指輪は鳥居でした

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 オレ、記憶を取り戻さなくていいんだ。──と思ったら途端に気持ちが軽くなった。
 この一週間程、お蝶ちゃんの部屋からほぼ出ないで過ごしてきたけど、ちょっと出てみようかな~、お家探検してみようかな~、なんて思い立ち、今、鳥居たちを懐や袖で遊ばせながら、ぶらぶら歩き回ってみている。たまたま風雅とお蝶ちゃん、どちらもが神社の仕事に呼ばれていない時なのが、もしかしたら後から心配させてしまうかもしれないが、一歩部屋を出るとここで働いている人達でいっぱいだからなんの心配もいらないだろう。途中で庭師の方やお掃除をしてる方達とも会うわけで、「あ、ども」なんて頭を下げながら進む。
 進みながら、甘い匂いに導かれ広い厨房に着く。

 「美味しそうな匂いがしますね」

 声を掛けると、割烹着を来た女性のあやかしさん三人が一斉にオレを見た。

 「まぁまぁ、奥方様!こんなところにいらして」
 
 「お腹が空きましたの?」

 「今、おやつに出す、クッキーとやらを焼いてますからね」

 クッキー?

 「わ、すごい!こっちにもクッキーあるの?」

 「いえいえ、私らは人界からのお土産で食べたことがあるばかりで。ですが作り方と材料が手に入りましたのでね、兎様はあちらの食べ物が恋しかろうと思いまして、どれ、作ってみようかと」

 「ありがとう!嬉しいよ!よし、オレも手伝う!向こうで妹と作ったことがあるんだ」

 「「「まあ!!」」」

 「ですが奥方様に台所仕事をさせるのは・・」とあやかしさん達は遠慮していたが、チラ、と一人が目線をやった先にあるものをオレは見てしまった。
 それは皿に盛られた茶と焦げ茶の集合体。

 「甘い美味しそうな匂いはここからだったんだね。試食させて!」

 一つ摘まんでかじってみる。

 「香ばしくて美味しい!」

 「ええ、味は良いと思ったのですが、どうも形がいびつになってしまって・・」

 そう言って、悔しそうにハートや星の型を見る。
 入手したというレシピを見せてもらうと、それはソフトクッキーの作り方だった。このクッキーはスプーンですくって落としていくタイプのクッキーだ。型で抜くには柔らかすぎる。型抜きクッキーはもう少し粉の分量が多かったか、バターが少なかったはず。

 「ちょっと粉を足してみてもいい?」

 了承を得てから少し足してみる。妹と型抜きクッキーを作ったときのことを思い出しながらこのぐらいかな、という固さにして伸ばしてみた。

 「これならどうかな?」

 型で抜いてみる。

 「奥方様。キレイに抜けましたわ」
 
 三人のあやかしさん達(名前を聞けば、ランさん、ミキさん、スーさんだという。やはり人界のテレビで見た、可愛い女の子三人組にあやかった名前だそうだ。聞いたことあるような気がするが思い出せなかった)も、大喜びしてくれた。

 「そうだ!オーブンを予熱しておかないとだった」

 妹と作った時の失敗をまたもしてしまった、と思ったら、オーブンはないが石窯で焼くという。

 「おお!すごい!」

 振り返ればピザ専門店にありそうな石窯があった。これですぐ焼けるそうだ。
 高温過ぎないかな、とは思ったが、あやかしさん達はうまくクッキーの向きを変えながら上手に焼いている。香ばしい匂いがしてきたら、「ホイ、こんなもんでしょ」と長い柄のついた道具でクッキーを出した。

 「「「おお~!!」」」

 予想以上に美味しそうに焼けてる。
 少し冷まして食べてみて、

 「ん~~~っ!!」

 みんなで唸った。美味しすぎて。
 ランさんがこれは親子3人のおやつに、とたくさんのクッキーを半紙のような紙に包んで渡してくれた。

 「奥方様、また作りに来てくださいねえ」

 あやかしさん達に大きくうなずき、厨房を後にした。

 「風雅とお蝶ちゃんは社務所かな~」

 クッキー作りのときは頭の上にいたが、今は手元に戻ってきている鳥居たちがオレンジに光りながら、うんうんとうなずいてる。──ように見える。楕円の球体の上の方がカクカク動いただけなのだけど。
 癒やされるなあ。
 クッキーと一緒に鳥居たちを抱きしめると胸がほんわか暖まった。

 社務所で書類の整理に励む二人に、一緒にお茶の時間にしようと声を掛けクッキーを広げると、風雅とお蝶ちゃんはびっくりするほど喜んだ。

 「お母様の手作り!夢でした!」

 「よせやい、ハートだなんて照れるじゃねえか」

 「・・・星もあるよ」

 「いいや、おめえのハートははすべて俺のモンだ」

 「あ、お父様、ハートの独り占めはやめて下さい!ずるい!」

 訳のわからないことで喧嘩に発展する二人。

 「風雅、子供じゃないんだから。欲張らないでお蝶ちゃんにも渡して。これは3人分なんだから」

 つんとそっぽを向いて聞こえないふりの風雅。

 「お蝶ちゃん、味は同じなんだよ」

 「でも、私だってハートも食べたい」

 そりゃそうだ。しょげるお蝶ちゃんの頭をなでなでして、星形のクッキーを半分に割った。

 「こうやって半分こすると、もっと美味しいって知ってた?」

 「お母様・・・」

 機嫌の直ったお蝶ちゃんとクッキーを半分ずつ食べる。
 親子の記憶はなくても、この子の笑顔はオレをとても幸せにする。

 「・・・真白」

 風雅がバツの悪そうな顔で、半分にしたハートを差し出していた。
 その仕草が無性に可愛くて。兎の真白は、──ってオレだけど、こういうところに惚れちゃったのかな。

 「ありがとう」

 だけど、その気持ちはまだまだ他人事のようで。くすぐったいような胸を無視して、オレは半分にされたクッキーを受け取った。
 

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