会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【12】変化の瞬間と決意

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「はぁ~、食った食った……」
「そうですね……」

 既に三度目となる五十嵐のアパート訪問。
 菜乃は楽しみにしていた肉じゃがを半分以上五十嵐に食べられ、恨めしい気持ちで空になった食器を片付け始めた。

「――んで、飲み会メンバーの報告して、デザイン部の女の反応どうだった? 」

 食事を終えた五十嵐がゴロンと菜乃のベッドに寝転がりながら、答えの分かりきっている質問を菜乃へと投げ掛けた。

「そりゃあ、もう。物凄く喜んでましたよ」

 狂喜乱舞とは正にあのような光景に違いない。五十嵐が見たらどんな反応を示すのか少し興味があるものの、もしかしたら飲み会自体がなくなってしまうかも知れないので、やはり見られなくて良かったと菜乃は一人でうんうんと頷いた。

「……お前も何か良いことあった? 」
「え? どうしてですか? 」
「んー、何となく何時もより機嫌が良さそうだから? 」

 五十嵐の鋭い指摘に、菜乃はドキリとキッチンから彼を見た。

「……それはそうですよ。この飲み会を絶対に開催しなきゃというプレッシャーからようやく解放されたわけですし……」
「俺に感謝だな」
「何度も言っていますが、そもそもこうなったのは五十嵐さんのせいなんですけど」
「うるせー子ブタだな。最高の面子集めてやったんだから文句言うなよ」
「あの、小デブから子ブタに呼び方変わってますけど。と言うか小森です」
「子ブタも小デブも変わらねーけどな。でも、響き的には子ブタの方が可愛いか? お前、どっちがいい? 」
「小森でお願いします」

 ぎゃいぎゃいと暫く二人の言い合いが続く。
 そんな中、五十嵐がベッドの脇に置かれた買い物袋に気づき、菜乃に声を掛けた。

「お前にしてはお洒落な店で服買ったんだな。飲み会用か? てか、一人で店入ったのか? 」

 目敏く紙袋を見つけたと思ったら、再び鋭い指摘をしてくる五十嵐に、菜乃はキッチンから戻ってくると、少し恥ずかしそうに服を購入する迄のいきさつを説明した。

「へー。ポッチャリ体型をカバーする一万円以内の全身コーデか。なんかテレビの企画みたいだな」

 愉快そうに五十嵐は笑うと、紙袋の中身が気になってスッと袋に手を伸ばした。

「あっ。だ、駄目です。見ないで下さい」

 五十嵐の手に渡る寸前で、菜乃は慌てたように紙袋を自分が持つと、それを五十嵐から隠すように後ろに回した。

「何でだよ。減るもんじゃあるまいし」
「駄目です。この服、全然いつもの私とは違う感じだから、絶対五十嵐さん馬鹿にする。飲み会までは気持ち落としたくないんで絶対に見せません」
「何で馬鹿にするって決めつけるんだよ」
「いつもしてるじゃないですか」

 頑なに譲らない菜乃を見て、五十嵐は面白くない様子でプイと菜乃から視線を反らし、捨て台詞を吐いた。

「どうせ、何着たってお前は子ブタのまんまだよ」
「ほら、そう言うと思ってました。別に五十嵐さんにどう思われようと私は全然構いませんけどね」

 だけど、やはり悔しいと思う気持ちが菜乃の心に沸々と沸いてくる。
 小早川が菜乃の為に何件もお店を回って選んでくれた服だ。そんな彼女に対して、菜乃が着るものは何を着たって変わらないなんて五十嵐に言われたくなかった。

「――五十嵐さん」

 カチリと菜乃のやる気にスイッチが入る。

「二週間後の飲み会で、私がこの服を着た時、少しでも可愛いと思ったら今言ったこと訂正して、私に謝って下さいね」
「なんだよ、いきなり……」
「謝って下さいね? じゃないと今日を最後にもう絶対に五十嵐さんをこのアパートに上がらせません」

 珍しく本気で怒っている菜乃を見て、五十嵐は驚いたように目を見開いた。

「何だよ。そんなに怒ることかよ」
「……五十嵐さん、飲み会終わるまで暫くうちに来ないで下さい」
「え? 」

 菜乃はベッドに居座る五十嵐の腕をむんずと掴むと、その勢いのまま玄関まで引っ張っていき、五十嵐をアパートから追い出した。

「な、おい! 子ブタ! 」

 突然の菜乃の行動に五十嵐は事態が飲み込めず目を白黒させる。
 菜乃は五十嵐の鞄と靴を五十嵐に向かってポイと放ると、呆然とする五十嵐に向かって

「騒いだら警察呼びますからね」

 と一言だけ冷たい言葉を放った。
 菜乃はそれだけ言うとバタンとアパートの扉を閉め、すかさずガチャリと鍵を掛けた。

「……んだよ、クソ」

 五十嵐は鍵の掛けられたアパートの扉を暫く睨むように見ていたが、菜乃の本気の怒りを目の当たりにして、大人しくその場から立ち去った。

 五十嵐が立ち去っていくのをドアスコープから見ていた菜乃はドキドキする心臓を押さえてハーッと大きく息を吐いた。

「やれば出来るじゃん、私」

 警察の存在を教えてくれた田丸に感謝しつつ、菜乃は初めて五十嵐を追い出すことに成功した自分を褒めた。

 それから菜乃は玄関の壁に掛けられた鏡に映る自分の姿をそっと見つめた。

 ぼさぼさの伸びっぱなしの髪の毛に、スッピンで上下緩いスウェットを着た小太りの女。

「冴えないなぁ……。そりゃあ、こんな姿見てれば五十嵐さんの言葉も仕方ないのか。――よし! 」

 気落ちする前に、菜乃はその勢いのまま奮起した。
 玄関から直ぐの洗面所に駆け込むと、着ていたスウェットを脱いで裸の状態で体重計に乗る。

「……60キロジャスト」

 菜乃は裸のままリビングにスマホを取りに戻ると、その場でスマホを開き、自分の身長と年齢から理想体重を調べ始めた。

「私の身長が154センチだから、えーと、標準体重が52.1キロ!? え、美容体重とシンデレラ体重なんてのもある。え、シンデレラ体重42.6キロ!? 無理無理無理、死んじゃう死んじゃう! 」

 既に心が折れそうになったが、菜乃は今度は『二週間でマイナス5キロ』とスマホで検索を入れた。


 * * *


 一方、菜乃の逆鱗に触れ、アパートを追い出された五十嵐は仕方なく自分のマンションへと戻って来た。

 パチリと真っ暗なリビングに灯りを灯す。

 菜乃の狭いアパートの倍はある、ゆったりと寛げる12畳の広さのリビングに設置されたL字型の大きめのソファにどさりと腰を下ろすと、そのまま気だるげにゴロンと身体を倒した。

「体調悪いって言ったじゃんよ……」

 ハァ、と五十嵐は呼吸を整えるように大きく息を吐いた。

「馬鹿子ブタ……」

 五十嵐は右腕で目を覆うと、先程菜乃に言われた言葉を思い返した。

『……五十嵐さん、飲み会終わるまで暫くうちに来ないで下さい』

「マジか……」

 菜乃と出会ってからの数日間で菜乃のアパートに泊まること二回。
 その間、五十嵐は女を抱いていない。
 飲めば人肌恋しくなり、適当な女を見繕って朝まで過ごすを繰り返していた五十嵐にとって、今のこの状況は正に画期的なことだった。

 菜乃のアパートで迎える朝は、実に健康的で心地好い。

『どうせ、何着たってお前は子ブタのまんまだよ』

 あの言葉が悪かったのか、と今更ながらに五十嵐は思った。

「……別に、変わる必要なんてないじゃないか」

 地味で小太りの冴えない女。そのお陰で五十嵐は彼女を女として見ることなく、気軽に彼女に触れ、既成事実なしに寝食を共に出来ているのに。

「お前に色気なんて出ちまったら、俺の帰る場所がなくなっちまう……」

 酷く自分勝手な言い分を五十嵐はポツリと不安気に呟いた。

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