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スピンオフ:【マルコの初恋】柔らかな感触と劣情(18R)

リズデの事情

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「私の実家は東のバイドン領にあるドライガル家ですが、本当の生まれは、北部の国境近くです。メルビン子爵家の末っ子として産まれて14歳まではそこで育ちました」

マルコは意外な事実に驚いたが、顔には出さず、話の先を促した。

「メルビン家はその地区では2番目に大きな領地を持っていたので、そこそこ裕福だったと思います」

一番上に兄、その下に姉が2人という兄弟と両親に囲まれて、リズデはほどほどに甘やかされたり鍛えられながら、すくすくと育った。
学校に通うようになると、幼くしてその美貌はたちまち噂になり、あちこちから婚約の申し出が寄せられた。
しかし、当の本人は、その頃から、いずれは首都に出て帝国学園に通い、公職につく、という目標を掲げていた。
着飾るのは嫌いでは無かったが、色恋ごとには全く興味が無かった。
目標の足枷になるような婚約などもってのほかだから、全部断ってくれと父に告げていた。

「でも、本人にいくらその気がなくても、周りは放っておいてくれない訳です。成長する度に危険度も増してきました。ボスにも覚えがあるんじゃないですか?」

マルコは、小さく頷いた。
リズデと同じく、幼い頃から際立った容貌の持ち主だったマルコも、始終、老若男女から色めいた視線を向けられていた。

「14になって間もなくの夏でした。学校の門から出て、馬車に乗り込むところを襲撃されました」

リズデは淡々と話しているが、相当の恐怖だったに違いない。
マルコは自分の経験になぞらえる。
所詮子供の力など大人には敵わない。
治安の悪い土地の生まれで、幾度となく危険な目に遭遇した経験を持つマルコには良くわかる。

「目隠しと猿ぐつわを噛まされ、2日半ほど馬車に乗せられて、何処かの屋敷に連れていかれました。正直、絶望していました。こんな遠方まで連れ去られては、家族も助けに来られないだろうと」

現れたのは父親より少し若いくらいの年齢の男だった。
身形が良く物腰もスマートだったので、恐らく貴族だろうと思った。
しかし、薄笑いを浮かべ、まばたきをせずにリズデを見る男は、首から上がまるで作り物のように不気味で、リズデは震えた。

「たまたま街で見掛けたところを目を付けられたようです。強引に婚姻しようと企んでいたらしく、そのまま10日間監禁されました。式を挙げる直前に捜索していた憲兵に助け出されて、幸いにも無傷だったのですが、まあ、周りはそう思いませんよね」

周囲からの口さがない噂に傷付き、視線に怯え、リズデは部屋から出られなくなってしまった。
見かねた両親が遠縁のドライガル家に養子に出したのだ。

「ドライガル家の養父母は、たいへん良くしてくれましたし、周りにも自分を知る人間はいなくなったんですが…この、人目を引く容姿のせいでまた同じ事が起きるのではないかという恐怖は付きまといました。それで、変装することにしたんです」

帝国学園の寮で同室だったルビーには素顔を晒していたらしい。

「もとに戻るきっかけも掴めず、変装している暮らしが楽だったものですから」

リズデは話しながらも、大口でメインディッシュのステーキを胃に収めていく。

「そうか。辛い体験をしたな」

まさか、そんな過去を背負っていたとは予想もしていなかった。リズデは、顔を上げてマルコを見た。

「いえ。ボスこそ、苦労されたと聞いてます。貴方の、過去を糧にしていく姿勢は私の指針だったんです。共に働かせていただいた日々の中で、私はボスからたくさん学びました。おかげで、私なりの生きていく姿勢を確立できたと実感しています」

マルコはそんな風に見られていたことをありがたく思うが…

(…固い)
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