身が脈打ち、大きく鳴る心臓の音が耳を占拠する。
(怖い…)
これは、本能的な恐怖だ。
圧倒的強者を前にした弱者の絶望。
逃げたい……しかし、背中を向けたとたん、オラシオはブランシュを追い、直ぐ様捕まえるだろう。
「俺は嘘をつかれるのが大嫌いだ」
ブランシュは翻る黒いマントを視界の隅に見た。
その瞬間、首を掴まれていた。
ブランシュは両手でその手首を掴み、剥がしにかかるが、びくともしない。
オラシオはクンクンとブランシュの頬の匂いを嗅いだ。
「旨そうな匂いだな。さあ、ブランシュお仕置きだ。お前が誰の物か思い知るが良い」
オラシオが牙を剥いた。
1
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる