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【1】招かざる客
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(来るかな、いや、来ないと思う。というか、来ないで下さい――)
とある中小企業に勤める平凡な会社員小森菜乃はソワソワと落ち着きなく、食卓に手作りの出来立てほやほやの肉じゃがと具沢山の味噌汁、即席で浸けたきゅうりの浅漬けをリビングのテーブルに並べると、祈る思いで二人掛けサイズのローソファへと腰を降ろした。
目の前のテレビの横に置かれた置時計に目をやると時刻はまもなく19時を回ろうとしていた。
ぎゅるるるる――
菜乃の人一倍大きなお腹が目の前の美味しそうな料理に反応する。
(大丈夫。きっと今日は来ない)
「いただきます! 」
菜乃は気を取り直して意識を食事へと全振りすると、気合いを入れるようにパンッと勢い良く両手を合わせたのち、ガラスの箸立てに置いた自分のお気に入りの和柄の箸に手を伸ばした。
その時だった。
菜乃の淡い期待を見事に打ち砕く、残念なチャイムの音が1Kのアパートに鳴り響いた。
――ピンポーン♪
「ひゃっ!? 」
誰も来ないと思った所からの予期せぬチャイム音に、菜乃は驚きの余り、手にしていた箸を床へと落としてしまった。
(あわわ。や、やっぱり来た……)
招かざる客の来訪に、菜乃は床に落ちた箸を拾いながら、怯えるようにゆっくりとインターホンへと視線を向けた。
ピンポーン♪
中々反応しないアパートの住人に焦れたように、招かざる客から数秒待たずにもう一度チャイムが鳴らされる。
「ひぅっ!? で、出ます。出ますからっ! 」
何となくチャイムから苛立ちのようなものを感じ取った菜乃は、慌ててソファから立ち上がると、素早くインターホンへと駆け寄った。
菜乃がそろりと小さなインターホンの画面に映る外の人物を確認すると、予想通りの人物がそこに映っていた。
(ああ、やっぱり来た……)
菜乃はがっくりと肩を落とし、絶望感を覚えつつ、重い足取りで玄関のドアへと手を掛けた。
「出るのが遅い! 夜でも外は暑いんだから、ちょっとは気を遣って早く出てくれよ」
玄関のドアを開けるやいなや、相手の開口一番は菜乃に向けられた不満の声だった。
「す、すみませんでした……」
相手の不機嫌な様子に、反射的に菜乃は謝罪の言葉を口にすると、ドアの前に立つ人物はズイと菜乃の身体を押し退けるように、無遠慮な様子でアパートの中へと入り込んだ。
「今から夕飯?すっげーいい匂いがする。今日は何作ったの? 」
そして悪びれる様子なく、相手は玄関で靴を脱ぎながら、おどおどする菜乃に矢継ぎ早に夕飯のメニューを尋ねてきた。
「に、肉じゃがです」
「おお、俺の大好物じゃん」
顔面に喜色を浮かべ、相手が勝手知ったるというようにリビングへと上がり込む。
「あ、あの! 五十嵐さんっ! 」
菜乃は思い切って、目の前の招かざる客である会社の二年先輩で、マーケティング部の期待の星五十嵐大和に声を掛けた。
五十嵐はどかりと食卓の前のローソファに腰を下ろすと、面倒臭そうに菜乃へと視線を向けた。
「何? 俺疲れてるんだけど」
「っ!? す、すみません。で、ですが、あの。今日って確か、マーケティング部と広報部の飲み会じゃなかったでしたっけ」
本日の五十嵐のスケジュールを把握していた菜乃は、確かめるように五十嵐へと詰め寄った。
「飲み会は顔だけ出して途中で抜けてきた。何か、今日は朝から体調が悪くてさ。部長からも今日は帰って休んでいいって言われたし。ま、それもこれも俺の人徳の成せる業なんだけどな」
