会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【13】勝負の日

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「……小森さん、なんかちょっとやつれた?」

 デザイン部にて。
 パソコンに向かっていた菜乃に、小早川が声を掛けてきた。

「そ、そうですか……? ちょっと今、飲み会までに体重を落としている最中でして……」

 心なしか声に覇気がない。

「もしかして、無理なダイエットしてる? ご飯食べてないとか」

 ギクリと菜乃のタイピングの手がぶれる。
 実に分かりやすい反応に、小早川は盛大なため息を吐いた。

「飲み会まであと一週間。それまでに身体壊したら元も子もないでしょ」
「はぁ……」
「どれくらい落としたの?」
「今のところ始めて一週間で2キロですかね……。一応、残りの一週間でマイナス3キロ落とす予定です」
「お馬鹿!」

 小早川が綺麗にネイルを塗った人差し指で、菜乃の後頭部をツーンと小突いた。

「痛っ!?」
「いい? 二週間で健康的に5キロ落とすなんて不可能に近いの! 太ってる人は最初は早めに数キロ落ちるから“簡単だ”って思いがちだけど、それが間違いのもと。初めに落ちても、そこからがなかなか落ちなくて負のループに陥るの。で、そこでやってしまうのが食事を抜くこと」
「す、すごい。今の私の状況そのものです……」

 後頭部を擦りながら、まるでダイエット講師のような小早川の言葉に、菜乃は驚きと尊敬の眼差しを向けた。

「取りあえず、無理なダイエットは禁物よ。何のためにこの間、着痩せするコーデの服を一緒に選びに行ったと思ってるの。小森さんは少し見た目を整えれば、そんなに短期間で根詰めてダイエットしなくても十分見られるから心配しなくていいわ」
「し、師匠~」

 大好きなご飯を抜いて気持ちが沈んでいた菜乃は、小早川の優しい言葉に思わず目を潤ませた。

「誰が師匠だ」

 そんな菜乃に呆れたように小早川が突っ込みを入れる。

「美容サロンの予約は入れた?」
「はい。おかげさまで当日に」
「なら安心ね。そこ、かなり腕がいいから楽しみにしてなさい。あとは小森さんの足りない部分は私たちが補うから、心配しないで」

 そう言うと颯爽と自分のデスクへと戻っていった。

「あ、ありがとうございます」

 少しだけ失礼なことを言われた気がしたものの、自分を気に掛けてくれる小早川に、菜乃は心から感謝を述べた。

 そして遂に、その日はやって来た。

  * * *

「こ、ここかぁ……」

 小早川の紹介で『美容サロンくすの木』にヘアメイクの予約をした菜乃は、緊張した面持ちでお洒落な店内に足を踏み入れた。

 チリンとドアベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませ」

 予約制なこともあり、店員は菜乃を待ち構えていた。

「あの、予約した小森です」
「はい、お待ちしておりました。小早川様からお話は伺っております」

 受付に立つ店員の胸元には『美容サロンくすの木 店長楠木くすのき万里子まりこ』と刻まれたゴールドのネームプレートが光っていた。

 「店長」という文字に、菜乃はぎょっと目を見開いた。

「さあ、こちらへどうぞ」

 既に小早川に選んでもらった洋服を身にまとい、このサロンでヘアメイクを整えてそのまま飲み会に向かう算段である。

 椅子に腰を下ろすと、店長の楠木がじっと鏡越しに菜乃を見た。

(うっ……お洒落で美人な店長さんに見られるの、緊張する……)

 気まずくて視線を泳がせる菜乃。

「小早川様から“全てお任せで”と伺っておりますが、よろしいですか?」
「は、はい。その通りでございます!」

 緊張のあまりおかしな日本語を返す菜乃に、店長はぷっと吹き出した。

「これは腕が鳴るわね~」

 緊張を解すように、敬語を外して軽やかに言葉を投げると、久々に遣り甲斐のある依頼に口角を上げた。


  * * *


 飲み会会場の駅前の居酒屋には、参加者たちが少しずつ顔を揃え始めていた。

 この会を男側のメンバーと調整し、場所を選んだ五十嵐は、自然と幹事のように場を仕切っていた。

(これ、俺と飲みたくて出た話だったよな。何で主催みたいな本人がまだ来てないんだよ)

 まだ姿を見せない菜乃に若干苛立ちつつ、五十嵐は店の前で待っていた。
 あと数分で予約時間。
 チッと舌打ちし、諦めて店に入ろうと扉に手を掛けたその時。

「すみません! 遅くなりました!!」

 背後から声が掛かる。

「ったく、おせーんだよ。一応お前主催みたいになってんだから一番に来なきゃ――」

 文句を言いながら振り向いた五十嵐は、続く言葉を失った。

「すみません、思ったより支度に手間取ってしまって……」

 夜のネオンに浮かび上がる菜乃の姿を前に、五十嵐は息を飲んだ。

 そこにいたのは、かつての「地味で陰キャな小デブ」とは思えないほど、見事に変身を遂げた菜乃だった。

「……は?」

 信じられない変わりように、思わず一言声が漏れる。

 長く伸ばしていた黒髪の前髪は切り揃えられ、柔らかなブラウンに染められた髪は肩までのゆるやかなパーマに。
 お洒落にまとめられたハーフアップは、菜乃本来の柔らかい顔立ちを自然に引き立てている。

(……いや、誰だよこれ)

 菜乃から目が離せない。

 同僚と共に何軒も回って選んだという彼女の服は、体型カバー効果抜群の黒とカーキの足首丈ワンピース。
 余分なラインを隠しつつ、裾がふわりと揺れる軽やかな仕様が、着ている人物の可愛らしさを底上げしている。

 低めの身長を補う黒の厚底サンダルに、手には服の色に合わせた同色系のバッグ。耳元にはゴールドイヤリングが煌めいていた。

(やば……)

 その瞬間、五十嵐の胸に焦りが走った。

    ぽっちゃり感は残っている。だが、それが何となく“アリ”だと思った。
    いや、むしろ――そのぽっちゃりしたところを含めて。

(可愛い――)

 心の中で呟くが、口には出さなかった。
    自分の思いを、なんとなく菜乃に知られたくなかった。

「……なぁ、お前ちょっと痩せた?」

 首元や腕、そして少しほっそりした顔を見て、五十嵐はそっと菜乃の頬に手を伸ばした。

「まぁ、本当にちょっとですけど痩せました」
「……メイクしてるな」

 頬に触れた手が顔のラインをなぞるように、唇へと移る。

「えっと、美容院で全部してもらいました。私の肌色だとオレンジベースが似合うらしくて、ちょっと明るめなんですけど」

 ほんのり色付けしたナチュラルメイク。
 それは、元々のベースが良い証だ。

 前髪が整えられ、瞳の大きさに今さら気付く。

 頬に触れたまま黙り込む五十嵐に、菜乃は焦れたように上目遣いを向けた。

「……あの、それで、どうですか?」

 欲しい言葉を求めるように。
 頬を赤らめ、瞳を潤ませた菜乃の仕草が、五十嵐をさらに動揺させる。

「どうって、何がだよ……」

 とぼけながらも、二週間前の言葉が脳裏に蘇る。

『二週間後の飲み会で、この服を着た時に少しでも可愛いと思ったら、訂正して謝ってくださいね』

(絶対謝りたくなんてない)

     見た瞬間、可愛いと思ってしまった事実に、心の中で必死に蓋をする。

「――飲み会の時間ちょい過ぎた。取り敢えず中入るぞ。もう皆揃ってんだよ」
「え、あっ……」

 その場を誤魔化すように、五十嵐は菜乃の腕をぐいっと掴むと、強引に菜乃を連れて店の中へと入っていった。
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