「……はぁ、そうなんですか。で、でも体調が悪いならご自分のマンションに帰ってゆっくり休まれた方がいいのではないでしょうか……? 」
飲み会を蹴ってわざわざ菜乃のアパートにやって来た事実に愕然となりつつも、何とか彼を帰らす理由を思い付き、いかにも心配している素振りで五十嵐へと声を掛けた。
「だから、お前は何を聞いているんだよ。体調が悪いからここに来たんだろ」
「ええっ!? 」
五十嵐の口から、菜乃の僅かな希望をあっさりと打ち砕く答えが返される。
愚問とばかりに、五十嵐は呆れたような視線を菜乃へ向けた。
(な、何で……? 具合が悪いのに、うちに来るの? )
菜乃は五十嵐の真意が分からず、内心大いに動揺した。
一方五十嵐の方は、菜乃の反応など意にも介さない様子で、すぐに食事へと視線を戻した。
「――箸、これで食べてもいいのか? 」
飲み会を抜けてきた五十嵐は、非常にお腹が空いているのか、目の前に置かれた菜乃のお気に入りの和柄の箸を素早く手に持つと、先程から食欲をそそる匂いを漂わせている肉じゃがへと勢いよく箸を伸ばした。
「あ、やっ、別のもの用意します!! 」
先程床に落として洗っていないことよりも、自分の箸を使われることに嫌悪感を抱いた菜乃は慌ててキッチンの棚から割り箸を取り出すと、素早く五十嵐から自分の箸を取り上げ、その手に割り箸をすげ替えた。
「さっき、このお箸床に落としてしまったもので……あはは……」
自分の真意を悟られないよう、菜乃は五十嵐に取り繕うようにフォローの言葉を入れた。
「あっそ。んじゃ、いただきます」
そんな菜乃の様子を気にするでもなく、五十嵐は目の前の肉じゃがに再度箸を伸ばした。
(ああ、私の肉じゃが……)
目の前で楽しみにしていた夕食達が突然現れた客の口の中に次々に放り込まれ消えて行く様を、菜乃は悲しそうな瞳で見つめた。
(どうして、こんなことになってしまったんだろう……)
菜乃は目の前の五十嵐に視線を向けたまま、彼が初めてこのアパートに来た日のことを思い返していた。
とある中小企業に勤める平凡な会社員小森菜乃はソワソワと落ち着きなく、食卓に手作りの出来立てほやほやの肉じゃがと具沢山の味噌汁、即席で浸けたきゅうりの浅漬けをリビングのテーブルに並べると、祈る思いで二人掛けサイズのローソファへと腰を降ろした。
目の前のテレビの横に置かれた置時計に目をやると時刻はまもなく19時を回ろうとしていた。
ぎゅるるるる――
菜乃の人一倍大きなお腹が目の前の美味しそうな料理に反応する。
(大丈夫。きっと今日は来ない)
「いただきます! 」
菜乃は気を取り直して意識を食事へと全振りすると、気合いを入れるようにパンッと勢い良く両手を合わせたのち、ガラスの箸立てに置いた自分のお気に入りの和柄の箸に手を伸ばした。
その時だった。
菜乃の淡い期待を見事に打ち砕く、残念なチャイムの音が1Kのアパートに鳴り響いた。
――ピンポーン♪
「ひゃっ!? 」
誰も来ないと思った所からの予期せぬチャイム音に、菜乃は驚きの余り、手にしていた箸を床へと落としてしまった。
(あわわ。や、やっぱり来た……)
招かざる客の来訪に、菜乃は床に落ちた箸を拾いながら、怯えるようにゆっくりとインターホンへと視線を向けた。
ピンポーン♪
中々反応しないアパートの住人に焦れたように、招かざる客から数秒待たずにもう一度チャイムが鳴らされる。
「ひぅっ!? で、出ます。出ますからっ! 」
何となくチャイムから苛立ちのようなものを感じ取った菜乃は、慌ててソファから立ち上がると、素早くインターホンへと駆け寄った。
菜乃がそろりと小さなインターホンの画面に映る外の人物を確認すると、予想通りの人物がそこに映っていた。
(ああ、やっぱり来た……)
菜乃はがっくりと肩を落とし、絶望感を覚えつつ、重い足取りで玄関のドアへと手を掛けた。
「出るのが遅い! 夜でも外は暑いんだから、ちょっとは気を遣って早く出てくれよ」
玄関のドアを開けるやいなや、相手の開口一番は菜乃に向けられた不満の声だった。
「す、すみませんでした……」
相手の不機嫌な様子に、反射的に菜乃は謝罪の言葉を口にすると、ドアの前に立つ人物はズイと菜乃の身体を押し退けるように、無遠慮な様子でアパートの中へと入り込んだ。
「今から夕飯?すっげーいい匂いがする。今日は何作ったの? 」
そして悪びれる様子なく、相手は玄関で靴を脱ぎながら、おどおどする菜乃に矢継ぎ早に夕飯のメニューを尋ねてきた。
「に、肉じゃがです」
「おお、俺の大好物じゃん」
顔面に喜色を浮かべ、相手が勝手知ったるというようにリビングへと上がり込む。
「あ、あの! 五十嵐さんっ! 」
菜乃は思い切って、目の前の招かざる客である会社の二年先輩で、マーケティング部の期待の星五十嵐大和に声を掛けた。
五十嵐はどかりと食卓の前のローソファに腰を下ろすと、面倒臭そうに菜乃へと視線を向けた。
「何? 俺疲れてるんだけど」
「っ!? す、すみません。で、ですが、あの。今日って確か、マーケティング部と広報部の飲み会じゃなかったでしたっけ」
本日の五十嵐のスケジュールを把握していた菜乃は、確かめるように五十嵐へと詰め寄った。
「飲み会は顔だけ出して途中で抜けてきた。何か、今日は朝から体調が悪くてさ。部長からも今日は帰って休んでいいって言われたし。ま、それもこれも俺の人徳の成せる業なんだけどな」
「……はぁ、そうなんですか。で、でも体調が悪いならご自分のマンションに帰ってゆっくり休まれた方がいいのではないでしょうか……? 」
飲み会を蹴ってわざわざ菜乃のアパートにやって来た事実に愕然となりつつも、何とか彼を帰らす理由を思い付き、いかにも心配している素振りで五十嵐へと声を掛けた。
「だから、お前は何を聞いているんだよ。体調が悪いからここに来たんだろ」
「ええっ!? 」
五十嵐の口から、菜乃の僅かな希望をあっさりと打ち砕く答えが返される。
愚問とばかりに、五十嵐は呆れたような視線を菜乃へ向けた。
(な、何で……? 具合が悪いのに、うちに来るの? )
菜乃は五十嵐の真意が分からず、内心大いに動揺した。
一方五十嵐の方は、菜乃の反応など意にも介さない様子で、すぐに食事へと視線を戻した。
「――箸、これで食べてもいいのか? 」
飲み会を抜けてきた五十嵐は、非常にお腹が空いているのか、目の前に置かれた菜乃のお気に入りの和柄の箸を素早く手に持つと、先程から食欲をそそる匂いを漂わせている肉じゃがへと勢いよく箸を伸ばした。
「あ、やっ、別のもの用意します!! 」
先程床に落として洗っていないことよりも、自分の箸を使われることに嫌悪感を抱いた菜乃は慌ててキッチンの棚から割り箸を取り出すと、素早く五十嵐から自分の箸を取り上げ、その手に割り箸をすげ替えた。
「さっき、このお箸床に落としてしまったもので……あはは……」
自分の真意を悟られないよう、菜乃は五十嵐に取り繕うようにフォローの言葉を入れた。
「あっそ。んじゃ、いただきます」
そんな菜乃の様子を気にするでもなく、五十嵐は目の前の肉じゃがに再度箸を伸ばした。
(ああ、私の肉じゃが……)
目の前で楽しみにしていた夕食達が突然現れた客の口の中に次々に放り込まれ消えて行く様を、菜乃は悲しそうな瞳で見つめた。
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